第四十三話 任侠だけではやってけない その11
夜の森に突如響いた銃声に、隣で先間が飛び上がった。
「びっくりした...ついに撃っちゃったよ。」
だがそんな姿を見て、彰人は呆れたように言う。
「先間よ、何度も言うがそう気配を殺さずとも良いぞ。」
「そうはいうけど...無意識に...」
先間は茂みの中から顔を出し、誰もいない木に向かって拳銃を放つスーツのヤクザを見ながら言った。
「いくらあのヤクザ達が今催眠にかけられてて、夢の中で僕らを殺してるって言ってもね。」
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「落ち着け。今そちらに姿を見せる。」
彰人はそう段ボールの向こう側に呼び掛けると、先間の方を振り返り手で(少し待っていろ)と合図を送った。
そして一人段ボールの隙間を通り、3人のヤクザたちの前に姿を見せた。
案の定ヤクザたちは声につられ、姿を現した彰人をばっちり見ていた。
(計算通りだな。)
その瞬間、彰人が唱えていた魔法が時間差で発動する。
一見、何も起こってないように見えるが、この時点でヤクザたちと彰人たちの決着は決していると言ってもよかった。
なぜなら魔法が発動したその瞬間から、ヤクザたちは現実とは違う景色を認識していたからだ。
「先間、もう出てきて良いぞ。」
彰人は先ほどまで隠れていた段ボールの裏側に声をかける。
声こそ返ってこなかったが、ごそごそと人の動く気配があり、段ボールの隙間から先間がゆっくりと顔を出した。
(だいじょうぶ?)
先間は辺りをキョロキョロと見回すと彰人に口パクで喋りかけた。
彰人は大きく頷き、「大丈夫だ。」と答えた。
「そこのヤクザは...何をしてるの?」
一応段ボールの隙間からは出てきた先間だったが、恐る恐ると言った様子で尋ねる。
だがそれも当然のことだった。なぜなら今彰人たちの目の前では、スーツのヤクザが虚空に向かって「もう一人はどこだ?」と喋りかけていた。
「これは催眠の魔法の1つだ。」
彰人はそんなヤクザを見ながら答える。
「催眠?」
「ああ。今回奴らにかけているのは、『自分が敵だと認識している相手が、自分の見ている世界でだけ理想通りに動くようになる』という催眠だな。つまり起きながらにして夢を見ているようなものだ。」
そんなことを言っていると今度はスーツのヤクザが、他のヤクザに「奥だ。」と指示を出し始めた。
彰人がクックッと笑いながら言う。
「おそらくだが、今奴は部下に先間を捕まえるように指示を出したのだ。」
「なるほど...うわ!銃を取り出した!」
「大丈夫だ。今は奴はここで撃つ気はない。」
目の前で銃を出しながら虚空に向かって威嚇を続けるスーツのヤクザから離れるように、先間が移動する。
そんな先間に「安心しろ。」と声をかけながら、彰人はつづけた。
「おそらく奴らの理想通りに進むなら...」
「いました!オラさっさと歩け!」
急に先ほどまで彰人たちがいた段ボールの裏側から、別のヤクザの声が響く。
彰人は「やはりな。」と呟き、また軽く笑った。
先ほど指示を出されていたヤクザが、段ボールの隙間から出てきた。
しかし動きが変だ。片手を前に押し出し、何かを掴んでいるような仕草をしている。そして「こちらに連れてこい。」という指示を受け、また何かを押し出すような動きをしながら、スーツのヤクザの隣まで歩いていった。
その光景を見ていた先間は、何かを察する。
「あのヤクザが連れてるのって...もしかして僕?」
「ああ、そうだろうな。」
彰人が頷きながら肯定する。
「今奴らは理想の世界で生きている。ということは銃を向ければ相手は抵抗しなくなるし、捕まえたいターゲットは難なく捕まえられるというわけだ。」
「銃を向けられたら抵抗しなくなるのは理想っていうか普通のことだと思うけど...。」
先間は小声で彰人に突っ込んだ。
