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第百十一話 常識の向こうへ 中編

その言葉を聞いた瞬間、香織はゆるゆると首を振りながら「なにを言って...意味が分かんないわ...。」と呟いた。


「確かに私と葵の間に少しトラブルは起きてたわ。でもそれ以外はいつも通りに日常で、みんなで学校でテストを受けてたじゃない。」


香織は一歩踏み出しながら、彰人に向かって訴えかけるように喋る。


「それに!私は今日葵への感謝を伝えようとして来たのよ。それが...爆発とか存在の上書きとか...冗談よしてよ。何なのよこれ!」


倉庫の中には香織の声だけが響いていた。

しかし、香織の悲鳴にも聞こえる主張を黙ったまま聞いていた彰人は、それでもこちらを向くことは無かった。


「すまない。」


彰人が言ったその言葉には、嘘や偽りの気配は微塵もなかった。

だからこそ、今目の前で起こっていることが全て現実なのだと認識させるには十分だった。


「嘘よ...。」


そう呟くと、香織は体から力が向けたようにその場にペタンと座り込んでしまった。


「だって私は葵に感謝を伝えようとして...だって...。」


この世界で一番の親友がこの世からいなくなった。

仲たがいをしたまま、日ごろ感じていた感謝の言葉も伝えられないまま。

呆然と座り込んでいる香織は、クレーターの中で眠る白い生き物が着ている制服を見た。

その瞬間、今までの葵との思い出が頭の中に溢れ、その目からは静かに涙が流れた。


(...全ては我の責任だ。)


そんな香織の姿に心を痛め、彰人は下唇を噛んだ。


(本来、これを防げるのは我だけだった。だが、未熟うえ気付けなかった。...この件にこの世界以外の者の手が絡んでおるのは明らかだ。)


そして、爆発前の事を思い返した。


(爆発前に一瞬見えた魔方陣...あれで全ての線が繋がった。)


確かに見たことは無い魔方陣だった。

しかし構成されている術式から、どういった効果が組み込まれているのかを推測することは出来た。

そして彰人が爆発前見た限りでは、あの魔方陣には大きく2つの効果が組み込まれていた。


1つ目は、負の感情の助長効果。

まさに、今回葵と香織がすれ違う原因となった葵の中に眠っていた劣等感。その感情があの魔方陣によって、意図的に増幅させられていたのだろう。


(つまり七瀬が苦しみ、結果朝霧を傷つけてしまった今回の事件。それも全て、この魔方陣を仕掛けた者の手によって仕組まれていたということだ。)


確かに似たようなことが、彰人の元の世界で行われていることは知っていた。

敵対する組織を内部から瓦解させる際、リーダーに不満を持っている部下を見つけ、その部下に負の感情を増幅させる魔方陣を仕掛ける。

そうすることで、時間がたつにつれ部下の中でリーダーに対する不満が増幅していき、意図的に裏切り行為を誘発するといった作戦だ。


しかし、今回は訳が違う。葵と香織はただの友人同士で、ただの高校生だ。

そんな一般人の葵の中に眠っていたネガティブな利用し、友人同士を傷つけ合わせる。

そこに理由があるとは思えない。

許されざる行為だ。


しかし彰人は思わず激昂しかける自身の感情を、無理やり落ち着かせる。

今、怒りに支配されては駄目だ。なぜなら、現時点で起こっている最大の懸念事項が何も解決できていない。

それを引き起こしているのが、魔方陣の2つ目の効果だ。


それが、召喚効果。

これはオリジナルの術式...つまり彰人がテスト用紙に記載した式を書き換えることによって、生まれた効果だ。

しかし元々は下級悪魔の召喚式だったのだが、爆発前に見た魔方陣に書かれた召喚式の効果はそれを大きく凌駕していた。


(あの式で召喚されるのは下級悪魔どころではない。下手をすれば...いや、間違いなくこの世界を滅ぼす力を持った存在が召喚されておる。)


彰人はそう考えながら、その力を宿した存在...つまり、葵の体を乗っ取りこの世界に召喚された白い生き物に目を向けた。


(幸い召喚されたばかりで、まだ意識が定着しておらぬ。あの生物が目を覚ます前に、先間と朝霧をこの建物から外に出すのが先決だ。その後、今の魔力量でどこまでできるかだが...いや、悩んでいる暇はないか。)


彰人は全ての感情を抑え、再び先間と香織に声をかけた。


「残酷なことを言っていることは分かっておる。許してくれとも言わぬ。...だが、お主たちが長く苦しむことは無い。今がどれだけ辛くともアレを倒した後、お主たちの記憶を消す。だから大丈夫だ。」


そう言うと、彰人は「早く行け」と言う風に、指で倉庫の扉を指した。

しかし、聞こえてきたのは「...消す?」という先間の声だった。


「僕らの記憶を消すって...七瀬さんの事を忘れさせるってこと?」


「そうだ。そうすればお主たちが苦しむことも...。」


「そんなの!...なんの解決にもなってないよ!」


彰人の言葉をかき消すように先間は声を上げた。

今、この倉庫内で起こっている出来事は異常事態なことは分かっている。

そして、彰人が言った提案も先間たちを慰めるためだということも分かっている。


(でも...七瀬さんの記憶を消すことが、最善の案なはずがない!)


