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第六十二話 漫画の恨みは漫画で晴らす 中編

放課後、廊下を大股で歩く2人の影があった。

よく見ると1人はわき目も振らずズンズンと歩いており、もう一人は少し後ろからその人を必死に追いかけていた。

もちろんそれは香織と先間だった。


「お願い!先生にだけは...。」


「駄目よ!持ってくるだけならまだしも、授業中に読むなんて!」


「だからそれはごめん!もう今後は読まないから!」


ギャーギャーと口論をしながら歩く2人は、どうやら昼間に先間から没収した漫画を香織が職員室に持ち込もうとしており、それを先間が必死で止めようとしているようだった。

そして職員室へとつながる廊下の最後の曲がり角を曲がった時、先間が最後のチャンスとばかりに香織の前に躍り出た。


「待って!」


「ちょっと!どきなさいよ!」


香織は部活で鍛えているフットワークで先間を抜き去ろうとしたが、先間は帰宅部とは思えないほどの驚異的な粘りを見せる。

数分そのまま攻防を繰り広げた2人だったが、香織が呆れたように一度大きくため息をつくと、腰に手を当て言った。


「全くしょうがないわね...じゃあ、最後の言い訳だけ聞いてあげるわ。」


(来た!)


その瞬間、先間は気合を入れ直した。

実は先間はすでに没収された漫画が手元に戻ってくることは諦めていた。今までの経験から香織がそんなに甘くないことは重々承知だ。

しかし、今回先間が目を付けたのはそこだった。

先間は自分で自覚していた。それは今後も学校にゲームや漫画を持ち込むことはやめられないということだった。ゲームと漫画を愛する先間にとって、それは仕方のないことだ。

しかしだ、今後持ち込んだゲームや漫画が発覚するたびに香織に没収されていては、先間の貯金が底をついてしまう。

だからこそ先間は考えた。


(今後そのような不安点を払拭し、学校生活を憂いなく送るためには...朝霧さんを変えるしかない!)


そんな一大決心を固めていた先間は、キッと香織の目を見た。

その眼光の鋭さに香織は一瞬たじろぐ。


「朝霧さん...漫画って読んだことある?」


あまりにも真面目な雰囲気でそう告げる先間に、朝霧は思わず会話を交わしてしまう。


「読んだことないわよ...。」


(やっぱりね。)


先間は事前に考えていた第一関門を突破したことを感じた。


「じゃあさ、なんで漫画を没収するの?」


「それは授業に関係のない物で...!」


「なんで読んでもいない漫画が授業に関係ないって言い切れるの?」


「う!...だってそれは...」


香織は目をキョロキョロさせ、何かを考えているようだった。

先間はここぞとばかりに畳みかける。


「もちろん授業中に漫画を読んでたことは謝るよ。確かにそれは僕が悪い。でも、漫画自体に罪はないと思うんだ。」


「...」


「それどころか漫画は学校じゃ教えてくれない大切なことを教えてくれる先生でもあると、僕はそう思ってるんだ。」


「そ、そうなのかしら...?」


少しだけ気持ちが揺らいでいる様子の香織は、自分がいま手に握っている先間から没収した漫画に目を落とした。

確かに厳格な家で育ってきた香織は、今までにゲームや漫画といった娯楽に触れたことがなかった。特にそれらを家で禁止されているわけではなかったが、香織自らも”必要のない物”と決めつけており、興味を持ったことすらなかった。

そのため、あまりにも真面目に語る先間の意見に対して、肯定することもなければ否定をすることもできなかった。

先間はそんな香織を見て(ここで決める!)と思い、口を開いた。


「特に今朝霧さんが持っている【ネジれても、巻き返す】、通称ネジ巻きはその最たる例だよ。もちろん化学の計算式なんかは教えてくれない...でも、人生で必要な考え方を学ぶことができる素晴らしい漫画なんだ。だから...良かったらぜひ一度読んでみてよ。」


「...」


(さあ、どうだ!これが今日朝霧さんに漫画を没収されてから、その後の授業中の時間をフルに使い、僕が考えた作戦...名付けて”朝霧さんを漫画好きにしよう計画!”だ!成功しろ!)


先間は祈る様な気持ちで、香織を見た。

香織は考えるような素振りを見せつつ、手の中の漫画をじっと見つめている。そして何度か小さく頷いた後、顔を上げると先間を見た。

緊張の一瞬だ。先間はごくりと唾を飲み込んだ。香織の口が開いた。


「私、部活と委員会で忙しいから辞めておくわ!」


「なんでっ!」


あっけらかんと言い切り職員室へ向かおうとし始める香織を、先間は慌てて引き留めた。


「一回考え直そ?本当にネジ巻き面白いから!一度読めばわかるから!」


「ちょっと、どきなさいよ!手が邪魔よ!」


両手を広げ通せんぼをする先間と、先へ進もうとする香織。

先間は心の中で思った。


(このままじゃ作戦が失敗してしまう!そうなると...僕の楽しい学校生活が!)


