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第三十七話 任侠だけではやってけない その5

「彰人っ!」


先間の叫び声が響いた。


「案ずるな。」


しかし、島の蹴りがクリーンヒットしたように見えた彰人からは、冷静な返答が返ってきた。

よく見ると、ぬいぐるみが入った袋を持っていると手とは反対側の手を背中側に回し、島の蹴りを受け止めていた。


「それで、お主の個人的な用とは何だ?」


彰人は島に背中を向けたまま、問いかける。


「何大した用じゃねぇよ。ただ...お前の目つきが気に入らねぇんだぁ。」


「そうか。」


彰人がそう呟いた瞬間、島は軸足で地面を踏みしめ跳躍すると、上半身をねじりながら強烈な蹴りを彰人の後頭部に叩き込んだ。


「奇遇だな。我もだ。」


彰人は後ろ手に掴んでいた島の足を手放すと同時に、その場で上半身を傾け前傾姿勢になると、そのまま体を回転させた。

先ほどまで彰人の頭があった場所を島の蹴りが風切り音と共に通過し、無防備になった島の体に向かって今度は彰人の蹴りが放たれた。

しかし、島は自由になっていた手をクロスし、その蹴りを受け止める。鈍い音が響き、島の体が後方に吹っ飛んだ。


「む?」


しかし蹴りを放った彰人は違和感を感じたように、島のいる方向を見た。

島は吹き飛んだものの空中で体制を整えると、両足から地面に着地する。


「自ら下がり、衝撃を吸収したか。」


「まだパーティーは始まったばっかだろぉ?」


そう言いながら島はクロスしていた両手を解く。その顔は恍惚としていた。

目はギラギラと輝き、口元はだらしなく開いている。しかし醸し出す雰囲気は、先ほどよりも一層危険度を増していた。


「彰人、気を付けて。確か以前何かの記事で見たんだけど、あの人かなりのバトルジャンキーらしいよ。その時はまだプロだったし、そういうキャラ付けなのかなって思ってたんだけど...。」


