第二十五話 ダーツプレイヤー先間の戦い 後編
投げたダーツの速度こそ変わっていなかったが、精度が先ほどまでとは段違いだ。もちろん悪い方に。
先間の一投目は大きく左にそれ、11点のスペースに突き刺さる。
その後、軌道修正をして投じた2本目は右側に寄り過ぎてしまい、10点に。
更に何度か深呼吸をしてから投げた3本目は、なぜか下にそれ3点を獲得する結果となった。
震える手で的に刺さったダーツを引き抜いた先間は、またおぼつかない足取りでテーブルへと戻ってくる。
「どうした先間。急に狙いが定まらなくなったように見えるが。」
彰人は心配をして声をかけた。
「だ、大丈夫。ごめんね。次は大丈夫だから。」
先間はそう言うが声に力がない。
心ここにあらず、と言った様子だった。
彰人は少し首を傾げたが、自分の番が回ってきているため、ダーツ台へと向かった。
(大丈夫...勝てばいいんだ...さっきまでと同じプレイができれば負けることはないんだ...)
先間は心の中で自分を鼓舞する。
そしてダーツを手に持つとその場で何度か素振りをした。
(これだ。そうこの感じ...何度も繰り返した動きだ...よしだいぶ落ち着いてきたぞ。)
そう思い先間が素振りをやめかけた瞬間、ダーツ台の方からまたブルにダーツが刺さった銃声が響いた。
彰人か!?とそちらを向くが、目に入ったのは喜んでる金髪の姿だった。
しかもどうやら連続して当てていたようだ。かなり高い合計得点に茶髪とハイタッチをしていた。
(げっ!やばい...)
その最中、横から感じるプレッシャーに思わず顔を向けると、笑顔の香織がいた。
隣の葵はこちらに気づいていないが、香織は声を出さず口をパクパクとさせた。
げえむ、ぼっしゅう
(ひぃぃぃいいい)
それを見た先間は、再度ダーツを手に取ると自分の番が来るまで素振りをし続けた。
************
(少しまずいな)
彰人は互いのチームの点数を見ながら、思った。
勝負も終盤に差し掛かり、彰人自身はかなりダーツの腕前が上達している。正直、相手の茶髪と金髪よりは上、先間にも引けを取らないレベルまで点数を獲得できるようになってきていた。
しかし、問題はその先間だ。
序盤中盤とこちらチームの点数を稼ぎ続けていた先間が、なぜか終盤に差し掛かるにつれて急激に調子が落ちてきていた。
茶髪と金髪の方はコンスタントに点数を取り続けているため、まさに序盤の彰人と先間の役割が完全に逆転した状態となっていた。
「おい、先間よ。本当にどうしたのだ。」
彰人は何度か尋ねた問いを再度先間に行った。
だが先間からの返答も変わらない。
「次!次はだいじょうび!ブルにあてててて」
(大丈夫ではないな、これは。)
否、徐々に先間の冷静さが失われていた。
一心不乱に素振りをしながらダーツ台へと向かう先間を見送りながら、彰人は考える。
(ふむ...調子が悪くなった原因は置いておこう。それより、なぜ先間の調子は負けが濃厚になるにつれて、悪くなり続けているのだ?)
そう、よく考えればわかるのだが、今回の勝負で彰人側のチームが負けたとしても、別に先間に一切のデメリットはない。
なぜなら、向こうから負けた時の条件として提示されているものの中に、先間は含まれていないからだ。
(もちろんそれは我も同じだが...だとしても、たとえ遊びだろうがこの我がこんなところで負けを経験するつもりは毛頭ない。だがもしかすると先間の中で、ダーツ勝負で負けるということをあやつの中にあるプライド...自らをダーツプレイヤーと名乗るその矜持が許さないのだろうか?)
そう思いながら、先間の方を見る。
冷静になろうと何度も深呼吸を繰り返しながら投じたダーツは、見事に1点を獲得していた。
完全なるイップスだ。
(ダメそうだな...だが、どうにも負けることが許せないといった雰囲気ではないように思えるな。どちらかと言えば、恐れているような...)
