第百三十五話 消えた財宝を追え! その11
自身の推理結果を報告する瞬間は探偵の一番の見せ場といえる。そのタイミングに新たな犯行を被せる。それには間違いなく探偵を挑発する意図があり、最大限の挑戦と受け取るべきだろう。
しかし、まんまと新たな窃盗が行われた後も、先間と香織の2人は探偵モードを解除していない。むしろ、更に興が乗ってきたのか、芝居じみたその言動はに磨きがかかっている。
それはつまり、この犯行によって自身のロジックが破綻したわけではないことを意味していた。
「それでどうする?」
ろうそくが灯す仄かな明かりが照らす中、彰人は2人の探偵を順に見た。
その視線を受けて、椅子に座ったままの先間が咳払いをした。
「変わらず、僕が導いた答えを言うよ。」
そう言った先間は、周りの人の顔を見回す。
確かに今しがた【大海の涙】は目の前で盗まれたが、もし2人の探偵のどちらかが犯人の正体にたどり着いているのであれば、それほど焦る意味もない。
せっかく最高といっていいほどの舞台が整ったのだ。先間には思う存分、推理結果を報告してもらおう。
全員が頷いたのを見て、先間は口を開いた。
「七瀬さんにはちょっとショックな答えになるかもしれないけど...僕が導いた犯人は...。」
そこで少し溜めた後、両手を広げながら告げる。
「この別荘の管理人だよ。」
その答えを聞き、葵は眉毛をピクリと動かした。逆に香織は微動だにしていない。
それぞれのリアクションを尻目に、先間はそのまま自分がなぜその答えにたどり着いたのかを語り始めた。
「改めて考えれば、それほど難しい謎じゃない。まず、誰も上陸できないこの島でなぜ犯行が行われたのか、それは答えは1つしかない。一昨日までここにいた管理人が、まだこの島にいるからさ。...そして、管理人であれば当然アレも持っているはずだ。...この別荘のスペアキーをね。」
そのタイミングで先間は葵の方をチラリと見た。
そして葵が頷いたのを見て、小声で「ビンゴ」と呟いた。相変わらず先間が演じる探偵像はどこかダサい。
「スペアキーを持っているなら、まず僕らの部屋の【魔惑の瞳】が盗まれた謎は簡単に解決する。単純にあの部屋は密室でも何でもなかったんだよ。」
確かにその通りだ。もし鍵を持っている人物がいるなら、この別荘内に密室という概念はなくなる。普通に鍵で部屋の扉を開け、物を盗み、再度鍵を閉める。それだけで事は済むからだ。
しかし、そこまで喋った先間は「いや」というと人差し指を立てた。
「やっぱり時系列で話していこう。その方が分かりやすい。」
そして、次に先間が語った今回の犯行の一部始終はこうだった。
▼犯人
実は本島に帰っておらずこの島内に潜伏していた管理人
▼犯行の時系列
・初日
【魔惑の瞳】…皆が1階で晩ご飯を食べているタイミングかボードゲームをしているタイミングで盗む。
【潮騒の夢】…深夜、皆が寝静まったタイミングで盗む。
・二日目
【懸想】…午前中、皆が1階で【潮騒の夢】が盗まれていると騒いでいたタイミングで盗む。
【Sacred Cherry blossom】…約2時間の間に忽然と姿を消したこの食器は先間たちがテーブルを囲み、議論をしている最中。スペアキーで台所の裏口を開け、そこから持ち出す。
そこまで語った後、先間は「おっと、大事なことを忘れてた。僕が管理人を犯人だと推理したのには、もう一つ根拠があるんだ。」と言った。
「まず前提として、犯人は普段は別荘の外にいて、犯行時のみ室内に忍び込んでるはずだ。でないと、この2日間、誰にもその存在を悟られないのはさすがに無理があるからね。でも、ご存じの通りこの2日間、外は大雨だ。そんな中、外部から建物内に侵入するとどうなると思う?」
そう言いながら、先間は葵を見た。葵は一瞬だけえ?私?みたいな顔をしたが、恐る恐る「床がビショビショになると思う。」と答えた。
案の定、小声の「ビンゴ」が聞こえた。
