第四話 先間との出会い
「名前は○○といいます。出身中学は△△中学で~」
左隣前で男子生徒が自己紹介をしている。
入学式のあと、教室に移動してきた彰人たちは、今自己紹介タイム中だった。
席はとりあえず五十音順に並んでいるらしく、彰人の番はまだまだ後だ。
最初はどんな生徒がいるのか興味があり、自己紹介にしっかりと耳を傾けていたが、さすがに飽きてきた。
(元の世界で魔法学校に通っていたときは、もう少し個性に富んだ自己紹介だった気がするんだが...)
もちろんそれは、彰人が通っていた学校の環境が特殊なせいもある。
国王の息子が通う学校といえば、もちろん全国各地から有権者の子供が通う超エリート校。
一癖も二癖もある生徒たちが跋扈していたが、ここはただの寂れた港町の高校だ。
(暇だ...早く授業を受けて異世界の知識を学んでみたいが、自己紹介の前に先生が言っていた内容によると授業は明日から...ん?)
すでに帰りたい気持ちになっていた彰人は、声が聞こえた気がして隣を向いた。
そこにはぶつぶつと呟きながら自分の左の手のひらを、右手の指でなぞりそのまま口の前に持っていくという、奇妙な動きをしている男子生徒がいた。
「おい、お前...何をしている」
若干引き気味の彰人だったが、もともと好奇心旺盛な性格もあり、小声で尋ねた。
だが、隣の生徒は謎の儀式に夢中なのか、彰人の声に気づかないようで、一定のペースで手をなぞり、口に持っていく動作を繰り返している。
「おい聞け。何をして...おい、おいっ」
「へぁ!」
あまりにもこちらに気づかない生徒に、つい彰人の声も大きくなった瞬間、驚いた声を上げて男子生徒がこちらを見た。
短髪に少したれ気味の丸い目。柔和な雰囲気を持った生徒だ。
「なに、何ですか?...てか、すごいイケメンだ...。」
生徒は若干挙動不審になりつつも、彰人の容姿の整い具合に驚いていた。
彰人の中で【ただの生徒】から【見る目のある生徒】にランクアップした。
「我の顔がよいことは知っている。そんなことより、今何をしていたのだ?」
「え?今?」
「そうだ。手のひらを指でなぞり、そのまま口元に持ってきていただろう。しかも何度も。あれはなんだ。」
「あー、おまじないだよ。結構有名な奴だけどしらない?」
「まじない?しらん。なんのまじないだ。」
彰人は『おまじない』という言葉に頭を回転させる。
元いた世界にもいくつかのまじないはあった。だが、今目の前の生徒が行っていたようなまじないに思い当たる節はなかった。もちろん世界が違えば『まじない』のやり方も変わるだろうが...。
そもそもなんの『まじない』なのか。純粋な興味から、彰人は尋ねた。
「緊張をなくすためのおまじない。手にひらに書いた人を飲み込むんだ。こうやって...」
「なっ!」
彰人は目を見開いた。同時に男子生徒も驚いたような顔をした。
「どうしたの...あんまり大きな声出さないでよ。いくら一番後ろの席だって言っても先生に見つかる...」
「お主...鬼族の末柄か」
「何ってんの君!」
男子生徒は立ち上がりながら、叫んだ。教室が静まりかえった。
今まさに自己紹介をしていた女性生徒は、趣味の男性音楽グループ(アイドルと呼ばれる人たちらしい)の話に興が乗り始めたところで、手を上げたまま固まっていた。
「君!静かにしなさい!」
驚いた表情をしていた女性の先生が眉毛を上げて怒った。男子生徒は口をパクパクしている。
ちらちらと彰人の顔を盗み見た後、「すみません...」と頭を下げ、おずおずと席に座った。
「どうした急に。驚いたぞ。」
「こっちのセリフだよ。何言いだすんだ急に。」
男子生徒が恨めしそうにこちらを見た。彰人は手をひらひらを顔の横で振った。
「ジョークというやつだ。」
彰人も自分でいった後に、気づいた。元の世界では人族を主食とし、悪行の限りを尽くしたと歴史に残っていた鬼族だが、こちらの世界はそもそも存在自体するはずがなかった。
「面白くないよそのジョーク...あーあ、最悪だ...」
男子生徒が頭を抱えた。
「どうした。そんなに落ち込むことではないだろ。もちろん鬼族と間違われるなど、あまりいい気分がしないのはわかるが、お主は人族だろ」
「だからセンスがないよその鬼ジョーク...僕は目立つことが嫌いなの。せっかくおまじないで緊張しないようにしていたのに...今の大声で変な人に目をつけられていたら最悪だよ。」
「まあ、そう心配するな。先ほどお主が叱られた原因は我にも非がある。万が一今後お主が何かの被害に合うようなことがあれば、我が助けてやろう。」
「どうやって。なんか格闘技でもやってたの?君の顔がいいことは認めるけど、喧嘩の強さに顔の良さは関係ないよ。」
男子生徒が口角を上げながら、からかうような口ぶりで言った。
「ふむ。どうやってか...」
彰人は口元に手をやるとしばり考え、同じく口角を上げて答えた。
「魔法で?」
男子生徒の口がきっちり5秒、ぽかんと空いた。彰人はどや顔のままだ。
男子生徒ははーっと大きなため息をつくと少し疲労感をにじませた声で答えた。
「さっき変な人に目をつけられたら困るって言ったけど。少し間違ってた。」
「なにがだ?」
「たぶん君がこのクラスで一番変な人だ。しかもぶっちぎりで。つまり僕は今がすでに変な人に目をつけられている最悪な状況だってこと。」
彰人が心外だというような顔をした。
「我は変ではない。我は...というより、お主名は何という?」
彰人は弁明をしようとして、まだ男子生徒の名前を知らないことに気づいた。
ただ男子生徒は「ふんっ」を言いながら、顔をそらすと、
「変な人に名前は教えな」
「次!さっき大きな声を出した先間君!」
先生から男子生徒に声がかかった。男子生徒は固まっている。
「呼ばれているぞ、センマ君」
彰人はにやにやしながら男子生徒の名前を呼んだ。
「うるさいよ...最悪だ」
先間は暗い顔でゆっくりと立ち上がった。「先間猛です。」と自己紹介を始めた。
それと同時に彰人も立ち上がった。
先間がぎょっとした顔でこちらを見た。
「我の名は豊島彰人だ。変な人ではない。3年間よろしく頼む。」
差し出された手を見ながら、先間はつぶやいた。
「どこがだよ...」
それでもおずおずと握手に応える先間を見て、彰人は(王族扱いされない世界か...悪くない)と思った。