第十二話 ひと狩りいこうぜ 後編その2
クエストが終わった後、騒ぎ立てるコーネリアスとヌルを先間が丸め込み、オンライン接続を切った。
最後までコーネリアスは鼻息荒く「もしや格闘ゲームのプロプレイヤーか?」と聞いてきており、ヌルは完全にキャラを忘れ「まだ遊びたい!あ、でもそろそろ宿題ならなきゃお母さんに怒られる...」と言っていた。
オンライン接続前の競技場へと場面が切り替わり、データのセーブを行った。
(少し疲れたな)と思いながらマスクとイヤホンを外した瞬間、ゴーグルが剥ぎ取られ、先間の顔が目の前にあった。
「うお。」
「うお。じゃないよ!」
先間が叫んだ。
「なにあれ!」
「なにとは?」
「決まってるじゃん、これだよこれ!」
これ!これ!と言いながら、その場で先間が体をカクカクと揺らし始めた。
「なんの踊りだ。」
「いや、ダッキングだよ!」
ピンと来ていない彰人の顔を見て、先間も興奮し過ぎたと思ったのか、変なお踊りをやめ胸に手を置き一息ついた。
「さっき、戦闘の最中やってたじゃん。」
「ああ、あれか。」
彰人はやっと先間の言いたいことを察した。
「だが、あれはこのゲームの機能だろう。先間もできるのではないか?」
「そりゃダッキング自体はみんなできるよ。でも、あれで攻撃を避けるなんて芸当、初めて見た。あれどうやったの?」
「どうと言われてもな...攻撃に当たらないよう避けていただけだ。」
「それは見ればわかるけど、それが異常なの!まず、なんであんなにギリギリを見極めて避けれるのさ。」
彰人は「ふむ...」と呟くと、顎に手を当て、言った。
「いいか先間。魔獣と戦うときに、一番重要なことは何だと思う?」
「なに魔獣って。」
「さっき戦っただろう。フレイムドラゴンとやらだ。」
「あれはバケモノだよ。」
彰人は「名前などどうでもいい」と手をひらひらと振った。
「ああいった類のものと戦うときに一番重要なことだ。」
「うーん...体力の維持かな。」
「まあ、それもある。だが一番ではない。一番重要なことはな...」
そう言うと彰人は自分の目を指さした。
「よく視ることだ。」
「え?見る?」
オウム返しをする先間に、彰人は大真面目な顔で大きくうなずいた。
「戦い、というものはより相手を環境を、そして戦況をつぶさに観察し分析出来たものが勝利を手にすることができるのだ。」
「それとダッキングがどう関係するのさ?」
「つまりだ、我は先ほどの戦いにおいてまずは魔獣...まあフレイムドラゴンか。あやつを視ることに徹した。」
その言葉を聞いて、先間の頭の中に遠巻きからデニスたちの戦う様子をじっと眺めているアレックスの姿がフラッシュバックした。
「その中で、フレイムドラゴンの動きのパターンとそれぞれの攻撃範囲。そして、次に自分の攻撃範囲や攻撃の速度。また魔法については詠唱から発動までの間隔に、攻撃の上昇率やボールを打ち出した後の反動が自らに及ぼす影響まですべてを分析した。」
「確かに...彰人、最初はあまり戦闘には参加してなかったけど、ずっとフレイムドラゴンの周りで動き回ってたよね。」
「そうだ。やはり遠くから見るだけでは正確なデータはとれんからな。ある程度、自らの身を危険にさらすことも必要にはなってくる。だが、そうして相手の動きと自分の動き、その全てを分析さえできれば...」
そう言って彰人はまるでゲーム内のアレックスのように、素早く体を横に傾けた。
「無駄を削ぎ落とし効率的に攻撃を躱すことができる。」
「いや...そうは言っても...フレイムドラゴンの動きが何パターンあると思ってるの...」
「まあ、多少数は多いが所詮ゲームだ。実際の魔獣のように知恵がない分、覚えるだけでよいから楽だ。」
彰人は飄々とした様子で言った。
先間はその様子に閉口する。そして、納得のいかない様子で頭を振った。
「じゃあ、まあダッキングで攻撃を躱せたのはそういうことでいいや。ていうか、僕には再現は無理ってことが分かっただけでも、収穫だと思っておくよ...でも、あれはどうやったの!」
「あれではわからん。」
