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第百二十六話 消えた財宝を追え! その2

「ここが七瀬さんの島かー。」


「私っていうか、私の家が所有してるだけだけどね。」


クルーザーから降りながら言った先間の言葉に葵が答える。

そんな2人を尻目に、眩しい日差しに目を細めながらも、彰人はゆっくりと島の全景を観察した。


非常に美しい島だ。周りをざっと見渡す限り青く透き通った海が囲んでいる。

そしてその海と面するのは白い砂浜だ。海の青と綺麗なコントラストを描いている白い砂が日の光を反射し、まるで幾千の宝石のようにキラキラと輝いていた。

また島の中央に目をやれば、瑞々しい緑が目に入る。それらの木々たちは、風に揺れながら涼しい音を島中に響かせていた。


最初クルーザーから島が見えてきた時に、その美しさに先間は思わず息を呑み感嘆の声を上げていたが、その気持ちもわかるというものだ。

それほどまでにこの海の上にポツンと浮かぶ島は、人の手では作り出せないような美しさを纏っていた。


(非常に美しいな。ぜひゆっくりと歩きながら一周をしたいものだ。)


彰人は先ほどクルーザー内で葵から受けた説明を思い返した。

というのも、この島は非常に小ぶりなサイズらしい。葵の足でも1時間ほどあれば一周できてしまうとのことだった。

美しい景観とその中にぽつんと立つ別荘。まさに体を休めるにこれほど適した場所はそうないだろう。


思えば日本に転移してきてから数カ月、学ぶことも多く色々と慌ただしい日々を過ごしてきた。

異世界での友人作り、ヤンキーやヤクザとのトラブル、様々な学校行事への参加、アルバイトなんかにも手を出してみた。(翌日なぜかお店が潰れたが)


もちろんここ日本で生活すること自体が自身が国王になるための試練の一環なので、特に苦には感じていない。というより、どちらかと言えば楽しんでいると言っていいだろう。

しかし、この夏休みと呼ばれる期間は日本の高校生たちに与えられている休暇だ。

高校生として過ごすことが試験内容ならば、ここら辺で一度精いっぱいその恩恵に預かるのも悪くないだろう。


休む時には全力で休めること。

それこそが必要な時に100%の能力を発揮させることができる一流の条件なのだから。


「何そんなところでボケっと立ってんのよ。さっさと降りた降りた!」


「む。済まぬ。」


島を見渡しながらそんなことを考えていた彰人の後ろから香織が声をかけてくる。

確かに今彰人はクルーザーの出入口に陣取った形となっている。先に降りた葵と先間はすでにクルーザーから少し離れた場所に立っており、後ろでは香織がつっかえていた。


しかしそこを退けようとした彰人の後ろで香織は手に持った荷物を一度下すと、髪を手でサッと払いながら言った。


「まあ、気持ちは分かるけどね。こんな綺麗な光景を見ることなんてそうそうないもの。」


「ああ、これは絶景というものだな。」


「毎年来るたびに思うけど、やっぱり葵の家って半端ないわ。もちろん葵にした仕打ちを思うとムカつくところもあるけど、こればっかりは感謝ね。」


そう、これも島に着く前にクルーザーの中で聞いた話だが、この島に葵と香織は毎年のように遊びに来ているらしい。といっても、中学生かららしいが。


元々この島は七瀬家が現在の状況、つまり葵と両親が不仲になる前に購入した島らしい。

購入後すぐに別荘を建て、毎年家族で遊びに来ていたらしいのだが、会社の立て直しに親が注力し始めてからはもちろんこの島に来ることもなくなっていた。

そして会社が再びに軌道に乗ってからも、その時には葵と両親の間には深い溝ができていたため、この別荘に遊びに来る習慣が戻ることは無かった。


しかし香織と出会い仲良くなった葵がこの島の存在を思い出し、親にある交渉を持ちかけた結果、中学生になってからは毎年この島に遊びにくる許可を得ていたのだった。

実際に葵が親にどういった交渉を持ちかけたのかは、葵曰く「内緒。」とのことだった。その交渉の内容は、香織にも明かされていないとのことだったので深くは詮索しなかったが、それでもどこか安心して話を聞くことができた。


