第三十五話 任侠だけではやってけない その3
(まさか一日に二度絡まれるとは思わなかったよ。)
先間は目の前でガンをつけてくる不良を見ながら思った。
「おいお前ら、あいつが持ってるワニのぬいぐるみに気を付けろ。」
そう言いながら一番手前にいる鼻にピアスをつけた不良は、彰人が小脇に抱えるぬいぐるみを顎でしゃくって示す。
「あのぬいぐるみに、変な改造をしてやがるらしい。おそらく中に何か挟み込む機械のようなものをいれてるぞ。」
「機械...?」
不良の言葉を聞いた彰人は、軽く首をかしげる。
そしてふっと鼻で笑った。
「なんだてめぇ。何笑ってんだ!」
案の定、その様子を見た別の不良が彰人に向かって吠える。彰人はついさっきまで先間と対戦をしていた、格闘ゲームの前に置かれている椅子に座ったまま、退屈そうに言った。
「機械を用いた改造など、我には出来ん。それはおそらくこの世の中で我が行えない数少ないことの中の一つだ。」
「誤魔化すんじゃねぇよ!」
座ったままマイペースを崩さない彰人の姿に、不良たちは苛立ちが募っていく。
「お前らが持ってるワニのぬいぐるみの秘密はもうバレてんだよ!」
その言葉を聞いた彰人は、「ふむ」と呟くとそれを言った不良の目をじっと見た。
不良は少したじろいだ仕草を見せるが、ぐっとこらえ睨み返す。そして声を荒げようとした瞬間、先に彰人が口を開いた。
「なるほど...やはりさっきの金髪か。」
「なんでっ!いや、お前には関係ねえだろうが!」
誤魔化そうとした不良だったが、隠せ通せていなかった。
(急に絡んできたと思ったけど、そういうことか。)
彰人の言葉と、不良のリアクションを見た先間は合点がいった。
彰人と二人で格闘ゲームをしているとき、急に後ろから絡まれ振りむいたときはさすがに不自然だと思った。いくら先間自身が絡まれ体質だとはいっても、まったく接点のない不良に急に絡まれるのはおかしい。
だがどうやら先ほどのぬいぐるみで退治した金髪が、仲間の不良に連絡を取ったのだ。
そして目の前にいる不良たちは、かたき討ちにやってきたらしかった。
(それにしても...)
先間は恐る恐る目を凝らす。
(なんで不良ってこんな仲間意識強いんだろう?)
そこには、格闘ゲーム機を取り囲む勢いで、十数人の不良がこちらにガンをつけていた。
「あやつあれで懲りたと思っていたのだが...意外と胆力はあったのだな。見くびっていた。」
後ろで彰人がそう呟くのが聞こえた。
「やはり、あやつの腕にも一度噛ましておくべきだったか...?」
そう呟く声も聞こえた。
だがそんな呟きに気づかない鼻ピアスの不良は、しびれを切らしたように言う。
「とりあえずお前らついてこいや。」
そう言ってゲーセンの出口に向かって歩いていく。
先間はちらっと彰人を見た。彰人はやれやれと言った様子で肩をすくめると、とりあえず行くかと目で合図を送ってきた。
「ほら、てめえも立て!」
そう言って彰人の後ろから一人の不良が近づいてきた。
だが、彰人は振り返らないまま言う。
「分かっておる。一人で立てるから近づくな。それとも肩でも貸してくれるのか?」
だがそういう彰人の右手には、ワニのぬいぐるみが握られていた。
「うっ」と狼狽えるような声を出した不良は、彰人に近づくのをやめ、その場でがなった。
「じゃあ、さっさと立てゴラ!」
「せわしない連中だ。」彰人はそう呟くと、椅子からゆっくりと立ち上がる。
そして先間と共に、不良たちに囲まれながらゲーセンの出口へと向かった。
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ゲーセンから出た後、そのまま少し歩き向かった先は、ゲーセンの裏にある空き地だった。
そこで再度不良たちは、彰人と先間を取り囲んだ。
そしておそらくリーダーなのだろう、先ほども先頭に立っていた鼻ピアスの不良が、また口火を切った。
「もうバレてるみたいだから言うけどよ、お前らさっき俺の後輩になめた真似してくれたようだな。」
「なめた?」
彰人はキョトンとした顔で、思わず聞き返した。
「誤魔化すんじゃねぇ!」
