第五十七話 パフォーマンスと魔法は違うので 後編
「確認したいこととは何かな?」
「そうだな...先間よ、先ほど使用していたお札を借りれるか?」
「え。」
疑っている姿を悟られないよう尋ねたパフォーマーに対し、目の前でイケメンな男子高校生は柔和な男子高校生にお札を借り始めた。
しぶしぶといった様子で財布から万札を取り出した高校生は、
「僕のゲーム代だからね。ホントに頼むよ。妙なことしないでね。」
と何度も念を押しながら、イケメンな男子高校生に万札を手渡した。
イケメンな男子高校生は「感謝する。」と言いながら受け取り、「大丈夫だ。必ず無事な状態で先間のもとに戻ってくることを約束する。」といった。
「なんか...不安になるんだよなー。」
柔和な男子高校生はそう言いながら眉を下げた。
そんな様子を見ながらもパフォーマーの警戒心は解けることはなかった。
(さてお札を取り出したぞ。どんなマジックを仕掛けてくるつもりだ...。)
身構えるパフォーマーを尻目に、イケメンな男子高校生は何度かお札を太陽の光に透かすような仕草をした後、また片手を顎に触れると言った。
「ふむ。当たり前だが...ただのお札だな。」
「もちろんさ。先ほど言った通り、僕の芸はマジックじゃないからね。」
パフォーマーは『マジック』という単語に力を入れる。お前の正体に気づいているぞ、と鎌をかけることが目的だったのだが、特にイケメンな男子高校生に動揺は見られなかった。
そしてそのまま先ほどパフォーマーが行ったパフォーマンスの時と同じく、おもむろにお札を二つ折りにすると柔和な男子高校生の方を振り返り言った。
「先間、おそらく我は上手くできんだろう。」
「え?何が?」
「だが安心してほしい。このお札は必ず無事に返す。」
「ち、ちょっと何する気...」
嫌な予感を感じた柔和な男子高校生は静止の声をかけようとするが、どこからか取り出したボールペンを掲げたイケメンな男子高校生は、そのまま折り曲げたお札の中央へと一気に腕をペンを突き立てた。
バスッという音が響き、お札の下からボールペンの先っぽが顔をのぞかせた。
「えぇぇぇぇ!」
(えぇぇぇぇ!)
自分の万札に風穴を開けられた柔和な男子高校生は目を見開きながら大声で絶叫し、それを見ていたパフォーマーも声こそ出さなかったが心の中で衝撃を受けていた。
(え!うそ!これマジで穴開いてない?え?)
パフォーマーはまじまじとお札を見る。
もちろん先ほど似たようなパフォーマンスは行ったものの、パフォーマーの場合は実際にペンを刺してはいない。お札の特殊な折り投げ方と、目の錯覚を利用することで刺さったように見せかけているだけだ。
しかし目の前でイケメンな男子高校生が持つお札は、どれだけ目を凝らして見ても本当にボールペンが貫通しているようにしか見えなかった。
「あ、彰人っ。僕...僕のお札...。」
柔和な男子高校生は可哀想なほど狼狽えていた。
イケメンな男子高校生はペンが刺さったお札を見ながら「やはりこうなるか...ここまでは合っているのか?いや物理的な損傷は直せないだろう...。どういう芸なのだ?」とブツブツ呟いている。
(なんだこれは...どういう意図があるんだ。僕を困惑させることが目的か?)
ぐるぐると色々なことを考えるパフォーマーだったが、
「ふむ...まあ一度進めるか。」
イケメンな男子高校生はそう言うと、またおもむろに片手をお札の横に持っていき、そのままお札を握りつぶした。
「なんでぇぇえええ!」
(なんでぇぇえええ!)
再び柔和な男子高校生とパフォーマーの雄たけびはリンクする。
もちろん先ほどのパフォーマンスでも同じくお札を握りつぶす振りはした。しかしパフォーマーのはあくまで振りだ。本当に握りつぶしてはいない。
しかし先ほどイケメンな男子高校生が行った行動は、完全に本当にお札を握りつぶしたように見えた。
だがそこでまだ終わりではなかった。イケメンな男子高校生は今度はその状態のまま、一気にペンを引き抜いた。
そして、ゆっくりと手を開く。
そこにはもちろん中央に穴が開き、ぐしゃぐしゃに潰れた万札が転がっていた。
「あぁぁ...」
柔和な男子高校生は今にも膝から崩れ落ちそうなほどショックを受けているように見える。
しかしパフォーマーはパフォーマーで、頭の中にはてなマークが咲き乱れていた。
(なにこれ?どういうマジック?これ完全にお札潰しちゃってるよね?え?これが今のマジックの新しい形?いやいやこれじゃただの破壊だよ。)
呆然と立ち尽くすパフォーマーだったが、イケメンな男子高校生はボロボロになったお札を見ていた顔を不意にパフォーマーへ向けると言った。
「普通はこうなる。」
「こうなるじゃないよ!」
間髪入れず後ろから、万札をボロボロにされた柔和な男子高校生の突っ込みが飛んだ。
パフォーマーは(まだ気を抜くな。まだどうなるかわからないぞ。)と思いながらも答える。
「う、うん。そうだね。」
「え?なんでパフォーマーさんも受けて入れてるの?なんなの?僕の知らない間にいつの間にか万札の価値って地に落ちてたの?」
