第三十四話 任侠だけではやってけない その2
「少しトイレへ行ってくる。」
そう言って隣に座っていた彰人は立ち上がった。
「うん...。」
その後姿に先間は力ない声で返事を送る。
目の前ではレースゲームの画面に【YOU LOSE】の文字が躍っていた。
(ついにレースゲームで負けちゃったよ...。)
先間はショックのあまり、項垂れた。
このゲームも彰人はやったことがなく(そもそもレースゲーム自体やったことがなかった)、最初はぶっちぎりで先間が勝っていた。しかし何度か連戦をしていくうちに、徐々に彰人の腕前は上達していき...あとは見ての通りだ。
でも先間は落ち込んでばかりいれないなと頭を振って、ネガティブな感情を追い出した。
(まだゲームは無数にあるんだ、楽しもう。)
そして気合を入れ直すために一度飲み物でも飲もうかと思い、自動販売機エリアへと向かった。
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(うわぁ...。)
自動販売機エリアについた先間は、目の前の光景にため息をつきそうになった。
そこには金髪に染めた髪を逆立てた不良と、派手なアロハシャツを着た不良がたむろしていた。
一瞬の躊躇を見せる先間だったが、(ジュース買うだけだし。)と自分に言い聞かせ、一番手前にある自動販売機へと向かった。
(うへー、すごく見られてる。)
自動販売機の前に立ちお金を入れる自分の背中に、視線が突き刺さるのを感じていた。先ほど不良たちが談笑していた声も止まっている。
先間は急いでジュースを選ぶと、ボタンを押した。
ガシャンと音を立てて落ちてきたジュースを、先間は身をかがめて手に取ると、急いでそこから離れようと振り返りかけた。その時、肩に手を置かれる感触があった。
「俺らにもおごってよ。」
先間はその場で首だけを動かし、声がした方向を見た。そこには案の定、先ほど座りながら喋っていた金髪の不良の一人が立っていた。
その後ろではアロハシャツの不良もニヤニヤと笑いながらこちらを見ている。
(なんで毎回僕に絡んでくるんだよ...。)
不良に絡まれ体質な先間は心の中でうんざりとした。しかしもちろん態度には出さない。
この場で先間ができるのは困ったように笑うことだけだった。
「いやーお金なくて...」
そう先間が言った瞬間、金髪の不良は眉を潜めた。
「いやいや、今ジュース買ってんじゃん。」
「これは、どうしても喉が渇いてて...」
「俺らも喉乾いたわー。なあ?」
金髪の不良はそう言って振り返り、アロハシャツの不良に同意を求めた。
アロハシャツの不良もうんうんと首を縦に振った。
「な?いいからおごってよ。それか財布置いてって。」
「ちょっとそれは...。」
「は?お前調子のってんの?」
徐々に金髪の不良のボルテージが上がっていくのを感じる。
しかし先間は再度心の中で頭を抱えていた。
(自分の言うこと聞かなかったら調子乗ってるって思うって、なんで毎回不良の思考回路って同じなんだろう...?)
そんなことを思いながらも先間は頭を下げた。
「ホントにすみません。勘弁してください。」
「勘弁してくださいだってよ。ギャハハ!」
先間の喋り口調をまねしながら、金髪の不良は笑った。
その後ろでアロハシャツの不良も笑う声が聞こえる。
「勘弁しねーよ、バーカ。さっさと財布出せや。」
そう言って金髪の不良は先間の髪の毛をわしづかみにした。
先間は痛さと悔しさで拳をギュッと握った。
そのとき、凛とした声が響いた。
「なぜ先間がお主たちに財布を出さねばならぬ。」
この全く状況を顧みない自信にあふれたこの声は...先間は顔を上げる。
そこに立っていたのは、怪訝そうに腕を組んでいる彰人だった。
「なんだお前?」
そう言ってアロハシャツの不良がメンチを切りながら、彰人に近づいていく。
そんな不良に彰人は向き直ると、再度問いかけた。
「なぜ先間がお主たちに財布を出さねばならぬのだ。」
全くビビった様子のない彰人に少し面食らったような顔をしたアロハシャツの不良だったが、すぐに睨みつけると威嚇するような声を出した。
「あいつだけじゃねぇよ。お前も友達なら財布置いてけや。」
「なぜだ?なぜ我の財布をここに置いていく必要がある。」
その彰人の言葉を聞いた瞬間、アロハシャツの不良は怒りを露わにした。
「お前、うざいわ。調子乗んなよゴラ!」
