第十四話 怒涛のバドミントン勝負 中編
「勝負よ!」
ネットの向こうから朝霧がそう言い放った。
先間はキョドって朝霧と彰人の顔を交互に見比べる。
彰人は首周りの汗を拭きながら答えた。
「男子と女子は別々で試合を行うはずだが?」
「あれ?もしかしてビビってるの?」
そういうと朝霧は口元に手をやり、嫣然とほほ笑んだ。
その様子を見た彰人は、汗を拭いていたタオルを地面に置くと言った。
「ほう...手加減はしないぞ。」
負けず嫌いの彰人は、煽られるとチョロかった。
その言葉を聞いた朝霧はよしっと言ってガッツポーズをすると、そそくさと戻っていきラケットを手に奥のコートへと向かう。
彰人は(女子側のコートで行うのか)と思ったが、自分のラケットを手に取ると大人しくついていった。
「先生ー。ここのコート試合で使いまーす!」
「おおー...って朝霧、お前豊島とやるのか?男女は別で試合を組むように言ったろ?」
「まあまあ、いいじゃないですか。この一試合が終われば、女子とやるんで!」
「そうは言ってもな...」
「いいですよね!」
朝霧の剣幕に先生は押された。「...怪我はするなよー。」と言うと、試合を見るために女子側のコートにぞろぞろと入ってきていた男子生徒に向かって、「お前らは戻れ」と声をかけている。
えーという抗議の声が上がったが、先生にしっしっと追いやられると、皆大人しく戻っていった。
しかし、そのままネットに張り付くと、そろってこちらを見ている。どうやら男子は全員で朝霧と彰人の試合を観戦するようだった。
「ちょっと観客が多いけど、そんなことを気にするあんたじゃないわよね?後から、目線が気になって集中できなかったってのは無しよ。」
「大丈夫だ。問題ない。」
「ふーん、まあいいわ。」
そう言うと、朝霧は「サーブは私からでいい?」と聞いてきた。
彰人は無言で頷くことで、それを肯定する。
いつの間にやら女子の一人がコートの隣に来てくれている。どうやら審判をやってくれるようだ。
「じゃあ、いくわよ。」
そう言って朝霧はサーブの構えをとった。彰人も構える。
シュッという風切り音とともに、打ち出されたシャトルがこちらに向かってきた。
(普通のサーブだな。)
勝負を仕掛けてきた割には何の変哲もないサーブを打ってきた朝霧を疑問に思いながらも、彰人は打ち返した。こちらも普通の軌道を描いて、相手のコートに吸い込まれていく。
「もらったぁぁあああ!」
朝霧はそう叫ぶと、シャトルの真下に回り込み、跳躍した。
そして大きく弓なりに体を反ると、戻る反動を使い勢いよく腕を振りぬいた。
乾いた音が響き、シャトルはそのまま彰人が見たこともない勢いで彰人側のコートに突き刺さった。
「む?」
「甘いわ!」
少し眉を上げ驚く彰人を見て、朝霧は叫ぶ。
「さっきまでの練習でみたシャトルがバドミントンのすべてと思わないことね!バドミントンはシャトルの速度が300キロを超えることもあるスポーツよ!今のが見えないようじゃ、このゲームは私の勝ちが決まったようなものね!」
そういって勝ち誇るように胸を張った。
彰人は地面に落ちたシャトルを拾い上げると、香織に打ち返した。
「そうか。確かに先ほど先間と打っていた時より、随分早くて驚いた。だが...今見た。」
朝霧は彰人の後半の声が聞こえなかったのか、首をかしげている。
だが「まあいいわ!」というと、またサーブを打ってきた。先ほどと同じく何の変哲もないサーブだ。
だから、彰人も同じようなレシーブを行った。
「もらったぁぁあああ!」
同じセリフを叫んだ朝霧は、またスマッシュを打ち込んだ。
こちらも先ほどと同じくがら空きのコースだ。
(これは決まったわね)と朝霧が思った瞬間、視界に素早く割り込む影があった。彰人だ。
そのまま彰人は手を伸ばすと、シャトルはラケットの中央に当たり、そのままネットを超えて香織側のコートに戻ってきた。
「なっ!」
決まったと思い油断しきっていた朝霧は体が動かず、シャトルはそのままコートに落ちた。
審判の女の子が同点を告げる。
「どうした?いきなりリードがなくなったぞ。」
「...なんでスマッシュに急に反応できるのよ!」
「ふむ、さっきのはスマッシュというのか。...だが理由は先ほど自分の口で言っただろう。」
「なにを...」
思い当たる節がない朝霧に向かって、彰人は髪をかき上げながら言った。
「シャトルは300キロ出るんだろう?では、その速度に対応することを前提に構えていれば良い。」
朝霧はこいつは何を言ってるんだと言いたげな顔をした。
ただ、現にさっきまで反応すらできていなかった彰人は、同じスピードで打ち込んだスマッシュを難なく返してきた。
そして先ほどの彰人の動きを見ていた朝霧は、悔しいことにそれがまぐれではないことも見抜いていた。
おそらくこれからは本当に先ほどまでのシャトルスピードには対応してくるだろう。
ギリっと奥歯をかみしめた朝霧は、言った。
「まだまだよ...バドミントンの奥深さは速さだけじゃないわ!」
「ほう、面白い。どんどん見せてくれ。」
そう言って彰人は挑発するように口角を上げて笑った。
************
(はぁはぁ...本当にどこまで...!)
