第百三十一話 消えた財宝を追え! その7
朝一から始まった話し合いは、一旦休憩となった。
犯人はいつから島にいたのか、どうやって別荘に侵入したのか、そして今どこにいるのか。
そういった疑問は尽きなかったが、彰人の「なんにせよ、まずは朝食を食べないか。」という言葉で、皆が空腹を思い出したからだ。
キッチンの方からはカチャカチャと食器の音が響いている。現在葵と香織が朝食の準備をしていた。
彰人と先間はテーブルを囲む椅子に腰かけ、その奥の方ではトールがまだ眠そうに地面に寝そべっており、サッカーはそんなトールの頭の上にちょこんと立っていた。
外はいまだに天気が悪い。台風が過ぎ去った後だというのに雨風も強く、とてもではないが海などには行けないだろう。
(全く、せっかくの休暇だというのに散々ではないか。)
彰人は窓ガラスに強い音を立てて当たる雨粒を見ながら、そんなことを考える。
そしてすぐに少しだけ口角を上げた。
(天気の状況に気分が動くなど...向こうの世界にいた頃には考えられないことだな。今思えば鍛錬であったり社交であったり、常に何かしらに気を張っている日常だった。)
「...きと。」
(あの頃はそれが当たり前だと思っておりもちろん苦ではなかったが、このような生活があるということを知れたこと...それは我の財産になることは間違いない。)
「彰人!」
「ぬ?」
物思いに耽っていた彰人だったが、気づけば隣に座る先間が声をかけてきていた。
「すまぬ。少し考え事をしていた。」
そう言う彰人。しかし、なぜかその言葉を聞いた先間はゆっくりと大きく頷いた。
「分かる、分かるよ...。もちろん僕も考えてる。」
そんなことを言いながら何度か頷く先間。
そして彰人の方に少し身を寄せるとなぜか小声で言った。
「絵を盗んだ犯人の...ことだよね。」
彰人は全然違うと思った。
しかし、彰人が口を開く前に先間は自分の考えを語り始める。
「僕は考えた。この事件に置いて、一番着目するべきポイントは何か。おそらく素人は犯人の正体や絵を盗んだ方法について考えると思うんだ。でも違う。今回の事件のポイントはそこじゃない。彰人はどこだと思う?」
興奮したような口調で問いかけてくる先間。
彰人は(先間の言う素人とは...。)など色々と思うところはあったが、今は何を言っても野暮になる。なので、軽く肩を竦めて見せた。
それを見た先間はたっぷりと間を置いた後に、こう言った。
「なぜ絵を盗んだのか...だよ。」
「ほう。それはなぜだ。」
彰人からの質問がうれしかったのか、先間は鼻を穴を膨らませると、意気揚々と喋る。
「だってさ、考えても見てよ。この別荘内にはお宝がわんさかある。まあ、犯行が行われた昨晩に皆が寝てた2階は除外するとしても、1階だけでも両手では収まらないだけのお宝が飾られてるよね?」
「そうだな。」
「そこだよ。つまりはお宝の中には持っていきやすいモノや、それこそ盗んでもばれにくいものがある中で、あえて絵を盗んだ理由。それを突き止めていけば、おのずと犯人像が見えてくると思うんだよね。」
そこまで言うと先間はお決まりの人差し指を立てるポーズをすると、片目を瞑った。
「まさにこれはこの事件を解決するための初めのピース...」
ドン!
