第百三十話 消えた財宝を追え! その6
香織から衝撃の告白を受けた後、彰人と先間は1階の応接間へと向かった。
そこには葵の姿もあり、4人はダイニングテーブルを囲むように椅子に腰かけた。
「お宝が盗まれたって...?」
まず先間が座って早々、そう問いかけた。
葵はこくりと頷いたが、口を開いたのはその隣に座る香織だった。
「あんたそれでも探偵?」
その呆れたような声色の言葉を聞き、先間は体をピクリと反応させた。
彰人は(探偵ではないだろう)と思いながらも、先間に声をかける。
「先間よ、この部屋に入ってきた時、違和感はなかったか?」
その言葉を聞いた瞬間、先間はくるりと振り返り、応接間の中をじっと眺める。
壁や床、それに天井などきょろきょろと視線を動かしていた先間だったが、しばらくしてある一点に釘付けになった。
「あの壁...。」
そこは絵画が飾られている一角だった。
繊細なタッチで描かれた風景画から、大胆な色遣いで描かれた抽象画まで、数点の絵画が飾られている。それぞれの絵画は等間隔で壁に掛けられていたのだが...その絵の配置に違和感を覚えた。
単純に絵と絵の間の間隔が不自然に広いのだ。
まるでそれぞれの余白をもう少し詰めるように絵画を移動させれば、1枚分の絵が飾れそうなスペースが空きそうなほど...。
「分かったみたいね。」
そう言いながら香織は芝居がかった仕草で大きく頷いた。
また今では完全に眠気も取れ、徐々にエンジンがかかってきた先間もそれに乗っかる。物々しく腕組みなんかをし始めたと思えば、「僕の目は騙されない。」などと呟いていた。
彰人はため息を吐くのを間一髪でこらえた。
「潮騒の夢」
不意に香織はそう呟く。
そしてこちらを見ると言った。
「それが盗まれた絵画の名前よ。」
先間はその名前に聞き覚えがあった。
すこし記憶を遡るために、頭を回転させる。そして思い出した。
「あぁ!あの夕飯の時に七瀬さんが言ってた絵か!確か海外の大物芸術家が余生を過ごすために購入した海辺の別荘で描いたっていう海の絵。」
思い出しながらそう語る先間。それは昨日の話だった。
思う存分ボードゲームで遊んだあと、みんなが持ち寄った食材をバイキング形式で食べている途中、絵の話題になったのだ。
きっかけは食事の最中、先間がトイレへと向かったその帰りだった。応接間に入ろうとした瞬間に視線を感じたのだ。
先間は自分がトイレに行く前に、部屋の中に無かった犬の姿が頭をよぎり「トールかな?」と思いながら振り向いた。すると、暗闇の中で光るダンディーな男性の目が合った。
ゆらゆらと怪しげに揺れる目の光を見た先間は、思わず悲鳴を上げた。
何事かと応接間から出てきた彰人たちは、腰を抜かしかけている先間と「目がっ...揺らっ...!」と指を指す先を見て、大きなため息を吐いた。
「先間よ、よく見ろ。あれは絵だ。」
彰人のその言葉に、先間は呆けたような声で「え?」と言い、再度前を向いた。
そこには廊下の突き当りがあり、もちろん男性など立っておらず、代わりに大きな一枚の絵が飾ってあった。そこに描かれているのは小奇麗な格好をしたヨーロッパ系の男性で、先間はその絵を見て仰天していたのだ。
それに気づいた先間は恥ずかしさで顔を赤くした。
そして香織から散々「ほんと小心者ね。」といじられ、若干自棄になった先間は「いや、この台風が接近してる緊迫した状況下であの絵は怖いよ!外してこようかな。」と言いながら、一歩踏み出した。
しかし、その歩みを止めたのは葵だった。
「うーん、止めておいたほうがいいんじゃないかな。」
葵はそう言うと、なんで?というような顔で振りむいた先間に対して、続けてこう言った。
「もし手とか滑って絵に傷が付いちゃうと、先間くんが買い込んでるゲームや漫画を全て売り払っても多分弁償できないよ?」
サーっと顔から血の気が引き、「ま、まあ、絵なんかに腹を立ててもしょうがないよね。ご飯食べよ。」と言いながら応接間へといそいそ帰っていく先間。「小心者ねー。」と言いながら、その後を追う香織。
そのやり取りを見てくすくす笑う葵と、もう一度男性の絵を見る彰人。
「どうしたの?」
そう声をかけられた彰人は、少し考えるような仕草をした後、「...いや、何でもない。」と答え、葵と共に応接間へと入っていった。
その後、先間が恐る恐ると言った様子で応接間の中に飾られてる絵を指さし、「てか、この絵たちももしかして...?」と言い、葵が笑顔で「すごく高いよ?」というやり取りがあった。
その中で先間が「そう言えばこれはここの無人島をモデルに描いた絵なの?」と聞いた絵があった。その絵は、青い海と白い砂浜が描かれており、まるでじっと見ているとその波の音まで聞こえてきそうなほど幻想的な絵だった。
しかし先間の問いに葵は首を振ると、先ほど先間が話した芸術家の説明をした。結局、生涯で最期に描かれたその絵はまるで自分の人生を振り返った芸術家が「悪くない人生だったな。」という思いを込めたかのように、見る者を幸せな感覚にさせた。
ふーんと言いながら目の前のパンを口に入れた先間は、もう一度絵を見て「綺麗だね。」とそう言ったのだ。
その幻想的な海の絵こそが、現在盗まれている『潮騒の夢』だった。
「そう。昨日先間くんが綺麗だねって言ってくれたあの絵。まさか、それが盗まれるなんて...。」
葵はそう言うと、大きくため息を吐いた。
その落ち込んでいる姿を見た先間は、思わず探偵モードからいつもの先間に戻り、「七瀬さん、大丈夫?」と声をかける。
どれだけ計算高そうな探偵を演じていても、不意に根の優しさが垣間見えてしまう。そんな先間の姿に彰人は思わず小さく笑った。
しかし、この場にいる探偵は現在先間だけではない。
「もちろん絵が盗まれたことは由々しき事態よ。」
そう言ったのは香織だ。こちらはいまだに探偵モードらしい。
しかし、言っていることは事実だ。これは立派な犯罪であり、葵曰くこの別荘に飾られている絵は全て高額ということだ。このまま見過ごすことは出来ないだろう。
そんな中、香織は一層視線を鋭くすると「しかし!」と大きな声で言った。
そして1人1人と目線を合わせた後、続けて言う。
「それよりも重要な出来事が現在進行形で起きているわ。」
その言葉を聞いた先間は、再度頭を回転させる。
もちろん盗まれた絵が見つかっていない現状は、窃盗という犯罪自体が現在進行形といえる。
しかし香織の言葉はそれを指しているわけではないのだろう。それよりも別の何かが...。
「...あ。」
そこで先間はある考えに思い至る。
すぐに葵の方を見ると、恐る恐るいくつかの問いを投げかけた。
「七瀬さん、昨日から今日にかけて台風来てるよね。」
「うん。」
「それで、絵が盗まれたのは昨日の夜から今日の朝にかけてだよね?」
「うん。」
「...ちなみに今日ってやっぱり本島に渡る船は出せないの?」
それを聞いた先間はごくりと唾を呑んだ。
少しだけ沈黙が流れ、葵がゆっくりと頷いた。
「ってことは。」
先間は顔を白くする。
外ではいまだに強い風が吹いており、時折ガタガタと窓を揺らしていた。
そんな不穏な空気の中、香織は頷きながら告げた。
「犯人はまだ、この島の中にいるわ。」