第十一話 ひと狩りいこうぜ 後編
こうしてデニス(先間)のゲーム仲間である、コーネリアスとヌルをパーティに入れたアレックス(彰人)一行は、デニスが「最初はこれがいいんじゃないかな?」と言って受注したあるクエストに向かった。
そのクエストとは『フレイムドラゴンの討伐』。
初心者の登竜門といえるクエストで、本来一から順にクエストを消化していった際に、初めて討伐する大型のバケモノらしい。
そうした説明を受けながら、フレイムドラゴンが生息しているジャングルへと向かい、冒頭のアレックスにフレイムドラゴンの火球が直撃した場面へとつながる。
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背中から地面に叩き付けられたアレックスの元に、デニスが駆け寄ってくる。
「大丈夫かアレックス!早くこれを飲むんだ!」
そう言ってデニスが差し出した手には、青色の液体が入った小振りのビンが握られている。
画面の右端に
デニスから回復薬を受け取る YES/NO
のポップアップが現れた。
アレックスは『YES』を選択し、受け取る。
その瞬間、体を緑色の光が覆い、左上で赤く光っていた体力ゲージが黄色まで回復した。
「恩に着る。」
「礼なんていらないさ。仲間を助けるのは当然だろ?」
そう言ってデニスは白い歯を見せてほほ笑んだ。
(やっぱりこの先間、少し苦手かもしれん)とアレックスは思った。
「まだ体力は前回じゃないようだね。じゃあもう一つ...」
そう言って懐に手を入れるデニスの後ろに、こちらに向けて再度大きく口を開いているフレイムドラゴンが目に入った。口の中で炎がちらついている。
「おい、もう一発来るぞ。」
「くっ!アレックス俺の後ろに!」
そう言ってデニスが剣で防御の構えをとろうとした瞬間、大きな影が立ちはだかった。
そうして勢いよくこちらに向かってきた火球をその身で受け止めた。
「がはは!二人まとめて丸焼きになるところだったなぁ!」
コーネリアスだ。得物であるハンマーを片手に持ったまま、もう片方の手で構えた大きな盾で火球を受け止めている。
そして、そのまま「ふんっ!」と言って盾を大きく振ると、火球が掻き消えた。
「ありがとうコーネリアス。油断していたよ。」
「お前の悪い癖だぞデニスゥ!」
デニスがコーネリアスの隣に並び立った。そして、こちらの様子をうかがうようなアイコンタクトを送ってくる。
アレックスは「大丈夫だ」と言うと立ち上がり、武器を構えなおした。
そしてフレイムドラゴンのほうに目を向けると、そこではフレイムドラゴンが前足や尻尾を縦横無尽に地面に叩き付けている様子が目に入った。いや、どうやらヌルに向かって攻撃をしているようだ。
しかし、ヌルは全ての攻撃を躱しながら、両手に持った双剣で次々攻撃を仕掛ける。
時折「甘いッ」や「残像だッ」といった言葉が聞こえてくるが、今のところ一番の功労者と呼べるだろう。
そしてこちら側が三人立ち上がったことを確認すると、フレイムドラゴンに向かって魔法を唱えた。
突如、その足元に黒い魔方陣が現れると、勢いよく鎖が飛び出してくる。合計5本の鎖はフレイムドラゴンに四方から巻き付くと、その場で動きを止めた。
その瞬間、ヌルが高速で隣に移動してくる。
「ふん...いつまで遊んでいる。」
「ヌル、敵を引き付けてくれてありがとう。」
「ふん...勘違いするな。我は自分の我儘を通すだけ。」
「がはは!ヌルはいつも素直じゃないのう!」
デニスの俺にそっけなく答えるヌルを見て、コーネリアスがその背中を数回叩いた。
ヌルは三度目の「ふん...」を言った。
「じゃあみんな、改めて...」
デニスはそういうとフレイムドラゴンに向けて、剣を構えた。
他の二人も続けて武器を構える。アレックスもそれに倣った。
「アレックスの初陣を、勝利で飾ろう!」
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フレイムドラゴンに向かって剣を振りながら、先間は楽しかった。
もちろんそれはこのゲーム、バケモンが好きなこともある。でも、それよりもいつもどこか達観した様子の彰人と一緒にゲームをやっていることが新鮮だった。
(魔法が使えることが何だ!この世界では僕だって使える!そして彰人よりも...強いぞ!)
