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第四十八話 修羅場は気づけばそこにある 中編

最初にその女子生徒を見つけたのは香織だった。


「見て葵。すごい可愛い子がいるわ。」


「え?どこ?」


葵も香織が指を指す方向に目を向け、校門横に立つ女子生徒を見つけた。


「ほんとだ。うちの生徒じゃないね。すごいお嬢様な気配が...。」


「ふん!どうせまたどっかの目立ちたがり屋が、他校の可愛い彼女を見せびらかすために校門で待ち合わせてるんでしょ!」


香織は腰に手を当て、プンスカと怒った。

葵は苦笑しながら言う。


「まあ、でもあんなに可愛い彼女がいたらアピールしたい気持ちもわかるけどね。」


「でも、別に写メでアピールすればいいじゃない。それをわざわざ不特定多数の生徒が見る校門で待ち合わせするなんて悪趣味だわ!」


「まあまあ...」


「それにあの子、さっきからずっと待ってるじゃない!彼氏の方は何してんのよ!さっさと来なさいよ!」


香織の中で徐々に可愛い彼女を待たせている彼氏に対する怒りのボルテージが高まっていく。

このままだと、来た彼氏に文句を言ってやるわ!と言い出しかねない香織に、葵はなだめる意味も込め話題を反らした。


「そんなことより明日楽しみだね。」


「そうね!気合入れて朝から並ぶわよ!」


その言葉を聞いた香織はコロッと態度を変え、声を弾ませる。

(いつもながら、チョロいよ香織。)と葵は心の中で思う。

しかし、内心葵もウキウキとする心を止められなかった。

実は少し前に香織と葵はあるパン屋の噂を聞きつけていた。ここ数カ月前にできたばかりのパン屋らしいのだが、どうやらそこのパンが絶品らしいのだ。

最初は主婦の間で話題になっている程度だったのだが、最近ではお店が菓子パンにも力を入れ始めたことにより、女子高校生たちの間でもブームになりつつあった。

そして明日はそのパン屋で新作のパンが発表される予定だった。事前に手に入れた情報では数量が限定らしく、どうしても食べたい香織と葵は明日の朝からそのパン屋に並ぼうと約束をしていたのだった。


「今度はどんなパンが発売されるんだろうね。」


「うーん前がチョココロネだから、チョコは避けてくるというのが私の予想ね。実は王道のメロンパンだったり...。」


目の前でパンの予想に夢中になり始めた香織を見て、葵はホッと一息をついた。


(どうやら、校門の女子生徒の事は忘れてくれたみたい...良かった良かっ...え?)


「でもやっぱり私としては意外性のあるアップルパイとか来てくれたら嬉しいんだけど葵はどう思う?...あれ?葵?」


問いかけに答えが返ってこないことを疑問に思い、隣を向くと先ほどまでいた葵がいない。

香織は疑問に思いながら振り返ると、校門の方に顔を向けている葵がいた。


「もう急に立ち止まらないでよね。一人でパンの独り言を呟き続けてる私が馬鹿みたいじゃない。てか何見ているの?」


そう言いながら校門に目を向けた香織は仰天した。

先ほど話していた可愛い女子生徒が彰人と校門で喋っているではないか。


「うわ!まさかあの女の子を待たせてたのってあいつ!?最低ね!」


香織はそう言い放ちながら再度腰に手を当てた。

しかし一度深呼吸し気持ちを落ち着かせる。


「本当なら今すぐ『校門で待ち合わせをするな!』って言ってやりたいところだけど...私は今パンの予想に忙しいからね。見逃してあげるわ!行こ葵!」


そう言いながら、香織は葵の手を引いた。


(え?岩?)


そう錯覚してしまうほど、葵は微動だにしなかった。


「あ、葵?ほら行きましょ...」


「行かなきゃ...。」


「そうよ!明日は朝が早いしもう帰って...」


葵の呟きを聞き、その声のトーンに嫌な予感を感じた香織は、高速で頷きながら帰宅を促す。

しかしその最中、葵がぐるりとこっちを向いた。


「豊島君たちを追いかけなきゃ。」


葵の目は座っていた。

香織は頭を抱えたくなるのをぐっと我慢した。


「大丈夫よ葵!相手はあいつよ?絶対あの女の子は彼女とかじゃないから!安心しなさいって!」


「彼女って何ですか。」


必死に葵の気を紛らわせようと話していた香織の後ろから、今後は新たな声が聞こえた。


(げ!この声は...!)


