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第五十二話 担任の危険な休日 中編

「あ、ここです。」


「へぇー、こんなところにバーがあるなんて知りませんでした。」


結局、あれから三澄は映画館前で声をかけられた男性と一緒にご飯に行ったのだが、そこで意気投合することになった。

特に映画の原作となっていた小説の話が盛り上がり、お店を出るタイミングで少し物足りなさを抱いていた三澄は、男性の「この後もまだお時間大丈夫ですか?」という誘いに小さく頷いていた。

喜ぶ男性に「この近くに友人が経営しているバーがあるんです。」と言われ、促されるまま現在とあるビルの前へとたどり着いていたのだった。


「ここにはよく来るんですか?」


「まあ、友人のよしみで顔を出す程度ですが。」


そんな会話をしながらビルの中にある階段を上り、3階にあるバーの前にたどり着いた。

窓の小さな黒い扉があり、中の様子は確認できない。男性がゆっくりと扉を開き、「どうぞ」と中に招いてくれた。

三澄は「ありがとうございます。」と言いながら扉をくぐり、店内へと足を踏み入れた。


「そんなに広いお店じゃないんだけどね。」


「いえ、隠れ家チックでいいお店だと思います。」


後ろから少し照れたように言う男性に、三澄は店内を見渡しながら返答する。

確かに少し手狭なお店ではあったが、店内は薄暗くシンプルながらも大人びた内装で統一されており、上品な雰囲気が漂っていた。


「ちょっとごめんね。」


男性はそう言いながら三澄の前に立つと、カウンターへと向かって手を上げた。

すると中にいたバーテンダーが男性に気づき、おっというような顔をした。


「おお!久しぶり。」


「そうか?先月も来ただろ。」


そのバーテンダーが噂の友人なのか、男性と軽く言葉を交わしながら、カウンターから出てきた。

そして男性の後ろにいる三澄を見た。


「あれ?もしかして...」


「いや違う違う!」


何かを言いかけたバーテンダーに男性は慌てたような反応を見せる。

三澄は一応ペコリと頭を下げておいた。


「ははは!まあ奥のソファー席空いてるからどうぞ。」


そう言ってバーテンダーが案内してくれた席へと進む。

三澄と男性はソファーに腰かけながら、メニューを見た。それぞれベースの違うカクテルを注文する。

バーテンダーは「はいよ。」と言いながらメモ書きをし、最後に男性の肩に手を置くと「まあ頑張れや。」と言ってカウンターの中へと去っていった。


「だからっ!...はあ、全くあいつは。」


困ったように笑いながら男性は三澄を見た。

三澄はそんな男性の困った笑顔に心臓が跳ね、思わず顔を背けてしまった。

そのままお店の中に再度目線を向ける。

どうやらお客は三澄たちのほかに、1人の男性客しかいないようだ。そのお客は1人でカウンターに座り、お酒を飲んでいる。

しかしお店自体、6席ほどのカウンター席の他には、2つのソファー席しかので、別にお客が入っていない状態というわけでもないのかもしれない。

しかし、三澄は何かが引っかかりじっとお店の中を見続けた。


「どうしたの?」


「あ!何でもない!」


そんな三澄を不思議に思ったのか、男性が声をかけてくる。

三澄は慌てて男性の方を見ながら、手を振って答えた。


「そっか。三澄さんはよくバーとかって来るの?」


「いえ私はあまり来たことがないです。おそらく片手で数えられるくらい...。」


「そうなんだ。もしお酒も苦手なら無理しなくていいからね。ここノンカクテルも意外と美味いから。」


「意外とは一言多いな。」


いつの間にか隣に来ていたバーテンダーがそう言いながら、手に持っていた飲み物をテーブルに置いた。


「あれ?聞こえてた?」


「聞こえてるよ。隣にいたんだから。」


「いやー気づかなかったな。相変わらず仕事が早いことで。」


「そりゃどうも。」


そこまで喋った後バーテンダーは三澄の方を向くと言った。


「でも本当にお酒弱いなら言ってくれな。自慢じゃないがうちのノンカクテルは上手いぜ。」


「ありがとうございます。でも大丈夫です。バーの経験は浅いんですが、お酒は強い方なので。」


三澄は自分の前に置かれたグラスを手に取り、顔の前まで持ち合えながらバーテンダーに向かって答えた。

バーテンダーは少し笑うと、「そりゃよかった。」と言ってカウンターへと戻っていった。


「少しだけ安心したよ。少しバーに誘ったのも強引だったかなって心配だった。」


「そんなことないです。久しぶりにバーにも行きたかったので...。」


「良かった。じゃあ今日はあと少しよろしく。」


「よろしくお願いします。」


そう言いながら三澄は男性とグラスを合わせた。


************


それから三澄と男性は話に花が咲いた。

小説の話はもちろん他の趣味に対しても男性と馬が合う部分が多々あり、三澄は思わず時間を忘れて喋っていた。

しかし4杯くらいになるカクテルを呑みながらふと時間が気になった三澄は、少しぼやけた視界で腕時計を確認した。


「そろそろ終電危ないかな?」


それに気づいた男性がこちらに声をかけてくる。

こういう気遣いもさりげなく、三澄はどんどんと男性に惹かれていく自分を自覚していた。


「ううん、まだ30分くらいは大丈夫です。」


そう答えて手に持っているカクテルを飲み干した。


(さすがに少し酔ってきたわ...)


