第二十七話 恋の空回り大作戦 前編
先間は思っていた。
(最近、彰人の様子がおかしい。)
いや言動がおかしいのは前からだったが、ここ一週間くらいは特に変だった。
何が変なのかというと、こういうことだ。
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・ケース1
「先間よ、今日のお昼ご飯だが食堂で食べよう。先に行っててくれ。一番右端の席だぞ。いいな?」
やたらと“右端の席”を強調してくる彰人に違和感は感じたが、言われたとおり弁当を持ったまま食堂へ向かい、食堂内の一番右端の席に行くと、そこには朝霧さんがいた。
一瞬別の席に行こうかと迷ったが、彰人の謎の右端押しを思い出したのと、1人で面白くなさそうな顔で弁当を食べる朝霧さんを見て、ビクビクしながらも対面の席に着いた。
案の定朝霧さんはギロっとこちらを見ると、「あんたが一人なの、珍しいわね。」と言った。
僕が「後で彰人が来る予定だけどね。」というと、朝霧さんは嫌そうに顔をしかめたが「私も葵とこの席で待ち合わせてるのよね。」と言った。
しかしそれでは困ったことになる。なぜならこの席は2人掛けだからだ。
だが今から席を移動するのも面倒だと考え、互いに「先に来た方に席を譲ろう」と話し合い、そのまま食事を続けた。
互いの弁当の事など他愛もない話をしながらそれぞれの相手を待っていたが、結局最後までどちらの相手も来ることはなかった。
昼食後、彰人に「なぜ食堂に来なかったんだよ。」と詰め寄ったが、「そんなことよりもどうだ。会話は弾んだのか?」と言ってきた。心なしかウキウキとした表情をしている。
僕は違和感を感じながらも「何が?」と尋ねると、速攻で「む?席に朝霧がいただろう。」と返ってきた。
その答えを聞いた僕は若干の懐疑的な目で尋ねた。
「なんで食堂で朝霧さんと会ったの知ってるのさ?」
彰人はさっと目をそらし言った。
「あれだ。なんとなくだ。」
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・ケース2
「先間よ、今日は一緒に帰るか。少し遅れるが、校門の左側で待っててくれ。」
放課後、僕は彰人の言うとおり校門の左側へと向かった。そこには朝霧さんがいた。
え?また?と心で思ったが、どうやら顔にも出ていたらしい。
「またいる、みたいな顔しないでよね。」朝霧さんは不機嫌そうに言った。
僕は必死に否定したが、そう言った朝霧さんの顔にも(またこいつ?)と書いてあった。
「もしかして七瀬さん待ち?」
「そうよ。今日は私も部活ないし、葵も休みだから。」
そう言うとこちらをじろっと見た。
「そっちはどうせ豊島でしょ?あーあ、先に葵来てくれないかな。」
それから度々会話を交わしながら、お互いに相手を待ったがなかなか来ない。
しびれを切らた朝霧さんが「まだかしら!」と言いながら、スマホを取り出したタイミングでそのスマホからメッセージ受信の音が鳴った。
「葵だわ!」
そう言って朝霧さんがスマホを操作し始めた瞬間、僕のスマホも同じ音が鳴った。
スマホの画面を確認する。彰人からだった。
【すまん。まだ遅くなる。やはり先に帰っててくれ。ちなみに噂で聞いたが、朝霧が最近商店街の中にできたケーキ屋に行きたがっているらしい。先間も甘いもの好きであろう。もしたまたま出会えたら、誘ってあげても良いのではないか?】
僕は思わず顔を上げ、朝霧さんを見た。
だが朝霧さんもスマホを見た後、こちらを向いていた。
「彰人、来れないって。」
「奇遇ね。葵もそうらしいわ。」
そういうと朝霧さんは「しょうがないわねー」と呟きながら、くくっている髪をさっと振った。
そして一瞬だけこちらを一瞥すると「じゃあ帰るわね。」と言って背を向けた。
「あっ」
「なによ?」
僕は思わず呼び止めた。しかし少し悩んだ後、「ごめん。何でもない。」と言った。
朝霧さんは少しの間僕の方をじっと見ていたが、ふーんと呟くと「じゃあね。」と言い、帰っていった。
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ここ最近ずっとこの調子だった。
最初はやたらと場所や時間を指定してくるようになったなと思った程度だったが、さすがにここまでくると彰人の企んでいることはわかる。
つまりだ。理由はわからないが、なぜか僕と朝霧さんをくっ付けようと画策しているようなのだった。
(なんで?)
