第百二十七話 消えた財宝を追え! その3
「やっと来たわね!遅いわ!」
応接間の扉を開けた瞬間、そんな声が彰人と先間を出迎えた。
声の主は言わずもがな香織だ。いつも通り腰に手を当て仁王立ちで立っている香織は、何やら大きなバッグを肩から下げていた。
「どうしたのさそんな荷物持って。」
「どうしたもこうしたもないわ!」
少しばかりの嫌な予感を感じながら先間が発した問いかけを一笑する香織。
そして試すような瞳で先間を見ると言った。
「夏の無人島、そうなるとやることは1つでしょ。」
その問いを受けた先間は腕を組むと「なるほど。」と呟く。どうやらお決まりの推理タイムのようだ。
彰人は心の中でため息を吐くと、応接間をさっと見渡した。
大きな長方形の部屋だ。
今彰人たちが入ってきた手前の扉側には、木製のローテーブルと、それを囲むコの字型のソファー。右手の壁には暖炉まで設置してある。
そして左手にはテラスへと通じる大きなガラス製の扉があった。
奥のスペースには、ダイニングテーブルと椅子が4脚。
おそらくその奥がキッチンと聞いているので、食事をするスペースと寛ぐスペースで部屋を区切っているのだろう。
(そして...ここにも宝か。)
彰人は壁を見て目を細めた。そう、様々な絵画や宝石が飾られている。
素人が飾ると嫌味たらしいレイアウトになりそうだが、誰のセンスなのかそれらのお宝は木製のロッジにうまいこと馴染んでいた。
(ふむ...。)
飾られているお宝を眺めていた彰人だが、視線を感じて横を向く。そこにはソファーに座り、彰人たちの後について部屋に入ってきたトールの頭をなでている葵がいた。
一瞬視線が交錯する。葵は少しだけ肩をピクリと動かすと、視線を反らした。
(ふむ。)
彰人はそんな葵と、そして頭を撫でられ気持ちよさそうに目を閉じているトールを見ていた。
「となると、やることは1つ...この応接間でゲームだね?」
なにやら、まだ続いていたらしい推理ごっこは一先ず結論が出たらしい。
そう言って人差し指を立てた先間だったが、香織はフンと鼻を鳴らした。
「馬鹿ね。そんなわけないじゃない。」
先間の答えを食い気味に否定する香織。
そして腰に手を当てると、ウキウキした様子でこう言い切った。
「夏と無人島。そうなると残るは...海よ!」
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海の音。それは元の世界では警告と同義だった。なぜなら、海には強力な魔獣が多数跋扈していたからだ。
しかし、なぜだろう。こちらで聞くその音は、不思議と心を落ち着かせる。
緩やかで、それでいて心強いその潮騒の響きは、まるでここ地球から発せられる子守唄のように...
「暑すぎる...太陽近くない?ねぇ、今日太陽近くない?」
目を閉じ波の音に耳を傾けていた彰人だったが、隣から聞こえる言葉にゆっくりと目を開けた。
そこには舌を出しすでにグロッキーに近い先間が、ビーチパラソルの下で恨めし気に海を睨んでいた。
「大体さ、海水浴って僕好きじゃないんだよね。まず臭いし、それにべたべたするじゃん?そりゃあ昔は海とかに入って体を冷ました方が良かったのかもしれないけど、今ではクーラーっていう文明の利器が存在しているわけだし...。」
先間のお喋りは止まらない。確かに普段インドア派の先間からすると、この暑い中外にいること自体、体力を使うのだろう。
しかし、今の先間は単純に現状に対する文句を言っているだけではなかった。
「待たせたわね!」
彰人たちの後ろからそんな声が聞こえた。
その瞬間、先間のお喋りはパタリとやみ、身体は石のように固まった。
「いやー、いい天気ねー。絶好の海日和だわ!」
「暑いねー。」
そんなお喋りをしながら後ろから近づいてくる足音に、先間は地面を向いた。
そして遂に足音の主たち、つまりは香織と葵が隣からひょっこりと現れた。
「変なこと口走ったら、沈めるわよ。」
「なんだ変なこととは。」
