第百三十二話 消えた財宝を追え! その8
小一時間ほどの時間をかけ、1階から2階まで別荘内にあるすべてのお宝を確認した後、再度応接間に帰ってきた彰人たち。
全員がテーブルを囲むように椅子に腰かけたのを見てから、口火を切ったのは香織だった。
「42点ね。」
その言葉に全員が頷く。言わずもがな現在確認できたお宝の数だ。つまり、彰人の懸念通り盗まれたお宝は1つだけではなかった。応接間から盗まれた『潮騒の夢』以外にも、2つのお宝が別荘内から忽然と姿を消していたのだ。
事態は思ったよりも悪かった。それに、お宝が盗まれた場所にも大きな問題があった。
香織はすっと目線を先間に向けた。
「もう一度聞くけど、あんた達の部屋...。」
「うん。絶対に鍵は閉めてた。」
そう言ったのは青い顔をしている先間だ。それもそのはず、別荘から消えたお宝の中の一つは、彰人と先間が寝ている客室の中にあったのだ。
先間たちの部屋から無くなっていたのは、あの壁に飾られていたくるみ割り人形の目に嵌っていた怪しげに光る宝石だった。最初、先間たちの部屋でそれが無くなっていることを葵が指摘した際、先間は驚きのあまり言葉を失った。
それはつまり、犯人に部屋の中に侵入されていたことを意味していたからだった。
「うーん、ただでさえ侵入不可能だった島の中での犯行だったのに、更に密室内での犯行まで...謎は増えるばかりね。」
別荘内に入られている時点で大ごとなのだが、部屋の中にまで侵入されたとあっては更に気味が悪い。香織はお宝こそ盗まれてはいなかったが自分が寝泊まりしている部屋にも犯人が侵入したかもしれない可能性を考え、ブルリと体を震わせた
そんな中、それまで黙っていた彰人が口を開いた。
「完全な密室ではなかった。」
「え?」
彰人の言葉に目を丸くする香織と先間。
なんであんたまで驚いてんのよ、という様子で先間を睨む香織だったが、先間はその目線に気付かず、彰人に問いかけた。
「完全な密室じゃなかったって...あの部屋にドアは1つしかないよ?」
「そうだな。」
「で、そのドアは部屋にいないときは絶対に閉めてたよ?毎回、僕がカギをかけてたから間違いない。」
「知っておる。我が言っているのはドアの事ではない。...窓だ。」
窓という言葉を聞き、先間は一瞬ポカンとする。
しかし、彰人は言葉を続けた。
「ドアと対面に窓があるであろう?あれのカギは夜まで開いていたはずだ。」
そう、部屋の中にある窓は最初彰人が開け外の景色を楽しんだ後、換気のために開けっ放しにしていたのだった。そしてそれは昨日の夜、台風が来ると分かった時点で先間が鍵を閉めるまで、常に開いている状態だったのだ。
しかし、その主張に先間が「でも」と口を開きかけ、それよりも一拍早くハンッという呆れかえったような笑いが響いた。
「あんたねぇ...そんなの実質密室と変わらないじゃない!」
そう言ったのは香織だ。しかし、その言葉は正しい。
先間も彰人の方を見ると香織の説明不足を補うように言った。
「彰人、いくら窓が開いてたとしても、多分犯行に関係はないんじゃないかな?だって...あの窓は子供がギリギリ通れるサイズだもん。」
そうなのだった。先ほど彰人が密室ではなかったと主張した要因である窓だが、サイズは約30センチの正方形。つまりは、大の大人が通り抜けるには無理な大きさだった。
ましてや、彰人たちの部屋は2階だ。そうなると、窓の有無は犯行と直接的な関係はないとしか思えなかった。
「まあ、そうだな。窓のサイズは人が簡単に通れるようなサイズではない。」
彰人は香織と先間の顔を交互にみる。
「しかし、それが犯行のヒントになるやもしれぬ。」
その言葉に今度は先間だけでなく、香織もポカンとした顔を浮かべる。
「え?それはどういう...」と先間が問いかけるが、彰人は肩を竦めると「こういう場合には一見関係ないと思える情報も切って捨てるのではなく、吟味する対象として覚えておいた方が良いということだ。」と言い、窓の外へと顔を向けた。
