第百三十七話 消えた財宝を追え! その13
その違和感に気が付いたのは偶然といってもいい。
晩ご飯の前、香織は今回の事件を引き起こした犯人を特定するため、一人部屋に閉じこもってこの別荘に来てからのすべての出来事と全員の言動を一から整理していた。
その中で、犯人の可能性があると導き出したのが先間だった。
それに気が付いたときにはもちろん驚きがあり、何度も先間の言動を詳しく思い出しては、頭の中で繰り返しシミュレーションをした。しかし、考えれば考えるほど、犯行は不可能じゃない...と、そう思えた。
まさかの結末とはこのことね、と自分の推理を突き付けた時の先間の顔を想像して、口角を上げた。
満足感の溢れる中で疲労感を覚え、軽く伸びをした。そして、ふっと何気なく手元のノートを見た。そこに書き出しているのは、自分が推理をするために書き出した全員分の別荘内の言動だ。
その中でも、犯人だと導き出した先間の行動や発言には赤線で印をつけていた。目は無意識にその文章を追った。
(え?)
ある一文に香織は思わず目を見開いた。
バネのように上半身を動かすと、机の上に置いてあるノートにかじりつく。そして先ほど目に飛び込んできたその一行を繰り返し読み直した。繰り返し読むごとに違和感は徐々に強まり、そしてある確信へと変わっていった。
(これこそまさに最後のピースね。)
なぜ今まで気がつかなかったのか。しかし、一度気づいてしまえば、それは明らかなる矛盾だ。
確かにその時、別荘は台風に見舞われていた。外では風が吹き荒れていた。だが、この別荘は他の誰でもないあの七瀬家の所有物だ。一見するとただの立派なロッジにしか見えないが、災害対策はそこら辺の一軒家よりもしっかりとしている。
現に外がどれだけ荒れようが、この別荘内には雨の一粒も、隙間風の一つも吹いてはいない。それだけ、完璧に建てられたこの別荘内でそれは起こり得ないはずの出来事だった。
香織はノートをバラバラとめくりながら、様々な可能性を書き込んでいく。そして、出来上がった仮説を見て何度も頷いた。
(うん、これなら全ての辻褄が合うわ!)
確かにずっと気になっていたことではあった。それは消えたお宝の在処だ。
この別荘内は狭くはない。しかし、あれだけ全員が別荘内を探索したのに、その在処については今まで推測できるような場所すら見当たっていなかった。
香織は性格的に別にそんなことは犯人から聞き出せば良いかと考えてはいたが、頭の片隅に引っかかってはいたのだ。
しかし、その答えが今では目の前のノートに記されていた。
(先間...勘弁なさい...!)
香織は静かに拳を握った。
その目の前で開かれたノートに、大きな文字で記された文字は、こう書かれていた。
絵に灯る光は揺れない
************
「というわけで、たどり着いた最後のピースがこの絵よ。」
そう言いながらこちらを振り向いた香織は、これほどにないどや顔をしていた。その背後には、小奇麗な格好をしたヨーロッパ系の男性の絵が壁に飾られていた。
そう、初日の晩ご飯の最中、先間が「目が揺れてる!」と大騒ぎをしたまさにその絵だった。
ここに移動するまでに間、香織は自分が導き出した推測を語っていた。それをまとめるとこうだ。
あの日、一人でトイレへと向かった先間は、その帰り道の廊下で暗闇の中で妖しく光る目の明かりに驚き叫び声をあげた。しかし結局それはただの絵に反射した光で、先間の怖がりをみんなで笑って終わっていた。
しかし、その一連の出来事が先間の策略だという。
なぜなら…この別荘の災害対策は完璧だ。どれだけ外で風が吹き荒れようが、隙間風一つ入ってこないほどに。
その中で、絵に反射した光が揺れる訳が無いのだ。
「じゃあ、なぜ先間はそんな嘘を吐いたのか。…それは誰もこの絵に近づけない様にするためよ!」
そう言いながら香織はビシッと先間を指さした。
「おそらく先間はあの時、自分が騒いだ後の展開を予想していたはずよ。あの時の先間の言動を2人にも思い出してもらいたいのだけど、先間が驚いた灯りの正体が絵に反射したただの光だと分かった後、先間はこう言ったわよね?…この絵を外してこようかなって。」