そう不良は吠えるが、彰人はほんとにピンと来ていない様子で首をかしげる。
先間は小声で彰人に話しかけた。
「彰人、なめるっていうのは不良用語で馬鹿にするって意味。」
それを聞いた彰人は「あぁ」と呟いた。
そして同じく小声で「なぜなめるというのだ?」と聞き返してくる。
(そんなの僕に聞かれても知らないよ。)
だがそんなやり取り自体もなめられていると感じたのか、また別の不良が声を荒げた。
「何こそこそやってんだ!ぶっ殺すぞ!さっさと答えろや!」
彰人は軽くため息をつきながら、答える。
「別になめてはいない。逆に我らは特に理由もなく財布を取られかけたから、それを拒否しただけだ。」
一応先間もうんうんと頷いておいた。
しかしもちろんそんな正論で「そうだったんですか」と不良たちが踵を返すわけはなかった。
周りの不良が殺気立ち、一歩ずつ詰め寄ってくる。彰人と先間を囲んでいる輪が、一段階小さくなった。
「はっ!ズルで腕を折りかけといてよく言うぜ。」
そう言いながら鼻ピアスの不良も、ポケットに突っ込んでいた腕を出した。
徐々に場の緊張感が高まっていくのを感じる。だがそんな中でも、彰人は飄々とした様子でその場に立っていた。そして風でそよいだ前髪に目を細めながらも、鼻ピアスの不良に問いかける。
「それで。結局こんなところに連れてきて、お主らは何がしたいのだ?」
「簡単だ...てめぇらはここでボコられんだよ!」
そう言うや否や、周りを囲んでいた不良たちが一斉に飛びかかってきた。
「うわあ!」
先間は思わず叫び、身を縮こまらせる。
しかしその頭上から、彰人の声が振ってきた。
「先間、少し動くな。」
次の瞬間、周りから不良たちの悲鳴が響き渡ると同時に、空中を大きな物体が四方八方へと飛び回る感覚があった。
(何が起こってんの?)
そんな好奇心につられて目を薄く開けた先間は、口を大きく開ける羽目にあった。
そこには先ほどまで自分たちを取り囲んでいた不良たちが縦横無尽に空を飛んでいた。否、もちろん羽が生えてパタパタと飛んでいるわけではない。
よく見るとこちらに向かって殴りかかってくる不良を、一人ひとり彰人がさばいているのだが、何かの武術の技なのか彰人が不良の体に触れた瞬間、不良は悲鳴と共に空中に身を躍らせる羽目になっている。
まるで自分の殴りかかった力が、何倍にもなって自分に返ってきているような様子だった。
一方それを行っている彰人はというと終始退屈そうな顔をしていた。
それもそうだ。なぜなら彰人自身、元の世界では魔法だけでなく武術の方でも輝かしい実績を残すほどの腕前だ。たとえ相手の数が多かろうと、格闘技を齧ってもいない不良集団相手では何の問題にもならなかった。
(最近体を動かしていなかったから、いい運動になるかと思ったが...準備運動にもならぬな。)
そんなことを考え、片手だけでさばいてみるか?と思い始めた矢先、一人の不良がどこからか鉄パイプを持ってきた。
「ほう。」
彰人はその不良を見ると、言った。
「得物を持つということが何を意味するか、お主は理解しておるか?」
しかし不良は答えるどころではないのか、興奮したような呼吸を何度かすると、そのまま殴りかかってきた。
彰人の目がすっと細められる。
「今から遊びではなくなった。」
鉄パイプが彰人に触れる瞬間、そう呟いた彰人の姿が消えた。
そして鉄パイプを振り下ろし切った不良の後ろに現れる。その時すでに彰人は構えをとっていた。
腰を低く落とし、左手を軽く不良の背中に添えている。
(あれ?あの構え、僕が昔読んだ漫画に乗ってた技の構えに似てるな...確か発勁...)
そう先間が思ったのと、彰人がふっと短く息を吐くのは同時だった。
その瞬間、不良の背中がクの字に折れ曲がり、弾丸のような速度で前に弾き飛ばされる。そして目の前にいた不良たちとぶつかり、数人が宙を舞った。
「なんだこいつっ!」
「ワニのぬいぐるみ関係なく、バケモンじゃねえか!」
周りにいる不良が口々に叫んでいる。先ほどの惨劇を見たため、今は彰人に近づこうとする不良はいなかった。
「どうした?終わりか?」
彰人はそんな不良を見回し、口角を上げながら言った。




