第十六話 迷子とマジック
(ん?これは...泣き声か?)
その日、通学の途中で子供の泣く声が彰人の耳に聞こえてきた。
どうやらその泣き声の発生源は、一つ隣の道路に面しているコンビニ前のようだ。
切羽詰まったような泣き声に、彰人は様子を確認しに向かった。
いた。黄色い帽子を被った男の子の様だ。
大体年齢は6歳くらいだろうか。コンビニの横で、わんわんと大きな声で泣いている。
どうやら、他の大人たちは気になってチラチラと見る人はいるが、誰一人として声はかけていないようだった。
「おい。何を泣いている。」
彰人は男の子の前に立ち、声をかけた。
ビクッと体を震わし、顔を覆った手の隙間から、男の子はこちらをちらっと見た。
彰人の姿を見た男の子は若干警戒する仕草を見せたが、藁にも縋る思いだったのか涙目でこう切り出した。
「お母さんとはぐれた...」
彰人は「ふむ」と言いながら、コンビニ内の時計に目をやる。
登校時間までには、まだ少し余裕があった。
「では、探すぞ。ついてこい。」
そう言って彰人は、男の子に向けて手を差し出した。
男の子は一瞬パッと顔を輝かせたが、すぐ顔を曇らせると小声で「でも、先生が知らない人について行っちゃダメだって...」といった。
それを聞いた彰人は「むっ?」と言い、また考え込んだ。しかし、子供を信頼させる術が思いつかない。
どうするか...と思っていると、
「あれ?彰人なにしてるの?」
彰人の後ろから声が聞こえた。
振り向くとキョトンとした顔をした先間がいた。
「む、先間か。実は、この幼子が迷子なのだ。」
そう言って、目の前に立つ男の子を手で示す。
当の男の子は急に増えた先間に、すこし困惑した顔を見せていた。
「迷子?」
先間はゆっくりとこちらに歩いて近づいてくると、男の子の前で座り目線を合わせた。
「僕、大丈夫?迷子になっちゃったの?」
「うん...お母さんが...」
「お母さんとはぐれちゃったんだ。どこではぐれちゃったのかはわかる?」
「うん。あのね...」
そう言って先間は巧みに男の子に話しかける。
最初は警戒していた男の子も先間の柔和な雰囲気と笑顔、そして話し方に徐々に心を開いていく。
そうして何度か言葉を交わしたのち、先間は立ち上がり手を差し出した。
「じゃあ、一緒にお母さんを探そっか。」
「うん!」
男の子も信頼しきった顔でその手を握った。
その光景を見た彰人は少しショックを受けた。
(我の時は、警戒されて握ってくれなかったのに...)
だが、そんな彰人に追い打ちをかけるように先間はこちらを向くと言った。
「どうせ彰人、いつもみたいな偉そうな態度で男の子に接したでしょ。」
「む...そんなことは」
ない、と言いかけたが、現に彰人の時は男の子は手を握ってくれていない。
「ダメだよ。きちんと子供の目線に合わせて、話を聞いてあげなきゃ。」
先間はそう言うと、男の子と話しながら先を歩いて行った。
彰人はその後ろについていきながら、素直に自分の不甲斐なさを味わっていた。
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「それでね、その時にお父さんが~」
先間と男の子が楽し気にしゃべりながら、手をつなぎ歩いている。
どうやら男の子は、名前をショウタと言うらしい。
ショウタはすっかり先間に懐いているようで、先ほどから「お兄ちゃん」と言って甘えていた。
その光景を見ながら、彰人は思っていた。自分もお兄ちゃんと言って慕われたい、と。
しかし、最初のやり取りでショウタの中に警戒心が芽生えているのか、それとも先間と相対的に評価されているのか、未だに彰人の事は「お兄ちゃん」どころか名前すら呼んでもらえていない状況だった。
悶々としながら歩く先間の目に、川が目に入った。
その瞬間、彰人の中にある考えが閃いた。
(これだ。)
先間は辺りを見回し、人がいないことを確認してから川に向かって手を伸ばすと、呪文を唱えた。
すると川の一部から水が浮き上がり、ふわふわと彰人の手元へ移動してくる。
彰人はその水を自分の背中側に隠すと、何の気なしを装ったように前の二人に声をかけた。
「それにしても今日は暑いな。」
先間と男の子がこちらを振り向いた。先間は露骨にこいつ急に何言ってるんだ、と言いたげな顔をしていた。
だが、男の子は素直な性格をしているのか、少し逡巡したのち、首を縦に振った。
その様子を見た彰人は、ショウタの目を見ると続ける。
「こんな日には涼みたいな。お主、水遊びは好きか?」
「...うん。」
彰人の問いに、一応ではあるがまた男の子は首を縦に振った。
先間は君の頭が暑さでおかしくなったんじゃないの?と言いたげな顔をしていた。
だが彰人はそんな先間の目を無視すると、秘策を出した。
「実は我はマジシャンでな。こんな水遊びもできるぞ。」
そう先間が言った瞬間、先間の後ろから水が空中を移動してくる。ただしよく見るとただの水ではない。それは魚の形をしていた。
魚の形をした水は、ヒレを動かしながら、空中を泳いでくる。
それを見た男の子の顔が驚きに染まった。
「え!すごい!」
そう叫びながら、まじまじと水の魚を見る。
「触ってもよいぞ。」
「ほんと!?やった!」
男の子は指先で水の魚をつついた。
つつかれるたびにフルフルと震えながら、魚は空中を泳ぎ続ける。
その様子を見て男の子はまた喜ぶと、こちらを振り向きながら言った。
「すごいね!マジシャンのお兄ちゃん!」
彰人は感無量だった。
そしてその様子を見ていた先間は、
(彰人...魔法まで使って...そんなに男の子に警戒されてたのを気にしてたの...)
と、少し憐憫すら感じていた。
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「あっ!お母さん!」
「ショウタ!」
そう言ってお母さんと無事再会できたショウタは、最後まで「お兄ちゃんとマジシャンのお兄ちゃん!またね!」と手を振っていた。
お母さんも「ありがとうございました」と言っていたが、『マジシャン』という単語には少し頭をかしげているようだった。
そしてそんな親子が見えなくなるまで手を振った後、先間は彰人に言った。
「前に、できるだけ魔法は人前では使わないって言ってなかったっけ?」
彰人は前を向いたまま答える。
「そうだ。逆を言えば、必要な時は使うのだ。」
「そうですか。でもさ、今日必要だったのは魔法じゃなくて、子供との正しい接し方だよね。」
正鵠を射る先間の指摘に、彰人はぐうの音も出なかった。
しかしその時、先間が思いついたように叫んだ。
「あ、登校時間!」
「む?」
先間はポケットからスマホを取り出すと、時間を確認する。
時計の針は登校時間の1分前を指していた。
「ねえ、彰人。」
「なんだ。」
「これって魔法必要な時?」
そう言ってこちらを見る先間に、彰人は断言した。
「違うな。」
その答えを聞いた先間はぷっと吹き出すと、「まあ嫌いじゃないよ、彰人の判断基準は。」と言ってスマホをポケットにしまった。
後日、本屋で『子供のあやし方』の本を大量に購入する男子高校生と、『マジックのやり方』の本を母親に買ってとせがむ男の子がおり、店員を困惑させるのだった。
一話で収まりました(有言実行)