だがそんな中、ヤクザたちの虚空との茶番は続く。今度はスーツのヤクザが先ほど隣に立った部下のヤクザの前方を銃で殴りつけるような仕草をした。そして再度銃を目の前に向けると、ドスの聞いた声で威嚇を始める。
「次はよく考えて答えろ。抵抗するのか?しないのか?」
そしてその状態のまま数秒立ったかと思えば、今後はそのまま目の前の空間に向かって銃を振り下ろした。
それから部下にも誰かを気絶させる指示を出すと、他の部下たちと軽いやり取りを行い、倉庫から出ていった
「さて、奴らを追うか。」
「え!」
当たり前のようにヤクザについて倉庫を出ていこうとする彰人に、先間は驚き思わず声を上げる。
「もう逃げれば良くない?」
「駄目だ。」
彰人は首を横に振った。
「奴らが我らをどうするのかまでを見届けなければならぬ。」
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それから彰人と先間は倉庫を出て、ヤクザの後を追いかけた。
ヤクザたちは何かを背負っているような様子ではあったが、しっかりとした足取りで山の中へと入っていく。
「うわ、この時間に山だよ...。」
「今日は月明かりが出ていて良い。夜の森は見通しの悪さだけが好かんからな。」
「ただ、その見通しの悪さがヤクザ達には都合がいいんだろうね。」
ザクザクと草を踏みつける音を響かせながら、ヤクザはどんどんと森の奥に入っていき、彰人と先間も黙々とその後を追った。
そして、程なくしてヤクザたちは立ち止まる。お互いに何かを喋っているようだった。
「さすがに僕も気づいてるけどさ...ここであの人たちヤる気だよね。」
「そうだな。ここで我と先間を殺す気だ。」
「だからそう言うことははっきり言わないでってば。」
彰人の言葉にかぶせるように、先間から鋭い突っ込みが飛ぶ。
それから先間は目を凝らして、ヤクザたちを見た。
「何喋ってるのか...いまいち聞こえないね。」
「ではもう少し近づくか?」
彰人はそう提案するが、先間はぶんぶんと首を振った。
「絶対いや。」
「そうか。」
そんなやり取りをしていると、どうやらヤクザたちの方でもやり取りが終わったらしい。
先ほどまでしゃがんでいた部下の一人が立ち上がると、いつも間にか1本の木に紐が巻き付けられていた。しかもきつく巻き付けているのではなく、かなりゆるゆるに巻き付けてある。
それを見た彰人が言った。
「おそらく我をあの木に巻き付けたな。」
「え?彰人巻き付けられてるの?」
「やつらの理想の中ではな。」
そこまで喋った彰人は面白くなさそうに口をゆがめた。
「この魔法は確かに協力だ。とくにこのような少人数相手に他の邪魔が入らないような状況ではほぼ無敵と言ってもよい。しかし...」
「しかし?」
「奴らの理想の中だけとはいえ、あのような低俗な輩に我が負けているのを見るのはいい気がせんな。」
それを聞いた先間は呆れたように笑った。
「別に実際にその光景が見えるわけじゃないんだし...そんな気にしなくてもいいと思うけど。まあ、あんな木に自分が縛りつけられてるのを想像するのは彰人にとっては屈辱かもね。でもそんな深く考えなくていいんじゃない?だってこの現実ではあそこにあるのはただ木とロープでしょ。だから...あれ?」
まったく彰人は深く考えすぎだよ、と言った様子で喋っていた先間は、ある事に気づき言葉を止める。
そこでは木の裏側にある少し広いスペースで、2人の部下が木の棒を片手に一心不乱に地面を叩いていた。
「なんであのヤクザたちは地面を叩いてるんだろう?」
「ん?」
先ほどまで自分が縛られている木を睨んでいた彰人だったが、先間の声に目線をそちらに向ける。
そして地面を叩き続けるヤクザたちを見ると、「ああ」と納得したような声を出した。
「奴らは地面を叩いてるのではない。先間を撲殺しているのだ。」