そこまで考えたとき、先間が3本目まで投げ終わった。
これでゲームは残り2ラウンドだ。
向こうのチームでは茶髪が投げ始めている。
彰人も自分ダーツを手に取ると、先間と入れ替わりでダーツ台の前へと立った。
そして1本目を投じる。銃声が響く。
「くっそ!またあいつブルだぞ!」
「分かってる!俺も当てればいいんだろ!...おっしゃあああ!」
隣で騒ぎ立てる茶髪と金髪を横目に、彰人は再度思考を巡らせる。
(もう一度、最初から考えてみるか。今回のゲームでこちら側が負けた時に先間が失うものはない...だが、本当にそうか?今回負けたとき起こることとは、朝霧と七瀬があいつらとダーツで遊ぶことになる。ということだ。)
彰人は2本目を投げる。
今度はブルにこそ当たらないが、20点だ。
また茶髪と金髪がギャーギャーと声を上げた。
(朝霧と七瀬と向こうの茶髪金髪が遊ぶことで何か先間に影響があることと言えば...まさか!)
3本目のダーツを投げながら、彰人はある答えにたどり着いた。
再度ブルに突き刺さったダーツを引き抜きながら、彰人は速足でテーブルへと戻る。
そしてダーツ台へと向かいかけていた先間を呼び止めると、真剣な眼差しで声をかけた。
「先間よ、この勝負にもしも負けた時の話だが...」
そこまで言った瞬間、先間の目が大きく見開かれる。
それから、小声で「なんでそれを...」と呟いていた。
(ほぼ当たり...と言ったところか。)
彰人は先ほど自分の中でたどり着いた答えに確信を持った。
そして重要な確認を行う。
「七瀬か?」
先間の動きに異変はない。
「では...朝霧か?」
反応は劇的だった。
朝霧の名を口にした瞬間、先間はバッと顔をそらせた。体も微妙に震えている。
(なんと...朝霧の方だったか。)
そのままダーツ台へと向かう先間を見送り、今度は香織と葵のいるテーブルへと目を向ける。
そこでは心配そうな顔で先間を見る葵と、熱の籠った目で先間を見る香織がいた。
(そういうことであったか。先間よ...どうやら朝霧もお主と気持ちは同じだぞ...。確かに自分が恋い慕う相手と他の異性が遊ぶ機会を自分の手で作ってしまうのは、いたたまれない思いになるだろう...であれば我が行うことはただ一つ。)
彰人はゆっくりとこぶしを握る。
(お主が朝霧へと抱く恋慕。そのバックアップは任せておくがいい!)
彰人は盛大な勘違いをしていた。
************
ゲームが最終ラウンドとなった。
先ほどのラウンドで先間がまさかの3連続ミス、つまり獲得した点数が0点という盛大なミスを犯し、さらに先ほど茶髪が高得点を獲得した結果、ここにきて残りの点数が向こうのチームに大幅な差をつけられていた。
真っ青を通り越し真っ白になった顔で先間が椅子に座っている。
彰人はちらっと横を見た。香織がそんな先間に再度熱を籠った視線を送っている。
(ふっ。朝霧よ...随分と熱烈だな。我が気づいてなければ、まるで睨みつけるのかと勘違いしてしまうぞ...よし。)
彰人は先間の肩に手を置いた。
こちらを見た先間の目を見ると、力強く宣言をする。
「先間よ。我に任せろ。」
彰人は自分のダーツを掴むと颯爽とダーツ台の前に立った。
隣では茶髪と金髪が随分と余裕のある表情でこちらを見ている。
そう、ここまで点数を上げ続けている彰人ではあったが、これまでと同じ点数の上がり方では自分たちの点数には追いつけない。つまり、勝負としては勝てる。そう二人は見込んでいた。
だがダーツを構えた彰人を見て、茶髪と金髪は眉を潜めた。
なぜか、先ほどまでよりも一層神経が研ぎ澄まされているような雰囲気を感じた。
次の瞬間、彰人の手が振り下ろされる。このゲームが始まって以来一番の速度で放たれたダーツは、吸い込まれるように的へと突き刺さる。
茶髪と金髪はそろって渋い顔をした。
「ここにきて20のトリプルかよ...」
「ああ...だがまだ点数的には余裕がある。だいじょう...」
彰人の2投目が放たれる。
1投目と同じ軌跡を描いたダーツは、もちろん同じ場所へと刺さる。
「まじかよ...おいおいおい!やばいぞ!どうすんだ!」
