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第一話 彰人、地球に立つ

小波町さざなみちょう

都心から遠く離れた普通の港町。


夜の閑静な住宅街の一角にある公園で静かに空気が揺れた。

徐々に空間の揺らぎは激しさを増していき、バチバチと放電に似た音が響き始める。

暗闇の中にいくつの白い電流が瞬いた後、突如として黒い球体状に空間が消えた次の瞬間、一人の男が立っていた。


「ほう...超えたか。」


彰人は軽く手や足を動かたあと、何度かストレッチを行い全身に不具合がないことを確認した。


「身体は問題なし、記憶の混濁などもおきてはいないな。特に転移による影響はないようだ。流石は我が国の宮廷魔術師どもというわけか。だてに日ごろから偉そうな態度をとっていない様だ。」


一通り心身のチェックをおえた彰人は、辺りを見回した。


「ここがサザナミチョウ...静かな町だ。確か人目につかない場所に転移するといっていたが、ここは...公園か。」


現在地を確認した後、目の端に移った遊具に向かって歩み寄った。

何をする遊具なのかはいまいちわからなかったが、綺麗に磨かれた表面が光を反射しており、鏡のようになっている。

彰人はそこに自分の姿を映し、視覚でも何か不備がないかを確認した。


「ふむ...特に問題はなさそうだ。資料で見た日本人の姿にうまく擬態できている。」


姿を確認した後は、顔を近づけて、確認した。


「おそらく日本人の基準で整った造形には見えるが...いまいち確認は持てんな。まあ、いい。そのうちわかるだろう。」


彰人は体を起こすと、とりあえず目的の場所と説明を受けていた、日本の家に行こうと歩き始めた。

いくつかの金属の棒が地面に埋まっている出入り口を通り、夜の住宅街を歩く。


(サザナミチョウの地形は地図で何度も確認をしていたが...元の世界と街並みが違うせいか、いまいちわからんな。)


転移前に見た地図と現在歩いている通りを頭の中で照らし合わせながら2つ目の十字路に差し掛かった時、左手から一人の女性がこちらに歩いてくるのが見えた。

どうやら買い物帰りなのか、食材のようなものがはみ出した袋を片手で持っている。もう一方の手は顔の前まで持ってきており、柔らかい光が顔を照らしていた。

おそらくスマホと呼ばれる機械だろう。女子はスマホで何か動画を見ているのか、画面を凝視しながらゆっくりと歩いている。


(確かスマホは他にも、げーむと呼ばれる遊戯が出来たり、あの画面に話しかけるだけで遠くに声を飛ばせたりすることもできる、多機能型の機械だったな。あの小さなフォルムで、数々の魔法具と同等の機能を持ち合わせているとは...確かに魔法がなくとも化学という力は人が繁栄するうえで十分な礎となることのできる力なんだろう...と、そんなことより。)


彰人は転移前に頭に入れた地球の知識をいくつか思い出しながら、女性に「すみません」と声をかけた。


「っ...あ、はい」


女性は彰人に気づいていなかったのか、おびえたような仕草で素早く顔を上げた。

だが自分に声をかけてきた人物の顔を確認した瞬間、頬が朱色に染まる。

彰人は相手の反応から、自分の姿がうまく日本人に擬態できることを改めて確認すると同時に、今の容姿も元の世界と同じく非常に優れていることに確信を持った。


「夜分遅くに驚かせてしまいすみません。最近この街に引っ越してきたばかりで少し迷子になってしまって...もしよろしければ道をお伺いしたいのですが。」


「あ、全然大丈夫ですよ。どちらでしょう?」


まだ若干の警戒心は残っているようだが、女性は彰人の問いに答える姿勢を見せた。

彰人はありがとうございますと声に出しながら、心の中に余裕が生まれる感覚を味わっていた。


(国王になるための試験と聞いていたから身構えていたが、思った通り特に難解な試験ではないようだ。3年という月日は長く、魔法を制限されているのは不便だが、まあバカンスのつもりで異世界...地球での生活を楽しもうとしよう。何なら化学という力を学ぶのもよい。)


柔和な笑みを浮かべたまま、彰人は女性に尋ねた。


「このあたりに最近できたパン屋をご存じでしょうか?」


「パン屋?」


「そうです。そこが我の家なのですが。」


「え?我?」


彰人は女性の顔が怪訝に歪むのを見て、思った。


(ふむ...言葉を間違えた)


どうやら日本の言葉遣いは勉強不足だったようだ。

しかし、咳ばらいのふりをしつつ(日本の一人称は何だったか...)と少し目線を落とした彰人の目に、女性の持っていたスマホの画面が見えた。


(これだ)


彰人はもう一度女性に向き合う。女性は先ほどの彰人の一人称を自分の聞き間違いかと思ったのか、まだ彰人の次の言葉を待ってくれていた。


「すみません。少し喉に言葉が引っかかってしまって...改めて、パン屋の場所を教えていただいてもよいでしょうか?我が君。」


「す、すみません。ちょっと用事が...」


女性は小走りで去っていった。

彰人は笑顔のまま固まり、その後姿を見送った。


(おかしい。スマホの画面で流れていた動画では「我が君」と呼ばれた女性がうれしそうな顔をしていたのだが...。一人称を言わないまま、印象を挽回する方法かと思ったのだが...。)


どうやら日本での生活は、一筋縄ではいかないらしい。

彰人は学校が始まるまでの間、もう一度言葉遣いを勉強し直すことを、心に誓った。

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