「豊島君...それ聞かれると困るけど...。」
そう言った香織は赤色がメインの水着だ。燃えるようなその色は確かに元気な香織に良く似合っている。
所々可愛らしいフリルが付いており、香織の身長と合わさって幼くも見えなくないが...そういう言葉がいわゆる変なことなのだろう。
そして、葵はというと真っ白な水着だった。装飾もない非常にシンプルなデザインだ。
だが、彼女が着るのならばそう言った小細工は不要だろう。なぜなら、それだけのプロポーションを備えているからだ。
2人の姿を見る彰人。
その視線に葵は顔を真っ赤にするとうつ向いてしまう。
そして、香織が何か言おうと口を開きかけた瞬間、彰人は言った。
「良く似合っておる。」
ボン!...と音を立てそうなほど顔を赤らめた葵はさらに俯き、出鼻をくじかれた香織は口をパクパクさせると、最後にはフンッと鼻を鳴らし言った。
「当たり前じゃない。」
それから、彰人は隣を向き先間を見た。
先間は未だに地面を見て固まってる。
「先間よ、朝霧たちも着替えが終わったぞ。」
「...よ。」
ぼそぼそと何かを呟く先間。
彰人は腰に手を当て言った。
「2人とも良く水着が似合っておるぞ。」
「そんなこと言われると余計見づらいだろ!」
そう叫んだ先間は思わず顔を上げ、そして硬直する。
そこには水着姿の香織と葵が海を背に立っていた。
「えーと...あの...。」
口ごもる先間。見る見る顔が赤くなっていく。
それを見た香織はついつい噴き出すと、呆れたように笑った。
「やめてよ。そんな反応されると恥ずかしくなるじゃない。」
男、先間。
その日彼の青春の1ページは更新された。
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「ちょっちょっと休憩...。」
そう言って先間はコートから逃げるように去っていった。
「む、先間が抜けるならこのゲームはここで終いとするか。」
そう言ってボールを小脇に抱えた彰人だったが、ネットの向こうから声がかかる。
「あらー逃げるのかしら?」
その挑発的な発言は香織だ。
今彰人たちは4人でビーチバレーで遊んでいた。
案の定、最初は下手だった彰人だが、回数を重ねるにつれてその腕前が上達していき、どんどんと試合の激しさが増していく中で、ついに付いていけなくなった先間が離脱したところだった。
しかし確かに、最初から数えるとまだ彰人たちのチームの方が点数は負けていた。
「まあ、あんたが辞めたいんならいいわよ別に?まあ、今日が初めてならそれも仕方ない...。」
「止めるとは言っておらぬ。このゲームは終いと言ったのだ。人数が変わるのだからやり直す必要があるだろう?」
「ふーん、面白いじゃない。じゃあ、一対一と行きましょうか。」
「ふん、望むところだ。」
互いの負けん気をぶつけ合い、バチバチとし始める彰人と香織。
それを見た葵はそっとコートから抜け出した。
そして後ろで「食らいなさい!」とか「甘い!」とか言う声を聞きながら、飲み物を持つと海の方に向かった。
「気持ちい?」
「うわっと、七瀬さんか。」
海辺に座り、気持ちよさそうに波に揺られていた先間に声をかける。
そして「隣いい?」と尋ね、先間が頷いたのを確認すると腰を下ろした。
「向こうは暑苦しくなり始めたから抜けてきちゃった。」
「あーいつもの奴だね。こんなに暑い中よくやるよ。」
先間はそう言うと軽く肩を竦める。
あの2人が勝負事で熱くなるのはいつもの事だ。そうなると長いし暑苦しいので、巻き込まれないように逃げるに限る。
「あ、小さい蟹。」
先間は自分腰のあたりを見ながら呟く。ちなみに、ここにきてから先間はまだ一度も葵の姿をしっかりと見ていない。
葵はしばらくそんな先間を見ていたが、不意に言った。
「この水着、香織に選んでもらったんだ。」
バシャ!っと、先間が水面を叩く音が響いた。
「へ、へぇ。そうなんだ。」
狼狽えたのを必死で隠しながら先間は答える。
だが、声は心なしか震えていた。
