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第四十四話 任侠だけではやってけない その12

【鬼頭組】


ここ最近で急速に勢力を広げているヤクザだ。その特徴はただ一つ、勝つまで戦う。

今のご時世、ヤクザはそれぞれの組が頭を使って金を稼ぎ、どうにか均衡を保っている。

その中で台頭してきたばかりのころは、他の組から襲撃を受けることもあった。しかし、何度負けても耐えしのぎ必ず報復を成功させてきた。

またそれは組同士だけの話ではない。たとえ一般人であろうと決してなめられないよう、やると決めたらとことん追い込むことを信条にしている。

そんな時代錯誤ともいえる、武闘派のヤクザが鬼頭組だった。


そんな鬼頭組の事務所の1つである、住宅地の中にひっそりと建つ3階建ての小さなビル。

その最上階にある1室では、現在緊迫した空気が流れていた。


「...もう一度言ってみろ。」


「兄貴にはすまねぇが、俺はこの組を抜けさせてもらうぜぇ。」


大きな作業机の前に立ち、島は先ほど伝えた言葉を復唱する。

その前で、椅子に座り島を見ているのはスーツのヤクザだった。

スーツのヤクザは目がしらを指で軽く揉みながら言う。


「島。お前まさか俺へどれだけの...」


「分かってます。プロを首になり、行き場のない暴力を持て余してる俺を、拾ってくれたのは兄貴でしたぁ。その恩は忘れてません。」


「そうか。」


そう言ってスーツの男は島を見た。島もまっすぐにスーツの男を見返す。

時刻は真夜中だった。先ほどこの事務所に帰ってきたスーツのヤクザは、報告書をまとめていた。

内容は今日殺した2人の高校生の件についてだ。


過去、他の組から襲撃を受けることが多かった鬼頭組は、必ず殺すと決めたターゲットは組中に情報を共有するシステムとなっていた。

そして今回の騒動の件も、島が喧嘩に負けたという連絡を受け取った瞬間、その相手である高校生2人組は鬼頭組のターゲットとして組中に情報が共有されていた。そのため、先ほど高校生2人組の処分が終わったと連絡するための報告書だった。

