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第百三十六話 消えた財宝を追え! その12

(だいぶ雨脚も弱くなってきたようだ。)


外から聞こえる雨音の変化に気付いた彰人はそんなことを考えた。逆に言えばそんな音が聞き取れるほど、今部屋の中は静寂が流れていた。

指を一本だけ立て、まるで罪人に突き立てる槍かの如くビシッと指を指す香織。その先には罪人...と言い切るには早いが、今回の真犯人だと言われた先間が大きな口を開けたまま固まっていた。


「何か言うことはあるかしら?」


固まったまま動かない先間に痺れを切らしたのか、香織はそう言うと腕を下し、腰に手を当てギラリと目を光らせた。その態度からは何を言ってこようが言い伏せてやるという強い意志が感じられた。


「僕じゃないよ!」


先間の第一声に彰人は吹き出しそうになる。


(先間よ、その反応は犯人のそれだ。)


犯人のテンプレをなぞるかのようなリアクションを見せた先間に、香織は呆れかえったようにため息を吐いた。

自分が劣勢になった空気を敏感に感じ取った先間は、慌てたように言葉を繋ぐ。


「僕がやったって証拠がどこにあるのさ!」


探偵のふりよりも数段板についた犯人の言動を見せる先間。2つの台詞でここまで自身を怪しく見せられるのは先間だけだろう。

更に何か言おうと口を開きかけた先間を香織は手で制止した。


「私が何か言う前にあんたの方で墓穴掘り続けるのやめてよね。」


「掘ってないよ!僕はやってない!」


「その言動が掘ってんのよ!」


このままだと自身の推理結果を報告する前に、先間の方からポロポロ失言し始めそうな雰囲気を感じ、香織は「もういいから一回黙りなさいよ!」と吠える。

その声を聞き、先間も少し冷静になったのか、自分がいつも間にか立ち上がっていたことに気付き、ゆっくりと椅子に座り直した。


「じゃあ、私が先間を犯人だと推理した理由を言っていくわ。」


そう言うと、香織は滔々と語り始めた。


「まず最初に盗んだのは【魔惑の瞳】よ。実際に犯行が行われた時間帯だけど初日の夕方ね。その時、盗むのにベストなタイミングがあったのよ。実はこれまでにしてきた会話の中にもそのヒントはあったんだけど...豊島わかるかしら?」


挑戦的な目線を彰人に向ける香織。

指名された彰人は顎に手を当て、少しの間会話を思い返す。


「まあ、分からなくても」


「台風が来る前か。」


「無理はな...え。」


おそらく彰人が答えると思っていなかったのだろう。得意げな顔で答えを言いかけた香織だったが、彰人の言葉を聞き露骨に顔をしかめた。

そうあれはたしか2日目の昼だ。【潮騒の夢】が盗まれていることに気付いた後、全員で別荘内を見回りお宝の数を再確認した時に、【魔惑の瞳】が密室から盗まれていることが話題に上がった。

そして、彰人が言った“窓が開いていた”という情報、その窓を一人で閉めに行ったのが...。


「癪に障るけど...当たりよ。台風が来る前、先間は一人で窓を閉めていってるわ。【魔惑の瞳】を盗んだのはその時よ。」


面白くなさそうな顔と声でそう告げる香織。

自分が部屋に籠り洗いざらい別荘内での会話を分析する中でやっと気づいたこの情報に一瞬でたどり着く彰人。


(もう豊島に話を振るのは止めね。)


そう決意を固めた香織の前では、先間が「違うよ!その時宝石に触れてすらいないよ!」と騒いでいた。

それをギッと睨みつけ、黙らせる香織。


「まあ、いいわ。話を進めるわ。次の盗んだのは【懸想】ね。これも実は会話の中にヒントがあったわ。そう、初日の夕食...つまり皆でバイキングをしている時に先間だけトイレで席を外すタイミングがあったわよね。その時よ。」


