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第五十四話 担任の危険な休日 後編その2

大きな音を立てて、バーの扉が開いた。


「おい、どこだ俺らのシマを荒らす命知らず...お疲れ様です!!!」


店内に入ってきたヤクザであろう強面の男は、2~3歩あるいた後に姿勢を正すと、威勢の良い挨拶が店内に轟いた。


(え?)


三澄は急にかしこまるヤクザに目が点になる。

ヤクザが入ってきた瞬間、顔を喜色に染めた男性もこの展開は予想外だったのだろう。その挨拶を聞いて凍りついていた。


「うんうん。お疲れ様。」


高校生っぽい男は若干疲れたような、そして半ば諦めたような声でそのヤクザに挨拶を返した。


「申し訳ございません!お二人方がいるとは知らず...は!もしやここのもんが無礼を働きましたでしょうか!?俺らがやっときましょうか!?」


「いや別にいいよ...って、ちょっ。」


「おいてめぇゴラァぁぁああ!!!」


断りかけた高校生っぽい男の声を無視して、ヤクザが未だに状況を把握しきれていない様子の男性に詰め寄った。


「何してくれてんだオラァ!殺すぞおい!」


「えっ...あのっ...なんで俺...。」


「なんでじゃねぇだろうがてめぇゴラァ!この方たちを誰だと思ってんだ!裏社会の頂点に君臨する...。」


「そこまでだ。」


店内に凛とした声が響いた。先ほども一度だけ聞いた仮面の男の声だ。

それを言われたヤクザは肩をビクッとさせると、「すいません!」と言いながら振り向いた。


「もういい。帰れ。」


そんなヤクザに向かって、仮面の男は命じる。

ヤクザは「承知いたしました!」と大きな声で答えるとドタドタと扉に向かって歩いていき、「お疲れ様です!」という挨拶と共に店から去っていった。


(なんだったの今の?なんでこの2人組はあんな強面のヤクザから敬われてるの?)


三澄の頭の中は疑問でいっぱいになる。

しかしそんな中、先ほど大きな声で挨拶をされていた高校生っぽい男のため息が聞こえた。


「はあ疲れる...だから嫌なんだよ...てか裏社会の頂点ってなに...その異名広まってない...よね?」


高校生っぽい男のぼやいている声が聞こえ、最後の問いには仮面の男は肩をすくめることで答えていた。


「なにが...おこって...。」


すでに状況が奇々怪々すぎて頭の処理限界を大きく超えてしまったのか、男性は呆然と呟くことしかできていないようだった。


「てか、ごめん。思わず入ってきちゃったけど、まだ終わってなかったんだね。この人どうしよ...?」


高校生っぽい男が喋っている途中で、仮面の男は三澄を指さした。

その瞬間、ハッと息をのむ音が聞こえ、高校生っぽい男の声は聞こえなくなった。

しかし、今まで喋り続けた高校生っぽい男と、更には先ほどまで妙な手品を繰り広げていた仮面の男の子の声を聞き、三澄の中にある仮説は少しづつ確証へと変わりつつあった。


その可能性を確かめるべく、三澄は痺れる体に力を入れた。

まだ手足は動かないようだったが、先ほどよりは喉のしびれは取れてきた気がしていた。三澄は重点的に喉や舌といった口周りの筋肉を動かそうと試みる。

何度か試すうちに、ぴくぴくと唇を動かせるようになってきた。


その間に意識が戻ったようにハッとした男性は、仮面の男に向かって土下座をした。


「ゆ、許してくれ!まさか君らがそんなに大物だとは思ってなかったんだ。あの鬼頭組の組員があんなにかしこまる姿なんて初めてみた。もう二度と君たちには逆らわない!」


床に頭を擦りつけながら、必死で懇願をする男性を仮面の男は無言で見ていた。

その無言から何かを感じ取ったのか、男性は三澄の方をちらっと見ると再度頭を下げる。


「それと、もう女性に悪さをするのもやめる!二度としないと誓う!それにこの女性には本当にまだ指一本触れていない。だから...っ!」


男性がまた急に頭を押さえて呻いた。

そしてそのままガタガタと震え始める。


「あ...す、すいませ...指は、ふ、触れて...」


絞り出すように声を発する男性の顔は蒼白だった。

理由は分からないが、なぜか仮面の男が現れる前に男性が三澄に指一本だけ触れていたことがばれているようだった。

しかし正直三澄はそれどころではなかった。一心不乱に口周りの筋肉を動かし続け、ついに喉の奥からかすれた声を上げることができた。


(よし!いけるわ!)