「あれ?香織と先間君?こんなところで何をしてるの?」


突如として、香織の後ろからそんな声が聞こえてきた。

2人はそちらに顔を向ける。そこには葵がキョトンとした顔で立っていた。

香織は仲間を見つけた!といった様子で葵の方へ体を向けると、手に持った漫画を見せながら言った。


「葵!聞いてよ!今日先間が授業中に漫画を読んでて、それを職員室に提出しに行こうとしてるのに、先間が邪魔をして...」


「漫画...?あ、ネジ巻きだ!私も好き!」


「あ、葵!?」


葵は香織が差し出していたネジ巻きの最新刊を見るや否や、さっと手から取った。

そして表紙を見ると目を輝かせる。


「それも最新刊!私まだ読んでなくて...これ先間君の?」


「そうだけど...。」


先間はまさか葵もネジ巻きを読んでいるとは知らず驚く。

香織もまさかの葵の反応に「あ、あれ...えっと...」と言葉を詰まらせていた。

しかしそんな香織の気配に気づいた様子のない葵は、パッと頭を下げると言った。


「先間君お願い!この最新刊読ませて!」


先間は「別にいいけど...」と言いかけ、ある考えが閃いた。


「あ、じゃあさ!こうしよう!せっかくだから朝霧さんにもネジ巻きの良さを教えてあげてよ!」


「え!?」


先間の思わぬ提案に、香織は驚いた顔で振り向いた。

しかし葵はパッと顔を輝かせると言った。


「それいい!香織もそろそろ漫画の良さに気づいた方がいいと思ってたんだ。特にこのネジ巻きは面白いよ!後で一緒に読も!」


「いや...それは先間が授業中に読んでたやつで...私が没収してて...。」


そう呟く香織だったが、最新刊が読める喜びに浮かれる葵の耳には届かなかった。

しかし、ルンルン気分で香織の手を引き去っていこうとする葵を先間は呼び止めた。


「あ!七瀬さん待って!」


「うん?どうしたの?」


「せっかくならさ、朝霧さんに一巻から読んでもらいたくて...。」


そういった先間の言葉に葵は「うーん」と唸った。


「それはそうだけど...でも私、漫画を買ってはいなくて...。」


「大丈夫。」


先間はサムズアップしながら、ウインクをした。


「僕の家に全巻揃ってるから、持っていくよ。この後、ファミレスで待ち合わせしよ。」


「さすが先間君!いいよ!」


そう言って喜ぶ葵を尻目に、「私、まだ読むなんて一言も...」とぼやく香織の声は、やはり誰にも届かなかった。


************


「こっちこっち!」


ファミレスに入店しキョロキョロと辺りを見回す葵に、先間は手を振りながら声をかけた。

葵は先間の声に反応しこちらを向いたが、すぐに驚いたように固まった。


「先間、このメロンソーダという飲み物だが、奇抜な見た目に反し美味しいな。」


葵が固まった原因である彰人がそう言って、飲み物を一口飲んだ。

葵は顔を赤らめながら彰人たちのいる席に近づいてくると、「と、豊島君も来たんだ。」と呟きながら席に座った。


「先間に呼ばれてな。」


彰人はそう言いながらまた一口メロンソーダを飲んだ。

先間は彰人の隣から葵に向かってピースサインを送った。葵は顔を赤らめたまま、軽く会釈をした。


(今日危うく作戦が失敗しそうになるところを、ギリギリで助けてくれたからね。)


この場に彰人を呼んだのは感謝する先間から葵への、ささやかなプレゼントだった。


「こんなところで本当に漫画を読むの?」


そう言ったのは葵に連れられ、しぶしぶながらも隣に着席している香織だ。

両手を机に乗せ、ジト目で葵と先間を見ている。


「まあまあ、さすがに全巻は読まないよ。」


そう言いながら先間は鞄からネジ巻きの一巻を取り出した。


「はい、朝霧さんこれ。」


そう言ってそのまま香織に手渡す。

香織は一瞬逡巡した素振りを見せたが、ゆっくりと受け取った。


「さっきまで私が言ってた通り、この漫画は本当に面白いから!特に今まで漫画を読んだことのない香織からすると衝撃だと思うよ!」


香織が一巻を受け取ったのを見た葵はそう言って何度も香織に念押しをした。

おそらくファミレスに来るまでにさんざんネジ巻きの良さをアピールされていたのだろう。香織は「わかった!わかったから!」と言って葵の熱量を抑えた。


「じゃあ私は待ちに待ったこっちを読も。先間君貸してくれてありがとう!楽しみー!」


葵はそう言って学校ですでに先間から受け取っていた最新刊を開き、早速読み始めた。

しかし香織はまだ何かを警戒するように、何度も漫画を裏返しては表紙と裏表紙を繰り返し見ている。

先間はそんな香織の様子に軽く噴き出すと言った。


「朝霧さんそんなに警戒しなくても大丈夫だよ。さっきも言ったけど無理に全巻を読ませようとしているわけじゃないし。とりあえず一巻だけ読んでもらって面白ければ続きも貸すし、面白くなければ...まあそれはそれでしょうがないよ。」


「ふーん...じゃあ...読むわ。」


先間の説得を受けた香織は、そう言うと一ページを開きネジ巻きを読み始めた。

先間はその瞬間に勝利を確認する。


(さっきはそう言ったけど...絶対ネジ巻きは一度読めば嵌る。それほどまでに面白い漫画だ!絶対朝霧さんもネジ巻きワールドに釘付けに...。)


「先間よ。」


ペラペラと漫画を読み始めた香織を、しめしめといった様子で見ていた先間に、隣の彰人から声がかかった。

先間は「どうしたの?」と言って、彰人を見た。


「我は...なんのために呼ばれたのだ?」


「えっと...とりあえずドリンク注いでこようか?」


そう言ってコップも持ち「メロンソーダでいい?」と言いながら立ち上がる先間に、彰人はため息をつくのだった。

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