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第四十六話 任侠だけではやってけない その14

糸の切れた人形のように地面に倒れこんだスーツのヤクザを、彰人は黙って見下ろしていた。

それから歩いて近づき、目の前でしゃがみ込む。次に立った時、その手には拳銃が握られていた。


「ふむ。こんなもので我が殺されるとはな。」


そう言いながら手の中で拳銃を遊ばせていたが、面白くなさそうに鼻を鳴らすと、興味を失ったように拳銃を後方に放り投げた。

クルクルと宙を舞った拳銃は、空中で霧散するように消えた。


「さて。」


そう言った彰人は島の方を振り返る。

同時に隣でお座りをしていた金属製のライオンも、振り返り島を見た。


「約束ぅ...守ってくれよぉ?」


島はライオンの感情のない瞳を見て、冷や汗を流しながら恐る恐る彰人に問いかけた。

彰人はそんな島の目をじっと見て、言った。


「ところでお主はなぜここにいたのだ?」


「それも約束しただろぉ。ヤクザ辞めにきたんだよ。」


彰人は少し考える素振りを見せた後、「ああ」と言った。


「空き地でそんなことを言っておったな。」


その言葉を聞いた島は力の抜けた声で答える。


「そんなことって...俺に取っちゃあ一大決心だったんだぜぇ。」


「そうか。だがヤクザとやらを辞めることで、お主が卑怯な真似をしなくなるのであればそれでよい。」


うんうんと頷きながら彰人はそう言った。


「では今お主はすでにヤクザではないのだな?」


「うーん、微妙なところだなぁ...。」


「なぜだ?」


「俺はぁ確かに言った。ほぼ決まりかけてはいたんだがぁ、正式には許可が下りてねぇ。」


「では許可を貰えばよいではないか。誰に言えばよいのだ?」


「そいつだぁ。」


島は彰人の後ろで地面に横たわっているスーツのヤクザを指さした。

彰人はスーツのヤクザをちらっと見ると、「ふむ。」と呟いた。


「もう一度起こそうか?」


彰人の提案を聞いた島は噴き出した。


「くくっ...別にそこまでしてくれなくても俺の意思は固まってんだぁ。このまま組は抜ける。あんた意外とお人好しだよなぁ。少しずれているけどなぁ。」


島の言葉を聞いた彰人は「ふん」と言った。


「我が良くしているのは、お主が正しい方向に進もうとしているからだ。もしこれからもヤクザを続ける気であったなら、こやつの餌食にしておったわ。」


そう言って彰人は隣に座るライオンのたてがみを撫でた。

ライオンはまるで猫のようにグルグルと気持ちよさそうに喉を鳴らした。


「ところでそいつ俺に関係ねぇのなら、また小さくしてもらってもいいかぁ?気が休まらねぇよ。」


島はちらちらとライオンを見た。

彰人は「そうだな。」と言うとライオンのたてがみに手を置いたまま、何かを呟く。

すると、シュルシュルとライオンの姿が小さくなっていき、最終的には彰人の手のひらの上に載っていた。


「改めてこの距離で見ても信じられねぇぜぇ。」


「む?」


「それだ。魔法だよぉ。」


「ああ...まあそうであろう。地球には存在していないからな。だが存在していないのに、漫画やゲームの中では当たり前のように出てくる。人間の想像力は次元を超えるのだな。」


彰人は再度うんうんと頷きながら、感心するように言った。


(地球にはってぇ...まるで地球以外から来たような言い方をしやがる。)


島はそう思ったが、すぐ頭を振りその考えを脳みそから追い出した。

この話の真相には触れない方がいい、今まで数々の修羅場を経験してきた島の勘がそう告げていた。


(そんなことより...)


