第五話 はじめての不良退治
不良に絡まれた。先間が。
入学して1か月ほどたち、やっとクラス全員が打ち解け始めてきたころだった。
午前中の授業が終わり、昼食を食べ終わった彰人は何の気なしに教室の窓から廊下を見渡していた。
すると廊下の突き当りにある曲がり角から、先間が歩いてきているのが目に入った。
しかしそのすぐ後ろから4人ほどの学生がニヤニヤしながら、ついてきている。
先間は気にしないように前を向いて歩いていたが、肩をつかまれ不良生徒に囲まれたあと、程なくして再度元来た方向へ引っ張って連れていかれた。
遠目にも顔が絶望の色を映しているのが見えた。
彰人は少し考えた後、椅子から立ち上がり、先間のあとを追った。
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「お前さぁ、ゆうき君の事見てただろ?」
「いえ、見てません...」
「うそつくんじゃねぇよ、オイ」
「ほんとです...ジュースを買いたかっただけなんです」
あれから体育館裏に連れていかれた先間は、周りを3人の生徒に囲まれ、互い違いに話しかけられていた。
それに対して、先間はゆるゆると首を振りながら、否定の言葉を繰り返す。
そこから一歩離れたところで、ガムをくちゃくちゃ噛みながら、その様子を眺めている背の高い生徒がいる。
おそらくその生徒がゆうき君なのだろう。
どうやら話を聞く限り、先間がジュースを買おうと校内にある自動販売機に向かったところ、その前でこのゆうき君+αの不良生徒たちがたむろしていた。
その様子を見て先間は踵を返したらしいのだが、生徒たちに目をつけられ、廊下で見た光景に至ったらしい。
理不尽だとは思う。しかし、先間が絡まれやすいのもわかる。
でも、特に放っておく理由にはならなかった。
「なにをしている?」
急に話しかけてきた彰人に不良たちはぎょっとした顔で振り向いた後、怪訝な顔をした。
先間も困惑した顔でこちらを見ている。
「誰、お前」
不良の一人がこちらに身体を向けて、問いかけてきた。
「彰人だ。」
「いや、誰だよ。」
せっかく名前を名乗ったのに、バッサリと切って落とされた。
もう一人の不良がこちらを凝視してつぶやいた。
「こいつも1年だな。」
それを聞いた不良たちの眉毛が一気に吊り上がる。
「お前、何の用だよ。」
「もしかしてこいつの友達か?」
先間の肩をつかみながら、不良が言った。
先間はびくびくしながらも、彰人のほうをちらっと見て、目線を足元にそらした。
「ふむ...」
彰人は先間を見て、少し考えたのち、答えた。
「友達ではない。まだな。」
「だが、」
「困っているときは助けると約束をした仲ではある。」
先間が驚いた顔でこちらを見た。
彰人はゆっくりと不良たちに歩いて近づいていく。
そんな彰人から何かを感じたのか、先間をつかんでいた不良も含め、3人ともこちらに向き直った。
「何だお前、やんのか!」
「オイ!近づいてくるんじゃねぇ!」
「ぶっ殺すぞ!」
それぞれ脅し文句を言ってくるが、まだ手を出してくる気配はない。
しかしそんな不良たちの後ろから、声がかかった。
「お前ら、どいてろ」
「ゆうき君...」
3人の不良たちがそれぞれ端にどける。
その中央からガムを噛みながら、背の高い不良が歩いて近づいてきた。
彰人もそのまま歩くのを止めず、自然と顔を突き合わせ、にらみ合う形になる。
「お前も金だけ出して、帰れ」
背の高い不良はこちらをにらみつけながら、小さな声ですごんだ。
彰人は答える。
「断る。」
その瞬間、背の高い不良の体がぶれた。右腕を大きく振り、こちらに殴りかかってくる。
3人の不良たちは手を上げて興奮し、先間が大きく口を開け、何かを叫ぼうとした。
しかし4人と動きはどれもその途中で、時間が止まったように静止した。
指一本。
背の高い不良が繰り出してきた不意打ちのパンチを、彰人は人差し指一本で止めていた。
「は?」