パフォーマーの返答に対しても柔和な男子高校生から突っ込みが入る。
しかしその中でもイケメンな男子高校生は真面目な顔で質問をしてきた。
「だが先ほどお主は同じ手順を踏んだお札を復元して見せた。あれはどうやったのだ?」
「いやーちょっと...それは...」
「企業秘密というやつか?」
「まあ...そうだね。」
パフォーマーは動揺する心を抑えながらもなんとか答える。そしてその答えを聞いたイケメンな男子高校生は「そうか...。」と言うと、「では少しだけ突っ込んだ質問をする。」と言った。
そして手のひらに持っているボロボロの万札を指でつまむと、パフォーマーに見せながら言った。
「お主がこの状態から復元ができるということは分かった。」
「え?...いや、まあ復元というか...」
「だがどこまでできるのだ?それによってお主の芸を見極めるヒントにしたい。」
「どこまでって...どういうことだい?」
「つまりは、今のように”穴が開いた”状態ではなく、”破かれた”状態でもお主の芸で復元できるのか?」
「今破くって聞こえたけど、勘違いだよね?」
落ち込みながら混乱していた柔和な男子高校生はそう確認をした。
しかしその確認も虚しく「こういうことだ。」と言いながら、イケメンな男子高校生はお札の端に手をやった。
「待った!いやそれは出来ない!復元は無理だ!」
思わずパフォーマーは大きな声で止めてしまった。さすがに目の前で万札を破かれるのは心臓に悪い。
イケメンな男子高校生は「そうか。」というと、お札の端を掴んでいた手を離した。パフォーマーはほっと一息をついた。
「では燃えたらどうなのだ?」
「さすがにお札を破くのは...え?」
「”燃えた”状態だ。復元できるのか?」
「燃え...え?何を言って...。」
「だからこういうことだ。」
そうイケメンな男子高校生が言った瞬間、手に持つお札が炎に包まれた。
それと同時に柔和な男子高校生の悲痛な悲鳴も駅前に轟いた。
そこまで見たパフォーマーはやっと気づく。
(この高校生たちはマジシャンなんかじゃない...もっと得体のしれないヤバい奴らだ!)
かろうじてそこまでは頭が回るパフォーマーだったが、余りの衝撃的な光景に足が動かなければ、声も出なかった。
しかし炎の爆ぜる音に混じり、声が響いた。
「彰人!それ僕のゲーム代ぃぃいいい!」
「む。そうだったな。」
柔和な男子高校生の悲痛な叫びを聞いたイケメンな男子高校生は、はたと気づいたような素振りを見せた。
そして軽く首を振りながら「ついついやり過ぎてしまった...全く好奇心というものは厄介だな。」と呟くと、次の瞬間それまで燃え盛っていた炎が今度は急に消え去った。
「...は?」
パフォーマーは今度こそ思考が彼方へと吹っ飛んだ。
もちろん急に炎が姿を消したこともある。しかしそれ以上に衝撃だったのは、先ほどまで炎に包まれていたイケメンな男子高校生の手に握られていたものだ。
そう、その指先にはさっきまで燃えていたはずの万札が掴まれていた。ぐしゃぐしゃに潰されてもおらず、中央に穴も開いてない状態で掴まれていた。
「それにしてもパフォーマンスとは難しいな。全くどうやっているのかわからん。」
「いいからお札返してよ!」
「おぉ、約束通り無事な状態だろう?」
そう言って差し出されたお札を柔和な男子高校生はひったくるようにな勢いで取り返すと財布の中にしまい、イケメンな男子高校生の方を見て言った。
「もう一生彰人にはお金貸さない。」
「なぜだ。」
「ふん!」
柔和な男子高校生はプリプリと怒りながら、そっぽを向いた。イケメンな男子高校生は再度小声で「なぜだ?」と呟くと、頭をポリポリと掻いていた。
その光景を見てやっと気を取り戻したパフォーマーは、かすれた声で尋ねた。
「な、なあ...」
「む?どうした...あぁ心配するな。もうお主の芸の事は聞かぬ。素晴らしい特技だと思うぞ。」
「いや、そんなことはどうでもよくて...」
パフォーマーは震える手で柔和な男子高校生の方を指さした。
「なんでお札が元に戻って...」
やっとの思いで絞り出した疑問に、イケメンな男子高校生は笑顔で答えた。
「気にするな。我はマジシャンなのだ。お主とは違いある仕掛けでお札を復元しただけだ。」
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パフォーマーは駅前のベンチに座って空を眺めていた。
そして1時間ほど前に見た出来事を思い返す。
(水晶玉が空中で止まったところから始まり、ボロボロになったお札が燃えたと思ったら元通りか...。)
パフォーマーは目をつぶると、大きく息を吐いた。
そして決意した。
(まだまだ...甘かったな。世の中には想像を超える芸を持つ奴らは何人もいるんだ。テレビ出演なんて雑念は捨てよう。ここから再チャレンジだ。もっと修行を重ね、もっと芸を磨いてから...。)
そんなことを考えながらパフォーマーは立ち上がると、次の街に移動するために駅へと向かって歩き出した。
この数年後、パフォーマーはその世界一のパフォーマンスで世界を沸かせることになるのだが、それはまた別の話。