「記憶を消す前に、一つだけお願いをしていいかぁ?」


小さなライオンをポケットにしまう彰人に、島が言った。

彰人は首をかしげる。


「なんだ?」


「俺がヤクザを辞めたって記憶はぁ、残してくれよ。」


「無論だ。消すのは我と先間、それから魔法に関する記憶のみだ。だが、なぜだ?」


「結局無断で組ぃ抜けることになるからなぁ。しばらくの間、遠くに身を隠しておく必要があるんだよ。」


島の言葉を聞いた彰人は「なるほど...」と呟く。


「我らのようにお主の情報が回るため、ほとぼりが冷めるまで組の連中に見つかるわけにはいかんというわけか。」


「そういうことだぁ。」


「...ほとぼりは冷めるのか?」


「さぁな。」


島は肩をすくめて答える。

しかし彰人は少し考え込むと「よし」と言い、島の目を見た。


「今回我はお主の決心をふいにしてしまった。これは我の落ち度だ。」


「おぉ。」


急に自責の念を吐露する彰人に、島は展開が読めずあやふやな返事を返す。


「そのため...これはその償いとしてだが、お主の記憶は消さずにおく。」


そう宣言した彰人に、島はポカンと口を開けた。


「...いいのかよぉ。」


「よい。」


そう言った彰人は「しかし」と続けた。


「お主がもしこのことを他の者に喋ってしまったときには...。」


そこまで言った瞬間、彰人のポケットの中からくぐもった唸り声が聞こえた。

島はぶんぶんと首を横に振る。


「言わねぇ言わねぇ!俺は口は堅いタイプだぁ。」


「そうか。ならばよい。」


そう言うと彰人は島に向かって手を差し出した。


「お主のこれからの人生に幸多からん事を。」


島は目をぱちくりさせた後、「やっぱり...お人好しだぜぇ。」と呟き、その手を握り返した。


「暇があったらまた手合わせしてくれやぁ...兄貴。」


今度は彰人が目をぱちくりとさせた。


「兄貴とは何だ?我はお主の兄ではないぞ。」


「いいんだよぉこういうのは。気持ちだけ受け取っておいてくれやぁ。」


「む...そういうものか。」


彰人はそう言うと、握手をほどいた。

島は「そう言えば」と言い、作業机の方に目を向けた。


「報告書ぉ...そうするんだ?消すのかぁ?」


「あぁ、忘れるところであった。」


彰人はそう言うとノートパソコンの前まで歩いていった。

そして画面を開きながら言った。


「我の相棒から、普通の高校生活をご所望されておるからな...。我にいい考えがある。」


そしてウキウキとした顔でキーボードを叩き始める彰人を見て、島は思った。


(あんまりぃ...いい考えじゃなさそうな気がするぜぇ。)


************


目の前の男たちは下げていた頭を上げると、車に乗りこみ去っていった。

周りから消えていた喧噪が、徐々に復活し始める。

そしてその喧噪は噂話の話し声で、その噂話のターゲットはほぼすべてが自分に向けられていることに気づいた先間は顔が引き攣るのを感じていた。


「ねぇ...なにしたの?」


隣に立つ彰人に問いかける。

時刻は夕方。学校から下校している途中だった。


「む?」


彰人はどや顔で先間を見た。


「ねぇねぇ...なにしたの?」


先間はもう一度問いかける。その目は全く光を映していない。

しかしそんなことに気づかない彰人は、語り始める。


「我は考えたのだ。ヤクザに追われない一般的な高校生活が送りたい。それが先間の願いだった。」


「うんうん。それで?」


「先日あの瞬間は我らが殺されることで、ヤクザ...鬼頭組と言ったか?あのヤクザどもからは確かに狙われることはなくなった。」


「昨日ネットニュースで鬼頭組のスーツが似合う若頭に異常な猫嫌いが発覚!って記事をみたけど...まあそれは置いておいて。それで?」


「だが我は考えた。たとえ鬼頭組から狙われなくなったとしても、毎日を過ごすうえで他のヤクザと関わる機会はでてきてしまうだろう?」


「普通出てこないけど。でも、それで?」


「だから、我は思いついたのだ。もし関わる機会がでてきてしまったとしても、我らが狙われなくなる立場になればよいと。」


「...それで?」


先間の目は死に、声は地を這った。

彰人は胸を張った。


「ちょっとした情報操作を行い、今我らは全ヤクザ達から敬われる謎の人物という立場になっておるぞ。これですべて解決だ。」


先間はカッと目を見開いた。

しかし大きく口を開けた瞬間、後ろから「兄貴!」という声が聞こえ、静止する。

今度は先ほど車で去っていたヤクザとは別のヤクザが、後ろから小走りで現れた。

そして彰人と先間の前に一列に並ぶとそろって頭を下げ、「お疲れ様です!」と叫ぶ。

それからぱっと頭を上げ、また小走りでどこかに走り去っていった。


「な?」


彰人はどや顔で言った。

今度こそ先間の声が轟いた。


「僕が求める一般的な高校生活ってのは、こうじゃないんだよぉぉぉおおおお!」

想定していた3倍ほど長くなりましたが、ヤクザ編終わりです。

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