第二十二話 漆黒のアルバイト 後編
黒沼はゆっくりと腰を浮かせながら思っていた。
(今回もうまくいきそうだ...くふふ)
黒沼がこの『blackcafe』を始めたのは、約1年前だ。
当時から違法な薬物の販売を行っていた黒沼は、どうしても日常に渇きを感じていた。
その原因は、自分がよく知っていた。今の生活には“支配”が足りていなかった。
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黒沼が自分の中の異常な支配欲を自覚したのは、中学生のころだった。
ある日、同級生からいじめられていた後輩を助けたことがきっかけで、その後輩から随分と懐かれたことがあった。
校内でことあるごとにそばに寄ってきては「黒沼さん」と名前を呼ぶ後輩を、最初はかわいい奴だなと思っていた。
しかしある機嫌の悪い日に、隣に来てべらべらと喋るその後輩の言動がやたらと神経を逆なでし、強く体を押しながら怒鳴ってしまったことがあった。
後輩はひどく怯えた表情をした。黒沼は咄嗟に謝り後輩も許してはくれたが、先ほどの怯えたような後輩の仕草を見てから、黒沼は自分の心の中で何かが蠢く感覚を感じていた。
それからだ。黒沼は自分の心の中で蠢く感覚が一体“何なのか”を確かめるよう、その後輩に強く当たりすぐ後に慰めるという方法を何度もとるようになった。
その中で、徐々に自分に依存していく後輩をみながら、黒沼は自分の中に蠢く感覚の正体が強烈な“支配欲”だと気づいた。
自分の支配欲を自覚してから、黒沼はその欲望のままに後輩を使役し尽くした。
最初は簡単なパシリから、徐々にエスカレートしていきスーパーの万引きもやらせるようになった。もし後輩が自分の指示通り動かなければ、暴言と暴力を振るい、その後にすぐ慰めた。
そんな環境の中で黒沼への恐怖と信頼があべこべに混ざり合い、後輩から黒沼への依存は溶けることがなかった。
しかし、そんな生活も中学を卒業したと同時に、終わりを迎える。
すこし地元から離れた高校で不良の仲間入りを果たした黒沼は、後輩たちに対して高圧的に振る舞う機会や、暴力で他校の生徒を一方的に従わせる機会はあったが、それは中学の時のような黒沼が求める“支配”とは程遠かった。
そのため高校も卒業し、地元の工場で働いているときも。その中で副業として始めた違法薬物の販売がヒットし、そちらで生計を立てるようになってからも、黒沼は自分の黒い願望を内に秘めながら、悶々とした日々を過ごしていたのだった。
しかしそんなある日、薬物の買い手の一人であり親しい仲になっていた塚山淳に自分の願望を打ち明けてみたところ、「じゃあ、中学の時と同じ再現をしてみれば?」という提案を受けた。
黒沼は(子供の頃とはまた感覚も違うだろう)と気乗りがしなかったが、塚山が計画を立てるというので一回だけ試してみることにした。
そして、結果は大成功だった。黒沼は新たに自分の“支配欲”を満たす方法を見つけたのだった。
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そして『blackcafe』のオープンに繋がる。
別にカフェをやらなければならなかったわけではない。自分が店長でアルバイトを一人雇える職場であれば、何でもよかった。
だが、丁度物件を探すタイミングでカフェの居抜き物件を購入できるタイミングがあり、そのままカフェを営業することに決めた。
あとは単純だ。アルバイトを雇うごとに、その初日に塚山にカフェを襲撃させた。それを黒沼が身を挺してかばうことで、黒沼に対して強い感謝と信頼を感じさせる。
もちろん中には働き続けることに抵抗を覚えるバイトもいた。しかし、そこは恩着せがましいほど「君の安全は店長である僕が守る」と言い聞かせることで、その恐怖すら黒沼への信頼感を助長させる要素となった。
後は、十分な信頼関係ができた頃合いを見計らって、黒沼が態度を急変させる。
少しでも仕事でミスをすれば暴言を吐き、客のいないすきを見て暴力も振るった。そして、もちろんそのすぐ後には態度を軟化させ、謝罪とフォローを入れる。
そうすることで、黒沼への依存を強めていった。
また、アルバイトを支配するようにしたのには、他の理由もある。
今の黒沼は特に支配をした人間に対してやらせたいことはない。単純に支配するまでの過程そのものが、黒沼の求めていることだった。
もちろん、歴代のバイトの中にはかわいい女性もいる。塚山からは「せっかく自分の事を何でも聞く人形を手に入れたんだから、有効に使わなきゃもったいないぜ。」と言われたこともあったが、黒沼は一蹴していた。
そのため自分の手を離れても問題ないと判断できるくらい完全に支配しきった後は、どんどんバイトを首にして新しいバイトを雇うということを繰り返しているのだった。
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そして、それは今回も同じだ。
豊島彰人。今までのアルバイトの中でも一番の美形だ。美形であればあるほど、支配した時の感動は増す。
そしてそんな彼が今は自分の後ろで塚山に殴られ、転がっている。
最初、塚山に臆さず冷静に対処した時は少し焦ったが、塚山は元ボクサーだ。
いくら手加減したとはいえ、一度あの馬鹿力で殴られてしまえば、恐怖で動けないだろう。
後はいつも通り、俺が塚山を追い出して...。
「店長、確認なのだが。」
豊島君がそう言いながら、肩に手を置いてくる。
(なんだ?)