「最初は黒をおすすめされたんだけど、流石に断ったんだよね。だって黒って...ねぇ?」
「へぇ?!くっ黒?あぁ。黒ね、ブラック。アスファルトの色。」
意味の分からないことを口走り続ける先間。
狼狽えまくる先間にお構いなしに喋る葵。
「そしたら次に持ってきたのが、この水着だったの。『とにかくシンプルなのがいいわ!』って物凄い熱量で。」
「ふ、ふーん。」
「いつも本人を目の前にすると憎まれ口ばかり叩いてるけど、あれでいてなんだかんだ応援してくれてるのよね。私と豊島君の事。」
それを聞いた先間はピクリと体を止める。
そう、葵は彰人に恋心を抱いている。それはたぶん初めから。
誰がどう見たって葵は彰人に惚れていた。しかし、なぜか彰人自身はそれに気づかず、なんならとんでもない勘違いで先間と香織をくっ付けさせようとしていた時もあった。
お節介の癖に、自分に向けられている好意には鈍感らしい。
そして、葵の気持ちが本人に伝わったのはほんの数週間前。
そう、あのリヴァイアサンとの戦闘があった日だ。
あの日の出来事はとても大きくて、何か色々なことが変わった日だったけど、その中でも一番変わったのは間違いなく葵だろう。
「うん、僕も応援してるよ。七瀬さんのこと。...まあ、彰人相手だと色々大変だろうけどね。」
水平線の向こうを見ながら先間がそう言った。
それを聞いた葵は軽く微笑むと、「ありがとう。」と呟いた。
「じゃあさ、私この水着で豊島君にアピールできてるかな?」
「えぇ!?」
再度放たれた葵からの攻撃にたじろぐ先間。
「ま、まあ。うん...あの...似合ってるから...大丈夫かと...。」
どんどん小さくなる声。
「ちゃんと見ながら言ってくれないと信用できないなー。」
「そ、そ、そんな!み、見ながらなんて...!」
髪の隙間から覗く耳がどんどん赤くなっていく先間の姿を見ながら、くすくす笑う葵。
「そんなんじゃあ、島ちゃんと海に行っても上手くいかないよ?」
「そうだよ!最初は島ちゃんも来るって言ってたのに嘘だなんて酷いっ...あ。」
抗議の声を上げながら振り向いた先間はばっちり葵と目が合う。
そして視界には白い水着と、その立派な...。パッと目を反らしかけた先間だったが、その前に葵が口を開いた。
「先間くん。」
その声は、先ほどまでの先間をからかう感じは一切なく、とても真剣で先間は目を反らすのをぐっとこらえた。
声と同じくらい真剣な目でこちらを見つける葵。先間もその目を静かに見返す。
少しの間波の音だけが響く時間が流れ、葵は口を開いた。
「あまり先間くんとこうして2人で話せる機会なかったから、ずっと言いたかったの。...私の秘密を知った後も、あんなことに巻き込んでしまった後も、いつも変わらない先間くんでいてくれて...本当に救われたわ。ありがとう。」
そう言う葵の姿を見ながら先間は思う。
葵と自分は似ている...と。
もし誰かに“どこが?”と聞かれたら、具体的に言える自信はない。
もちろん、葵の方がずっと頭はいいし、頑張り屋さんだし、優しいし、それにお金持ちだ。
一般家庭に生まれ、頭も決して誇れるものではなく、嫌なことからは逃げがちな先間だ。
全く同じとは口が裂けても言えない。
(それでも...僕らは似てるんだ。)
真剣な葵の目を奥を見ながら、そんなことを先間は思った。
「ねぇー!そろそろお昼にしましょー!」
遠くの方から香織の声が聞こえた。
どうやら彰人とのビーチバレー対決は一区切りついたようだ。
葵は振り返り、「分かった!今行くね!」と答える。
そして立ち上がると「先、行くね。」と言った。
先間はその後姿に声をかけた。
「いつでも、七瀬さんは七瀬さんだ。」
それを聞いた葵は踏み出しかけた足を止める。
「だから、僕らだっていつでも僕らのままだよ。」
それを聞いた葵はどこかフッと肩から力が抜けた感覚があった。
その一言だけで、また安心して歩いて行ける気がした。
だから小さく、再度呟いた。
「ありがとう。」