第三十話 パンと女子アナ 前編
「先間よ、この人はどこに行けば会える?」
朝の教室、登校し自分の席に腰を下ろした先間に向かって、隣から彰人の声がかかった。
先間は「え?」っと言いながら、声のした方向を向いた。そして戦慄した。
彰人が手に持ってたのは、ある漫画の雑誌だった。漫画は単行本派である先間は購入したことはないが、青年漫画が掲載されている雑誌の中では1位か2位を争う売り上げのはずだ。
しかし何度も言うが、漫画の雑誌である。先間は彰人の真剣な顔を見ながら思った。
(ついに彰人、頭おかしくなっちゃったのかな?)
先間は軽く咳払いをすると、おずおずと切り出した。
「彰人...その雑誌に載っている人には次元を超えないと会えないんだよ...?」
しかし、それを聞いた彰人は呆れたような顔をした。
「何を言っておる。この人は日本にいるだろう。今朝のニュースでも見たぞ。」
そう言って指で雑誌の表紙をトントンと叩いた。
ニュース?と呟きながら先間はもう一度雑誌に目をやる。そして合点がいった。
その表紙には、最近話題のある有名女性アナウンサーのグラビアが掲載されていた。
確かに少し前にネットニュースで【アナウンサーがグラビアに初挑戦!】という見出しで見た記憶があった。
(あーこの雑誌だったんだ。確かアナウンサーの名前は...)
「小倉アナ、だっけ?」
「そうだ。」
そう言って彰人は大きく頷いた。
「調べてみたところ、少し離れた街にこの人の務める会社があるのだろう?そこに行けば会えるのか?」
彰人が真剣な顔で問いただしてくる。先間は慌ててストップをかけた。
「ちょっと待って!まず小倉アナの務めている事務所の場所を調べているのが驚きっていうかちょっと怖いけど...まずなんで会いたいの?」
それを聞いた彰人は胸を張りながら答えた。
「我がテレビで見たところ、現在この人の容姿が一番優れておる。そのため、繋がりを持ちたい。」
「いや無理でしょ。」
先間の非情な宣言を受けた彰人は、目を見開いた。
「なぜだ。」
先間は軽く頭を振りながら、「あのね」と前置きをしたのち、まくし立てた。
「そもそも芸能事務所に行っても、そこに所属しているタレントには会えないよ。それに小倉アナっていえば確か少し前にフリーに転身したばかりだよね?もともと奇跡の美貌の持ち主とかで人気な女子アナだったけど、フリーになってからは更に人気が急上昇してテレビに引っ張りだこじゃん。そんな人気タレントと一端の高校生が繋がりを持とうなんて不可能だよね。正直、同じ日本に住んではいるけど、こっちも次元が違うレベルで考えたほうがいいと思うよ。」
彰人はショックを受けた顔をした。
そして肩を落とし下を向くと、「会いたい人物に会えない...だと?そんなことがあるのか...。」とブツブツ呟いている。
(どこぞの王族じゃないんだから。)
先間はそんな姿を見て苦笑しながらも、落ち込む彰人を励まそうとした。
しかしその瞬間、不意に横から声が聞こえた。
「あ、小倉アナじゃん。普段雑誌なんて興味なさそうな豊島君が持ってるってことは、もしかしてファンなの?俺もなんだよね。」
そう言って雑誌を見ていたのは、クラスメイトの男子生徒だ。
その後、興奮した様子で続けた。
「まさか、その小倉アナがこの街に来るなんてマジラッキーだよな!俺、その日は町中を徘徊して回るぜ!」
しかし、そこまで喋った段階で時計をちらっと見ると「おっと、授業始まりそう。」と言い、男子生徒は自分の席に戻っていった。
「街に...来る...?」
目の前で彰人の呟く声が聞こえた。
そしておもむろにズボンのポケットからスマホを取り出すと、その表面に手を当て小さな声で何かを呟いた。
その瞬間、手元が仄かな光を放った。
(え?まさか彰人...こんな人前で魔法...)
「見つけた。」
なりふり構わない彰人の行動に、先間が仰天していた時だった。
また小さな声で彰人がそう呟くと同時に手元から光が消えた。そのままスマホからゆっくりと手を離す。
そしてスマホの画面に目を通した彰人は、ニヤッと笑うと先間の目の前にスマホを突き出し言った。
「やはり巡り合う運命だったのだ。」
先間は彰人の持つスマホの画面を見た。
そこには何かのニュース記事が映っており、【次回のロケ地は小波町!小倉アナが港町の隠れたグルメを見つけ出す!】の文字が躍っていた。
おそらく、テレビ番組の予告なのだろう。彰人の強運に驚くと同時に、(これを見つけ出すために、教室内で魔法を使うって...)と先間は彰人をジト目で見た。
だがそんな先間の胸中は露知らず、彰人は上機嫌で言葉をつないだつなぐ。
「全く先間が次元を超える必要があるなどと言うから焦ったぞ。さすがに自分の体の次元を変えるのはやったことがないからな。そんな無茶をせず済んで良かった。」
ウキウキとした様子で雑誌を鞄の中にしまう彰人を見ながら、先間は思った。
(次元超えるっていう言葉が冗談にならなそうだから、今後彰人に言うのはやめておこう。)
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「あーあ、明日は朝早いなー。」
小倉澪はそうボヤキながらベッドに潜りこんだ。
ただでさえ遠いロケ地による早起きに、まだ慣れないグルメレポートが待っているのかと思うと、少しだけ愚痴も口をついて出る。
(でもそうも言ってられない。明日はまた小倉アナとしてしっかりとロケをこなさなきゃ。)
フリーとなった身として、今が一番大事な時期だという自覚のある澪は、ベッドの中で拳を握ると気合を入れ直した。
そして体制を整えつつ、明日のロケの段取りをもう一度頭で確認する。
(確か駅前からスタートして、最初は商店街の中を紹介したのち、隠れた名店と呼ばれてるパン屋を取材しに行くんだっけ?)
そして微睡む意識の中で、少しだけほほ笑んだ。
(私パン好きだし、それだけは少し楽しみかも。確か最初店名を聞いたとき店主の名前かと思ったら全然違ったんだよね...そう【パン工房 YUTAKA】。おいしいパン、食べれるといいな。)