「それに...葵も少しづつ頑張ってるみたいだし。」


香織は柔らかな眼差しで葵の事を見ながらそう呟いた。

そう、実は壊滅的だと思われていた葵と親の関係だが、最近はその関係性に改善の兆しが見られていた。というのも、それはここ最近の葵自身の変化が関係している。


一学期の最後、リヴァイアサンとの戦闘を経て、葵は変わった。

それは彰人に告白をしたことからも分かるよう、今まで自分の中に隠していた本当に気持ちを少しづつだが外に向けて発信するようになっていたのだ。

それまでは香織から注意されるほど、クラスの人からの頼まれごとを引き受けがちだった葵だが、今では笑顔でバッサリと断る光景も増えてきていた。


そしてその変化は両親との関係にも影響を与えていた。

詳しいことは聞いていないが、どうやら今までは希薄になっていた家族でコミュニケーションを取る機会を、葵の方から働きかけることで少しづつだが増やしていっているようだった。

大変そうではあったが、「全く、口を開けば仕事の事ばかり。私は次の休みの日に家族で食事でも行こうよって言ったのに。困っちゃうよ。」と語る葵の目はとても力強く、輝いて見えた。


「ああ...七瀬の行動には勇気がある。状況を好転させるためのその行動には敬意も覚える。」


彰人も葵を見ながら頷く。

それを聞いた香織は「ふんっ」と言った。


「当たり前じゃない。葵が勇気があって優しいことは、親友である私が誰よりも分かってるわ。あんたもいつまでも自分に向けられてる好意に胡坐をかいてると、そのうち愛想つかされるわよ。まあ、私はそれでもいいけど!親友にはもっとまともな人と恋してもらいたいし。」


「別に胡坐をかいてるつもりは...。」


珍しく口ごもる彰人に、香織はじろりと顔を睨む。

葵の告白の返事は今でも保留中だ。それはもちろん葵自身が待ってほしいと言っていることもあるが、親友の香織からすると面白くないのだろう。

時々こういう風に小言を言われていた。


「2人ともなんの話をしてるのー?」


未だにクルーザーから降りてこない彰人と香織に、岸から葵が声をかけてきた。

それに対して香織は大声で「彰人が島に見惚れてんのよ!すぐ降りるわ!」と返答をすると、再び彰人に顔を向ける。


「まあ、いいわ。ただ葵はこれからもどんどんいい女になるわよ。それだけは忘れないことね。」


そう言うと香織は荷物を持ち、彰人を押しのけクルーザーから降りて行った。

その後ろ姿を見ながら彰人は小声でつぶやいた。


「分かっておるさ。だが...だからこそ我には応えられんのだ。」


************


彰人は自身の荷物を床に降ろした。隣では同じく荷物を置いた先間が大きく伸びをしている。そして部屋の中に2つ置かれているベッドの1つに、「疲れたー。」と言いながらバタンと倒れこんだ。

その姿を見ながら彰人は正面にあった窓を開けて、外の光景に目をやる。


(島の全景も素晴らしかったが、近くで見るこの森林もまた別の美しさがあるな。)


窓の外には木漏れ日がゆらゆらと揺れる、森林が広がっていた。その木々の音はどこまでも穏やかで、視覚の美しさも相まって心が洗われるようだ。

彰人は深く深呼吸をした。確か葵の話だと1年間放置されていたはずだが、全くと言っていいほど埃っぽさがない。

おそらく、時々掃除をしにくるという管理人の仕事の賜物だろう。


(改めて思うが...良い建物だなここは。)


クルーザーの場所から島の中央に向けて徒歩5分ほど歩いた場所にその別荘はあった。

別荘と言う言葉から先間は金持ちが道楽で所有する洒落た建物というイメージを持っていた。そして、「あ、ここ曲がると見えるよ。」といった葵の言葉通り、木々の隙間からその建物が見えた時に先間は「いや、まんま別荘じゃん!」と意味不明な言葉を叫んだのだった。


それほどまでに、この島唯一の建造物であるこの別荘は洒落た外観をしていた。

いわゆるロッジと言われる木製の建物なのだが、吹き抜けのある2階建て。正面にある大きなテラスではバーベキューもでき、更には室内にある大きな天窓からは星空も望める仕様らしい。

