第四十九話 修羅場は気づけばそこにある 後編
「ちょっとなんて言ってるのか...」
「もう少しだけ近くに寄りましょう」
「え!さすがに気づかれるわよ。」
「帰りたい。」
それぞれが好き勝手言いながら木の陰に隠れつつ、前方で並んでベンチに座っている彰人と女子生徒を見ていた。
しかし思ったよりも距離があるのと周りの木々がざわめく音で、なかなか話し声が聞き取れない。
積極的に近づこうとする葵と倉持だったが、香織は気づかれるんじゃないかと冷や冷やした様子でそれを止めていた。
先間は何度か「帰りたい」と主張をしたが、「先間君しか分からない話が出るかもしれないし。」と呼び止めた葵の目が座っていたこともあり、未だにその目的は果たせれていなかった。
ベンチに座り話をする彰人と女子生徒は一見すると恋人のようだったが、それほど甘ったるい空気は流れていないようだった。
それは彰人の態度が他の人と接しているときとさほど変わらないように見えるのと、女子生徒の方もまだ少し彰人に気を使っているような所作が見て取れた。
「うーん、どうだろう...微妙な気もするけど...。」
「いえ、黒でしょう。まず公園で2人きりなんて羨ましすぎます。」
「それは美和ちゃんの願望も入ってるわよね。」
「じゃあ、僕はそろそろ...。」
そう言って背を向けた先間の肩は、香織の手によってがっしりと掴まれる。
「待ちなさいよ。」
「でもさっきから何度も言ってるけど僕だって本当にあの女子生徒の事は知らないし、だから彰人との関係だって想像すらつかないし、ここからじゃ何を話してるのかも分からないし。だからいても意味がないような...」
「そんなことは関係ないのよ。」
「じゃあなんで...」
困惑しながら尋ねる先間に、香織は謎に胸を張りながら答える。
「道連れよ。」
「帰るね。」
そう言って颯爽と走り去ろうとする先間を、朝霧は「だから待ちなさいよ!」と言って止める。
何度かその場で先間はその手から逃れようと頑張るが、所詮ゲーマーで帰宅部の先間に比べて、朝霧は日々バトミントンに明け暮れるスポーツ選手だ。
自らの回避能力を上回る動きで逃げ道を防ぎ続ける香織を前に、肩で息をしながら(これ力づくじゃ無理)と察した先間は交渉を始めた。
「言ってなかったけど、明日僕ダーツの大会があるんだ。だから早く帰らないと...」
「私もよ!明日朝早くからパン屋に行かないといけないのに、一緒に行くって約束してた葵があれなのよ!」
そう言いながら香織は勢いよく葵を指さした。
葵はほぼ匍匐に近いような姿勢で、倉持と共に少しづつベンチに近づこうと四苦八苦していた。
少なくともその脳内には明日のパン屋の予定の事は、微塵も残っていないように見えた。
「それはなんというか...ご愁傷さま。」
「だからあんただけ帰るなんて許さないんだから。」
「どう考えても僕は関係ないじゃん!」
そう言ってまたギャーギャーと言いあう先間と香織だったが、その背後から小声で「あ!」という声を聞き振り返る。
そこでは葵と倉持が焦燥感にかられたような顔で、立ち上がる素振りを見せていた。
あの距離で立ち上がったら確実にばれる!と思った先間と香織は、急いで2人のもとに近づく。そして香織が2人の肩を抑え、先間が冷静になるように諭した。
「まあまあ落ち着いて。何が...」
「落ち着いていられませんよ!」
先間の言葉に食い意味で倉持からの悲痛な叫びが飛ぶ。
その勢いに先間は目を白黒させた。
「どうしたのよ葵。あまり騒ぐと...」
「だって、あれ見てよ!」
香織の言葉にも食い気味で答えた葵は、ベンチの方を指さした。
先間と香織がそちらを見ると、そこではさっきよりも距離が近くなった彰人と女性生徒が手を触れあっている様子が見えた。
「な、な、なにを...」
朝霧は顔を赤くしながら口をパクパクとさせる。
先間は言葉を失い、立ちつくしていた。しかし思わず呟く声が漏れる。
「まさか...あのまま...キス...」
「「絶対ダメ(です!)」」
見事に声がハモった葵と倉持は、力が抜けていた香織の手を払いのけると、ベンチの方へ踏み出していった。
「ちょっ」
その静止の声は先間か朝霧かどちらが言ったのかは分からなかったが、前に踏み出していった2人を止めようと焦った先間と香織はお互いがつまずき、前に倒れこんだ。
そして鼻息荒くベンチに向かおうとしていた葵と倉持を巻き込む。
「きゃあ」「うわっ」
そんな声を響かせながら4人は倒れこんだ。その際に茂みから体を飛び出たのを感じていた。
その直後呆れたような声が頭上から振ってきた。
「お主たち、そんなところで何をやっているのだ?」
ちらりと上を見た先間の目に、ベンチの後ろにある茂みから4人そろって転がり出てきた先間たちを、驚いたような目で見る彰人の姿が映った。
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「え?じゃあ今日はお礼だけのために?」
「だから先ほどから何度も言っておるだろう。」
先間の確認に彰人がやれやれと首を振りながら答える。
「だって。」
そう言って振り返る先間の後ろでは、
「私はそう思ってたよ。」
「私もです。」
「あんたたちよく言えるわね...。」
先ほどまで絶望の顔をしていた葵と女性生徒に噛みつかんばかりだった倉持が、2人そろって『私、別に焦ってないです。』と言った風に振る舞っていた。
そしてその隣では、そんな2人を冷めた目で見る香織がいた。
「何だが誤解をさせてしまったみたいで、大変申し訳ございません。」
「いえいえいえ、そんなこちらこそ!」
深々と頭を下げる女性生徒に、逆にいたたまれなくなった先間がテンパる。
そして改めて女性生徒の姿を確認した先間は(こういう雰囲気の女性は、やっぱりそういうことに巻き込まれてしまうんだな)と考えていた。
というのも、ベンチの後ろから転がり出てしまった先間たちは、すでに言い訳できない状況だと悟ると、誰ともなく「隣の人は彼女なの?」と彰人に探りを入れた。
しかしそれを感じ取った彰人は、今日何度目かの呆れ顔をしながら女子生徒との出会いと関係性を説明してくれた。
それはざっくりと言うと、こうだ。
先週末、彰人は一人で隣町まで出かけていた。
そして一人で少し路地裏を歩いていた際に、何か揉めるような声を聞いた。
そこに行ってみると、女性生徒が数人の男たちと一緒にいるのが見えた。
どうやら遠巻きに見ても揉めているような雰囲気だったので、彰人が助けに入った。
そしてその場でお礼をしたがる女性生徒に「別に良い。」と断る彰人だったが、「必ずお礼に行きます。せめて学校名を。」と言い続ける女性生徒についには折れ、通う高校の名前を教えていた。
そして今日、その女子生徒が校門で彰人を待っていたのだった。
「じゃあ、その子とはそこで一回会っただけってこと?」
「そうだ。」
「で、今日が2回目?」
「そうだ。」
「てことは...」
「お主たちが憶測しているような関係ではない。」
そうきっぱり言いきる彰人の隣では、女性生徒がくすくすと笑っていた。
それを見て先間たちは自分のたちの行った行動が色々と申し訳なくなり、身を縮こませるのだった。
まさかの終わりませんでした。次で終わります。