彰人はどうやら本当にゲームをやったことがないらしく、先ほどから遠巻きに先間たちの戦闘風景を見ているだけだった。
時々、近くに寄ってきて剣を振ることもあったが回数も少なく、魔法も度々唱えてはいるが今の彰人は初級魔法しか使えない。
確か魔法剣士が最初に覚えているのは、自身の攻撃力をアップさせる魔法、空気のボールを打ち出す風の魔法の二つだったはずだ。
自身の攻撃力をアップさせる魔法は使いやすいが、風の魔法は打ち込んだ後の反動が大きく、使い勝手の悪い魔法と呼ばれていた。
実際にアレックスも何度か風の魔法を使ってはいたが、打ち込んだボールは大抵がフレイムドラゴンにかすりもせず明後日の方向に飛んで行っていた。
(どうやら彰人はゲームのセンスはないみたいだね。)
現に今も彰人が操るアレックスは、フレイムドラゴンから離れた場所でカクカクと上半身を揺らしていた。
確かあれは、スティックを半分倒した時にできるダッキングという動作だ。
元々はボクシングで相手のパンチをよける技術だったはずだが、なぜかバケモンにも実装されている。
一応体を傾けた範囲は攻撃判定がなくなるらしいが、バケモンに出てくるバケモノ達は体も大きく、そんな微々たる動作では攻撃を躱すことは不可能だった。
(ふふっ。どうやらまだゲーム機の扱いにも四苦八苦しているみたいだね。)
そう思いながら、アレックスを見ていると、またゆっくりとフレイムドラゴンに近づいていくのが見えた。
だが、今回はタイミングが悪い。今フレイムドラゴンが行っている攻撃は2連続攻撃だ。
そして、丁度今アレックスが向かっている先が2連続目の攻撃が行われる場所だった。
(また、回復薬を用意してあげようかな。)
そう思う先間の目の前でフレイムドラゴンの前足がアレックスに向かって振り下ろされた。
そして、そのままアレックスの体を通り過ぎた。
「え?」
デニスになりきっていることも忘れ、思わず声が出た。
アレックスはそのまま剣を振ると、自分を通り過ぎたフレイムドラゴンの前足を切りつけた。
フレイムドラゴンがアレックスを睨みつけ大きく叫ぶ。これは攻撃のターゲットがアレックスに変わった合図だ。
今度は別の前足が横降りにアレックスへと迫り、またアレックスの体を通り過ぎた。
そして再度通り過ぎる足に向かってアレックスの剣が振られ、切りつける。
その様子をじっくりとみていた先間は、今度こそ気づく。
フレイムドラゴンの攻撃がアレックスを通り過ぎているわけではない。そう見えるほど最小の動きで、アレックスが攻撃を躱していた。
「嘘でしょ...」
先ほど先間が不要な動作だと思っていたダッキング。
まさに今目の前でフレイムドラゴンの動きを躱したアレックスは、それを駆使していた。
自分に向かってくる攻撃に対し、上半身を傾けながら最小限の動きで躱し、カウンター気味に攻撃を叩き込む。
ヒット&アウェイが基本のフレイムドラゴンとの戦闘だが、先ほどからアレックスは自分の剣が届く範囲から一歩も動いていなかった。
絶技。そんな言葉が先間の頭には浮かんでいた。
「お、おい」
異変に気付いたコーネリアスも、先間に声をかけてきた。
コーネリアスも長いことバケハンを楽しんでいる歴戦のハンターだが、初めて見る光景なのだろう。
その声色には明らかに動揺が混じっていた。
しかし、そんな二人の目の前で、さらに目を疑うような光景が繰り広げられたのはその直後だった。
自分の攻撃を躱され続けることに嫌気がさしたのか(もちろんそんなシステムはないが)、フレイムドラゴンはターゲットをヌルに変えたようだった。
ターゲットが自分に切り替わると思っておらず、魔法を唱えようとしていたヌルに向かって、フレイムドラゴンの尻尾が振られた。絶対に躱すことのできないタイミングだ。
おそらくヌルも攻撃を食らうことを覚悟してただろう。
しかし、アレックスのほうから魔法を唱える声が聞こえた。これは風のボールを打ち出す魔法だ。
アレックスはその魔法を、自分の足元に向けて斜めに打ち出した。
その反動でアレックスの体が高速で空中を移動する。その先は、ヌルの前だ。
そしてアレックスは間髪を入れず自分の攻撃力を上げる魔法を唱えると、向かってくる尻尾に向かって剣を振るった。
アレックスに攻撃が当たるギリギリで先に剣が尻尾に触れ、フレイムドラゴンが倒れた。
これはスタン値が溜まった時に起こる、『めまい』という状態異常だ。
アレックスは剣をしまうと、ヌルに向かって手を差し出しているようだった。「すっげー...」と小声でヌルが呟いているのが聞こえた。
「アレックスは無茶をするなぁ。まあ、ビギナーズラックというやつか。」
コーネリアスがボソッとこぼした。
そう、今のアレックスの攻撃のタイミングは、もしフレイムドラゴンに『めまい』が起こらなければ、二人まとめて尻尾の攻撃を食らうタイミングだった。
しかし先間には、二つの魔法を使い無茶をしてまで攻撃を当てたアレックスの動きが、『めまい』が起こることをわかった前提の動きに思えて仕方なかった。
(まさか...ね。スタン値の計算なんて玄人でも難しい。それに誰がいつ攻撃をしているのかがわかりづらい4人のパーティ戦で計算なんて...。)
ヌルを助け起こしたアレックスは、再度武器を構えなおすと、フレイムドラゴンに向き直った。
『めまい』状態が回復したフレイムドラゴンはそんなアレックスに向かって大きく吠えが、なぜか先間にはフレイムドラゴンがおびえているように見えた。
それから、ダッキングを駆使した回避、風の魔法を駆使したフットワーク、そして自身の攻撃力を上げる魔法を駆使したアレックスの連続攻撃の前に、フレイムドラゴンが倒れるのに時間はかからなかった。
後編で終わらなかった...。もう一話続きます。