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第百九話 葵の告白 後編その2

葵は、自信を苦しめている本当の原因を告げた。


別に常に自分と香織を比べ続けていたわけではなかった。

香織と仲が良いことだって、紛れもない事実だ。その関係に嘘や偽りはなかった。


しかし、葵の中の劣等感を加速させる要因となった“あること”というのが、まさに彰人への恋心だった。

今まで恋をしたことがない葵は、香織が彰人の事を好きじゃないということは知りながらも、気づけばあらゆることで香織と自分を比較し、落ち込んでしまっていた。


香織ならこうするよね。

香織ならこうしてたかな?

香織なら...。


(その結果、香織を傷つけて...そして今、私の本性はこんなにも醜いことを知って、豊島君にも嫌われたよね。)


そう思いながら葵は静かに涙を流した。


一方、葵の告白を聞いた彰人は、もちろん葵の事を嫌ってはいなかった。

しかし、目の前で苦しみながら心の中の想いを吐露する葵に対して、彰人はまだ何も声をかけていなかった。

いや、正確には声をかけることが出来なかった。


なぜなら、葵が苦しんでいる【劣等感】は、生まれ育った環境が特殊な彰人の身近にあった感情ではなかったからだ。

生まれつき類まれな才能に愛され、更に元の世界ではこの世界ほど距離感の近い友人と呼べる人はいなかった。

そのため【劣等感】を感じる経験をしたことがなく、その感情の本質を理解することが出来なかったのだ。


(例えば何か優劣を決する物事で負けた時。その時に感じる敗北感は、決してネガティブなものではない。なぜなら次の勝利へ向けたエネルギーとなるからだ。しかし、今回七瀬が感じているそれは、また別の類のものだろう。...なぜなら特定の何かを指して香織に負けたと感じているわけではなく、劣等...まさに周りと比べ自分自身が劣っていると考えている、その自己評価自体が原因だからだ。)


彰人はそう考えながら、目の前でうずくまっている葵を見た。


(しかし、本来自らの弱点をしっかりと認識することは決して悪いことではない。むしろ、自己分析ができておらず自己欺瞞に溺れているものと比べた際に、一歩抜け出ることができる必須の条件とも言える。...だが、今回七瀬は認識するだけにとどまらず、その認識した自分のネガティブな部分に引きずりこまれて行っているように見える。...そして、これは...。)


実は、彰人が葵の告白にうまく答えることができなかった原因は、彰人自身が劣等感と無縁だったこと以外にもう一つある。


それは告白の最中、そして今も彰人は魔法を使い、葵の感情の起伏を調べていた。

もちろん決して魔法で全てを解決しようとしていたわけではない。

今回の出来事は魔法に頼らず、しっかり葵の想いを受け止め、彰人自身の言葉で応えることが何よりも重要だと思っていた。


しかし、起きてしまった出来事が出来事なために、もし葵が錯乱し衝動的な言動に走ることがあれば、それを事前に察知し防げるよう、念のために把握しておこうと考えていたからだ。

だが、告白前に感情の起伏を調べ初めて、すぐに気付いたことがあった。


それは、葵の中で膨れ上がっていく負の感情が、余りにも異常なペースなのだ。


(普通ではないな。見る限り七瀬は負の感情を理性で押さえようとしている。本来、意図的に理性を働かせているときは、感情はある程度セーブされるものだ。しかし...七瀬の中の負の感情はセーブされるどころか加速度的に増していき、その理性すら上回ろうとしている。)


これは明らかに異常だった。


(何かがおかしい...まるで誰かに魔法で感情を操られているかのようだ。)


そう、確かに魔法を使えば他人の感情はコントロールすることができる。

まさにいつかのダーツの時、先間に対して行ったように気持ちを落ち着かせたり、逆に今の七瀬のように負の感情を増幅させ、理性を失わせることもできる。


彰人はまさかとは思いつつも、何度か魔力を感知しようとした。

しかし、やはり葵自身が誰かから魔法による干渉を受けている形跡が見当たらないのだった。


(他人の感情をコントロールするのは容易くはない。自身の中にある魔力を炎や水などに具現化する魔法と比べ、他人に干渉する魔法は難易度が高く、それなりの鍛錬を積む必要がある。ましてや、気持ちを落ち着かせる魔法ならまだしも、感情を増幅させるとなると...精神魔法に精通している者でなければ不可能だ。)


そして、他人に干渉する魔法ならば、必ず術者の魔力が相手に残る。

精神干渉を受けた場合の対処法は、その者から術者の魔力を取り除くと言うのがセオリーなのだ。

だが、どれだけ調べても葵からは他人の魔力は検出できなかった。


彰人は腑に落ちないながらも、徐々に焦燥感に駆られつつあった。

こうしている間にも、葵の心は着実に負の感情に蝕まれ続けている。

このままでは、突発的に自らの命を絶ってもおかしくないはないほどだった。


(一度我の魔法で感情を抑えるか...。しかし、これが本当に葵自身の感情の変化なのであれば、その感情を魔法で制御するのは冒涜になるのではないか。)


彰人がそんな葛藤に駆られていた時だった。

先ほど彰人が入ってきた扉に近づく人の気配があった。

だが、それはこの倉庫街で働く人ではなく、よく知った者の気配だった。


(なぜここが分かったのだ。)


彰人は思わずそちらを見た。

それ同時に扉が開き、倉庫の中に声が響いた。


「やっと見つけた!」


そこにいたのは学校で香織を見ているはずの先間だった。

そしてその先間がいるということは、


「葵...。」


先間の後ろから顔を覗かせたのは、香織だった。

捻挫した方の足を庇うような動きをしながらこちらを見ている。


(なぜ二人がここに...。)