「その通りだよね。こんな天気の中、床を汚さずに室内に入ってくるのはぜっていに不可能だ。でもね、事前に七瀬さんから聞いていた話では、長年この別荘を一人で管理している管理人は掃除のプロって話だ。そしてその実力はみんなが認めるところだと思う。なぜならこの別荘は1人で管理しているとは思えないほど清潔に保たれているから。」
そう言いながら別荘内を指さす先間。確かに、床も壁もピカピカだ。
この別荘の整い具合が管理人の清掃スキルがいかに高いのかを物語っている。
「管理人はその素晴らしいプロの技で水滴一つ残さずに犯行を行ってみせたけど...その完璧具合が今回は仇となった。そう、つまりは一切の痕跡が残っていないことが逆に犯人を管理人に結び付けるピースとなってしまったんだ。」
水滴は分かる。しかし、【Sacred Cherry blossom】を盗んだ時に全員隣の部屋にいたのだ。
裏口の扉を開けたときに、流石に音が響くのではないか?と彰人は突っ込みたかったが、流石にこのタイミングでそんな口を挟むのは野暮というものだ。
そんな中、先間は話を続ける。
「そして、最後に【大海の涙】だけど...正直これに関してはまだその手法までは分かってないんだ。なぜなら今しがた行われた犯行だからね。」
そう言って肩を竦める先間。
それは捉えようによっては敗北宣言にも聞こえる。なぜなら犯人からの最大限の挑発に対し、その謎は解けてないと言っているのだから。
しかし、先間の言動からは余裕が見てとれた。
「でも、それはこのタイミングで解く謎じゃない。なぜなら、手法は直接犯人に聞けばいいから。それよりも、【大海の涙】が盗まれたことで、僕の中のもう一つの謎がはっきりと答えを示す形になったんだ。」
「もう一つの謎?」
今まで黙ってライバルの推理を聞いていた香織が、ここで初めて口を挟んだ。
先間は深く頷くと「最初に【潮騒の夢】が盗まれた時の事を思い出してほしい。」と言った。
「僕はどのように謎を解くかという話で、こう言ってたと思うんだ。なぜ、このお宝を盗んだのかを考えることが犯人の特定につながる...ってね。」
その言葉を聞いて彰人は確かにそうだったなと思い返す。
それで、犯人の居場所を見つける方が先だと主張する香織と言い合いになっていたはずだ。
「だから僕は考えたんだ。今回盗まれたお宝たちが“選ばれた理由”を...ね。そして1つのメッセージを導き出した。」
そう言いながら先間はポケットから1枚の紙を取り出した。
テーブルに置かれたその紙を覗き込むと、3行の言葉が書かれていた。
――――――――――
| この別荘で1人 |
| 桜という女性の |
| 瞳を想っている |
――――――――――
「なんだこれは?」
全員が思ったであろう疑問を最初に口に出したのは彰人だった。この稚拙な恋文のような文章は一体全体何なのだと。
しかしそれを聞いた先間はたいして長くもない前髪をさっと手で払うと、満を持した様子で告げた。
「これが、今回盗まれたお宝たちが選ばれた理由...いや、今回この窃盗事件自体が起きた理由だよ。」
この3行の文章が今回の事件を引き起こした理由?こればかりは探偵本人の口から推理過程を聞かなければ意味が分からない。
そう考えた彰人たちは口を閉ざしたまま、先間の答えを待った。
「先ほど言った通り、このメッセージは今回盗まれたお宝たちを部分的につなぎ合わせることで導き出してる。」
そう言いながら先間は紙を指さす。
「まず【潮騒の夢】だけど、僕が最初勘違いしたように、あの絵に描かれた風景はこの別荘と瓜2つだ。そして、あの絵を描いたとき画家は1人だった。これらから導き出されるのは、【潮騒の夢】はイコールこの別荘でいつも1人でいる管理人自身の事を指してるんだ。」
それが1行目と呟きながら先間は紙に書かれた“この別荘で1人”の文字を指さした。
