第二十九話 恋の空回り大作戦 後編
「じゃあ話をまとめると、そちらの子は倉持美和ちゃんと言って、以前学校からの帰り道にたまたま知り合ったご近所さんなんだ?」
「そうだ。」
先間の説明に、彰人は頷く。
「ただのご近所さんです。今は。」そう言った倉持は、右腕に抱き着いたまま意味深な顔で彰人を見た。
「今はって...」
「七瀬よ気にするな。倉持は毎回よくわからんことを言うのだ。」
思わずといった様子で呟いた葵に、彰人がフォローを入れる。
その横で香織は(何。この状況は。)と混乱していた。
現在U字型のソファーには手前から、倉持、彰人、先間、葵、香織の順で座っている。
先ほど先間と葵が合流したタイミングで、「まずは座れ。」と言い彰人が右にずれた。先間は「じゃあ...」と言って倉持の隣に座ろうとし、「ほら。葵もこっち。」と言って死んだ魚のような目をする葵を香織が自分の隣に座らせようとしたのだが、その瞬間倉持の声が響いた。
「ちょっと待って!」
みんなぎょっとして動きを止めた。
「私と彰人様が一度立つから、あなたが奥に座って。」
倉持はそう言って先間に奥、つまり彰人の隣を促した。
「え?いやわざわざ立ってもらうのも悪いし、大丈夫だよ。別にこのまま座っても...」
「あなたは、奥に、座って。」
単語ごとに言葉を切りながら声を発した倉持の目は、笑っていなかった。
人形のように整った顔をしている倉持だったが、整っているからこそ目から光が消えている姿は怖い。
「はい。」
先間も謎の圧力を感じ、思わず敬語で返事をした。
そして「我は別に...」と言いながらも倉持に手を引かれ立ち上がった彰人と、その横をそそくさと通り過ぎた先間がいて、現在の並び順となっていた。
(当初の予定では先間が葵から裏を取り、私が豊島を白状させる。最悪、豊島が否定し続けても、懐柔した葵を先間がお店に連れてくることによって豊島を諦めさせる作戦だったのに...何がどうなってるのよ。)
香織はちらっと隣に座る葵を見た。
感情のない目で彰人といちゃつく倉持を見ている。あれは嫉妬している目だ。
(たぶんここに来てるってことは先間はうまく話し合いができて、葵は認めたんだろうけど...いまは聞ける様子じゃなさそうね。)
その後、先間を見た。
先間も黙ったまま彰人と倉持を見ている。
いやよくみると倉持をメインで見ているようだ。
(はぁ、どうせ綺麗な子だから見惚れてるんでしょ?全く。)
香織は自分の事を棚に上げて思った。
(でもどうにかして豊島の誤解は解かないと。今日を逃すとまたこれから何を企むかわかったもんじゃないわ...)
「む?」
だが、そんな彰人はケーキを食べ終わった後、自分のコップを掴み、眉を片方上げた。
どうやら、すでに飲み干してしまっているようだった。
「お代わりをしてくる。」
彰人はそう言うと立ち上がり、カウンターへ向かって歩いて行った。
(あいつも自由なやつね...まあいいわ。じゃあ先に...)
香織は倉持の方を見た。未だに彰人の後姿を目で追っている。
先ほどの目線の事を誤解だと思いたい香織は、一度咳ばらいをし倉持の気を引く。
肩がピクリと動きこちらを振り返る、笑顔で話しかけた。
「初めまして。美和ちゃん。私は朝霧香織よ。美和ちゃんは今中学3年生?」
「あまり調子に乗らないでください。」
空気が凍った音がした。
先ほどまで彰人の隣で幸せそうに微笑んでした倉持だったが、今は香織に対し全身で威嚇のオーラを放っている。
その様子を見た先間は察した。
(あっこれ帰りたいやつ。)
香織は急な出来事に頭が追いつかないのか、しどろもどろになりながら言葉を続ける。
「え?美和ちゃん急に何を言って...」
「あなたと彰人様じゃ全く釣り合ってないんです。」
狼狽する香織の顔を冷ややかな目で見ながら、倉持は続ける。
「まず、あなた...高校生ですよね?」
そう言いながら倉持は香織の胸に目を向けた。思わず先間も目を向けてしまう。
平。そこには平坦があった。
「ふっ。」
倉持は鼻で笑った。先間は倉持の胸をチラ見する。
勝。そこには勝利があった。
(中学生で...お見事。)
先間はそう思った。
「なっなっ何よこの子!葵!」
そう叫びながら香織は隣に座る親友の顔を見た。
そこには心ここにあらずと言った様子でケーキを口に運ぶロボットと化した葵がいた。
(豊島の腕に女の子が抱き着いてることがどれだけショックだったのよ。)
香織は葵をスルーすると再度倉持の方を向き、やり直した。
「なっなっ何よあんた!」
そう言って立ち上がりながら、倉持を指さした。