しかし、これは先間の感情だけの問題だということも分かっていた。

彰人が言う通り、今はただ目の前の異常な生き物から逃げることを優先した方がいいのだろう。

そして、おそらく葵の死が耐え難い傷となるであろう香織に対しては、その記憶を消す。

それが、理論的には良いのかもしれない。


(それでも...僕は...。せっかく朝霧さんの想いを七瀬さんに伝えに来たのに...。)


先間は隣で地面に座り憔悴した様子で涙を流す香織を見ながら、答えの出ない問いに悩んでいた。


その時だった。今まで身じろぎもせず地面に突っ伏していた白い生き物が、小声で何かを呻いた。

それを聞いた香織はパッとそちらを向くと、「葵?」と呟いた。

それと同時に白い生き物がゆっくりと瞼を開いた。


「まずい!」


彰人はそう叫ぶと地面を蹴りつけ、先間と香織の前に移動した。

あまりの速さに先間と香織の目からは、突然目の前に彰人が瞬間移動してきたように見えた。

そして次の瞬間、彰人の向こう側で何かを振るったような音が聞こえた。


「くっ!」


彰人はまだ動く右手を掲げ、目の前に障壁を展開した。

直後、倉庫内に金属同士が激突したような大きく甲高い衝撃音が響き渡った。


(何が...。)


先間がそう思った瞬間、後方で何かが砕けるような音が聞こえた。

その音に驚いた先間と香織は、後ろを振り返った。

そこには、倉庫の隅っこに高く積まれた空の木箱があった。いや、正確には木箱だったものだ。

なぜなら今先間たちの視界の先では、全ての木箱が粉々に砕け、ぺしゃんこな姿で壁に張り付いていたのだった。


(なんだあれ...。まるで巨大な手で壁に押し付けられたみたいに...。)


「目を覚ましたかっ!」


一方不自然な光景に呆然とする先間の前で、彰人は目を開けた白い生き物を睨みつけていた。


(こうなる前に先間と朝霧を逃がしたかったのだが...。)


最悪の展開に焦燥感だけが募る彰人だったが、当の生き物は何か不満げに首を傾げ、先ほど振るった右腕を凝視していた。

その姿を見て、彰人は思った。


(もしかして、まだ体にうまく馴染めていないのか。ならば...今しかない。)


「今見ただろう!ここにいては安全の保障は出来ぬ。早く倉庫から出ていってくれ!」


彰人は後方にいる先間と香織に声をかけた。

それを聞いた先間はハッと我に返る。

確かにこのまま葵の事を忘れたくはない。しかし、今見た木箱の惨状はもはや先間の理解を超えていた。


「朝霧さん、逃げよう。」


先間はそう言うと、香織の腕を掴み、引っ張った。

しかし、香織の足は動かなかった。

その場で振り向くと、今は彰人の背中で隠れて見えない白い生き物がいる方向に向かって「でも...葵が...。」と呟いた。


それを見た先間は思わず香織の腕を引く力を弱めそうになる。

しかしそんな自分の中の感情を押さえつけ、非情だとは思いつつも言った。


「さっきの木箱見たでしょ!今は逃げなきゃ!」


そして香織の腕を強く引っ張った。


「きゃっ!」


それで体のバランスを崩した香織は、持っていた学校のバッグを落としてしまった。

地面にバサリと落ちたバッグの中から、中身が散乱する。

その瞬間、その音に気を取られたようにして白い生き物がバッグの方を見た。


(耳馴染みのない音が気を引いたかっ!)


彰人はそれを見て焦る。

ここで再度相手に動かれると、先間と香織を守りながら戦うのは不利だ。

しかし、同じように先間と香織もバッグから飛び出たあるノートに目を奪われていた。

それは、先間と香織がこの場所に来るきっかけとなったノートだった。


(七瀬さんには朝霧さんの想いを...感謝の気持ちを伝えたかった。)


先間の頭にその考えが過った時、隣で香織が動いた。

香織は地面に落ちたそのノートを拾い上げると、何かを言うとして彰人の背中から顔を出した。


「我の後ろから姿を見せるな!」


彰人はその気配を察知し、思わず声を荒げた。

相手がどういった攻撃を仕掛けてくるか分からない以上、先間と香織の存在を認識させたくなかったからだ。

そのため、素早く動き香織の顔を隠した彰人だったが、一瞬だけ白い生き物の視界に香織の姿が映ってしまった。


(認識されたか!こうなった以上、多少強引でも先間と朝霧を無理やりこの倉庫から出して...。)


彰人の考えはそこで止まった。

なぜなら、ありえない光景が目の前で繰り広げられたからだ。


そこには、白い生き物が頭を抱え、呻く姿があった。

まるで香織の姿を見て、何かを思い出し苦しむように、長い髪を振り乱しながら呻いていた。


(馬鹿な...ヤツの中から七瀬の存在は完全に消えているはず。なのに、なぜ朝霧の姿を見て...。)


彰人は自身の常識外の光景に、思わず言葉を失う。

そして、その気配は後ろにいる先間と香織にも伝わっていた。


「彰人...何が起こってるの?」


急に苦しむような声が聞こえてきた先間は、恐る恐るそう尋ねた。

しかし、彰人はその先間の問いにすぐに答えることができなかった。

なぜなら、何が起きているのか彰人自身にも全く分からなかったからだ。


そんな中、事態はさらに動いた。

白い生き物がうめき声を上げながらもその場にしゃがみ込むと、最初と同じ体勢でまた眠り始めたのだ。

それを見て彰人は推測する。


(まさか、朝霧を見ることで不安定になった意識を再度しっかりと定着させるため、休息に入ったのか?)


本来一度定着した意識が揺らぐことはない。

存在を上書きされた葵の意識が、残っているはずがないのだ。

しかし、現に先ほど白い生き物が起きていた時に痛いほど感じていたプレッシャーは、眠り始めた今は感じなくなっていた。


「分からん...だが、今なら安心して逃げられる。だから...。」


白い生き物が完全に眠ったのを見た彰人は、再度に先間たちに逃げることを提案しかける。

しかし返ってきたのは、意外な返答だった。

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