僕は心の底から困惑していた。
それもそのはずで、おそらく僕が朝霧さんに気があるような素振りは見せたことは一度もないはずだった。なぜなら気があるどころか、僕の中で朝霧さんは恐怖の対象だからだ。
朝霧さんの容姿は、整っているほうだと思う。
大きな黒目がちの目が特徴的で、口角の上がった口元からは溌剌とした印象を受ける。
またこんなことを本人にいうとぶっ飛ばされそうだったが、小さな体でトレードマークでもあるツインテールを揺らしながら歩く姿は、そういった嗜好の人にとってはかなりどストライクな見た目なんじゃないかとも思っていた。
だが僕の中でどうしても一線を引いてしまうのは、彼女の仕事ぶりにある。もちろん風紀委員としてのだ。
その小さな体で精力的に動き、校則を違反している生徒を言及している姿はもはや校内の名物といってもいい。
どんなに素行の悪い生徒が相手でも、恐れを知らず突っかかっていく姿から一部の生徒からは恐れられており、先輩の女子生徒の間ではマスコット的な人気を博していた。
そして僕自身、そんな朝霧さんの風紀委員としての手腕に恐れをなしている一人だった。
もちろん髪を染めていたり、制服を改造していたりはしていない。しかし、いろいろと校則上問題のある物を校内には持ち込んでいた。
それは僕の宝物であり、生きる糧でもある、ゲームや漫画などだ。
それらがもし没収されてしまうと、僕のショックは計り知れない。
更に今まではバレてないだろうと高をくくっていたが、先日ダーツカフェでその考えの甘さが露呈した。
だからこそ今まで以上に慎重に、朝霧さんの反感を買うことのないように日々振る舞っているのだった。
しかし事態はそうも言っていられなかった。
ついに放課後のドタキャンが3度目を記録した。もちろん隣にはスマホを握りしめている朝霧さんがいた。
「また...。」
「なんかごめん朝霧さん。」
「いいわ。ただしこれはもう完全に意図的ね。あの2人の仕業だわ。」
やはりこうも不自然なドタキャンが続くと、おかしいと感じていたのは朝霧さんも同じだったらしい。
そう言った朝霧さんの手元からは、万力のように握られギチギチと不穏な音を立てるスマホがあった。
「どうする?対決する?」
「当たり前じゃない。ギルティよ。」
そして僕と朝霧さんは校門の前で作戦会議を行い、ある計画を立てたのだった。
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「先間よ。今日の放課後...」
「ごめん今日は七瀬さんと用事があって。」
「えっ?」
僕の声が聞こえたのだろう。
向こうの席で朝霧さんに話しかけていた七瀬さんから驚いた声があがった。
だが、その前では勝ち誇ったような顔をした朝霧さんがいる。
「あら丁度良かったわ。ごめん葵。誘ってもらって悪いけど、私も今日は豊島と予定があるのよ。」
「む?」
名前を呼ばれた彰人が怪訝そうな顔で朝霧さんの方を見た。
そんな互いの反応を無視して、僕と朝霧さんはしてやったりと顔を見合わせた。
つまりは前回作戦会議をした際に、互いの意見を色々と交換した。そして出た結論としては『彰人と葵はつながっている』ということだった。
それは先間は彰人から、朝霧さんは七瀬さんから、それぞれ同じ場所と時間を指定されていることからも明白だった。
そのため、今回はお互いが逆の相手を先に誘うことで、先間と葵の連携を封じてやろうという作戦だった。
「ほら、豊島!行くわよ!」
そう言って朝霧さんは彰人の腕を思いっきり引っ張った。
だが彰人は微動だにしない。んーっと言いながら顔を赤くして引っ張り続けていた朝霧さんだったが、彰人は涼しい顔をしてそんな朝霧さんに尋ねた。
「朝霧よ。別に今日予定などないだろう?なんだというのだ。」
朝霧さんは引っ張ることに諦めたのか、力を緩めた。
はーはーと荒い息をつきながら、答える。
「いいから来なさいよ。あれよ。相談があるのよ。」
「相談なら先間に...」
「あんたに!相談があるのよ!」
そう言って朝霧さんは再度引っ張りを再開した。
彰人は困ったような顔でこちらを見てきた。僕はやれやれと言った様子で頭を振る。
「女の子が相談したいって言ってるんだよ?乗ってあげないと。」
