第二十一話 漆黒のアルバイト 中編
彰人は次の日の放課後、blackcafeへと来ていた。
木造の建物に同じく木製の看板で『blackcafe』と書いてある。外観はいたって普通のカフェだ。
確かに名前の割に黒の要素がないなとは思っていたが、店長の名前が黒沼だということを思えば、そのネーミングにも頷けた。
彰人は扉に手をかけると、開く。小さくベルの鳴る音が聞こえた。
そして、開いた扉から店内を確認する。どうやら、今はお客はいないようだ。
blackcafeはこじんまりとしたカフェだ。
手前に小さな2つテーブルが二つ壁にくっついて配置されており、椅子がそれぞれ二脚ずつ置いてある。
また奥には短いカウンターがあり、今まさにそのカウンターを布巾で拭いていた店長の黒沼は、開いた扉から顔を出す彰人を確認すると、こちらに歩いてきた。
「ああ、彰人君。待っていたよ。」
「豊島彰人です。本日からよろしくお願いいたします。」
そう言って頭を下げる彰人を見て、店長の黒沼は「よろしく」と挨拶をするとほほ笑んだ。
彰人はその顔をじっと見て、(やはり特に怪しいところはないな)と思う。
「ん?僕の顔に何かついているかい?」
「いえ。」
あまりじろじろと見るのも失礼だろう、彰人は黒沼の顔から眼を外した。
「では、どうすればいいですか?」
「まずは、荷物を置いてきなよ。カウンターの奥にある扉を開けると、更衣室がある。」
そう案内を受けた彰人は、「分かりました。」と返事をすると、カウンターに向かって歩き始めた。
(まあ、なるようになるだろう。)
しかし、そんな彰人の後姿を黒沼は見つめながら、一度だけ舌なめずりをした。
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「コーヒー1つと、カフェオレ1つ。どちらもアイスで。それと、ツナサンドイッチください。」
「かしこまりました。」
彰人は注文を紙にさっと書き込むと、一礼をしカウンターに向かった。
「店長、ツナサンド、アイスコーヒー、アイスカフェオレをお願いいたします。」
「はい。」
店長の返事を聞いた後、彰人はレジへと向かい、他のお客の会計をてきぱきと済ませた。
その間に黒沼も注文の品をすべて作り終える。
会計を終えた彰人はそのトレーを受け取ると、先ほどのお客の元に向かう。
「お待たせいたしました。こちらアイスコーヒー1つと、アイスカフェオレ1つ。それとツナサンドです。」
そうして先ほど会計を終えたお客の座っていた席に向かうと、布巾でテーブルを拭き椅子を整えた。
そう、先間の不安とは裏腹に、彰人は真面目にアルバイトを頑張っていた。
元々持ち合わせたスペックが高く物覚えに長けていることはもちろん、なにより元の世界で自分で働くということを経験したことのなかった彰人は、勤労でお金を稼ぐということ自体にやりがいを感じていたのだった。
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「ありがとうございました。」
そう言ってお客を見送る。どうやら先ほどのお客が最後の客だったらしい。
レジを終え、テーブルに向かう彰人を見ながら、黒沼が言った。
「いやーそれにしても彰人君、君ほんとうにアルバイトは初めて?」
「はい。」
テーブルを拭きながら答え、次に床を拭くためのモップを手にした彰人の返事を聞いて、黒沼は信じられないと言った様子でかぶりを振る。
「初日からこんなに戦力になるアルバイトは初めてだよ。すごいね。」
「ありがとうございます。」
そう言って彰人は黒沼に向かって、頭を下げた。
そして、壁にかかった時計を確認する。時刻はお店の閉店時間に近づいていた。
(ふむ、もうバイトも終わる。このまま何も起こらなそうだな。やはり噂は噂か。)
しかしそう思う彰人の背後で、扉の開く音が聞こえベルが鳴った。
「いらっしゃいませ。」
そう言って振り返り、彰人は勘づく。
どうやら、最後の最後に厄介ごとらしい。
「おい、酒を出せ。」
ドスのきいた声でそう言う男は、身長が190㎝を超えた大男だ。
肩から手首にかけて、なぜかたくさんの絵が書いてある。
(なんだあの絵は。元の世界にいた呪術師が体に刻んでいた呪いの様だな。)
彰人はそんなことを思いながら、大男の顔を見る。
小さな裂傷がいくつか目立つ男の顔は、すでに酒が入っているせいか赤く、目が座っていた。
「ここはカフェです。アルコールは取り扱っておりません。」
ひとまず、彰人は常套句で返す。
しかし、案の定その言葉を聞いた大男は眉間にしわを寄せた。
「あぁ!?客が言ってんだぞ。早く出せ!」
(やれやれ。)
彰人は逡巡する。
こんなとき元の世界であれば魔法でぶっ飛ばせばいいのだが、この日本では『お客様は神様』という言葉がある。つまり、それだけお客は敬うべき対象なのだろう。
よくわからない文化ではあるが、郷に入れば郷に従えだ。
ないより他のアルバイト達が機転を利かせて切り抜いているであろうこのような事態に対して、安易に魔法による解決に頼りたくはない。
(我は将来国王になる人物。これくらいの窮地、知恵で切り開いて見せる。)
彰人は、どうすればこの大男の神様に納得して帰ってもらえるかを考え始めた。