その時の事を思い出し、彰人は確かにと軽く頷いた。驚いた自分を恥じるように、先間は絵に向かって近づきながらそのセリフを言っていた。
そして、それを止めたのが葵だったはずだ。
「しかし、この言葉自体が罠だったのよ。おそらく先間は、この絵自体が価値のある物だと知っていた。そのうえで、先ほどの発言をした。それはつまり...葵からこの絵が高いという言葉を引き出すための餌だったのよ!」
「つまり、お主が言いたいのはこういうことか?この絵が高価なものだという認識を皆に植え付け、近づかない様にするために、先間が一芝居うち、七瀬からその言葉を引き出した、と。」
「その通りよ!」
今度は彰人をビシッと指さしながら香織が吠えた。
彰人は「ふむ」と言いながら、顎に手をやった。確かに一理ある。これは高価ですと言われたものに、安易に近づくものはいないだろう。
そんな中、香織は髪を手でサッと払うと、これが最後の決め手だというように芝居がかった動作で口を開いた。
「それほどまでにこの場所に誰も近づけたくなかった理由...それは一つしかないわ。こういうことよ。」
そういうと、香織は後ろに飾られている絵に手をかけた。先間のひっという息を呑む音が小さく響いた。
そして、香織はゆっくりと男性の絵を壁から外す。そっと静かに足を運び、壁から取り外した絵を、廊下の壁に立てかけた。
香織のふうっと息を吐いた音が聞こえた。
「ね?」
こちらを振り向きそう言った香織の背後には、絵が飾ってあった場所に大きな隠し扉が現れていた。
************
「うん、全部あるね。」
床に置かれたお宝を数え、葵はそう言った。
目の前にはこの別荘内から忽然と姿を消していた【潮騒の夢】【懸想】【魔惑の瞳】【Sacred Cherry blossom】そして最後に盗まれた【大海の涙】までもがずらっと並んでいた。
今全員がいるのは隠し扉の奥にあった階段を下りた先に存在していた、小さい物置のような隠し部屋だった。
「一見落着ってやつね。」
そう言ったのは香織だった。隠し部屋の扉から一番近い壁にもたれかかりながら葵の姿を見ていた。
そんな香織の姿を見て彰人はおやっと思う。自分が導き出した隠し扉、そしてその奥にはずっと探していたお宝たち。ここまでは自分の推理が完璧に的中したのだ、もっと「さすが私!」などと大声で騒ぎそうなものだが。
そして次に隣で立ちすくむ先間を見た。香織から犯人扱いをされた後、ずっとひたすら否定の言葉を繰り返していたのだが、先ほど隠し扉を見つけてから、この部屋の中でお宝を発見した今でも、なぜか先間は一言も発していない。
複雑そうな顔でずっと押し黙ったままだった。この場所でお宝が見つかったとあっては、さらに香織の推理に信ぴょう性が生まれそうなものだが、それでも先間は何かを考えるようにその場に立ちつくしていた。
そんな中、お宝の存在を確認し終えた葵がすくっと立ち上がった。そして、こちらを振り返った。少しの間、誰も何も喋れない時間が流れた。
もし、香織の推理が全て当たっているのなら、先ほど香織が告げたようにこの事件は一見落着だ。犯人である先間の同じ空間にいて、すでに使えることができる。しかし、香織はそんな素振りを見せるのではなく、ただ軽いため息を吐いた。
「おめでとうくらいはあると思ったんだけど...何もないわけ?」
その言葉に葵は首を傾げた。
「おめでとう?」
「ええ、そうよ。」
この状況で“おめでとう”という言葉は少し違和感がある。
盗まれたお宝を無事発見した香織に賭ける言葉として、もっと適切なのは...。
「ありがとうじゃなくて?」
葵が発したその言葉は至極当然だ。しかし、それを聞いた香織はふっと軽く噴き出した。
「まあ、それでもいいけどね。...まだこのゲームを続けるのなら。」
「...ゲーム?」
そう呟いたのはさっきまで沈黙を貫いていた先間だった。
