第二十話 漆黒のアルバイト 前編
「あるばいと?それはなんだ。」
「え...彰人、アルバイトも知らないの...?」
最近先間が放課後慌ただしくしているので、理由を聞いてみると「コンビニでアルバイトを始めた。」とのことだった。
「最近、バケハンへの課金が止まらなくてさぁ。金欠なんだよね。」と話す先間だったが、彰人にとっては『あるばいと』という単語を聞くのが初めてだった。
だから質問をしてみたところ、先間から上記の反応が返ってきた。
「まあさすがに彰人の常識知らず加減にも慣れてきたけど...えっと、アルバイトっていうのは~」
先間がアルバイトの事を説明してくれる。
どうやら話を聞く限り、学生の身分のまま仕事でお金を稼ぐ方法らしい。
それを聞いた彰人は一度「ふむ。」といい少し考えると言った。
「面白そうだ。我もアルバイトをしようと思う。」
「頼むから問題は起こさないでね。」
彰人の決意表明に、なぜか食い気味で答えた先間は、とても不安そうな顔をしていた。
彰人は何をそんなに不安そうにしているのだ?という風に、首を傾げた。
それを見た先間は、顔に浮かべた不安の色をさらに一段階深めると「絶対にだよ。」と言って、彰人の肩に手を置いた。
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アルバイトの面接に受かった。
面接前には、「絶対、面接練習をするからね!」と言った先間に押し切られる形で、何度か練習を行った。
その中で我という一人称を私に変えるように指摘を受けたり、自己PRで七つの魔法を操れることをアピールした瞬間に「馬っ鹿じゃないの!」との吠えられたりしたが、そのかいあってか面接は一度で受かった。
そして、今は学校のお昼休みの時間、先間にアルバイトに受かったことを伝えていた。
「ということで、先間のおかげだ。感謝する。」
彰人は素直に感謝の言葉を伝えた。
先間は目をぱちくりさせた。
「いや、別にそんな大丈夫だけど...まさか一回で受かるとは思わなかったよ。」
その後、手に持った弁当に向かって「僕の時は5回くらい受けたんだけどな...まさか顔か?顔なのか?」とブツブツ言っている。
しかし「うん顔じゃない。運だよ運。」と自分に言い聞かせるように呟くと、再度こちらを向いた。
「そういえばどこで働くの?」
「カフェだ。」
「え?カフェ?またお洒落な...ちなみにどこのカフェなの?」
「ほれ、あの駅前の商店街の途中にあるラーメン屋の角を曲がった先にある...」
「まさか、黒沼の巣!?」
場所を思い出しながら場所の説明をしていると、先間が急に大声を出した。
彰人は先間の唾がかからないよう、食べていたパンをさっと手で隠すと、顔をしかめる。
「何を言ってるんだ。カフェだと言ったろう。確か名は『blackcafe』だ。断じて風呂馬の巣などという不可解な場所ではない。」
「く・ろ・ぬ・ま・の・す!」
先間は再度声を張り上げた。
だが、周りの生徒がこちらを見ていることに気づくと、あわてて声を抑える。
「違う!『blackcafe』なのはわかっているけど、そこのカフェはいわくつきなんだよ!」
「なに?いわく?」
先間は辺りをきょろきょろと見回すと、こちらに顔を近づけ、囁くように言った。
「『blackcafe』ってさ、基本店長一人でやってるんだけど、年中アルバイトを募集してるんだよ。つまり常に人手不足ってわけ。」
彰人はパンを齧りながら、先を促した。
「でも、特に時給も安くないし、立地も悪くないだろ?だから、定期的に新しいアルバイトが入っているみたいなんだけど、絶対に一か月もしないうちにみんな辞めていくんだ。だからいつの日かなんで『blackcafe』はバイトが続かないだって噂が立ち始めてさ。」
先間は手に持った弁当をそっちのけで、言葉と続ける。
彰人は自分のパンは食べ終えながら、(弁当が冷めてしまうぞ)と思った。
「それでそれまでのバイトの経験者を探して、なんで辞めたのか理由を聞く動きがあったらしいんだけど、みんなずっとだんまりだったんだよね。」
そこまで喋ると、再度先間は辺りを見回した。
そしてさらに顔を近づけると、小声で「ここからが重要だよ」と言った。
彰人は先間の弁当に着陸しようとしていたハエを、風の魔法で追い払った。