三澄は若干ほてっている体を手で仰いだ。先ほどから喋りながらカクテルばかり立て続けに頼んでいるため、視界もぼーっとしてきている。

しかし男性はかなりお酒が強いのか、三澄よりも度数が強そうなお酒ばかりを飲んでいるのにも関わらず、顔も赤くなっていなかった。


「でも、あまりギリギリになると危ないし、もう少ししたら出ようか。」


男性はそう言って優しくほほ笑んだ。

三澄は今度はアルコールのせいではなく、頬が熱くほてるのを感じた。

そんな時、バーテンダーがこちらに向かって歩いてくると、三澄の前にグラスを置いた。


「あれ私まだ何も頼んで...」


「サービスだよ。」


バーテンダーはそう言って、三澄にウインクをした。


「これからもしかすると長いことお世話になるお客さんになる気がしたからな。俺からの気持ちだ。」


「それってどういう...!」


三澄は最初バーテンダーの言っている意味がピンと来なかったが、今度は目の前で男性に意味ありげに目線を送るバーテンダーを見て察した。


(き、気が早いバーテンね。まだ私がこの人と、つ、つ、付き合うなんて決まってないのに。)


「あ、ありがとうございます。」


三澄は恥ずかしさのあまり小さな声で呟きながら、グラスを持ち上げると、照れているのを隠すように一口飲んだ。

その飲み物は初めて飲む味だった。まずくはないが少し薬品臭がする。

三澄は少し首をかしげると、バーテンダーに尋ねた。


「これなんていうお酒ですか?」


「ああーそうだなー。」


バーテンダーは少し考えるように顎を触ると、三澄の方を見てニヤッと笑いながら言った。


「俺らの夢が叶うお酒だ。」


そのニヤケ顔が先ほどまでのバーテンダーの雰囲気と比べていやらしかったのと、言っている意味がよく分からず、三澄は「何を言ってるの?」と言おうと口を開いた。

しかしそこで声がうまく出せなくなっていることに気づく。そして次の瞬間は、店内に響くガラス音を耳にした。

それは三澄の手からグラスがこぼれ落ち、地面にぶつかった音だった。


(あれ...体が...変...)


三澄は痺れた体を動かそうと力を入れるが、少し指がぴくぴくと動く程度で、少しも思い通りに動かせない。

そしてついに自分の体も支えきれなくなり、ソファーの背もたれに崩れ落ちた。


「はあー」


三澄は目だけを動かし、ため息がした方向を見る。そこには先ほどまで三澄の目の前で楽しくお喋りをしていた男性がいた。

しかし、三澄はその人が同じ人物だと思いたくなかった。

なぜなら男性が、今日一度も見たことがないほど冷徹な目で、三澄を見ていたからだった。


「全くなかなか酔わずに警戒心が解けないから無駄に時間がかかったよ。」


男性はそう言いながら三澄の隣に移動してくる。

三澄は恐怖に怯えた目で男性を見た。それから思い出したように、カウンターへと目を向ける。

確かそこには最初から一人でお酒を飲んでいた男性客がいたはずだった。


「おい、扉ちゃんと閉めたか。」


「ああ。大丈夫だ。」


しかし三澄が心のどこかで想像していた悪い予感が当たる。

そこにはバーテンダーと喋る男性客がいた。

その親し気に喋る様子を見る限り、どうやらやはりあの男性客も仲間だったようだ。


「安心してもらいたいけど、これは別に毒じゃないよ。」


男性は地面に落ちたグラスを拾うと、三澄に見えるようにテーブルの上に置いた。


「ただ筋弛緩剤ってわかるかな?まあ筋肉の動きを弱める効果を持つ医療品のことだけどさ。あれと同じ効果をもつ特別製のカクテルなんだ。」


男性はそう言うとゆっくりと三澄の方へ体を寄せてくる。

三澄は目を閉じようとしたが、それすら思い通りにできなかった。


「巷じゃ眠らせたほうが手っ取り早いっていう奴もいるけど僕はそうは思わない。なぜなら...」


そう言いながら男性は人差し指を三澄のお腹の辺りに置いた。

三澄は叫び声を上げようとするが、もちろん出るのは小さなうめき声だけだった。

男性はそんな三澄の様子を見ると、冷徹な目のままゆっくりと笑った。


「その恐怖に歪む目を見ながら楽しむのが一番だから。」


男性の人差し指がゆっくりと上に移動してくる。

三澄はその指の感触を感じながら、自分に感覚が残っていることを恨んだ。


(なんで見知らぬ男性について来てしまったんだろう...)


天井を見ながら、悔しさと情けなさで涙が一粒頬を流れた。

そしてその時ふいにソファーに座り店内を見回した時に抱いた違和感の正体に、今更になって気づいた。

ビルの外から階段で上がってきたので、このお店がビルの外側に面していることは分かっていた。

しかし店内に窓が一つもなかったのだ。


「最初はお前でいいけど、俺らにも楽しませろよ。」


「分かってるよ。いつもあとで好きなだけ楽しませてやってるだろ。」


バーテンダーと男性のそんなやり取りも聞こえてくる。

その間にも男性の指はゆっくりと三澄のお腹をなぞり続け、そろそろ胸に達しようとしていた。


(誰か...助けて)


三澄が心の中で助けを求めるとの、店内の明かりが突如消え、全てが暗闇に飲まれるのは同時だった。

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