香織は壁から背中を離すと、腰に手を当てた。
「ええ、正直先間が犯人だと推理した時には分かっていたけど、先に言うのは野暮でしょ?だから、このタイミングまで待ってたのよ、まあ、私も楽しかったし。ありがとうっていうのはどちらかといえば、私の台詞かもね。」
そう言いながら香織は3人の顔を順に見た。
「まさか、3人にドッキリを仕掛けられるなんてね。」
「...ドッキリ?」
今度は葵と先間の声が重なった。
香織はハンッと鼻を鳴らした。
「そりゃそうでしょ!まさか、先間がマジで葵の家のあ宝を盗むはずがないもの。そんな度胸があるわけないわ。」
そして香織は言った。
これは【ネジ巻き】の探偵編が始まり、それに嵌っている香織に対して3人で仕掛けたドッキリなのだろうと。実際に自分たちが止まる別荘で次々と姿を消すお宝たち。そんな状況での推理ゲームを企画してくれたんでしょう?と。
「それにそもそも、もし本当に真犯人が近くにいるなら、豊島がどうせ動くでしょ。」
ちらりと彰人に目線をよこしながら香織はそう言った。
「天気まで操るのは別として、こそこそ盗みを働く盗人よ?魔法で縛り上げて吊るし上げるくらい訳ないでしょ。」
そう言われた彰人は軽く肩を竦めた。
それを見た香織は「まあいいわ。」というと、再び葵と先間の方を見た。
「で、だれが発案者なの?どうせ葵でしょ?この男2人にこんな面白いゲームの企画は無理そうだもの。」
「香織。」
「思いついたのはいつ?この旅行を企画した時じゃないわよね?その時はまだ私が【ネジ巻き】の探偵編にこれほど嵌るなんて、予想もしてないでしょうし。まさか、台風が来てこの島が孤島になるってわかってから?それでこのクオリティなら恐れ入るわ。」
「ねえ、香織。」
「でも、一つ気になるのは、【大海の涙】をどうやってここまで運んできたのよ。だって無くなってからこの瞬間まで私たち一緒にいたわよね?それだけがどうしても分からなくて...悔しいけど降参よ。だから、そのトリックだけ教えてくれない?」
すでに外で雨は上がっているのかもしれない。少なくともこの隠し部屋の中は香織の話し声と、他3人の息遣いだけが響いていた。
そして、そこに先間の声も響いた。
「僕は...やってない。」
「はあ?先間、あんたもういいって。いつまでなり切ってんのよ!もうこのゲームは私の勝ちで...。」
「朝霧さん。」
先間は呆れたように首を振る香織の言葉に自分の言葉を被せる。
その声色に違和感を覚えた香織は、思わず黙った。そんな香織の顔を見たまま、先間は真剣な顔でもう一度言った。
「僕はやってないんだ。お宝を盗んでない。」
「いや、だから...もう...。」
「それに...そんなゲームもやってない。」
「...え?」
先間の発言に呆気にとられた声が香織の口から洩れる。
その後、彰人、葵の順番に香織の視線は動く。そして、皆の目に灯る光を見て、香織は大きく息を呑んだ。
「まさか...そんな...!」
香織の目線は地面に置かれたお宝をさっと見る。
正直、先間を犯人だと思ってから、今回の一連の事件は3人が仕組んだものだと決めつけていた。次々と姿を消したお宝と、孤立した島。高校生が4人に犬1匹と鳥1羽。
なんだ?何を見逃した?でも、盗まれたお宝は現にこの場所に...香織の頭の中を様々な言葉がグルグルと駆け巡った。
「ちなみにさ」
そう口を開いたのは先間だ。
問いかけられた葵は、首だけを先間の方に向けた。
「ここに集められたお宝と、今もまだ別荘内に残ってるお宝の総額を合わせたら、どっちの方が金額高くなるの?」
「うーん、それはさすがに…。」
葵が次の言葉を紡ごうと息を吸い込むと同時に、その部屋で一番隠し扉に近い位置にいた香織はハッとした顔で地上の方を振り返った。
孤立した島?いや、違う。この島は決して孤立し続けていたわけではない。台風で一時的に孤立していただけだ。
そして、この島が外界から断たれていた期限は今日終わる。
「残りのお宝かな。」
バタン!
地上の方で隠し扉の閉められた音が響いた。