だが報告書がまとめ終わり提出しようと思った矢先、事務所の扉がノックされ島が入ってきた。

そして開口一番「組をやめる」と言ってきたのだった。


「前にも言ったが、俺はお前の暴力性を買っている。」


スーツの男は座ったまま言った。


「だからこそ、先ほどの報告書でもお前が高校生と揉めたことは記載していない。」


「天下の鬼頭組の組員が、素人の高校生に喧嘩で負けるのは許されねぇよなぁ。」


「そうだ。今回もそうやってお前の身を庇ってやった俺の顔に、お前は泥を塗るつもりか?」


ギロリとスーツのヤクザは島を睨んだ。

しかし島は気圧された様子はなく答える。


「しかし俺が負けたのはぁ事実ですがぁ、それはいいんですか?」


「まあ、仕方ないだろう。この世に超能力があるなど想定できないからな。」


「超能力ぅ?」


島は困惑した顔をした。

スーツのヤクザは頷き、言った。


「これも報告書には書いていないが、先ほど山でその高校生たちを処分した時に、空き地でのトリックを聞き出した。その時に、本人が超能力を使ったと自白したんだ。」


そう言ったスーツのヤクザを、島はぽかんとした顔で見ていた。


「まあ、信じられんかもしれんがそう言うことだ。だからお前が負けたのも別に気にしなくてもいい。なんらな、すでに高校生は殺したんだ。だから...」


「く。」


突如聞こえた声にスーツのヤクザは怪訝そうな顔をした。

その目の前では、下を向いている島の口から笑い声が漏れていた。


「くくく。超能力ねぇ。」


「なんだ島?...てめぇ殺されてぇのか?」


スーツのヤクザは威嚇した様子で椅子から立ち上がると、島に詰め寄った。

島は笑いを抑えると、そんなスーツのヤクザに向き合う。


「本当にぃあの高校生がそう言ってんですか?超能力だって?」


「そうだと言ってるだろう。」


「...そうかぁ。」


島はそう言うと何かを考えるように遠い目をした。

スーツのヤクザはイライラとした様子で、島に問いかける。


「もうあの高校生の事はどうでもいい。すでに終わった話だ。それでお前はなんで組を抜けたいんだ。理由は何だ?」


「そうだなぁ...しいて言えば、このまま組に続けると約束が守れねぇんです。」


「約束?なんだそれは。」


スーツのヤクザの問いに、島は首を横に振って返答する。

スーツのヤクザは怪訝そうな顔をした。


「なんで言えないんだ。そんな理由で、うちの組から抜けれると思ってんのか?」


「そもそも、抜けれるんですかぁ?」


「...何が言いたいんだ。」


「鬼頭組じゃぁ、組から抜けるやつに容赦しねぇと聞いてました。つまり抜けたいと言った組員は、殺されるということでしょう?」


「だとしたらどうする?」


「それでも俺はぁ、抜ける。」


島の言葉を聞いたスーツのヤクザは長くため息をついた。


「島。お前は自分の事をもっとよく知っていると思っていたがな。」


「俺はぁ、今まで人を痛めつけることしかしてきてねぇ。それしか能がねぇ人間だ。」


「そうだ。だがそんなお前だからこそ、この鬼頭組ではその能力を最大限生かすことができる。」


「あぁ、俺自身もそう思ってたぜぇ。」


「ならば、その約束などは忘れてしまえ。お前は鬼頭組でしか生きられない人間だ。」


スーツのヤクザはそう言うと、島に向かって片手を差し出した。

今この手を握ればまだ許してやる。そういった意思が、その手には籠っていた。

だが、島はその手を見たまま静かに言った。


「兄貴知ってっかぁ?人間ってのは環境に適応するよう努力できる生き物なんだぜぇ。」


「...何が言いたい?」


「俺は今まで暴力で生きてきた男だぁ。それは今後も変わらねぇだろう。でも、その力を振る相手は自分で選べるようになりてぇ。」


そこまで言った島は、顔を上げるとスーツのヤクザの手を片手で弾いた。


「だから勝つためには親や子供を狙うような、手段を選ばねぇこの組にはいれねぇ。」


その言葉を聞いたスーツのヤクザの顔から、表情がストンと抜け落ちた。


「そうか...残念だ。」


そう言ってスーツのヤクザは胸元に手を突っ込んだ。

島もその場で身構える。


(最初の一発を躱せるかだなぁ。)


島はそう思い、スーツのヤクザが銃を取り出す瞬間に備える。まさに場は一触即発の空気が流れていた。

だがそんな中、急に部屋の外が騒がしくなり始めた。


(なんだぁ?)


島はつい気がそれてしまった。

しかしそれはスーツのヤクザも同じだったらしい。手を胸元に突っ込んだまま、静止している。

その時、焦ったように事務所の扉が何度か叩かれた。

スーツのヤクザは舌打ちをすると、「後にしろ!」と叫んだ。


「すみません!緊急です!」


しかし、どうやら相当まずい事態が起きているらしかった。

スーツのヤクザはもう一度舌打ちをすると、島の方を気にしながら部屋の外に向けて声をかけた。


「なんだ!手短に言え!」


扉の前の組員は緊迫した声で状況の報告を始めた。


「この事務所が何者かの襲撃を受けてます!今一階で応戦してるのですが、状況が悪く...。」


「襲撃だと?未だにうちの組にたてつく輩がいるとはな...。どこの組だ?」


「それが、断言はできませんが組ではないかと...。」


「何を言っている?まさかとは思うが警察か?」


「いえ違います!」


はっきりとした正体を告げない組員に、スーツのヤクザは声を荒げた。


「じゃあ、どこのどいつだ!分からないなら、そいつの特徴を言え!」


「はい!相手はこうこ」


そこまで喋った瞬間、急に扉の外の組員は口を閉ざした。

スーツのヤクザは「おいどうした!」と問いかけるが、一向に言葉は帰ってこない。

というよりも、先ほどまで外から聞こえていた喧噪がいつの間にやら鳴りやんでいた。


「くそ、なんだってんだ。」


不自然なほど静謐な空気が漂い始めた事務所に、スーツのヤクザは顔をしかめる。

だが島はすでに一つの結論にたどり着いていた。


(最後、『こうこ』と言っていたなぁ。やはりあいつかぁ...。)


島は身構えていた恰好を解くと、未だ胸元に手を突っ込んでいるスーツの男に告げる。


「おそらく、報告書を書き直さなくちゃならねぇなぁ。」


「今度は急になんだ。言っとくがお前を先に殺して...」


その時だった。


「今、島が言ったことは正しいぞ。」


急に部屋の中に第三者の声が響いた。

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