背の高い不良はパンチを打つ途中の体制のまま、何が起こったのかわからず呆けた声を上げた。
しかし、すぐに我に返ると、連続して殴りかかってきた。
そのパンチを彰人は全て上半身だけで躱し、時には指で受け止め、しのいでいた。
「なんだ、こいつっ」
肩で息をしながら、背の高い不良が少し下がる。
彰人は最初の場所から一歩も動いていない。
それを見た背の高い不良は、得体のしれない恐怖を感じ、激高した。
「ぶっ殺す」
ポッケに手を入れたかと思えば、次の瞬間、その手には小さな刃物が握られていた。
「ゆうき君、それはやばいって」
取り巻きの不良の中の1人が声をかけるが、興奮した背の高い不良の耳には入っていないようだった。
こちらにナイフを向けながら、ぎらついた目でにらんできている。
彰人はふう、と息を吐き言った。
「このままお主を体術で倒してもいいのだが、実は先間とはもう一つ約束をしている。」
「ぶっ殺すっ!」
背の高い不良がナイフをこちらに突き出しながら、一歩大きく踏み出した。
彰人は手のひらをその不良に向け、つぶやいた。
「助ける方法は、魔法で、だ。」
その瞬間、彰人の手のひらの先に小さな魔方陣が現れ、ナイフがその魔方陣に触れた。
空気が震えた。
ナイフと着ていた服だけがそのまま、背の高い不良の姿が消えた。
否、高速で後方に吹き飛んでいた。全裸で。
そのまま、茂みの中に突き刺さった。
先間と取り巻きの不良は、目を皿のようにして、今度こそ静止していた。
彰人は空中で貼り付けになっているナイフを掴むと、そのまま勢いよく両手を合わせた。
パンッという小気味の良い音が響き、そのまま離した手のひらには『ゆうき君』の文字の形に変形した、鉄の塊が乗っていた。
「結局、この中で名を名乗ったのは、我だけだったな。初めて会った相手に名も名乗れないようであれば、常に名のわかる物を身に着けておけ。」
そう言って『ゆうき君』の鉄の塊を、いまだに空中で立ったままになっている制服のポケットにしまうと同時に、制服は時が動き出したように崩れ落ちた。
「さあ、お前らももういけ」
彰人は取り巻きの不良たちに声をかけた。その言葉に電撃を受けたように体を震わせた3人は、真っ青の顔でロボットのようにコクコクとうなずいた後、いまだに茂みに突き刺さったままになっている背の高い不良のもとに走っていき助け起こすと、肩を抱えて学校から出て行った。
彰人はその様子を眺めた後、少しバツの悪そうな顔をして「まあ、これくらいは許容範囲内だろう」と呟いた。
「あ...あわわ...」
「ん?」
奇妙な音がする方向に目を向ければ、口をがくがくとしながら、腰の抜けた様子の先間がいた。
彰人は手を差し出すと、言った。
「我は約束を守るタイプなのでな。お礼はいいぞ。」
「...もう、何が何やら...でも、」
先間は彰人の手を掴み立ち上がる。
「僕だって、お礼を言うタイミングは自分で決める。助けてくれて、ありがとう。」
そういって頭を下げた。
彰人はそれを見て、目をぱちくりすると、ほほ笑んだ。
(先間とは良い友達になれそうだ。)
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ちなみに翌日、彰人と先間が自動販売機の前を通ると、ゆうき君とその取り巻きが自動販売機周りをせっせと掃除をしていた。
そして、こちらに気づくとびくっと体を震わせたあと後、各々が大きな声で自分の名前を名乗り挨拶をしてきた。
先間はぎょっとした後、彰人を見た。彰人は軽く肩を上げた。
「奴らに昨日の記憶はない。」
「じゃあ、今のって...。」
「記憶はないが、体が覚えているのかもしれんな。上下関係というやつを。」
「彰人って顔は良くて、魔法も使えるけど、...性格は悪いよね。」
口角を上げてニヤッと笑う彰人を見て、先間があきれたように、顔を振った。
しかし、また掃除に戻る不良たちを見て、先間もニヤッと笑った。
「でも、嫌いじゃない。」