最後にカッコ良く決めようとした先間の台詞は、テーブルに置かれたコップの音でかき消されてしまう。
先間は飛び上がり、その音を立てた張本人を見る。
「なんだよ朝霧さん!」
そう言われた香織はフンと鼻を鳴らすと、腕を組み言った。
「そんな些末なことに捕らわれるからあんたは甘いのよ。」
「さ、些末って...。」
ショックを受けたように呟く先間。香織は4つのコップをテーブル並べると、自分の椅子に腰かけた。
「絵を盗んだ理由?そんなものは調査するに値しないわ。大抵の事件だってその動機が判明するタイミングなんて1つしかないのよ。分かる?」
「...犯人が捕まった後。」
「そうよ!」
先間の答えに指をぱちんと鳴らす香織。
「そんなものは犯人を捕まえた後に、本人の口から直接聞けばいい。だから、まず私たちが考えないといけないのは、犯人が今どこにいるかよ。」
「でもっ...!」
意見が割れ、対立しかける2人の探偵。こうなると面倒くさいし、多分長くなる。
しかし、そのやり取りを遮ったのは彰人だった。
「まず我らが今行うべきことは。」
そう言って指を指す彰人。
その先にはバスケット一杯にパンを持ったまま、困ったように立ちつくす葵の姿があった。
「食事だ。」
************
空になったバスケットを前にコーヒーを飲み、一息つく彰人。
その周りでは同じように飲み物を手に、今しがた食べたパンの感想を述べる先間たちがいた。
「何度食べても本当に美味しいね。」
「全国展開できるでしょこれ。」
「未だにあんたの両親が作ってるって信じられないわ。」
そう言って疑うような目でチラリと彰人を見る香織。
彰人はふっと笑うと、片手をあげて言った。
「誉め言葉、感謝する。」
そう今先間たちが食べたのは彰人の実家、つまり【パン工房 YUTAKA】のパンだ。
今回の旅行に当たって、1人ずつ何かしらの食べ物を持ち寄るというルールがあった。ちなみに昨日の昼に食べたバーベキューの具材は葵が持ってきたものだ。
全てが一般人の感覚からすると高級品であり、肉の値段などは怖くて先間は聞けていなかった。
もちろん、別荘に常備している食材もあるので、全ての食事を持ち込む必要はない。実際に昨日の夜は別荘にあったレトルトのカレーで済ました。(もちろんそれも七瀬家が購入しているものだ、つまりは高い。)
別に食べるだけならこの別荘内に置いてある食材だけで補えるのだが、それでは面白くないからと香織がこの1人ずつ食べ物持ち込み企画を提案していた。
ちなみにそういう時に問題視されるのが、言わずもがな彰人なのだが、今回は島に向かうフェリーの中で持ってきた食材を尋ねられ「YUTAKAのパンだ。」と答えたところ、かなりホッとされた。
そのリアクションに彰人は首を傾げたが、ただ食材を持ってくるだけの事でも、何かしらこちらの度肝を抜いてきそうで先間たちは警戒していたのだった。
「さてと、じゃあ食事も終わったところで。」
そう切り出した香織。
その言葉に先間も背もたれから背中を離し、前のめりになった。
「犯人を見つけに行きましょう。」
「犯人が絵を盗んだ理由を考えよう。」
2人の探偵の言葉は見事に重なった。
それを聞いて、彰人は静かにため息を吐いた。
「あんたね!だからさっき言ったじゃない!動機なんて考えてても時間の無駄よ!」
「動機じゃない!絵を盗んだ理由だよ!窃盗の動機はお金が欲しかったからとかそういうものでしょ!確かにそれは犯人から聞けばいいけど、絵を盗んだ理由は犯人の特定につながるパズルのピースなんだよ!」
「じゃあ聞くけどね、絵を盗んだ理由が犯人の特定にどう繋がるのよ。」
香織の反撃に、うっと言葉を詰まらせる先間。
目をすっと横に反らすと小さな声で言った。
「それはまだ考え中だけど。」
「はい!出た!答えのない問いは、いくら考えても時間の無駄よ。」
先間をビシッと指さすと、そう告げる香織。
しかし、そう言われて黙っている先間ではない。「じゃあね!」というと逆に香織を指さした。
「犯人のいる場所に検討はついてるの?」
