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第百二十五話 消えた財宝を追え! その1

(嫌な予感はしていたのだ。)


彰人は軽く額を押さえつつ、目の前の光景にため息を吐いた。

難しい顔をして黙り込んでいる先間と香織。その横では葵が静かに座っている。

中央にある木製のテーブルの上には燭台が置かれており、ローソクの明かりが辺りを仄暗く照らしていた。


それぞれの影がゆらゆらと暗闇の中で揺れている。まだ電気が復旧する気配はない。

室内には緊迫した空気が流れていた。


そう、事はすでに起こった後だ。

一刻の猶予もないような状況ではないにせよ、流石に現在起こっている事態を放置しておくわけにはいかないだろう。

ただでさえ予定は狂い、今この建物の外に出ることすらできないのだ。


このまま黙っているだけでは埒が明かない。

そう思ったのか、やはり最初に口火を切ったのは香織だった。


「状況は最悪と言っていいわ!」


目の前のテーブルをバンっと手で叩きながら香織は立ち上がる。

その勢いにローソクの炎は揺れ、彰人の隣で寛いでいたトールがピクリと顔を上げた。


「今しがた【大海の涙】が盗まれたわ。まさに!この部屋で!」


そう言って香織は壁を指さす。

そこには中身が空のガラス製の箱がぽつんと置いてあった。


「由々しき事態...というやつだね。」


香織とテーブルを挟み逆側に座っていた先間がぽつりとつぶやく。

その後、ひじ掛けにゆっくりと肘を乗せると、人差し指だけを立て、芝居がかった動作で言った。


「状況は切迫している。でも、そういう時こそかじ取り次第で物事は好転するのさ。」


そう言った先間の顔をローソクの明かりが照らした。

どうやら決め文句だったらしい。決まったと言わんばかりのとんでもないどや顔だ。

葵の隣にいるサッカーはそんな先間の顔をチラリと見たが、すぐ興味なさげにフイと顔を反らした。


(先ほどまでの沈黙はこのセリフを考えていたのか?)


思わずそんなことを思ってしまう彰人だったが、いつもならそんな先間にきつく突っ込む香織も今日は期待できない。

なぜなら香織は香織で、先間の言葉に大きく頷くと、部屋をグルグルと歩き始めたからだ。


「状況は悪い。じゃあ、何をすればいい。そう、することは謎を1つ1つ紐解いていくしかないのよ。複雑と思える謎も、解き明かせば一本のロジックでしかない。だからこそ、見て歩いて考える。そこにしか正解にたどり着く道はないわ!」


そんなことを言いながら歩きつづける香織。

対照的に先間は椅子に座ったまま語る。


「情報は僕の頭の中にある。あとはパズルさ。組み立て方次第で全ては見えてくるんだ。」


相変わらず室内はローソクの明かりだけで照らされている状況だ。

窓を叩く雨音は一向に弱まる気配を見せず、強風で辺りの木々もバサバサと音を立てている。

しかし、そんな雰囲気も今の2人にとっては気分を盛り上げるための演出でしかないらしい。


そして香織は立ち止まり、先間は再度人差し指を立て、声を合わせて言った。


「この謎は僕(私)が解くよ(わ)。探偵として!」


そんな宣言を聞きながら彰人はまたため息を吐いた。


(嫌な予感はしていたのだ。...昨日の朝から。)


************


その日の朝、待ち合わせ場所についた彰人は辺りを見回し思った。


(我が最初か。)


もしかすると、自分で思っている以上に今日の日の事を楽しみにしていたのかもしれない。

空は晴天だった。日差しが肌を焼く。

片手に持っていたキャリーバッグから手を離し、その手でパタパタと顔を仰いだ。


(日本に転移してきて色々なことを経験したが、まさに今日から始まる出来事は元の世界では経験できぬことだな。そう考えると気分も高まるというものだ。)


珍しく気分が高揚している彰人だったが、その異変は朝からすでに始まっていた。


「む、先間よ。おはよう。」


色々と想像を巡らせていた彰人は注意が散漫になっていたのか、気づいた時には近くに先間がいた。

挨拶の声にこちらを向いた先間だったが、なぜかじろじろと彰人の姿を観察し始める。

その様子に彰人は首を傾げながら尋ねた。


「どうした?何か気になることでもあるのか?」


そう言いつつ彰人も軽く自分の体を見た。しかし特に変わりはないように思える。

しかしそんな問いに対して、先間からは予想外の言葉が返ってきた。


「彰人、今日ここに来る前に自宅の庭でなんか作業してなかった?」


「む?確かにしていたが...なぜわかった?」


なぜか朝に彰人がした行動を当てにくる先間。それにそれは実際当たっていた。

今朝、家を出る前に庭で少しだけ佳乃が最近始めた家庭菜園の手伝いをしていたのだ。

不思議に思った彰人がそう尋ねると、先間はどや顔をしながら人差し指を立てた。


「靴さ。普段汚れを綺麗に落としている彰人の靴の角に、今日は少し土が付いてる。だから、ここに来る前に土がつく環境にいるだろうと考えた。そして今日はまだ朝も早い。そんな中、土がつく環境なんて実家の庭しかないからね。」