香織は震える膝を両手で抑え込むと、息を整える。
すでに試合は終盤に差し掛かりつつあった。点差は香織が有利。だが...
(本当に一度見たプレイにはすべて対応してくるわあいつ!)
香織はキッと彰人を睨んだ。
彰人は香織の目線に気づくとラケットを軽く振り、ほほ笑んだ。
(余裕そうな顔しやがってえ...まずなんであいつあんなに平然としてるのよ!)
そう、すでに試合時間は20分を超えようとしている。
それまで一度見たプレイには完璧とも言える対応をしてくる彰人を崩そうと、持てるすべてのパターンを駆使することで点差のリードを守ってはいたが、さすがの香織も手足は怠く、息が上がってきていた。
しかし対する彰人は、汗はかいているものの、息を切らしている様子がない。
今も涼しそうな顔で香織のサーブを待ってた。
(もう、次で決めるしかないわね...)
お互いに体力的にはまだ試合は続けられるが、授業時間の終わりが迫ってきていた。
「ねぇ。」
「ん?」
香織の呼びかけに、彰人は首をかしげて返事をする。
「おそらく次が最後になるわ。」
「む、なぜだ。まだ試合が決する点数ではないだろう。」
「馬鹿ね。授業が終わるじゃない。」
「何と!」
彰人は本気でわかってなかったのか、驚いた顔をした。
そして、そのあと面白くなさそうな顔で地面をトントンと軽くつま先で叩いた。
(なにその仕草...。それじゃあまるで)
「バドミントンは楽しかった?」
香織は尋ねた。
「ああ。久しぶりに時を忘れて没頭していたぞ。これは良いスポーツだ。」
彰人は笑顔で答える。
その返事を聞き、香織も笑った。
「それは良かったわ。機会があれば、またやりましょう。」
「ああ。」
そう言うと香織はサーブの構えをとった。それを見て彰人も構えをとる。
コートの周りには試合の開始時から変わらず、女子から男子まで試合に注目している生徒の姿は多かったが、二人の眼中には入っていなかった。
そして香織から最後のサーブが上がった。彰人がコートの奥ギリギリにロブを返してくる。
香織は機敏なフットワークを生かし追いつくと、ストレートにスマッシュを打ち込んだ。だが彰人も当たり前のようにシャトルに追いつくと、空いてる対角線状に向けてシャトルを打ち返してくる。かなり速度が速い。
香織は悲鳴を上げる足を無理やり動かし、シャトルに向けて走った。ギリギリ追いついた。
そして腕を大きく振り、コート奥にロブを返そうとした。だがその瞬間、さっきのダッシュで限界を向かえたのか膝がガクッと落ちた。
(やばい!)そう思ったが何とか腕を振り切り、シャトルを打ち返した。だが手ごたえで察した。このシャトルはコートの奥までは飛ばない。
案の定、シャトルは想定よりも引く弾道を描くと、彰人のコートの真ん中あたりに落ちていく。まさに絶好球だ。
彰人は跳躍した。最初に見た香織のスマッシュのように、大きく体を反ると長い腕を思いっきり振りぬき、再度香織の対角線状にシャトルを打ち込んだ。
(あ、これは無理...)
香織は諦めかけた。
しかし、その瞬間、先ほどの彰人とのやり取りが頭をよぎった。
(ここで諦めて、再戦まで悔しい思いを引きずるのは...嫌!)
「届けぇぇえええ!」
香織は裂帛の声を上げると、シャトルに向かって飛びついた。
正直届く確証はなかったが、ラケットを握った腕を思いっきり伸ばし、そのまま身体はコートに投げ出された。
(どうなった...の?)
香織は横目で空を見上げた。シャトルがネットに沿い緩やかに上っていくのが見えた。どうやら、ラケットには当たったようだ。
しかし、同じく彰人の姿も目に入った。シャトルに向かって走ってこようとしている。
(はぁ...ダメだったか。)
おそらく彰人ならシャトルに間に合うだろう。香織は負けを確信した。
だが彰人が一歩足を踏み出した瞬間、急にふらつく様な動作を見せた。そして、二、三歩たたらを踏む。
そんな彰人の、目の前をネットを超えたシャトルがコートに向かって落ちていく。
彰人はその様子を眺めると、静かに笑って呟いた。
「見事。」
そこで香織の意識は途切れた。