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第十三話 怒涛のバドミントン勝負 前編

「今日の体育はバドミントンをするぞ。」


体育教師のその言葉を聞いて、香織は驚喜した。


「葵!ついに来たわ、私の時代が!」


「はいはい、良かったね。」


ガッツポーズして叫ぶ香織を受け流し、葵は「はやくストレッチしよう」と誘った。

そう、香織はバドミントンが好きだった。

小学校の時にはすでにバドミントンにはまっており、中学校では当然のようにバドミントン部に入部した。

体格は小柄だったが持ち前の反射神経と体力で、コートを縦横無尽に駆け回りどんなシャトルも拾うスタイルで、県代表に選ばれた実績も持っている。

そしてもちろん高校でもバドミントン部に入部し、大会に向けて日夜練習に励んでいた。


一通りのストレッチを終えた香織と葵は、先生の指示のもと様々なメニューをこなしていく。

サーブ練習やレシーブ練習など基本的なメニューが続くが、一打一打小気味の良い空気が抜けるような音を立ててシャトルが宙を舞うごとに、嫌なことが一つずつ体から抜けていくようだった。


(あぁ、このパシュッって音...気っ持ちいいわぁー)


また先生が出したシャトルが、こちらに飛んできた。


(よし!またいい音出すわよ!)


そうして気合を入れて振りかぶり、


「おい先間、どうすればよい。」


「だから、向こうのコートに打ち返すんだって!あぁ!シャトルが!」


いい風切り音を立てて、空振りをした。

打ち返されなかったシャトルがそのまま香織の額に着弾する。


「痛っ!」


「あれミス?珍しいね。」


額を擦りながら帰ってきた香織に、葵が声をかけた。


「嫌なことを一つづつ消化していってたけど、リアルタイムで解決しないといけない問題があったわ...!」


そう言って、香織は向こうを見る。

そこでは天井から垂れ下がったネットを隔てて、男子がバドミントンをしていた。

その中でひと際喧噪が目立つ場所に目を向けると、ラケットをぶんぶんと振り回している彰人と、頭を抱えながら注意を飛ばす先間がいた。


「また豊島君、バドミントンもやったことなさそうだね。」


「ふん!いつもの事よ!」


そう、彰人は今まで体育で行ってきた全てのスポーツが未経験のようだった。

かといって、今の高校で別段変わったスポーツを行っているわけではない。そのため、最初はクラスの皆が冗談、もしくは運動神経がないことをごまかそうとしているのかと思っていた。

だが野球ではボールを足で蹴り返し、サッカーではボールを抱えながらコートを走り始めたとき、皆は悟った。「こいつマジだ」と。


そして案の定、バドミントンも初めてのようだった。未経験なのはともかく、テレビでバドミントンの風景自体見たことがないなんて、一体どんな環境で育ってきたのかと気になるところではあったが、知らないものは仕方がない。

現に今もシャトルを地面に置き、ゴルフのようにラケットで打とうとしたところを、先間が必死に止めていた。


「ふふっ。豊島君かわいい...。」


「騙されちゃだめよ葵!どうせいつものやつよ!」


そう言って、香織は自分の番が回ってきたコートに入る。

先生が打ってきたシャトルを勢いよく打ち返した。

先ほどまでは一回打つごとに一つ忘れていく感覚だったが、今は違う。

一回打つごとに、一つ一つ自分の中に『想い』を積み重ねている感覚だった。

それがなんの『想い』かというと...


突如おぉーっと言ったざわめきが男子のいるコートから聞こえてきた。


(きたわね!)


香織は鋭い眼光をそちらへ向ける。

そこでは彰人と先間がラリーを続けていた。

もちろん、変わったことはないただのラリーだ。一見初心者が行っているなんの変哲もないただのラリーなのだが...それがおかしかった。


なぜなら、それを行っている彰人は十分くらい前まで、シャトルの打ち方も知らない、なんならラケット自体初めて握ったはずだった。

先ほどまでは地面に置いたシャトルを打とうとしていた人物が、今は普通にラリーができている。そう、()()()()()()()なのだ。


(毎回毎回...おかしいじゃない!)


香織は心の中で叫んだ。

彰人はいつもそうだった。野球の時もサッカーの時も、最初はルールすら知らないど素人だったのが、練習の中で急速に成長していき、最終的には普通にプレイができてしまう。

さらに言うならば、もし授業時間が後30分長ければ高校でその部活に所属している生徒と同等のプレイができるようになるのではないか...そんな片鱗さえ覗かせていた。


そして今も香織の目の前で、彰人が一打一打シャトルを打つごとに、徐々にプレイが正確になっていく。

最初は情けない音だったのが、少しづつ香織の好きな小気味の良い音に変わっていく。

それを見ている香織の中に、自分が好きなバドミントンはそんな単純なスポーツじゃないといった想いが噴出する。


(絶対に...バドミントンの名誉だけは...私が守る!)


そして彰人が他の生徒と遜色のないプレイができるようになったころ、先生が笛を吹いた。

「次は試合をやってみよう。シングル戦なー。」と声が聞こえる。


(ついに...来たわ!)


香織は先ほどの練習の最中、自分の中に積み重ねた『想い』...そう『闘志』に火をつけた。


「今日こそ、あいつをぎゃふんと言わせてやるわ!応援してね、葵!」


再びガッツポーズをしながら、葵のほうを向いた。


「豊島君...カッコいい...」


(駄目ね、これは。)


目がハートになっている親友はさておき、香織はずんずんと歩くと、女子と男子を区切っているネットの前に立った。

徐々に男子がこちらに気づき、好奇の目を向けてくるが、そんな有象無象を相手にしている暇はない。

その中でひと際キザッタらしく汗を拭いている彰人を探し出すと、睨みつけた。


「豊島彰人!」


「ん?」


そう言ってこちらに目を向けた彰人に向かって、勢いよく指を指すと香織は高らかに宣言した。


「勝負よ!」

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