(なんだ、やけに饒舌ではないか。)


急にまくし立てるように喋り始めた先間に、彰人はぎょっとする。

しかしそんな彰人に気付かず、先間は芝居がかった動作で最後にこう言った。


「観察し得た情報からパズルを組み立てるように事実を導く。簡単な推理さ。」


(...先間がおかしくなった。)


訳の分からないことを言い始めた友人の姿に彰人は思わず硬直する。


(急にどうしたのだ。数日前に会った時は普通だったのだが...先間の身に何が起こったのだ。)


あれこれと考えを巡らせる最中、後ろの方から別の声が聞こえた。


「あ、豊島君と先間君!」


彰人が振り向くとそこには葵と香織の姿があった。

2人ともキャリーバッグを片手にこちらに歩いてくる。

そして目の前まで来ると葵は「暑いねー。」と言いながら、被っていたツバの大きな帽子を脱いだ。


「2人とも早いね。」


「そうでもない。先ほど来たところだ。」


そんな当たり障りのない会話を交わす。

2人に会うのは少し久しぶりだったが、正直彰人にそんなことを思う暇はなかった。

挨拶もそこそこに気になっていた疑問を先手を打って尋ねた。


「ところで、ここ数日の間に先間と会っていたか?」


それを聞いた葵はキョトンとした顔をすると、首を横に振った。


「え?ううん、会ってないよ。豊島君と同じく、先間くんも1学期が終わってから会うのは今日が初めて。」


「そうか。」


「どうしたの?」


不思議な質問に、葵は意図を尋ねる。

彰人は「実はな」というと、小声で葵に言った。


「先間が急に推理などと言い始めておってだな。数日前に遊んだときはそんなことは無かったのだが...なにやら様子がおかしいのだ。」


しかしそれを聞いた葵は小さく「あ。」と呟いた。何やら思い当たる節がありそうなその様子に、彰人は再度尋ねようとした。

しかしそんな時、不意に香織が彰人の名を呼んだ。


「豊島。」


「む?なんだ朝霧。」


自分に声をかけてきた朝霧の方を見る彰人。

そんな彰人をじっと見ていた香織は口を開く。


「今日、ここに来る前に庭掃除か何かをしてたわね。」


彰人は思わず閉口してしまう。

たった今似たような言葉を聞いたばかりだ。

しかし、嫌な予感はしつつも彰人は一応尋ねる。


「...なぜだ。」


それを聞いた香織はなぜか彰人の周りをグルグルとまわり始める。

再び様子のおかしい友人の姿にぎょっとする彰人だったが、香織は水を得た魚のように語り始めた。


「靴よ。靴の角に土が付いてるわ。でも今日はこの通り朝が早いでしょう?だから、土が場所に寄り道する可能性は低いわ。そうなると、後は家の庭で作業をしていたとしか思えない。まあ、掃除ってのは予想だけど。」


(なんなのだ。これは。)


先ほど先間が語ったような話を喜々として語る香織。

あまりにも不可解なその状況に、彰人は言葉を失う。


(先間だけでも頭を抱えそうになるが、まさかの朝霧までもか。一体全体どうしたというのだ。)