自分の中の嫌な記憶が呼び覚まされるのを感じながら、香織は振り向いた。

そこには可憐な美貌の裏に腹黒さを併せ持つ女子中学生、倉持美和が立っていた。


「み、美和ちゃん。なんでこんなところに...。」


「私が彰人様の帰りを待つことは当然ですよね?」


堂々とストーカー宣言をする倉持に香織は気が遠くなる。

しかし倉持はそれどころではないと言った様子で、畳みかけるように喋る。


「そんなことより、彼女って何ですか。あなたが『あいつ』と呼ぶってことは...まさか彰人様の事ではないですよね?」


香織の頭を過る一瞬の逡巡。その中で香織は即座に判断した。

今校門で起きている光景を美和ちゃんに見らえると非常にめんどくさいことになる!と。


「...もっもちろんよ!」


「じゃあ、そこをどいてください。」


「ちょ、今は校門が大変なタイミングで、中学生は見たらダメなタイミングと言うか...」


「何を言ってるんです?」


あわあわとテンパる香織を前に、倉持は訝しむように眉を潜める。


(なんとか美和ちゃんの意識を豊島以外に向けなきゃ!)


そう思った香織は渾身の質問をする。


「ところで美和ちゃん、明日今話題のパン屋で新作が発表されるの知ってる?私と葵でさっきなんのパンが発表されるか予想してたんだけど、美和ちゃんって好きな菓子パンとかある?」


「菓子パンですか...?」


やはり大人びた雰囲気を持っていても中学生なのだ。新しい話題を振られた倉持は「そうですね...」と言いながら自分が好きな菓子パンを考え始めた。

香織は心の中でガッツポーズを決めた。


(よくやったわ私!じゃあ再度にダメ押しの...。)


「まあ、こんなところで話すのもなんだし今から3人でカフェに行ってパントークでもしましょうよ!ね、葵!」


そう言いながら香織は振り返った。

しかし香織は忘れていた。今自分はこの瞬間一番話題を振ってはいけない人物に話題を振ってしまったのだった。


「パンなんてどうでもいいよ。早く追いかけないと豊島君あの女と向こうに行っちゃうよ。」


(やらかした!!!)


香織は即座に自分が墓穴を掘ったことに気づく。

まずいつもは優しい葵が『あの女』などというキーワードを言ったこと自体がすでに衝撃だったが、事態はさらに悪い方向へと進もうとしていた。


「何ですか女って!今、豊島様の後に『女』って言いましたか!」


案の定、後ろから焦燥感にかられたような美和の声が響き渡る。

すでに先ほど香織が振ったパンの話題など、忘却の彼方へと吹っ飛んで行っているようだった。


(あ、これもう無理。)


香織はすでに事態の収拾がつかないことを察する。

そんな香織の横を抜け、倉持が葵の隣に並んだ。そして絶句する。


「と、と、豊島様の隣に...許せない!」


「同意するわ。着けましょう。」


「ええ。あの女の化けの皮を暴いてやるわ。」


そう言いながら鼻息荒く豊島たちのストーキングを始める葵と倉持の後姿を見ながら、香織は思っていた。


(これって...修羅場ってやつ?)


************


それから公園の中へと進む豊島たちを尻目に、香織たちは木々の間に隠れて息を潜めていた。

ちらちらと草木の隙間から、豊島と例の女子生徒がこちらのベンチに向かって歩いてくるのが見える。


(なんでこのベンチに来るってわかるのよ...怖っ!)


香織は奇跡的な連携を見せながら追跡をし、挙句の果てには豊島たちが座るであろうベンチを先読みし、その後ろの木の陰に先回りをした葵と倉持に恐怖の感情を抱く。

しかし、その時あることに気づいた。


(そう言えば先間がいないわね...一緒に公園の入り口に向かっているところまでは見てたけど...まあ流石にカップルの間にいるのは気まずくなるわよね。)


そう結論づけた香織は目の前で喋っている葵と倉持の会話に耳を澄ます。


「つまりあの制服は隣町の~~学院のものなの。」「分かりました。今スマホで調べました。この高校ですね?」「そうね。」「私の友達の姉に通っている人がいたはずです。そこから女の特定に進みます。」「任せたわ。じゃあ私は~~」


香織は耳を澄ますのをやめた。


(私は空を見ながらパンの事だけ考えていよう...。)


そう思い空を見上げる香織だったが、ふいに後ろの方から誰から草をかき分け、こちらに近づいてくる音が聞こえた。


(やば!近隣の住民の人が来てたら、怒られちゃうわ!そしたら、私たちがここにいることも豊島たちにバレて...!)


危機感を抱いた香織が目の前の葵に声をかけようとしたタイミングと、隣の木の隙間から先間が顔を出したのは同時のタイミングだった。

その瞬間、二対の風が香織の左右を走り抜けた。


「...ぅ!」


後ろから聞こえたそんな声に香織は振り向く。

そこで見たのは、倉持に腕を、葵に口を押さえつけられ、怯えた顔をしている先間だった。

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