「なるほどね。勘違いしたよ。僕を撲殺してるのか...って、えぇ!?」
先間の驚愕の声が夜の森に響いた。
慌てたように口を防ぐ先間に、「大丈夫だ。なにをしようが奴らの催眠状態が解けることはない。」と彰人は言った。
「良かった...いや、良くないけど。僕...今あそこで撲殺されてるの?」
「そうだな。とはいえ、奴らの理想の中では、だが。」
それを聞いた先間は思いっきり顔をしかめた。
「彰人、ごめん。さっき僕が言ったことは間違ってたよ。」
「ん?」
「やっぱり他人の理想の中だろうが、自分が傷つけらえるのは心にくるね...。」
自分がボコボコに殴られるのを想像した彰人は、胸の辺りを抑えながら顔を背けた。
彰人は頷きながら「そうだな。だからこそ敵には現実で立ち向かわなければならないのだ。」と言った。
しかしその最中、今度はスーツの男が木に向かって喋り始めた。
先ほどよりも風が弱くなり、木の葉っぱが立てる音が静かになったのか、今度は耳を澄ますと微かに声が聞こえてくる。
「彰人...あのスーツのヤクザ...」
「ああ。どうやら空き地の件の事を、聞き出そうとしているな。」
(聞き出そうにも実際には彰人の魔法のせいだし...。ヤクザの理想の中の彰人はどう答えるんだろう?)
しかしそんな先間の疑問をよそに、スーツのヤクザと木に縛られた彰人の話はどうやら数回のやり取りで終わったらしい。
「あれ、もう解決したのかな?」
「ふむ。結局のところ理想の相手の言動というのは、自分の中の”こうであってほしい”という願望でしかない。そうなると、あの空き地の現象に奴はどう結論づけたのだろうか。」
「ヤクザは魔法とかでは納得しなさそうだしね...まさか超能力とかだったりして。」
先間の仮定に、彰人は「ふん」と鼻を鳴らす。
「超能力とは前に先間の家で呼んだ漫画の中に出てきた、魔法の劣化のような力の事だろう?いくら想像力に乏しそうな奴だとはいえ、超能力はないであろう。」
「まあ。それもそうか。ヤクザが超能力で納得するわけないよね。」
先間と彰人は互いに頷き合った。
しかしその間もスーツのヤクザは木に向かって1人で喋り続け、最終的に拳銃を放ったのだった。
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「というわけで、見事に僕と彰人は夜の森の中でヤクザたちに殺されました、と。」
「ふん。」
(まだ拗ねてる...。)
いくら理想の中とはいえ、拳銃で頭を撃たれて死ぬという不名誉極まりない死を遂げた彰人は、少し拗ねていた。
そんな彰人たちは現在ヤクザたちが去っていくのを確認した後に下山し、先ほどまで隠れていた倉庫街を歩いていた。
先間は山の中で靴についた泥を、地面にこすりつけて落としながら、彰人に向かって尋ねる。
「でもさ、これで一見落着ってこと?」
しかし彰人は首を振り、先間の言葉を否定した。
「いや、あくまで催眠をかけているのはあの3人だけだ。たとえば空き地にいた車の運転手どもは催眠にかかっていない。つまり、街中でそやつらに出会うと面倒なことになる。」
「え!じゃあどうするの?運転手たちにも催眠をかけにいく?」
だが彰人はその言葉にも首を振って答えた。
「いやそれはせぬ。たまたまあの地にいた運転手のみが、人気のないところで揃う機会などないであろうしな。それにだ...。」
「それに?」
彰人の目がギラリと光った。
「いくら理想の中とはいえ負けっぱなしは我の性に合わん。」
「ちょっと待って...もしかして彰人...」
その言葉を聞いた先間は恐る恐ると言った様子で尋ねる。
彰人はニヤリと笑って答えた。
「奴も最後に言っていただろう?”どんな奴が相手でもメンツを張るためには命をかける。それが鬼頭組の任侠だ。”と。その言葉が本当かどうか我が確かめてやろう。」