「そして次の2行目だけど、これは見たままだね。【Sacred Cherry blossom】を単純に和訳したんだ。...ちなみになぜ女性かと分かったかについては【懸想】は異性の事を恋い慕うことを指すよね?だから必然的に桜は女性の事となる。」
そこまで言った後、先間は食い気味に「でも!」と言った。
「みんなが言いたいことは分かる。この文章だけど...確かに今一歩足りない感じがするよね。この別荘で1人でいる管理人が、桜という女性の“瞳”を想うってどういうことなんだろうって...でも、今ならわかる。この文章はまだ不完全だったんだ。」
そう言うと先間はテーブルから紙を手に取ると、おもむろにペンを手に取り、紙に何かを書き加えていく。
「でもね【大海の涙】が盗まれたことによって、このメッセージは完成した。...それがこうさ。」
そう言いつつ、満足げな顔で再度テーブルに置かれた紙には新しい文章が書かれていた。
――――――――――――
| この別荘で |
| 桜という女性を想い |
| 1人で泣いている |
――――――――――――
「これが今回の犯行理由だと?」
「そうさ。【魔惑の瞳】と【大海の涙】を合わせることで、泣いていることを管理人は伝えたかったんだよ。」
彰人の声に、先間は力強く頷いた。
「そして出来上がったこの文章から察するに、おそらく管理人は本島に桜という女性を残しているはずだ。おそらく最近できた好きな人なんじゃないかな?でも、仕事はこの島の管理、だからなかなか会えない日々に想いだけが募っていき、涙を流す日々。...つまり管理人が今回の犯行で伝えたかったのは、好きな人と一緒になるためにこの仕事を退職させてほしいというメッセージだったんだよ。」
そう言いながら、葵の顔を見る先間。その視線の強さに思わず、コクリと頷く葵。
それを見て満足げに頷いた先間は、これ見よがしに最後を決めにかかる。
「犯行が行われる動機は2種類しかない。それは怒りか...愛だ。」
指を二本立てる先間を見ながら、彰人は(これほどまでに上機嫌な先間はなかなか見ないな)と思った。
そんな中、完全に謎を解き明かした気でいる先間は、芝居がかった動作で話を続ける。
「今回僕らは犯人がお宝を愛していると思っていた。価値のあるお宝を自分のモノにしたい...だから盗むんだと。でも違ったんだよ。犯人である管理人が愛したのはお宝ではなく、遠く離れた場所に住む1人の女性だったんだ。そしてその愛が今回の犯行を引き起こした理由だったのさ。」
これで僕の推理は以上だよ。先間はそう言い、椅子に深く腰かけた。
1人の探偵が導いた推理結果は、今回の事件はこの別荘の管理人が1人の女性を愛したことによる犯行だったということだった。
長く続いたその独白にテーブル中央の燭台の上にあるローソクも、その長さを半分にまで減らしていた。
しかし、先間が醸し出すやり切った感にこれで終わりだと錯覚しそうになるが、探偵の推理結果の発表会はまだまだ続く。
なぜなら、この場にはもう一人の探偵がいるのだ。
不意にパチパチと手を打つ音が聞こえた。
「愛のために盗む...ね。今回盗まれたお宝の意味もしっかりと推理に織り込まれていて、確かにストーリーとしては十分な出来だわ。」
香織だった。立って腕組みをしながら静かに話を聞いていたもう一人の探偵が、拍手を送っていた。
先間は少し恥ずかし気に頭を掻くと、「いやあ、それほどでも」と口に仕掛けた。しかし、上機嫌でやり切った感に溢れる先間は気づいていなかった。香織の先ほどの言葉はまるで...案の定、その言葉を遮ったのも香織だった。
「ええ、愛という綺麗なものを前面に出すことで人の感情に訴えかける...実に鮮やかだったわ。他人を犯人にすり替える真犯人の思考としてね。」
その言葉を意味を先間が理解したのは、実に3秒後だった。
最初はキョトンとし、その後目を見開き、口からは「な、何を...。」という言葉が漏れた。
そんな先間を香織はビシッと指さすと、高らかに宣言する。
「今言った通りよ。私が推理し導き出した犯人の名前は...先間猛!あんたよ!」