そう思ったが、とりあえず「彰人君、バイト初日にごめんよ!」と言って、庇っておいた。
そしてもう一度、立ち上がりかけたとき、再度豊島君の声が聞こえた。
「いや、いい。それより先ほどこの神様たちを客でないと言ったか?」
(この子はこの状況で何を言ってるんだ?)
今後こそ理解を超えた豊島君の問いに、一度脳みその回転が止まる。
だがとりあえず今はこの状況を先に進めなければ。
俺は豊島君の目を見て言った。
「ああ!こんな奴らは客じゃない!」
そして再度、立ち上がりかける。
だが、また肩に手が置かれた。豊島君だ。
(今後は何だ!)
おもわず少しイラッとした顔で振り返ってしまう。
やってしまった、と思うと同時に豊島君の顔が目に入った。
(笑って...る?)
俺は自分の目を疑った。だが確かに豊島君は笑っていた。
そしてその目を見た瞬間、俺の中に危険信号が鳴り響いた。
これでも、様々な修羅場をくぐってきたつもりではあったが、その目を見た瞬間、過去の修羅場の思い出は全てお遊戯へと変貌した。
それほどまでの威圧がその目からは放たれていた。
だが、その目が向いているのは、自分ではない。
この目が直接向けられている相手、そう塚山は...。
「店長、下がっていてください。」
そういうと豊島君は、自分の下敷きになっていたモップを手にゆらりと立ち上がる。
そして、塚山と向かい合った。
「どうやらお主たちは客ではないらしい。」
物音一つ聞こえない店内に、豊島君の声が静かに響く。
「すっかり騙されてしまった。お客とお客以外の判別は難しいな。」
豊島君のふっと笑う声が聞こえた。
しかし、俺にはその吐息の音さえ死神の足音に聞こえた。
おそらく、それは塚山も同じなのだろう。先ほどまで赤みがかっていた顔はすっかり蒼白へと様変わりし、ガタガタと震えている。
「だが、我にも意地がある。先ほど心の中で使わないと決めたことは使わん。」
突如、金属をひっかく様な音が辺りに響いた。
よく見ると豊島君がモップの柄を回転させ、分離させようとしている。
そして、その柄が分離するまでが死刑のカウントダウンだった。
「お主も武道の心得があるのだろう?今回は我も武道の技のみで、相手をしてやろう。」
「うわぁぁぁああああああああああ」
カランと音を立てモップの柄が分離するのと、塚山が恐怖のあまり錯乱し、豊島君に殴りかかるのは同時だった。
おそらく恐怖が体を突き動かしたのか、塚山の放ったパンチは現役時代に放ったどのパンチよりも早かった。
だが、それはあくまで人間の限界内の話だった。
豊島君が持つ、モップの柄が消えた。
その瞬間、大きな破裂音が店内に響き渡った。
「ぐわぁああ」
塚山が先ほどまで豊島君を殴りかけていた手を見て、絶叫する。
その指は通常であれば可動域ではない方向に、大きく曲がっていた。
「おい。そこのお前。今、我が何度攻撃したかわかるか?」
「...オレですか...?」
急に質問をされたスキンヘッドの困惑した問いに、豊島君は頷くことで肯定した。
「...一度?」
答えを聞いた豊島君は、ふんっと鼻を鳴らすと「三度だ。」と答えた。
その瞬間、「ぐわっ、ぎゃっ」と悲鳴が2回響いた。塚山だ。
先ほどまでは気にしていなかった肩を抑えている。それによく見ると肘も大きく腫れてきていた。
「なっ...」
思わず声が漏れた。おそらく先ほど豊島君の放った攻撃は、手・肘・肩を打ち据えていたのだろう。
だが、打撃音は1度だけしか聞いていない。
音速を超える速度の3連撃。そんなことが可能なんだろうか?