しかしそんな香織に話しかけたのは、同じく様子のおかしい先間だった。


「朝霧さん。なかなかの推理だね。」


「あら、ということは...。」


「そうさ。僕もその答えにはたどり着いた。朝霧さんよりも一歩先にね。」


「ふん。それはただ豊島と会った時間の速さでしょ。推理の速さには関係ないわ。」


そんなことを言い始める2人。はっきり言って意味が分からない。

いよいよ混乱の渦の中に飲み込まれそうになる彰人だったが、その隣で呆れたようなため息が聞こえた。言わずもがな葵だ。


「香織も朝からあの調子。」


その声には疲れが混じっている。

彰人は葵がいつも通りだったことによる喜びを感じた後、同時に同情が芽生えた。

なぜなら、葵と香織はもう少し前に集合し、2人でこの場所まで来たはずだ。そうなるとここに来るまでの間、あのテンションの朝霧と時間を共にしたことになる。

それはとても疲れるだろう。


「2人とも一体どうしたのだ。七瀬は2人の言動がおかしくなってしまった原因を知っておるのか?」


彰人は当然の疑問を口にする。

それに対して葵から答えが返ってきた。


「実は...前にみんなで映画も見に行った【ネジ巻き】って覚えてる?」


「ああ、あの漫画か。」


その名前を記憶していた彰人は頷く。確か正式名称を【ネジれても、巻き返す】という、先間がドハマりしている今ベストセラー中の漫画だ。

更に一時校内でその漫画を先間から没収した香織も、その後先間の策略に嵌り今では愛読している。

もちろん葵も彰人も好きな漫画ではあったが、彰人は読むときは先間の家だったため、それほどリアルタイムで展開を追えているわけではなかった。


彰人の返事に対し、葵は「そう。」と言いながら頷いた。


「あの漫画がね先日新章に入ったんだけど...その章の題材が探偵ものなの。」


「探偵...あの時々テレビなどでやっている事件を解決する者の話か。」


「うん。その探偵。」


そう言った葵は疲れたような呆れたような顔をしてほほ笑んだ。

それを見た彰人はピンとくる。


「まさか...2人の様子がおかしいのはそれが原因か?」


「そうだと思う。先間君あの漫画の事を信者といえるレベルで好きだし、香織に至っては漫画といえばあれくらいしか知らないから...びっくりするくらい影響受けちゃったみたい。」


「なんと。」


そう言うのが精一杯だ。2人の様子がおかしくなったのは漫画の影響らしい。

そうとは言え、影響の受け方があからさま過ぎるだろう。

しかし、そんなことを言っていても仕方ない。なぜなら現に今の2人はまるで事件を解き明かす名探偵さながらの言動をとっているのだから。


(あの2人がまさかあれほど影響を受けるとはな。)


だが、それも仕方ないと言えばそうなのかもしれない。

元々破竹の勢いで人気になった【ネジ巻き】だが、その人気は衰えることを知らず、今では軽い社会現象となっている。

そして元々影響を受けやすい先間と、更に初めて触れた漫画がそんな【ネジ巻き】だった香織だ。

おそらくその新章とやらは今まで以上に2人を引き付ける面白さを持っていたのだろう。


(だが、時期が悪いぞ。まさか今日に合わせてくるとは。)


そんなことを思いながら、彰人は葵を見た。すると葵も同じことを思っているのが、その目を見ればわかった。

お互い同じタイミングでため息を吐く。

しかしせっかく今日は朝早くに集合したのだ。このまま2人の言動に頭を抱えているだけでは時間がもったいない。


「ここでじっともしてられぬ。葵よ案内を頼む。」


「うん。そうだね。」


そう言うと、いまだにお互いの推理力について熱い議論を繰り広げている先間と香織に向かって、葵は声をかけた。


「2人とも!早く船に乗らないと置いて行っちゃうよ!」


そう言って葵を指を指す先には、小ぶりのクルーザーが海の上に浮いている。

そう、現在夏休みの真っただ中の彰人たちが今日集合している場所は葵...いや、七瀬家が所有するプライベートの港だった。

そして今から向かうのが、以前4人で行こうと約束していた七瀬家が持つ別荘だったのだ。


(2泊3日の旅行だが楽しみではある。元の世界ではこのような機会などなかったからな。しかし...先間と朝霧の言動には悩まされそうだな。)


ただ思いっきりバカンスを楽しみだけの予定だった旅行でまさかのトラブルだ。

彰人はこの後に待ち受ける困難を想像し、また小さくため息を吐いた。

第二章スタートです!

そしていきなりですが実は二章は短いです。なぜなら、この二章で書く予定なのは夏休み期間中だけの話なので!


つまり一章が1学期、二章が夏休み。で、三章が2学期...という感じですね。

え?数字がズレてて分かりづらい?...私もそう思います!すみません!


というわけで、この【異世界王子のハイスクールライフ~剣と魔法は使わないよう善処する~】はそのような構成で話が進んでいきますので、よろしくお願いいたします!(ごり押し)


ちなみに二章で書こうとしている話は、それぞれが少し長めになる想定です。

読んでいただく方が全ての話を楽しめるよう工夫を凝らしていこうと思っていますので、是非お付き合いくだされば幸いです!

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