先ほどの反省を生かし、話を自己完結させる香織。

そして話はさらに続く。


「次、まあこれは言わなくても分かるでしょうけど、その夜中みんなが寝静まったタイミングで【潮騒の夢】を盗んだのよ。」


確かにここまでは全て可能性のある話だ。状況から見ても十分に盗める時間もあったように思えるし、誰にも気づかれないタイミングでもある。

しかしだ、問題なのはこの先だ。もちろん、先間もそこに突っ込んだ。


「わかったよ!確かにそのタイミングは僕は一人だった。疑われても仕方ないよ。でもね!次の犯行はどう説明するのさ!」


「次というのは...【Sacred Cherry blossom】の事かしら?」


先間は「そうだよ!」と言いながら、激しく首を縦に振った。


「だって、【潮騒の夢】が盗まれたことに気付いた後、僕らは常に一緒にいたはずだよ!外は台風が来てたし、犯人も近くにいるはずだからって、極力ばらけない様にしてた!それに【Sacred Cherry blossom】が盗まれているのを見つけたのは僕だ!」


椅子に座ったまま熱く語る先間。なぜ先間が喋れば喋るほど怪しく見えるのだろうと彰人は不思議に思いながらも、先間の言葉にも一理はあると考えた。

確かに2日目以降彰人たちは常に行動を共にしていたし、先間が一人で台所に入ったタイミングなどはなかったはずだ。


(いや、そうではないか。)


彰人は考えを改めた。

そう言えば2日目以降先間が一人で台所に入った瞬間はあったはずだ。しかし、そのタイミングがあっただけでは意味がない。なぜなら。


「そうね。【Sacred Cherry blossom】が無いことに気付いたのは先間よ。そしてその犯行現場にその時に一人でいたのもね。」


「っ!確かに、2日目のお昼ご飯は僕が用意したさ!台所にも一人で入った!でも、不可能だよ!だって、さっきも言った通り僕らは常に近くにいた。台所の隣の部屋...つまり今僕らがいるこのダイニングのスペースにはみんながいたはずだよ!」


「そうね。」


「そして僕はあの時、台所とこのダイニングの間しか移動してない!だからあの間にこの部屋の外に【Sacred Cherry blossom】を持ち出すのなんて不可能だよ!」


「全く持ってその通りだわ。」


先間の反論を全て肯定で返す香織。その言葉に先間は「じゃあっ」と言いかけたが、その言葉を遮ったのは再度自分に突き付けられた香織の指先だった。


「持ち出さなかったのよ。」


香織の渾身の一撃。その言葉に先間は思わず閉口する。

それを見た香織は腕を下すと、「つまりは逆転の発想ね。」といった。


「私たちはみんなある考えに固執してたわ。それは犯人がお宝を盗んだ時、すぐにそのお宝を別の場所に移動させてるという考えよ。でも、これはその考えを逆手に取る犯行ね。」


香織は先間をじっと見ながら喋り続ける。


「先間にしては度胸のあるやり方だわ。まさか自分が盗んだお宝を、私たちが近くにいる状況で少しの間所持し続けるなんてね。」


「な、なにを言って...。」


「だから、【Sacred Cherry blossom】が台所から持ち出されたタイミングと盗まれたタイミングはイコールじゃないのよ。あの時、食器が割れる音を聞いて私たちは台所に向かったわ。そこには地面に座っている先間と割れた食器。そして先間が言った【Sacred Cherry blossom】が盗まれてるという言葉。そこで私たちは全員、すでにお宝は台所からどこかに持ち去られてると思ったわ。でも、違った。あの瞬間、【Sacred Cherry blossom】はまだあんたが持ってたんでしょう?」


その言葉を聞き、彰人は(なるほど)と思う。そして面白い発想だ、とも。

確かにそれであれば、あの状況下でも犯行は可能だろう。【Sacred Cherry blossom】は小ぶりなコップだ。盗んだ後も、服の下などに隠せば外見から持っていることを見抜くのは容易ではない。