だがしかし、状況はさらに悪化する。
大男の後ろから二人の男が店内に入ってきた。一人は頭をスキンヘッドにしており、もう一人は金髪でチャラチャラとした格好をしている。
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「兄貴、これアレっすか?まさかアレっすか?」
金髪の神様は少し言葉が不自由なようだ。ニヤニヤとしながら、抽象的な表現を繰り返した。
「ああ、そうだ。おいお前たち、死にたくなければおとなしくコンビニまでお酒を買いに走ったほうがいいぞ。」
兄貴と呼ばれたスキンヘッドの神様は、そういって偉そうな態度で彰人に向かって指図をしてきた。
(全く態度の悪い神様たちだ。)
彰人はどうしますか?の意味を込めて、黒沼のほうを見る。
黒沼はカウンターの後ろで、おびえたように体を震わせていた。
(まあ、しかたない。多勢に無勢だ。さて、どうするか...それならば。)
「お客様、大変申し訳ございませんが、もしお酒をご所望でしたら、この先の商店街に...」
ひとまずお酒を飲める場所に誘導すればことは収まるのではないかと考えた彰人は、商店街にある居酒屋を案内しようした。
しかし、喋りながら近づいてきた彰人を見て、大男の神様が激昂する。
「てめぇ、なめてんのか!」
そう叫ぶと両手を構え、こちらに殴りかかってきた。
何か武道の心得があるのか、酒が入っているにしては綺麗なフォームでワンツーが放たれる。
彰人は一瞬そのこぶしを避けようとしたが、あることを閃きそのまま顔で受けた。
「うわー」
そういって彰人が後ろに転がる。
若干棒読みになってしまった彰人のセリフを聞いて、一瞬三人の神様は顔をキョトンとさせたが、気を取り直したように、スキンヘッドの神様が言う。
「さすが大兄貴ですぜ。今のはワンツーに見せかけた、ワンツースリーだ。恐ろしく速いパンチ。オレでなきゃ見逃しちゃうね。」
(いや、ただの2連撃であったが...)
彰人の突っ込みは伝わらず、金髪の神様もはしゃぐ。
「すごいすごい!ワンツースリーが見えた兄貴もすごいっすけど、やっぱり大兄貴は別格っすわ!マジで!」
(相変わらず金髪の神様は何が言いたいのかわからん。だがこれで...)
彰人はよろよろと立ち上がると、言った。
「本当にお酒はないんです...勘弁してください。」
彰人は見抜いていた。
最初に入ってきた時の大男の神様の危なげな雰囲気、そして後から入ってきた子分神様たちの楽しんでいる様子。
それらから連想されるに、おそらく大男の神様は本当にお酒が欲しいわけではない。人に暴力を振るいたいだけだろう、と。
(つまり今、我が殴られたことで、神様たちは溜飲が下がりお店を出ていく...)
「やめろ!」
そのとき、店内に大きな声が響く。黒沼だ。
おそらく彰人が殴られたのを見て、火が付いたのだろう。
カウンターから出てくると、こちらに向かって歩いてくる。
(あぁ、せっかく収まりかけていたのに...余計なことを...)
彰人は頭を抱えたくなった。
しかし、もちろん彰人がそんなことを思っているとは露ほども知らない黒沼は、彰人の前に立ちはだかると声を荒げる。
「うちはカフェだ!お酒など置いてない!帰ってくれ!」
(黒沼よ。それは先ほど我が言った。)
黒沼の後ろ姿を見ながら、彰人は思った。
そして案の定、同じセリフでは引き下がらない大男の神様は、黒沼にも食って掛かる。
「てめえが店長か!さっさと酒を出しやがれ!」
「そんなものはない!帰ってくれ!」
「なめてんじゃねえぞ!」
そう叫ぶと大男の神様は、黒沼を突き飛ばした。
歴然な体格差の前に、黒沼はあっけなく彰人のところまで吹っ飛ばされて来る。
「うわぁあああ」
彰人は黒沼を受け止めると、そのままもんどりうって倒れた。
「店長、大丈夫ですか。」
「くっそぉ」
(黒沼、見かけによらずタフだな。)
彰人は思った。
しかし、今度は二人並んで地面に転がっているところに、大男の神様がゆっくりと歩いてくる。そして叫んだ。
「俺は客だぞ!つまり神様だ!てめえらは黙っていうことを聞いてればいいんだよ!」
(やっぱり神様なのか。さてどうするか...)
倒れたまま考えを巡らす彰人の横で、黒沼が腰を上げかける気配がする。
「馬鹿を言うな!」
(神様でなければ、どうとでもやりようはあるのだが...)
「お前らなんぞ!」
(もう酒を買ってくるしかないのか?だがそれでは...)
「客じゃない!」
(こやつらに屈服したことに...え?)
彰人は耳を疑った。
先ほど黒沼は何と言った?
「店長、確認なのだが。」
「彰人君、バイト初日にごめんよ!」
「いや、いい。それより先ほどこの神様たちを客でないと言ったか?」
彰人の真剣な問いに、黒沼は少しぽかんとした顔をした。
だが、キッと真剣な顔をすると高らかに宣言をする。
「ああ!こんな奴らは客じゃない!」
彰人はその言葉をゆっくりと咀嚼した。
(ほうほう...客ではないと...つまり神様ではない...つまりは...)
(成敗してよいというわけか。)
すでに神様ではなくなった大男たちと、こちらに背を向けている黒沼の後ろで、彰人の口元が笑顔の形に薄く裂けた。