(あ、また調子乗ってる論出た。)と先間が思ったのと、アロハシャツの不良が先間に殴りかかったのは同時だった。
だが、不良の拳は彰人に当たることなく、真正面からパシッと彰人の手によって止められた。
「なるほど。特に理由はなさそうだ。」
そう彰人の呟く声が響いた。だが、それを聞いたアロハシャツの不良が声を上げる前に、彰人はもう一方の手に持っていたワニのぬいぐるみをアロハシャツの不良に押し付けた。
「これならくれてやろう。」
そう言って視線を外す彰人に、不良は激高し吠える。
「てめぇなめてんのか!」
そう言って押し付けられたぬいぐるみを地面に投げ捨てようとした。
しかし、そこで奇妙なことに気づく。自分の右腕に乗っかっているワニのぬいぐるみが、まるで腕に噛みついているように振りほどけない。
「なんっだ、これ!」
そう言いながら何度も腕を振り、またもう一方の手でワニのぬいぐるみを掴み引き剥がそうとするアロハシャツの不良だったが、どれだけ強い力で引っ張ってもぬいぐるみは一向に腕から離れない。
それに、最初は引きはがすことに夢中になっていたが、時間がたつにつれてアロハシャツの不良は気づいた。
徐々にぬいぐるみが噛みついている個所の、腕にかかる圧力が増してきていた。
「てめぇ、なんだよこれ!」
あまりにも不可解な現象に焦るアロハシャツの不良に、彰人は涼しい顔で言った。
「見ればわかるであろう?ワニのぬいぐるみだ。」
「ざっけんな!なんでこいつ離れねぇんだ...くっそ!いてぇ!」
ついに増した圧力に痛みを感じ始めたアロハシャツの不良は、脂汗をかきながらワニのぬいぐるみを引っ張る。
そんな不良を冷ややかな目で見ながら、彰人は言った。
「知っておるか?ワニの顎の力は、この地球上で最強らしいぞ。」
「なに...言って...」
「つまりはだな。」
彰人は親指と人差し指を立て、まるで口のように何度かくっ付けて離してを繰り返しながら言った。
「お主の腕など軽く食いちぎってしまうということだ。」
その言葉を聞いたアロハシャツの不良は血の気が引いた顔をした。
そして死にもの狂いでワニのぬいぐるみを引き剥がそうとするが、やはりどれだけ頑張っても微動だにしない。ついには「ぐぅ...」と唸りながら、その場に座り込んだ。
それを見た彰人は振り返ると、未だに先間の前で呆然とその光景を見ていた金髪の不良に向かって声をかけた。
「お主が先間に頭を下げ、非礼を詫びるのであれば、お主の友の腕は無事かもしれん。」
「なんで...」
「しかし。」
そう言うと彰人はこちらに向かってゆっくりと歩いて近づいてきた。
「お主が詫びなければ、お主の友は二度とレースゲームで満足にハンドルを握れなくであろう。」
「悪かったって!謝るから!」
そう言って金髪の不良は頭を下げた。だが、彰人は首を振る。
「謝る相手は、我ではないであろう。」
それを聞いた金髪の不良は慌てて先間の方を向くと、勢いよく頭を下げた。
「ごめん!もう二度と絡まねぇから!頼むからあいつからワニをはがしてやってくれ!」
その光景を見た彰人は、先間の方に目を向けた。
先間は軽くため息をつくと、言った。
「もう絡まないでくれるなら別にいいよ。ほら、彰人もやめて。」
それを聞いた彰人は軽く頷くと、未だに腕を抑えながら苦しむアロハシャツの不良に向かって、軽く腕を振った。すると、先ほどまでが嘘のようにその腕からポトリとワニのぬいぐるみが落ちた。
「あ...?」
まだ状況を飲み込めてないアロハシャツの不良がそう呟く。
金髪の不良はそんなアロハシャツの不良のもとに行くと、「ほら行くぞ!」と言いながら、肩を貸し自動販売機エリアから出ていった。
そんな二人を見送った先間は彰人に向かって言った。
「あれはやりすぎじゃない?」
「もちろん本当に腕を食いちぎらせるつもりはなかったぞ。」
そう言いながら地面に落ちたワニのぬいぐるみを拾う彰人を見ながら、「どうだか。」と先間は呟いた。
しかし、そのまま彰人の隣まで歩いていくと、言った。
「助かったよ。ありがとう。」
「まあ先間がトラブルに合うのはいつもの事だ。気にするな。」
(不良に絡まれるのはトラブルって言うのかな...)
そんなことを思いながら苦笑いをした先間だったが、この後、不良どころではないある人たち(ヤ●ザ)に絡まれる未来が待っていることは、知る由もなかった。
気づきました。今回の話、長くなります。