そこでは、未だに降りやまない雨が強く窓ガラスを叩いていた。
彰人の言葉に、再度深く考え込む先間と香織。
しかし、何も思い浮かばなかったのか、香織はぶんぶんと頭を振ると「一回、窓の謎は後!」といった。それはつまり、題材がもう1つのお宝に移ったことを意味していた。
香織は隣に座る葵に顔を向けると、確認をするために口を開く。
「えっと、彰人たちの部屋から無くなったくるみ割り人形の目が『魔惑の瞳』で、2階の廊下の突き当りにあった棚の上に置いていた盆栽が『懸想』だっけ?」
その言葉に「うん、そうだよ。」と言いながら葵が頷いた。
消えたお宝の3つ目である『懸想』は小ぶりな盆栽だった。手のひらサイズというには少し大きかったが、それでも子供でも容易に持ち運べるサイズのもので一見するとただの盆栽にしか見えない。
しかし、実はその界隈では伝説と呼ばれるほど完成度の高い代物で、まごうこと無きお宝の1つだった。
「絵に宝石...そして盆栽。全く持って統一性がないわね。」
「盗むだけなら宝石に絞った方が盗みやすそうだと思うけど...何か意味があるのかな。」
先間はそうボヤキながら、思考する。別荘内を捜索する前に自身で主張していた「盗まれた理由を考える」ことは、未だに犯人の特定につながると思っていた。
しかしだ。今回複数のお宝が盗まれているという事実が露呈したことによって、犯人の目的の推測が一気に難しくなった。
それはなぜか。『潮騒の夢』だけが盗まれたのであれば、まだあたりが付けられる。そこには「絵」という要素があった。
もっと盗みやすい小さなお宝もある中で、わざわざ嵩張る「絵」を盗んだというところに、犯人の目的が潜んでいそうだったからだ。
しかし、犯人はわざわざ彰人たちが寝泊まりしている部屋の中のお宝も盗んでいた。これも大きな違和感だ。
なぜなら当然のことながら、部屋の中に侵入することは1階の応接間の絵を盗むよりも、大変な作業になるはずだからだ。
それに盆栽だっておかしい。いくら小さいと言えど、どう考えても盗みずらいことこの上ない。なぜなら少しでも雑に扱うと、土などが零れ痕跡を残すことにつながるからだ。
(でも、実際に犯人は別々の場所から、形状もバラバラの3つのお宝を盗み出してる...。)
そう、ただの窃盗ならおそらく一番盗みやすいであろう1階の応接間から、複数のお宝を盗めばいい。しかし、今回はあえて2階の鍵がかかっている部屋の中や盗みづらい盆栽を盗んでいるという事実がある。
それだけのリスクを冒してまでわざわざ盗んだということは、盗まれたお宝にそれだけの意味があったのか...それとも。
(もしかすると...お宝が無くなっている場所自体に何かしらの意味があるのかな?)
目的の見えない犯人の姿が、より今回の犯行の薄気味悪さを助長する。
先間が身震いする中、香織は再び葵に話しかけた。
「さっきも聞いたけど別に金額の高い順に無くなっているわけでもないのよね?」
「うん。今回盗まれた3つのお宝は金額帯はバラバラ。もちろんどれも高いことには変わりないけど...。」
そんな葵の言葉に、再度頭を捻る先間と香織。
金額も種類もバラバラの消えた3つのお宝。
外部からは侵入不可能の島と別荘。台風。
それに、高校生が4人に犬1匹と鳥1羽。
(最低でも何か1つ解決につながる様なきっかけが掴めればな...。)
先間はそんなことを思い、顔をしかめた。
そんな中、ふと思いついたことがあり葵に尋ねる。
「そういえば、この別荘内で一番高いお宝ってなんなの?」
もちろん、全てのお宝が一般庶民である先間からすると手の届かないような代物であることは間違いないが、その中でも1番高価なものは何なのだろうという疑問からだった。
その質問を受けた葵は、「えっとね...。」と呟くと、椅子から立ち上がりローテーブルの置かれた部屋の方へと歩いていった。
そして、部屋の真ん中あたりで立ち上がると、ある一点を指さしながら言った。
「あの、『大海の涙』っていう宝石。」