「だからそれは足で探すのよ!探偵業は靴をすり減らしてなんぼよ!」
「この悪天候で!?目星もつけずにただ徘徊して雨風に打たれるのは探偵じゃないよ。それはただの間抜けだ。」
「間抜けですって!?」
売り言葉に買い言葉で口論のようになり、思わず失言をする先間。
しかし、慌てて口を押えたけどもう遅い。目の前に座る香織は、縦になるんじゃないかという勢いで眉毛を上げると、椅子から腰を浮かせまるで猫のように身をかがめると、先間に飛びかかろうとした。
「落ち着け。」
そう言って逆上する香織を手で制する彰人。
そして、ありがとうというような顔でこちらを見る先間とも目を合わせると「お主もだ。」と言った。
「落ち着けないわよ!私は間抜けじゃないわ!」
「ああ、その通りだ、朝霧は間抜けではない。それは言い過ぎだ。だろう先間?」
「うん。ごめん...つい熱くなって...。」
素直に謝る先間。その姿を見て香織はやっと体から力を抜くと、「まあ、いいわ。私も熱くなってたし。」と言い、再び椅子に深く腰掛けた。
そんな2人の様子を見た彰人は、香織に向けていた手を降ろすと言った。
「先間の言う絵の盗んだ理由。そして朝霧の言う犯人の居場所。確かにそのどちらも大切だ。必ずしも、無視をしてよい事柄ではない。」
それを聞いた先間と香織は何かを言おうと口を開く。
しかし、彰人は間髪入れずにこう続ける。
「だが、最優先事項ではない。」
その言葉に首を傾げる2人。
彰人の言う最優先事項とはいったい何なのか。考えてみるが、答えは思い浮かばない。
少し間が空いた後、再び彰人が言った。
「良いか?今回のケースに限らず何か問題が起きた時、必ず優先して行うべきことが1つある。それは...被害の正確な把握だ。」
状況の把握が必要だと聞き、?が浮かぶ2人。
なぜなら、それはすでに行われているからだ。
「彰人。把握って言っても、絵が1枚盗まれた...それ以上も以下もないよ。」
そう言う先間。確かにこれが大規模な事故などであれば、被害状況の把握は必要だろう。負傷者の有無などでも、その後の判断が大きく変わってくるからだ。
だが、今回絵が盗まれているという事実は揺らぎようがなく、それ以上に正確な事実もない。それが全てだ。
しかし、彰人はそんな先間をじっと見ると「そうか?」と言った。
「先間よ、先ほど自分で言っていたではないか。」
「?」
「この別荘にはお宝がたくさんあるのだろう?」
「そうだね。宝石とか金銀とか...でもその中で今回絵が盗まれたのは何故か...。」
「まあ待て。そう、そこだ。この家の中には小さなものから大きなものまでお宝がたくさんある。」
そう言いながら応接間に飾られているお宝を指で指す彰人。
しかし、未だに先間と香織には彰人が何を言いたいのかがピンとこない。そんな2人を見て、彰人は肩を竦める。
「まだ分からんか?つまりはだ、たくさんという言葉は非常に曖昧だということだ。実際この家の中に現時点で何点の宝があるのか、お主たちは把握しているのか?」
彰人の言葉に首を横に振る2人。
「で、あるなら...なぜ盗まれたのがあの絵だけだと断定できるのだ?」
「「あっ!」」
先間と香織の声が重なった。同時に、やっと彰人の言っている状況の把握の意味が分かる。
確かに今まで2人は盗まれたものを“潮騒の夢”だけだという前提の上で話をしていた。しかし、この別荘内の正確な宝の数も把握していなければ、もちろん現在の宝の数を数え直したわけでもない。
つまり、盗まれたものが“潮騒の夢”だけだといえる根拠は、何一つとして存在していないのだ。
「葵!この別荘内ってお宝何個あるの?」
バッと葵を方を見ながら、そう尋ねる香織。
葵は「えっと」と言いながら、思い出すように虚空を見ると言った。
「45点かな。うん、間違いはず。」
「では、現段階で間違いなく言えるのは、44点ということだ。」
そう言うと、彰人はコーヒーを飲み干し、コップをテーブルに置いた。
そしてみんなの顔を順に見ると、ニヤッと笑った。
「そして、実際に引かなければならない数は1つだけでいいのか。それを確かめに行こうではないか。」