俺は、何か触れてはいけない人物に手を出してしまった気配を感じた。
「くそっ!こんな...こんな化物が相手とは聞いてねぇぞ!」
塚山が豊島君を見て叫ぶ。
豊島君は冷静に塚山を見返しながら、再度モップの柄を構えた。
その構えを見た塚山の目に、怯えが映る。そして、後ろを向いた。
おそらくこのタイミングでそのまま逃げれば、まだ良かったのかもしれない。
だが塚山は恐怖のためか、最悪の判断をしてしまった。
「殺すっ!」
そう言いながら、塚山はまだ無事な左手を金髪の部下が持っていたバッグに突っ込んだ。
そして次に振り返っていたとき、左手には小ぶりのナイフが握られていた。
「おいっ」
俺も思わず声を上げた。さすがに昼間から刃物はまずい。
だがそれより先に豊島君が呟く。
「ふむ。前回と違い、奴は本気で我を刺そうとしておるな。では、相応の罰を与えねば。」
俺が(前回?)と思ったタイミングと、塚山がナイフを突き出しながらこちらに突っ込んでくるタイミング、そして再度モップの柄が消えたタイミングは同時だった。
今度は拳銃を連射したような破裂音が店内に響き渡る。
塚山の体が空中で激しいダンスを踊った。
その最中、豊島君が「扉を開けろ!」と叫んだ。
塚山の部下である金髪の男は、弾かれたように動くと、扉を大きく開け放った。
それと同時に、豊島がふっと息を吐き出すと、空中の塚山に向けてモップの柄が激しく叩き付けられた。
一瞬塚山の体が空中で止まったように見えたが、次の瞬間には錐もみしながらぶっ飛び、開け放った扉を通り見えなくなった。
ふーっと大きく息を吐き出した豊島君は、先ほど塚山をぶっ飛ばした力を受け流すように手に持ったモップの柄をクルクルとまわすと、すとんと地面に下した。
それと同時に、塚山の手から離れたナイフも地面に落ちた。
豊島君は黙ってスキンヘッドの男を見た。スキンヘッドの男は頭を横に振った。
その様子を見た豊島君はふんっと鼻を鳴らすと「18だ。」と答えた。
金髪の男も扉を開けた体制のまま固まっている。
「おい、お主たち。」
豊島君が声を開けた。
二人とも雷に打たれたように、身体を震わした。
「もう二度と、このカフェに来るでない。」
まだ二人とも体が動かないようだ。
「さもなくば...」
そういうと、豊島君が手に持ったモップの柄で地面を軽くたたいた。
その瞬間、二人とも30㎝程飛び上がると、無言で首を縦に振りながら、蜘蛛の子を散らすように店外へと飛び出していった。
豊島君はその様子を見た後、もう一度ふーっと息を吐き、こちらを向いた。
俺は思わずヒッと喉を引き攣らせたが、すでに豊島君の目から先ほどの威圧感は失われていた。
「店長、アルバイトとは大変なのですね。」
そう言って豊島君は笑った。
俺は、コクコクと頷きながらも、心の中で強く思った。
(人を支配するなんてくだらないことは、金輪際やめよう。)
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「いや、絶対ウソ!」
「失礼な奴だな。本当だ。」
次のアルバイトの出勤時、彰人の隣には先間もいた。
なぜ先間がついて来ているのかというと、彰人が「アルバイトは順調だ。」と言ったところ、絶対に嘘だと言い張り、心配だからついていくと言い張ったからだった。
もちろん、先間が心配しているのは彰人ではなく、お店の人だった。
「確かにblackcafeはいわくつきのバイト先だよ?でも僕は思ったんだよね。この世界にあるどんないわくつきの場所より、彰人のほうが何倍も危険だよね。」
先間はうんうんとうなずきながら、持論を展開する。
彰人はそんな先間の様子にため息をつきながら、言った。
「我を爆弾のように言うのはやめてくれ。我だって、真面目に働くことぐらいはできる。それに、まだ一日しか出勤してないのだぞ。」
そんな話をしていると、blackcafeのある場所に到着した。
彰人は先間のほうを振り返り、胸を張りながら言った。
「ここが我のバイト先だ。仕方ないから、今日は人の話を信じない先間に、しっかりと働く我の姿を見せてやろう。」
「彰人。それは無理だよ。」
「なぜだ?まだ疑っておるのか?我はすでにカフェメニューをすべて覚えて...」
「だって、お店がないもん。」
「何を言って...」
振り返りながら「いるんだ」と続けようとした彰人は、固まった。
数日前『blackcafe』の看板がぶら下がっていた建物は、物の見事に空き家になっていた。
「彰人。一体何したんだよ...。」
後ろから先間の嘆く声が聞こえた。
彰人は「ふむ。」と呟くと、(アルバイトはしばらく辞めておこう)と思った。
活動報告にてお知らせはしましたが、前回体調を崩したため更新のお休みをいただきました。
また今日から頑張ります。
それと今回少し長くなりすぎました...。