「彰人が戦い始めてしばらくした時にヌルが攻撃されそうになった時だよ!あの時彰人は、魔法を使いながら無理をして割り込んで攻撃を行ったけど、あれフレイムドラゴンが『めまい』を起こさなきゃ...」
「あの時に『めまい』を起こさないということはない。」
「え?」
「いいか先間。逆だ。あれは『めまい』を起こすために行った攻撃だ。」
当然のように彰人は言い、先間は驚愕した。
「てことはやっぱりスタン値を...でもどうやって!だって彰人はスタン値の計算方法なんてしらないはずなのに...」
「何を言っておる。あれを読んだだろう。」
そう言って彰人が指さした先には、今日学校で放課後職員室から救出した『週刊ゲームチャンネル』が転がっていた。そして先間も気づく。
「あ!確かに今回スタン値のことも掲載されてた!」
「そうだ。これを読み、『めまい』を引き起こすスタン値と呼ばれる要素があること、そして一度『めまい』が起きてから次に起きるまでに一度目の1.5倍のスタン値が必要になることを知っていた。」
そう言いながら彰人は『週刊ゲームチャンネル』を掴むと、パラパラとページをめくり、スタン値の事が書いているページをとんとんと軽く指で叩いた。
「そして、先間たちが戦闘の中で二度ほどフレイムドラゴンを『めまい』にさせていただろう。後は簡単だ。その二度の『めまい』までに相手に与えた攻撃から、次の『めまい』が起きるために必要となるスタン値を割り出した。」
そういうと、彰人は胸を張った。
「なので、あの時は我の攻撃力を高めた一撃を叩き込めば『めまい』が起きることはわかっていた。いいか先間。全ては視ることが重要だ。視ることでどれだけの情報を得て、それをどう分析するか。戦いに偶然はないぞ。」
まるで今まで何度も戦闘を経験し、死地を潜り抜けてきたような、やけに重みのある言葉だった。
先間は何かを言おうと口をパクパクさせていたが、「まあ、いいや」と呟くと疲れたようにため息をついた。
「あーあ、せっかくゲームなら彰人を実力で黙らせることができると思ったのになー。」
先間は大きく伸びをしながらぼやいた。その様子を見て、彰人は「くくく」と笑った。
「なに。ゲームの腕が先間のほうが良いことは確かだろう。だが、今回のゲームは少し先間に分が悪かったな。」
「でも僕が得意なゲームって大抵がこんな感じのアクションロールプレイングゲームだよ...」
「まあ、もし我に勝ちたいなら剣と魔法が出てくるゲームはやめたほうがいいな。」
「知ってるよ。慣れてるんでしょ。」
「そうだ。」
彰人はにやりと笑った。
その顔を見て、先間は再度ため息をついた。
「なんか、時々ゲームやってると現実にもこんなモンスターが現れて戦う妄想とかするけどさ。今までは、自分が活躍する妄想ができてたけど、今後は主役を彰人に奪われそうだよ。」
「そう卑屈になるな。自分の自尊心を高く保つイメージというのは大事だぞ。実際の言動にも影響を与えるからな。それにもし本当にああいった類のものと戦うとき、主役になれないのは先間だけではない。なぜなら...」
「なぜなら?」
先間が先を促すと彰人は含み笑いをし、小さく何を呟いた。
すると無風なはずの室内に、緩やかな風が吹き始める。最初は髪を揺らす程度だった風が徐々に勢いを増していき、床に転がっている漫画のページがはためき始めた。
先間が思わず声を上げかけた瞬間、さっきまで吹いていた風が急にやんだ。
だが部屋の様子は先ほどまでと全く同じ状況ではない。先間は隣から風切り音が聞こえることに気づいていた。
ゆっくりと音のする方向に目を向けると、そこでは彰人の手の平の上で風が勢いよく渦巻いているのが見えた。まるで小さな台風を手のひらに乗せているようだった。
「実際に我が戦っていれば、あの大きなトカゲをひき肉にするのに5秒あれば十分だ。」
「フレイムドラゴンはトカゲじゃないよ...」
風切り音にかき消されそうな声で呟く先間を尻目に、彰人は手のひらの上の台風をそっと地面におろした。
まるで自分の生みの親である彰人の力を誇示するように、その場で台風はくるくるといつまでも回り続けていた。