「ふむ。」


「あの様子を見る限り、本物っぽいね。」


彰人は後ろから聞こえる先間の声に耳を傾けながら、目の前の島の様子を観察する。

ハアハアと荒い息をつきながら構えをとり、こちらにじわりじわりと近づいてきていた。

彰人はやれやれと言った様子で、首を振った。


「どこにでもああいう輩はいるものだな。」


その言葉が聞こえたのか、島は怪鳥のような甲高い声で叫ぶと、こちらに向かって突撃してきた。

そして彰人の目の前まで来ると、驚く様な速さで腰を落とし、足元を刈るような蹴りを放った。

彰人はその場で軽く跳躍し、その蹴りを躱す。しかし、島は蹴りを放った勢いのまま回転し、今度は空中にいる彰人めがけて裏拳を放った。


空中で身動きの取れない彰人は、その拳を受け止めるかと思いきや、新体操の選手のように上半身を思いっきり沿った。

そして島の裏拳が彰人の目の前を通り過ぎると同時に地面に着地した彰人は、その瞬間先ほど島が放ったような鋭い前蹴りを放った。


しかし島はそれでも、前に突っ込んでくる。

彰人の蹴りはそんな島の顔を掠るだけに終わり、すれ違いざま島はフックのようなパンチを彰人に見舞った。

彰人は前蹴りの勢いがあるため、そのパンチをカウンター気味にもらうように見えたが、パンチが当たる瞬間片手で軽く島の肩を押した。

その反動で島と彰人の体には少しの距離が空き、鼻先を掠めるようにして島のパンチは宙を切った。


「ははぁ!おもしれぇ!」


彰人と攻防を繰り広げた島は、そう言って満足げに笑った。

一方、彰人は相変わらずの涼しい表情のまま立っている。


「やっぱ俺の勘は当たるぜぇ。目が気に食わねぇ奴は大体つえぇんだ。」


「そうか。」


「だからお前もスカしてないで、もっと熱くなれよぉ。俺とパーティーを楽しもうぜぇ!」


「ふむ。確かに我も武勇を競うのは嫌いではない。しかし、血が滾るかどうかは...」


彰人は腕を組むと片目をつむりながら言った。


「パートナー次第であろう?」


その言葉を聞いた島の顔からストンと表情が消えた。

そしてふらふらとしながら、彰人の方へ近づいていく。


「ああ、そうかい。じゃあ...嫌でもパートナーだと分からせてやるよぉ!」


そう叫んだ瞬間、島の足が消える。否、そう錯覚してしまうほどの鋭さで蹴りが放たれた。

しかし、彰人は片足を上げ、なんなくその蹴りを受け止める。


「オラオラぁ!」


島はその場でステップを踏むような動きをしながら、連続で蹴りを放った。


下段、中断、上段。様々な角度から目にも止まらぬ速さで放たれる蹴りの数々は、現役時代よりも鋭さを増しているように思えた。

しかしそれでも対する彰人は、時に手と足で受け止めながら、時に身を翻してその蹴りをすべてさばき続けていた。


「くっそ...だらぁ!」


島は急にポケットに片手を突っ込むと、彰人の顔面に向かって何かを放る仕草をした。

その瞬間、空中に黒い煙のようなものが撒かれる。実はこれは島があるルートから入手した特殊な粉だった。

一見ただの黒土に見えるが、その中には様々な薬品が混ぜ込まれており、目などの粘膜に触れると強い刺激をもたらす効果がある。

更に、一つ一つの粉自体は非常に細かいが光の吸収率が高く、目くらましの効果も兼ね備えている、島の最終手段だった。

しかし、彰人は黒い煙を見た瞬間、何かを察知したように後ろに飛び退こうとした。


「そう来ると思ったぜぇ!」


だが、足元がブレーキをかけられたように動かない。もちろんそれは、島のせいだった。

島は粉を撒いた瞬間、彰人の視界が隠れた隙を狙ってその場でしゃがみ込み、彰人の足を思いっきり抑えていた。

彰人は後ろに下がることを諦める。しかし、すぐ目の前には島の撒いた煙が充満している。

そのため、大きく上半身を横に傾けようとした。


「読めてたんだよぉ!死ねやぁ!」


そう叫び島はしゃがんだまま体を回転させると、彰人が上半身を傾けた方向に向かって思いっきり蹴りを叩き込んだ。


(もらったぁ!)


視界不良の中、思わず逃れるために傾けた体に向かって、渾身の蹴り。

いつもの必勝パターンだ。島は勝利を確信した。


「浅いな。」


(あ?)


島は彰人の呟きを聞いたのが先だったか、それを視界の隅に捉えたのが先だったかは分からなかった。

しかし、自分が放った蹴りのその更に下、まるで島の蹴りが放たれることを予期していたかの如く、地面をこする様にこちらに向かって飛んでくる彰人のアッパーが見えた。

そして次の瞬間には、その拳が自分の脇腹に突き刺さり、視界が白く弾けた。


「ぐぼぁ!」


今度こそ後ろに吹き飛ばされながら、島は苦悶の声を上げた。

何度から地面をバウンドした島は、苦しさのあまり地面に額を擦りつけ、ダラダラと涎をたらしながら悶える。

そんな島の頭上から声が振ってきた。


「で?我のパートナーとやらはいつ現れるんだ?」


涙で滲む視界で確認すると、そこには先ほどまでと何ら変わりない涼しい顔をした彰人が立っていた。


(ちくしょう...馬鹿にしやがって、許さねぇ...)


脇腹を抑え、荒い息をつきながら島は考える。


(だが、真正面からじゃどうやら勝てそうもねぇ...でも、それならそうで違うやり方があるぜぇ!)


島は、一気に息を吸い込み、気合を入れると弾丸のような速度で飛び出した。

向かう先には、先ほどまでの攻防を眺めていた先間がいた。


「こいつだけでも、殺してやるよぉ!」


怯えたような先間の姿がぐんぐんと近づいてくる。

そして島が拳を振りかぶった瞬間、耳元で声が聞こえた。


「友を狙うなら、話は別だ。」


その声を聞いた島は瞬間的に、総毛立った。

まず、あのタイミングで急に飛び出した島のすぐ後ろで彰人の声が聞こえるはずがない。

また、先ほどまで聞いていた彰人の声に比べ、驚くほど冷酷な響きがその声にはあった。


「だぁぜゃあああ!」


恐怖で頭が混乱しかけた島は思わず振り返ると、その声が聞こえたほうに向かってがむしゃらに拳を突き出した。

しかし先ほど島のすぐ後ろから声を発したはずの、彰人の姿はそこになかった。


「知っておるか?」


また頭上から声が振ってきた。

しかし、先ほど地面で苦しんでいた状況とは違い、島は今立っている。


(なんで...上からぁ?)


島は呆然と上を向く。そこには島の頭の上に片手を置き、逆立ちをしている彰人がいた。

しかし、なぜかその手からは一切の重さを感じない。まるで無重力のように、そこに彰人は存在していた。


(一体、どうなって...)


そも思った瞬間、彰人が自由になっている片手を起用に使い、その手に握る袋の中からぬいぐるみを取り出すと、さっと島の首元に置いた。

そして、また一切の衝撃を感じさせないまま、島の頭の上から飛び降り、地面に着地をした。


「ゾウの体重は、重いもので10トンを超えるらしいぞ。」


「お前、何言って...ぐあ!」


島は混乱しながらも声を荒げかけた瞬間、急に視界に入っていた周りの風景が上空へぶっ飛んだ。

だがその後、顎に感じた強烈な衝撃でそうでないことに気づく。

周りが上空にぶっ飛んだのではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()


「ぐ...ぇぇ。」


島は自分の口からつぶれたカエルのような鳴き声が洩れるのを聞いた。

そう、地面に叩き付けられた島は、そのまま強烈な力で地面に押さえつけられていた。

それも、特に首の辺りから...否、それは先ほど彰人が首に乗っけた【ゾウのぬいぐるみ】だ。そのぬいぐるみがあり得ない重さとなり、島の首を地面に押さえつけていたのだった。

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