彰人がそんなことを考えていた時、後ろから「香織。」と言う小さな声が聞こえた。

振り返った彰人の視界に入ったのは、目を見開き怯えたような顔で香織の事を凝視している葵の姿だった。


そんな葵の姿に香織が、「葵...大丈夫?」と言いながらこちらへ近づこうと足を一歩踏み出した。

しかし劣等感の告白前に葵が告げたように、今葵は傷つけた香織自身から責められない現状にも悩んでいた。

だからだろう。その「大丈夫?」が決定打になったかのように、その言葉を聞いた瞬間、葵の中にある負の感情が爆発した。


「い、いやっ...。」


葵は小さな声でそう叫ぶと、後ろに向かって駆け出そうとした。

しかし、すでに葵の中の負の感情は許容量の限界を超えている。

このまま葵を行かせてしまうと、自らの命を絶つ恐れも考えた彰人は、臨時的な対応を行うことを決めた。


(何かが起こってからでは遅い。まずは七瀬の気持ちを落ち着かせることが何より先決だ。)


彰人はそう思うと、自分に背を向けた葵に向かって、魔法を唱えた。

負の感情の高ぶりを抑え、気持ちを落ち着かせる効果のある魔法だった。


(よし、一度これで冷静に...っ!)


次の瞬間、起きた出来事に彰人は目を見開いた。

葵に向かって放出していた魔力が、まるで何かに強制的に奪われるようにごっそりと持っていかれたのだ。


「くっ!」


彰人はその繋がりを断ち切るために、力づくで魔力の放出を止めた。


(何が起きたっ!)


元々彰人は常人の何倍もの魔力を有している。

そのため、魔力が枯渇し倒れることは無かったが、先ほど奪われた魔力は彰人の中の8割の魔力量に匹敵していた。

そしてただの人間である葵の中に、それだけの魔力が流れ込んだのだ。

もちろん無事では済まなかった。


「あっ!苦しっ...!。」


葵は体をクの字に曲げると、頭を押さえながら苦しみ始めた。

それを見た香織は、葵の異常に思わず叫んだ。


「どうしたの!葵!」


そして先間と共に駆け寄ろうとした。

また彰人も葵の体から魔力を抜き取ろうと、新たな魔法を唱えかけた。


しかしその瞬間、葵が小さな声で「あ。」と呟くと同時に首元に魔方陣が出現し、赤く輝いた。

その魔方陣を見た彰人は、思わず硬直した。

それはこの世界において彰人が唯一書き出したことのある魔方陣、いつかのテスト用紙に書いた下級悪魔の召喚式がベースになっていることが分かった。


(だが、あの式はすぐに抹消したはずだ。それに...こんな式の組み方は知らぬ!このような魔方陣は、我の元の世界にも存在していないはずだ!)


そう、その魔方陣は彰人が研究していた式がベースになってはいるものの、誰かによって手が加えられ、より強力に、そしてより凶悪な魔方陣へと変貌していたのだ。

そして、狼狽える彰人の目の前でまた事態は動いた。

葵の体を中心に魔力が噴き出したのだ。


「なに...。」


あまりにも高密度なため、可視化できるようになった魔力を見た先間は思わず呟いた。

だがその濃密な魔力のその中で、ゆっくりと葵はこちらを振り向いた。そして目元に涙がたまったまま、何かを言おうとするように口を開いた。

しかし、その言葉を聞くことは叶わなかった。


(この魔力の密度はまずい!)


「来るな!!!」


彰人が先間と香織に向かってそう叫んだのと同時だった。

溢れ出した魔力が強烈な光を灯すと、葵を中心に倉庫の中が爆音と爆風で埋め尽くされた。


************


「ん?ああ、やっとか。」


男はある方向を見ながらそう呟いた。


(もっと早いかと思ってたけど...意外と耐えたね。あの女、なかなか精神が強かったんだな。まあ、もう終わりだけど。)


男はそんなことを思いながら、うっすらとほほ笑んだ。


「てめえ、何笑ってんだ!そっちからいちゃもん付けたんだ。無事で済むと思うなよゴラァ!」


男がいたのはある町の裏路地だった。

そしてそんな怒号が聞こえてきた方向に目を向けると、そこには男を睨みつけながら額に青筋を立てた男が数人立っていた。

鍛え上げられた体に、半袖から見える腕には手首までびっしりと刺青が入っている。一見して分かる通り、その男たちはいわゆる半グレと言われる集まりだった。


「ああ、今なら逃げてても別に追いかけなかったのに。」


男は目の前でいきり立つ半グレ集団を見て、そう言った。

その言葉を聞いた半グレ集団は、更にヒートアップする。


「寝言言ってんのかてめえ。学生だからって許してもらえると思ったら大間違いだ。二度と表を歩けない体にしてやるよ!」


そう叫んだのは先頭に立つ半グレだった。

しかしその瞬間、男はその半グレを見ると「ああ。」と言いながら何かを思いついたように手を叩いた。


「それいいね。表を歩けない体か...。最近はやってなかったけど、僕そういう人体実験も好きだよ。今日はそれで行こう。」


「あぁ!?」


訳の分からないことを繰り返し喋る男に、半グレの一人が痺れを切らし詰め寄った。

そして男の胸倉をつかむと顔を近づけ、「てめぇ、だからさっきから何言って...!」と凄みかけて、止まった。


それは凄んでいる途中で、半グレの方を向いた男の顔を見たからだ。

具体的にはその目だ。


男は静かに笑っていた。

しかしその目は...男を見ていなかった。何も映していないその瞳は、まるで闇を凝縮したような色をしていた。


思わず閉口した半グレの前で、男はゆっくりと口を開くと、告げた。


「まず血抜きからやっていこうかな。」

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