「でも、少し前にある一人の女子生徒が一度「店長が...」って口走ったことがあるんだよね。そして、その店長の名前っていうのが黒沼なんだよ。それからはあれよあれよという間に話にいろんな尾ひれがついていって...今では『blackcafe』は通称『黒沼の巣』って呼ばれているわけ。」
先間は一通り喋りたいことを伝え終えたのか、そこで話を切った。
そして、ずっと途中でほったらかしにしていた弁当に気づいた様子で再び食べ始めた。
やっとハエを追い払わなくてよくなった彰人は、すこし安堵すると「ふむ。」と言って、顎に手を当てた。
「確かに、我を面接した男が【クロヌマ】と書かれたネームプレートをつけていたな。」
「それが店長だよ!」
「だが、普通の男であったぞ。」
そう彰人が言った瞬間、先間が「そこなんだよ!」と反応した。また弁当はほったらかしだ。
再び寄ってこようとしたハエを見つけた彰人は辟易とすると、そのハエを風で操り窓の外まで運んだ。
「一見、普通のおっさんだろ?だから、逆にどんな裏の顔があるのかで噂が噂を呼んで...」
「ちなみにその噂とはどういったものだ。」
先間は「えーと」と言い、指を折りながら話す。
曰く、少しのミスでも怒鳴りつけ時には暴力を振るうような暴君なのではないか
曰く、とてつもない変態で男性女性問わずセクハラの限りを尽くすのではないか
曰く、カフェ自体が表の顔で裏では違法な仕事を行っているのではないか
「それと...」
「もういい。くだらん。」
彰人は先間の話を遮ると、苦笑しながら一蹴した。
「そんな突拍子もない話、信じるほうがどうかしているぞ。」
「まあ確かにこれらの話はちょっと尾ひれがつきすぎてる感はあるけどさ...でも、年中バイト募集中なのはホントなんだって!」
必死に訴えてくる先間を見て、彰人は静かに告げた。
「まあ、どちらにしろ明日が初出勤日だ。そこで真相がわかるだろう。...それと先間、早く弁当を食べろ。」
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「ほら、依頼されてた分です。」
「ありがとよ。」
そう言ってバイクに乗ったまま小さな袋を受け取った男は中身を確認する。
その腕には肩から手首にかけてびっしりと刺青が彫ってあり、体も190㎝を超す大柄。
さらにただでさえ強面な顔にはナイフでつけられたような裂傷が目立ち、どこからどう見ても堅気の人間ではない雰囲気を醸し出していた。
ただ、その強面の男と対峙しているもう一人の男性は、短髪黒髪で四角い眼鏡をかけた40代くらいの普通の男性だ。
「指定通りだな。いつもいい仕事しているぜ。」
中身を確認し終えた強面の男は、そう言って小さな袋を上着の内ポケットにしまった。
その様子を確認してから、眼鏡の男性が口を開く。
「そう言えば、明日また新しいバイトが来ますよ。」
「おっ。男か?女か?」
「男です。」
眼鏡の男性がそう答えた瞬間、強面の男性は残念がる仕草を見せた。
「ちぇ、男かよ。」
しかし、眼鏡の男性は「くふふ」と笑うと、破顔した。
「とても美しい顔をした男子高校生ですよぉ。」
そう言った眼鏡の男性の顔は、先ほどまでと違い異様な気持ち悪さを漂わせていた。
「まずは信頼です。信頼を得ることによって準備は完成する。そしてそこから信頼していた相手の豹変!あぁ、たまりません。」
そして恍惚とした表情のまま、眼鏡の男性は続ける。
「彼は怒鳴ったらどんな顔をするのでしょう?殴ったらどんな鳴き声を上げるのでしょう?そしてそうやって恐怖を植え付けた後に、あのこじんまりとしたお尻をじっくりと...」
そこまで言って想像をしたのか、眼鏡の男性の口元から光る涎がたらりと垂れた。
その様子を見た強面の男は呆れかえった様子で言う。
「全く...俺に言えた義理はねぇけどよ、お前はほんと救えないぜ。」
そう言うと、強面の男は乗っていたバイクのエンジンをかけた。
「じゃあ、手筈はいつも通りでいいか?」
「ええ、お願いします。」
「ちぇ、男の場合は俺にうまみがねぇからなぁ...」
強面の男性はそうぼやくも、「分かった」といった様子で手を軽く上げた。
そして、そのままエンジンをふかし、夜の街に消えていく。
それを見送った眼鏡の男性は「明日が楽しみですねぇ」と呟くと、後ろにあった扉を開けて、建物の中に入ってく。
その胸には【クロヌマ】と書かれたネームプレートが光っていた。