倉持はそんな香織を冷静に見ると「立たない方がいいと思いますよ。」と言った。
「なにがよ!あんたが何が言いたいのかさっきから全く分からないわ!」
「そうですか?じゃあ分かりやすく言うと、あなたの胸は貧にゅ...」
「わぁぁぁああああ!」
香織が耳を塞ぎながら声を上げた。
(全く分からなくはなかったんだ。)
先間はそう思った。
だがそんな香織を依然倉持は冷ややかな顔をして見ていた。
「他には何が分からないんです?」
「だからその前に言ってた、私と豊島が釣り合うとか釣り合わないとか...」
「釣り合わない。」
底冷えするような声が倉持の口から発せられた。
思わず香織も口をつぐむ。
先間は(帰りたい)と思った。
さらに倉持はゆっくりと立ち上がった。
そして香織を見下ろす。
「釣り合ってないと言ったんです。口が裂けても、釣り合うなんて言わないでください。」
そう言った倉持の目は、香織を射殺すかの如くギラギラと光っていた。
立ち上がり自分を睨みつけてくる倉持を見上げながら狼狽えていた香織だったが、すぐに眉をキッと上げると反論に出る。
「だから釣り合わないってなによ。その話題、どういう経緯で出てるのよ。」
だがその言葉を聞いた倉持は「はっ」と鼻で笑うと、やれやれと言った様子で頭を振った。
「まだ気づかれてないと思っているとは滑稽ですね。」
「なにがよ!」
「だから...」そう言うと倉持は大きく息を吸い込み、宣言した。
「あなたが彰人様が好きだということが、まだ私にばれていないと思っているとは滑稽ですねと言ったんです。」
「え?」
「は?」
もぐもぐ
香織と先間の気の抜けた声が虚しく響いた。ついでに葵の咀嚼音も響いた。
しかし倉持の攻撃はまだ続く。
「いいですか?確かに彰人様に惚れてしまうのはわかります。Perfectですから。」
倉持は舌を巻いた完璧な発音でPerfectと言った。更に、彰人への賛美は続く。
「顔はこの世で一番かっこよく、彰人様のご尊顔と比べれば芸能人などそこら辺のジャガイモと大差ありません。また性格は誰よりも優しい。おそらくかのガンジーも助走をつけて殴るほどの出来事にも、彰人様ならその寛大な御心のまますべてを受け入れ、導いてくれるでしょう。さらにもちろんのこと頭脳明晰です。彰人様が本気を出せば、この世で難問と呼ばれている問題を解決することなど、赤子の手をひねるようなものなのです。」
恍惚とした顔でつらつらと語る倉持を見ながら、先間と香織は思った。
(あ。この子、関わっちゃダメなタイプだ。)
そして一通り賛美を終えた倉持は、ビシッと香織に人差し指を突き付け言った。
「だからあなたみたいなちんちくりんと彰人様は全く釣り合っていないんです!」
「ちっちんちくりん...!」
香織はショックを受けた顔をし、崩れ落ちるようにソファーに腰を下ろした。
そんなやり取りを見て、先間は思った。
(女の子って怖い。帰りたい。)
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「コーヒーの種類がたくさんあり、悩んでしまったぞ。それと倉持よ。向こうにいるのはお主の友人ではないか。」
コーヒーのお代わりを手に持ちながら帰ってきた彰人はテーブルの隣でそう言った。
「あら?」
彰人が顔で示す方には数人の女子中学生がいた。
そちらを確認した倉持は残念そうにつぶやく。
「そうですね...彰人様今日はお別れのようです。」
そう言って倉持は立ち上がった。
「今日は会えて嬉しかったです!」
「うむ。」
倉持はニコッとほほ笑み、友人達の方へ歩いて行った。
それを見送った彰人はテーブルに座る。
「どうだ。少し変わったところはあるが、倉持はいい子であろう。では、役者もそろったことだ。再度先間と朝霧の事を...ん?どうしたお主たち。」
周りの様子に違和感を感じた彰人は顔を上げる。
そこには「僕はゲームの中じゃ戦士なんだ。強いんだ。」とぶつぶつ呟く先間と、「私はまだ成長途中なのよ。足だって伸びるわ。胸も膨らむわ。見てさいよ。」とぶつぶつ呟く香織がいた。
(なんなのだ?)
彰人は首をかしげる。
そして隣を向き尋ねた。
「七瀬よ。何かあったのか?」
そこには何も無い皿を見つめながら、うつむく葵がいた。
しかし自分に声をかけられたことに気づいてか、ゆっくりと顔を上げ、彰人の顔を見た。
数秒の時が流れ、彰人の頭の上に?が出たころ、葵は一言だけ呟いた。
「わかる。」
彰人は再度前を向くと、一口コーヒーを飲み、思った。
(なんなのだ?)




