第二十八話 恋の空回り大作戦 中編
香織は怒髪天を衝く思いだった。
もちろん原因は目の前で涼しい顔をしてケーキを頬張っている彰人だった。
「だから!なんで私と先間をくっ付けようとしたがるのよ!」
香織は右手に持つフォークをビシッと突き付けながら言った。
「はて。なんのことだか。」
そう言いながら彰人はキョトンとした顔をした。
(こいつ...!いけしゃあしゃあと...!)
香織はフォークをケーキに突き刺すと、深呼吸をする。
(このままじゃ埒が明かないわね。)
そしてケーキを一口食べ、気持ちを落ち着かせると、軽く微笑み彰人の方を向いた。
「じゃあ質問を変えるわ。最近私、学校で先間とよく鉢合わせるのよ。」
「そうか。」
「そのとき、大体先間はあんたと待ち合わせるために呼び出されたって言ってるのよね。」
「そうか。」
「でも毎回あんたは来ないのよ。これって変じゃない?」
「そうか?」
彰人はまたキョトンとした顔をした。
「誤魔化し方!」
香織は吠えた。
「あんたね!そのキョトン顔してれば誰でも騙されると思たら大間違いよ!ていうか、そんな雑な誤魔化し方で、はいそうですか。ってなる人はいないわよ!」
「そうは言うが朝霧よ。」
彰人はそう言って香織の叫びを遮る。
「先間とお主は同じ学校に通う生徒であろう。そうなると必然的に顔を合わせる機会は幾度もあるものだ。」
だからそう言うことじゃなくて、と言おうとした香織をさらに遮り、彰人は「だが。」と言葉を続けた。
「だが、それは他の生徒も同じだ。しかし、お主はその中でも先間とよく会うと思っているのだろう?それは錯覚だのだ。しかしその錯覚の原因はお主自身の心にある。それはお主が先間を...」
そこまで言った彰人は香織に先を促すように言葉を切った。
(まさかこの馬鹿。私が先間の事を好きだとか思ってるのかしら...?)
疲労感を感じた香織は背もたれに体重を預けた。
だがそんな香織の仕草を見て、素直になった、と勘違いしたのか、彰人は一度飲み物を口にすると、身を乗り出してきた。そして小声でささやいてくる。
「わかる、わかるぞ朝霧よ。自分の意中の相手を他の人に気づかれるのは、若干の恥ずかしさを伴う。だが、安心しろ。我は俗な思いなどは一切なく、純粋にお主を応援する気持ちでいる。」
香織は呆れた目を向けるが、彰人は一切気付いていない。
「それにお主の思いに気づいているのは、おそらく今のところ我だけだ。先間もまだ気づいておらん。もちろん我とて、いたずらに人の恋路に首は突っ込まん。だがまあ我はそのような感情の機微に敏感なのでな。わかってしまうのだ。」
(今世紀最大の勘違いをしたのち、葵まで巻き込んでおいて...よく言うわホント。)
香織は小さくため息をつくと、自分も身を乗り出し勘違いを正す言葉を口にしようとした。
「あのね!耳のかっぽじってよく聞きなさいよ!言っとくけど私は...」
「こんにちわ!こんなところで会うなんて奇遇ですね!彰人様。」
(え?)
急にテーブルの横から、凛とした声が聞こえた。香織は呆気にとられたようにそちらを見た。
そこには彰人を見ながら艶やかにほほ笑む、女子中学生がいた。
(綺麗な子...)
中学生にしては高い身長。モデルのように細く、すらっと伸びた手足。
更には男性の拳ほどのサイズの顔に、整った形の目鼻口が配置されている。
思わず見惚れてしまった香織だったが、すぐに違和感に気づく。
(今この子...彰人様って言った?)
だが彰人は少しも動揺した様子を見せず、その女子中学生の方を向くと言った。
「倉持か。」
倉持と呼ばれたその子は、笑みを湛えたまま頷いた。
「私、このお店で友達と待ち合わせをしていまして...少し早めに来てしまったなと思っていたのですが、まさか彰人様がいるとは思いませんでした。嬉しいです!」
おそらく黙っていると人形のような容姿をしているであろう倉持だったが、彰人から名前を呼ばれただけで律儀に喜ぶ姿を見ていると、ブンブンと振られる尻尾が見えるようだった。
(子犬みたいで可愛いわね...!)
実家でも犬を飼っている香織は、倉持に好意を持った。
(でもどういう関係なのかしら?)
そう思った香織の目の前で「そうか。」と言った彰人に対して、元気よく「はい!」と答えた倉持は、そのまま当たり前のように彰人の隣に座ろうとした。
「む?なぜ座ろうとする。友人と待ち合わせているのであろう。」
「友達は来るのがもう少し遅くなりそうなんです...。」
「そうは言うが、今我は朝霧と大事な話を...」
「ダメですか...?」
そう言った倉持は潤ませた瞳で彰人を見た。
彰人は少し考える素振りを見せ、つぶやく。
「まあ...ダメではないが...」
「ありがとう彰人様!」
そう言うや否や、倉持は素早い動きで彰人の隣に腰を下ろした。
そして彰人の左腕に思いっきり抱き着いた。
(なっ!)
それを見た香織は絶句する。
(まさかこんな可愛い顔をした女子中学生まで、豊島に騙されているの!私が救ってあげなきゃ!)
彰人の容姿だけに騙される犠牲者が増えることを危惧した香織は、心の中で念じた。
(こちらに気づけ~、こっちを見ろ~あっ!気づい...え?)
念を送る香織の方に、彰人の右腕に抱き着いたままの倉持の顔がすっと向いた。
念が届いた!と喜びかけた香織だったが、すぐに身体を固くした。
なぜなら、こちらを見る倉持の目の眼光が鋭い...というより、完全に殺意の籠った目をしていたからだった。
だがその瞬間、彰人の声がかかる。
「そう言えばお主、まだケーキを頼んでないのか?」
その声を聴いた瞬間、「はい!」と言いながら倉持の顔は先ほどまでの惚けた顔に変わり、彰人の方を向いた。
「友達が来てから、頼もうかと思ってました。」
その様子を見ながら、香織は混乱する。
(え?今のって私の見間違い?でもどう見ても目線が...いやでも今日が初対面のはずよね。まさかそんな...)
そう思いながら、彰人とやり取りを続ける倉持を見る。
「ここのケーキって結構有名なんですよ。」
「ふむやはりそうか。なかなかに味が良い。...というか近いぞ。」
「いいじゃないですか。」
彰人の左腕に抱き着きながら倉持は言った。
彰人は困ったように、少し右にずれた。
「そうは言うがこのソファー席は5人掛けだ。もう少し...ん?」
何かに気づいた彰人はパッと横を向いた。
「...」
そこには死んだ魚のような目で突っ立っている葵と、
「彰人...その子とどういう関係なの?」
引き攣った笑みで彰人と倉持を交互に見る先間がいた。