「俺に言うなよ!次はお前の番だろ!」
茶髪と金髪が騒ぎ始めた。
だがそちらを気にも留めることなく、彰人の最後のダーツが投げられた。
野球において質の高いストレートは『糸の引く様な』と表現されることがある。
今回彰人が投じたダーツもまさに糸を引く様なラインで、20点のトリプルへと突き刺さった。
盛大なファンファーレがダーツ台から響き、画面上に180の文字が躍る。
180点。それは、3連続で20点のトリプルに当てなければ出せない点数。
つまりダーツで出せる最高得点だった。
「どうすんだこれぇぇぇええええ!お前、絶対次で終わらせろよ!」
「やめろ馬鹿!変なプレッシャーかけるんじゃねぇええ!」
茶髪は最後に投げる金髪にダーツを押し付けながら叫び、金髪は震える手でダーツを叩き落しながら叫んでいた。
彰人は的に刺さったダーツを引き抜くと、テーブルへと帰る。
そこには感嘆した様子で口を開く香織と葵、そして光の戻った目で彰人を見る先間がいた。
「彰人...。」
「先間、お主ならやれる。我が太鼓判を押す。」
そう言って、彰人は先間の背中を押す。
先間は彰人の目を見ると力強く頷き、ダーツ台へと向かった。
現在画面に表示されているお互いの点数はこうだ。
彰人・先間チーム 53点
茶髪・金髪チーム 22点
やっと覚悟が決まったのか、まずは震える手で金髪が1本目を投げた。
20点に刺さる。
「悪くない!悪くないぞ!」
「だからお前黙れって!」
後ろから茶髪が叫び、金髪が叫び返す。
次は先間の番だ。
(お主なら大丈夫だ。)
そう思った彰人の隣で人の動く気配がした。
香織だ。
「先間!勝って!自分のためにも!」
その声を聞いた先間の肩が跳ねた。
彰人はふっと笑いながら思った。
(自分のためにも...か。朝霧め、これは先間の気持ちに気づいているな。我がサポートするのも今日が最初で最後になるやもしれんな。せっかく答えにたどり着いたのに少し悔しいが...。今の声援はなにより先間の力になるだろう。)
そんな先間の1投目が放たれた。
まっすぐと飛んだダーツは...まっすぐと2点に突き刺さった。
彰人・先間チーム 51点
茶髪・金髪チーム 2点
(ん?先間?)
彰人は首をかしげる。先間はもうそれは逆効果ではないかと言いたくなるくらい、大げさな深呼吸を繰り返している。
その様子を見た金髪はガッツポーズをした。茶髪も叫ぶ。
「いけるぞ!次で終わらせろ!」
「ああ!勝つぞこの勝負!そして...」
おそらくこの後の楽しみを頭に描き、より具体的にイメージするためだったのだろう。
金髪は香織と葵のいるテーブルに目を向けた。
だが、盛大な勘違いにより先間と香織の恋路を応援するモードに入っている彰人が、それを許すはずが無かった。
高速詠唱により自らの身体能力を引き上げた彰人は、風のような速度で金髪と2人の間に身体を割り込んだ。
そして、目のあった金髪に威圧感増し増しの笑顔をぶつける。
「ひぃ!」
猛獣を目が合ったような気分となった金髪は、素早くダーツ台へと向き直った。
(先間よ。バックアップは任せろ。)
再度強い決意のもと拳を固める彰人の後ろでは、葵が目をまわしていた。
「あれ?豊島君、さっきまですぐ隣にいたのに、瞬きした瞬間こっちに...え?なんで?あれ?」
そして目をまわす葵の隣では、香織が再度先間に叫ぶ。
「先間!...わかってるよね?」
先間は飛び上がる。ダーツも手から零れ落ちた。
そんな中、震える手で投げられた金髪の2投目は...1点に突き刺さった。
「あぁぁ惜しい!」
「わかってる!わかってるから!」
続けて先間も2投目を投げる。
今までで一番頼りなく空を飛んだダーツは、1点に突き刺さった。
彰人・先間チーム 50点
茶髪・金髪チーム 1点
糸が切れたようにがっくりと肩を落とす先間を見て、金髪と茶髪は狂喜している。
もちろん本来ならほぼ勝ちの場面だ。
「よぉぉし!最後だ!」
「任せろ!終わらせるぜ!」
そう意気込んだ金髪は3本目のダーツを構えた。
そしてそのまま投げればよいものを、勝負に勝ったと思い浮かれた気持ちがそうさせたのか、やはりちらっと香織と葵のいるテーブルに目を向けてしまった。