三澄は目線を仮面の男に向け、薄く唇を開いた。しかしつい先ほど漏れたかすれ声が聞こえていたのか、仮面の男はこちらを見ており目線がばっちりと合った。

しかし三澄は自分の中に芽生えていた疑問をそのまま言葉にしようと、息を吸った。

それを見た仮面の男は、はーっとため息をつくと、三澄の方に手を軽く振った。


「...あなたたち...」


どうにか声を絞り出した三澄だったが、次の瞬間強烈な眠気に襲われた。

上瞼と下瞼が貼りつきそうになるのを必死に耐える中で、その視界に仮面の男が男性に向き直るのが映っていた。


「さて...もうわかると思うが、お主は許されはしない。」


そう言った仮面の男は男性に向かってゆっくりと手を掲げた。

男性の顔が今日一番青ざめた光景を最後に、三澄の意識は眠気の中へと呑まれていったのだった。


************


「...ぅ」


三澄は微かな揺れに目を開く。どうやら電車の中のようだ。

もう時刻は遅く、窓の外では夜の街が横に流れている。


(あれ...私なんで...)


寝起きでボーとする頭で考えるが、自分がどのような経緯で電車に乗ってるのかが思い出せない。

必死に記憶を辿ろうとする三澄だったが、そんな時電車が速度を緩め始め、車内に響くアナウンスは三澄の家の最寄り駅を告げていた。


(降りなきゃ。)


三澄は慌てて立ち上がると、電車の外へ出た。

まばらに降りた人たちと共に改札へ向かって歩きながら、再度記憶を辿り始める。


(確か今日は朝から隣町に出かけてて...そうだ。映画を見たんだわ。)


昼間に見た映画のことすら思い出すのに少し時間がかかったことに、三澄は軽く苦笑する。


(でも映画の記憶は残ってるけどその後の記憶が曖昧だわ...確か映画が終わった後は夕飯前の時間になる予定だったはず...まさか、私一人で夕飯時にお酒を飲んで記憶を飛ばしているの!?)


三澄は一瞬自己嫌悪に陥りそうになるが、考えを改める。


(いえいえ...冷静になるのよ私。そんなはずがないわ。別に悪いことが起こったわけでもないのに、一人で記憶を飛ばすほどお酒を飲むわけがない。...でも、確かに体の中にアルコールは残っているわね。)


三澄は自分の吐息にアルコール臭が混ざっていることには気づいていた。しかしお酒を飲んだ記憶はもちろん、夕飯を食べた記憶すら思い出せない。

私大丈夫かしら、と自分が心配になりながらも、三澄は何の気なしに腕時計に目を落とした。そして驚く。

時計の針は零時を指していた。


(あれ!なにこの時間!いつの間にこんなに時間がたってたの!?そう言えば先ほど電車から降りる人が少ないなとは思っていたけど...まさかこの時間だと終電だったのね。)


三澄は貴重な休日が自分の記憶のないうちに終わってしまったことにショックを受けた。

しかし記憶が残っていようがいまいが、今日が終われば明日も朝早くから仕事だ。三澄は落ち込みながらも、家路へと急ぐのだった。


************


翌日、昨日は記憶を飛ばすまでお酒を飲んでしまった疑惑が拭えない三澄は、少し暗い顔で校内を歩いていた。

すると前から2人組の生徒が歩いてくることに気づいた。


「おはよう。」


三澄は朝の挨拶をした。


「「おはようございます。」」


その生徒たちも気持ちよく挨拶を返してくれる。

そして生徒たちが三澄の隣を通り過ぎた時だった。


「あなたたち...悪い人と遊んだりしてないわよね?」


振り返りながら生徒たちに言った言葉に、三澄自身が驚く。完全に無意識に口をついて出ていた。

もちろん言われた方の生徒も驚いた顔でこちらを振り返っている。


「ああ、特にそのようなことは...」


「そそそ、そんなわけないですよ先生!まさかヤクザから挨拶されたり、ヤクザから率先して道を譲られたりなんて...してるはずがないじゃないですか!」


一人の生徒がめちゃくちゃに動揺していた。

その様子を見ながらどうもしっくりこない三澄だったが、まさか目の前の生徒がそんな人たちとつるんでいるようには思えない。

確かに1人は時々不可解な言動が目立ちはするがそれを除けば校内でも指折りの優秀な生徒だ。

それになぜかめちゃくちゃ動揺している生徒も、こちらこそよく漫画やゲームの話をしており不良たちに絡まれることはあれど一緒に遊ぶことなど想像する方が難しい生徒だった。


「そう...よね。ごめんなさい。急に変なこと言って。」


三澄はそう言うと、前を向き歩き始めた。

その後ろでは生徒たちがこそこそと喋っている。


「彰人、大丈夫かな?」


「問題はない。記憶は消えておる...しかし、だから声は出すなと言っておっただろう。声は記憶に残りやすく、一度消しても再度思い出すトリガーとなりやすいのだ。せっかく我が顔を隠しておったのに...。」


「ごめん...まさか先生が意識ある状態だとは思ってなかったから...。」


彰人がぼやき、先間が小声で謝っていた。

しかしそんな会話の内容も、ギリギリ三澄の耳に入ることはなかったのだった。

今日からGWのため、少しの間更新をお休みいたします。

次話は連休明けの7日(火)に更新いたします。

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