それを聞いた彰人は困惑した顔を見せながらも、「まあ、先間が良いのなら...」と言うと、「そう引っ張るな。制服が伸びるであろう。」と朝霧さんに声をかけ、一緒に教室を出ていった。
それを見ていた僕の隣から小声で「あっ」いう呟きが聞こえた。
僕はその言葉を発した張本人である七瀬さんの方を見て言った。
「ごめんね七瀬さん。でも今日こそ隠し事を全部話してもらうよ。」
七瀬さんは最初「なんのこと...」と言いながら目を泳がせていたが、黙って顔を見続けていたら観念したように項垂れると「わかりました...。」と言った。
それから教室じゃなんだからと2人で食堂に向かった。そこで色々と話を聞いた。
そしてわかったことだが、やはり今回の一連の騒動は彰人が主犯だったらしい。
「先間と朝霧と恋仲にしたい。協力してくれるか。」
そう彰人から持ち掛けられたのは、先週とのことだった。
七瀬さんは最初当たり前だが困惑したらしい。
僕はそれはそうだと思い、大きく頷いた。まともな人が見ていたら、僕が朝霧さんに気がないこと、また逆もしかりなことはわかりきっていることだった。
それでも、七瀬さんは協力することにした。
理由を尋ねると、ふいっと目線を反らしながら言った。
「お似合いかなと思って。」
「嘘だ。単純に彰人と話す機会が増えると思ったんでしょ。」
七瀬さんは顔を真っ赤にすると、腕をバタバタと振りながら動揺を隠さず喋る。
「なっ何を言っているのよっ。意味がわかんないよ。別にあの2人が付き合えば、豊島君と私もワンチャンあるかもなんて思ってないからね!?」
完全に思っていた。
僕は未だにわたわたとし続ける七瀬さんを見ると、大きくため息をつきながら言った。
「まあ七瀬さんの恋は応援するけどさ...。僕は巻き込まれ事故だよ。」
「香織、いい子だよ...?」
「いやいい子だとは思うけどさ...僕は漫画とゲームの方が大事。」
「あー」
僕の回答を聞いた七瀬さんは納得したような声を上げた。
それから「ごめんなさい。」と言って、頭を下げた。
「別に怒ってはないよ。逆にさっきも言ったけど、七瀬さんの恋は僕応援するから。」
「へぇっ!?あっそのっ私別に豊島君の事...」
「そうだよね。彰人は朝霧さんと違っていい子じゃないもんね。」
「そんなことないよ!たまに変だけど...でも優しいし、頭いいし、カッコいいし、それから...」
自分が恥ずかしいことを口罰していることに気づいたのか、徐々に声が小さくなっていく七瀬さんに先を促す。
「それから?」
「...好きだし。」
絞り出すような声でそう言うと、七瀬さんは顔を真っ赤にしてうつむいた。
「応援します。」
「...よろしくお願いします。」
やっと素直になった七瀬さんを見ると、僕は立ち上がり言った。
「じゃあ早速行動しようかな。」
「え?」
僕の言葉の意味が分からないのか、七瀬さんはこちらを見て困惑した顔をした。
僕はニヤッと笑うといった。
「多分、今彰人と朝霧さんは商店街のケーキ屋にいるからさ。合流しようか。」
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「いらっしゃいませー。」
扉を開けた瞬間、甘い匂いと共に店員さんの挨拶が店内に響いた。
僕と七瀬さんは後ろから入ってくるお客さんの邪魔にならないよう少し中に入り、キョロキョロと店内を見渡した。
「あ、あそこ。」
そう言って七瀬さんがお店の一角を指さした。
そちらを見ると確かに彰人と朝霧さんが座っているのが見えた。
だがどうやらこちらは僕たちのようにスムーズに話し合いが進んでないらしい。
朝霧さんがギャーギャーと騒ぎ、彰人がしらばっくれたような顔をしているのが見えた。
「全く彰人は...。しょうがないな。あっすみません。」
後ろから入ってきた女性に道を譲りつつ、僕は頭を抱えた。
そして、(もう裏は取れてるんだ。観念しろよ彰人。)と心の中でつぶやき、そちらに向かおうと歩きだした。
だがその瞬間、先ほど道を譲った女性客の呟く声が聞こえた。
「あの彰人様に寄生する、害虫は誰よ。ユルサナイ。」
僕と七瀬さんはぎょっとして、思わず後ろを振り返る。
そこにはモデルのようなスタイルをした女子中学生が、人を射殺すような目つきで彰人たちのいるテーブルを睨んでいた。