だから香織が言っている通り、盗んだ後も隠しながら持ち続け、あるタイミングで他の場所に持ち出す。それは出来ないことでは無い。


「正直、【Sacred Cherry blossom】が盗まれて以降、私は怒りと焦りであまり冷静に状況が判断できる状態じゃなかったわ。でも今思えばそれも作戦のうちだったのかも。その状況でなら、隙を見て体のどこかに隠してるコップの1つを部屋の外に持ち出すのなんて容易だもの。それこそトイレに行ったタイミングなんかで。」


「そんな突拍子もない...。」


「ええ、確かに発想としては突拍子もないわ。だからこそ、言ったじゃない。度胸あるわねって。」


「ちがっ僕じゃないって!ほんとだよ!じゃあ、【大海の涙】は?どう盗んだのさ!」


「正直それに関しては分かってないわ。」


「ほら、じゃあ僕って断言できないよね!」


(先ほど、お主も管理人がどう【大海の涙】を盗んだのかは分からないと言っておったぞ。)


先間のリアクションに心の中で突っ込みを入れる彰人。しかし、そんなことは露ほども知らない先間は必死に抵抗を試みるが、一方の香織は緩やかに首を振った。


「別にそれを解くのは大した問題じゃないわ。」


「なんで...。」


「私言ってたじゃない。“盗んだ理由”なんかは犯人を捕まえた後に直接聞けばいいのよって。それは、“どう盗んだか”も言えるわ。...そして先間が犯人である理由は、これだけ語ればもう十分でしょう。」


そう言うと香織は一気に先間に詰め寄った。先間はぎょっとした顔をして後ずさろうとしたが、椅子が上手く床を滑らず、後ろにのぞける形となる。

そしてそのままこけそうになったところを、香織が胸倉をつかむと一気に引き寄せた。


「ほら、犯人さん。【大海の涙】を盗んだ方法を自白しなさい。別に謝罪の言葉が先でもいいわよ。」


「やってない!僕じゃない!」


「ええい、往生際が悪いわね!」


香織は先間の胸倉をつかんだまま、「早く言いなさいよ!」と言いながら身体を揺さぶる。しかし先間も「ホントに違う!僕じゃない!」と繰り返す。

そんな時間が数分続き、お互いがハアハアと言いながら動きを止めた。

それを見て彰人は口を開く。


「それで?朝霧の考えは以上で全てか?」


それを聞いた香織はグルっと彰人の方を向き、「そうよ!」と言いかけ止まった。


「肝心なことを忘れてたわ。」


そう言うと香織は先間から手を離す。

先間はうわッと言いながら、倒れそうになる体でバランスを取り、なんとか体制を整えた。


「ま、まだ何か...。」


「ええ、これを言わずには終われないわ。先間...あんた最大の墓穴の話よ。」


そう言うと香織は少し乱れた髪をかき上げた。


「みんなもずっと疑問に思っていることがあると思うわ。それは盗まれたお宝の居場所よ。」


「お宝の...場所だって?」


香織の言葉を呟くように繰り返す先間。

その百点満点のリアクションに香織にも熱が入る。


「そうよ。本来なら別にこれも犯人から聞き出せばいいんだけど、実はその犯人...つまり先間のこれまでの言動の中にその場所を示唆する最大のヒントが隠れていたのよ。そして私はそのヒントにたどり着いた。つまり私の推理の網にかかっちゃったのよ。不可抗力的にね。」


(推理の網にかかる...この言い回しは絶対に事前に用意していたものだな。)


そんな彰人の野暮な詮索は置いておいて、香織の次の言葉を待つ。


「推理の...網っ!?」


(カッコいい言い回しで悔しいみたいな反応は止めろ先間よ。)


そんな先間のリアクションも挟みつつ、香織は腰に手を当てふんぞり返る様な姿勢で、声高らかにお宝の隠し場所を告げる。


「全てで5つのお宝...そのお宝たちが今隠されてる場所はっ...!」

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