その説明を受けた時の先間は放心したような顔で、再度「え、なにそれ。別荘じゃん。」と呟いていた。


1階はキッチンとお風呂、そして応接間として使っている広い部屋があった。

そして2階にはいくつかの小部屋。今回彰人たちはその1室を寝室としてあてがわれている形だ。


「改めて思うけど...次元の違う金持ちっているんだね。」


先間は部屋の中を見渡しながらそんな感想を呟いた。

その目は壁に飾られている少し大きなサイズの人形に向けられている。それはいわゆるくるみ割り人形というものだった。

派手は衣装とダンディーな顔。一見よく見る人形なのだが、先間がその人形をを見ながら呟いたのにはある理由があった。


「僕、全然知識無いから分からないけど、たぶんすごく高いよね。あれ。」


そう言いながら指さした先間の先には、そのくるみ割り人形の目が妖しく光っていた。

そう、その目には紫色に光る宝石が嵌っていた。


「どうだろうな。」


彰人はチラリとその宝石に目をやると、肩を竦めながらそう言った。

これも別荘に入る途中に葵から聞かされていたことなのだが、この別荘内には収集家たちが集めたお宝が至る所に飾られているらしい。

そんなに無防備に扱っていて大丈夫なのかと心配になるが、葵は「今は誰も来ないから問題ないよ。それとも先間くんが何か問題起こしちゃうの?」と聞いてきた。


「ちなみに何かあったらどうなるの?」


と先間が言うと、葵はうーんと言いながら指を顎に当て、「近くの島に泳いでいくのに多分半日はかかるでしょ?唯一本島に帰れるクルーザーは来るのが3日後。その状況でどうやってお宝持って逃げられるんだろうね?」と言うと笑顔でニコリと笑った。


その笑顔を思い出したのか、ブルリと体を震わした先間を見つつ、彰人は声をかけた。


「とりあえず1階に降りるとするか。荷物を置いたら応接間に集合するよう朝霧が言っておったしな。」


「うへー、ここまで来るのにだいぶ体力使ったし、少しゆっくりしたいんだけど...。」


先間はそう言いながらもベッドから立ち上がると、部屋のドアノブに手をかけた。


「あ、ちょ。そこにいられたらドアが開けれないよ。退いてよ...えーと、サッカー?」


「先間、そちらはトールだ。」


彰人は先間の間違いを指摘する。

自分の名前を呼ばれたトールはのそりと座っていた腰を上げると、ドアの前から体を退かした。


「うわー、トール本当に頭いいね。」


「まあ、ゴールデンレトリバーが数ある犬種の中でも賢い部類に入るからな。ちなみに一番賢いと言われているのはボーダーコリーだ。人間で例えるなら2歳児くらいの知能を有していると言われており...。」


「ねぇその話長くなる?」


隙を見せたら動物オタクが顔を覗かせる彰人に、先間は若干呆れたような顔をした。

そう、2人の会話からも分かる通りサッカーやトールというのは、この別荘で買っているペットの事だ。


最初別荘についたとき、玄関を開けて中に踏み入れた瞬間、元気な犬の鳴き声が聞こえた。

それにびっくりした彰人と先間だったが、隣で「あ、忘れてた。」と言う葵の声と同時に今度はバサバサと羽音が聞こえた。


「うわわわ!」


先間がそう言いながらその場で飛び上がった。

そこにはなぜか別荘に来るまでの道中で、「レベル上げしなきゃ」と言いながら先間が取り出していたスマホの周りを飛び回る鳥がいた。

更には目の前に目をやると、こちらに向かってのそのそと歩いてくる犬の姿もあった。


「こら、サッカー。駄目だよ。」


葵がそう言って腕を伸ばす。

すると鳥がピーと鳴きながらその指の上に止まった。


「トール久しぶり!元気してた?」


香織はそう言いながらしゃがむ。

すると犬はボフッと鳴き、香織にじゃれついた。


「な、なに...。」


先ほどまで鳥に襲われていた先間は目を白黒させる。

それに対して鳥の頭を指で撫でながら、葵は申し訳なさげにほほ笑むと言った。


「ごめん、そういえば言うの忘れてたね。この別荘で飼ってるサッカーとトール。」


葵はそう言いながらサッカーで鳥を、そしてトールで犬を指さしたのだった。

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