そこで金髪の目に映ったのは、魔王だった。
(我も鍛錬が足りんな。)
彰人は珍しく反省をする。
もちろん先間の恋を応援するためだった部分もある。しかし、やはり勝負ごとにおいて敗北が許せない彰人は、この場面でつい気持ちの抑えが効かなくなった。その結果、金髪を再度目が合った瞬間に、つい魔力が溢れ出てしまった。
その結果が、目のまで泡を吹いて倒れる金髪だった。
「おい!急にどうしたお前!」
その場で倒れた金髪のもとに茶髪が駆け寄る。
彰人はそっと回復魔法を唱えた。金髪は意識を取り戻した。
「あれ...おれ...ダーツを投げかけて...」
「大丈夫かよ。お前、急に倒れたぞ。」
3本目のダーツを投げる直前までの記憶しかない金髪はゆっくりと立ち上がった。
倒れたことを聞きびっくりした様子ではあったが、特に体には異常が感じられないことも不思議がっていた。
「勝負どうする?出来んのか?」
「多分...。」
そう言って金髪はちらっと先間を見た。
先間は今の騒動にも気づかない様子で項垂れている。
おそらくそれを見て再度、勝ちを確信したのだろう。金髪はダーツを掴むとダーツ台に向き直った。
「なんともないっぽいからいけるっしょ!」
そして最後のダーツを投げた。
だがやはり倒れたダメージは体に残っていたのだろう。力なく飛んだダーツは枠外へと突き刺さった。
茶髪・金髪チーム 1点 finish
「まあ、しょうがないか。」
「終われなかったけど、これは勝ったっしょ。」
そう言いながら茶髪と金髪は自分のテーブルに戻っていく。
向こうのチームの結果を見た先間は、ゆっくりと自分のダーツを手に取ると構えた。その背中からは、完全に覇気は失われており、悲壮感しか漂っていない。
彰人は大きく息を吐き出すと、思った。
(最後、ブルに当てれば我らの勝ち。だが今の先間では難しいな...。もちろん、先間が投げたダーツを我が魔法で誘導するのは簡単だ。だが、先間よ。お主はそれでは嫌だろう。自分の実力で想い人を守りたいであろう。であれば我も無粋なことはしまい。)
そしてゆっくりと詠唱をする。
「だから我ができることは...お主がいつもの実力を出し切れるようにサポートするまでだ。」
************
先間は目の前が真っ暗になりそうだった。
(もうだめだ...残り50点。ブルに当てれば丁度0点になって勝てるけど...今絶対ブルになんか当てれないよ。あぁ...僕の大事なコレクション達。ごめんよ、朝霧さんの魔の手から守り切れなくて...。)
だが、このままでは一生勝負は終わらない。ダーツを構える為、ゆっくりと重い体を動かす。
今まで何百回と構えたことのあるフォームだったが、今自分はいつもの正しい構えができているのか、そもそもなにが正しい構えだったのか、全てがわからなくなっていた。
そんなゲシュタルト崩壊を起こしながら、ダーツを構えた。
だがその瞬間、心の中にじんわりとした熱が広がっていく。
そしてそれまで暗澹としていた気持ちが、急速に晴れていくのを感じた。
(え?なんだこれ?すごく心地いい...)
先間は目を閉じた。まるで一日の疲れをお風呂で癒しているときのように、徐々に気持ちがリラックスしていき...心が完全に平常心を取り戻した。
先間はゆっくりと目を開いた。
(これって普通じゃないよな...そして普通じゃないって時は...大体、彰人のせいだ。)
先間はふっと笑った。いつもの正しいフォームでダーツを構えなおす。
(絶対、僕の投げたダーツを魔法で操ることもできるだろうに...粋なことをするね。じゃあ、僕も答えざるを得ないな!なぜなら僕はダーツプレイヤー先間だから!)
そして勢いよく最後のダーツを投じた。
店内に銃声のような効果音が響き渡った。
今回の話はダーツをしたことがない人には、よくわからない部分もあるかもしれません。
もし「ここが分かりづらいよ」とか「最初にこういった説明があればいいのに」などございましたら、手直しいたしますので、ぜひ感想で教えていただければと思います!




