表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
107/141

第百六話 すれ違う2人 後編

その翌日。

再びいくつかのテストを終え、期末テストも残るは最終日のみとなっていた。


周りではここまで来たら後はなるようになれと言った様子で半ば吹っ切れた様子の生徒や、最後の追い込みをかけようと友人同士でテスト勉強の約束を交わす生徒の姿が見て取れた。


そんな中、足早に教室から去っていく生徒を追いかける姿もあった。


「葵!」


廊下を下ろうとしていた葵に、香織は後ろから声をかけた。

それに体をピクッと反応させた葵は足を止めると、ゆっくりと振り返った。


「...香織。どうしたの?」


香織は一瞬安堵したような顔をすると、急いで葵の元に向かい、目を見ながらいつも通りの様子で話しかけた。


「...今日、一緒にテスト勉強しましょうよ。」


いつも通りを装ったその声は、少しだけ震えていた。その声を出すのに、香織は相当な勇気を振り絞っていた。

しかしそれを聞いた葵は、目を反らしながら告げる。


「...ごめん。ちょっと今回のテストは、一人で勉強したいの。だから...。」


そう言いながら再び階段を降りようとする葵。

その姿に一瞬だけ閉口した香織だったが、大きく首を横に振ると自分を奮い立たせ、再び葵を呼び止めた。


「いつも私たち一緒に勉強してたじゃない!私がした質問に、先生より分かりやすく丁寧に答えてくれて...。」


「わかってるよ、だからごめん。今回は...。」


「今回は一位の順位を狙っているのよね!わかってる!だから、今回は葵の邪魔はしないわ!質問もしない!...ただ、隣で一緒に勉強をしてくれるだけでいいの!」


「...。」


「お願いよ。少しの間だけでいいから。...ね?」


葵の元にゆっくりと近づきながら、そう話しかける香織。

しかし葵はこちらを振り返らず、その場で立ち止まったまま地面に目を向けていた。そのまま少しだけ時間が過ぎ、再び何か喋りかけようと、香織が口を開いた時だった。


「...えば。」


葵が何かをボソッと呟いた。

うまく聞き取れなかった香織は「え?」と言うと、また更に少しだけ近づく。

次の瞬間、葵は顔を上げて香織を真正面から見ると言った。


「豊島君に勉強教えてもらえば?」


それに「なんで豊島なのよ。」と返そうとした香織だったが、葵の顔を見て思わず口を閉ざしてしまう。

それは笑顔だった。

しかし、いつもの人を和ませる日向のような葵の笑顔ではなく、どす黒く卑屈で歪んでいる。初めて見るそんな笑顔だった。


その顔を見た香織は、思わず言葉を失ってしまう。

しかしそんな香織に気づいたのか、ハッと我に返ったような顔をした葵は、一瞬でその笑顔を消し去った。

そして「私、今...。」と呟き、泣きそうに顔を歪めると、「ごめん。」と言いながら走り去ろうとした。


「待って!」


しかしそんな葵の腕を香織は掴んだ。

それは咄嗟の反応だった。

葵を苦しめている正体を知りたい、その原因が自分でなのであれば、きちんと謝って許してもらいたい。

そんな一心で、香織は腕を伸ばしたのだった。


そして...その次に葵が取った行動も、咄嗟の反応だった。


「止めて!」


葵は香織の手を振り払おうと、大きく腕を振るった。

それはただ単に反射のような、本当に無意識に取ってしまった行動だった。


しかし、葵の想像以上にしっかりと腕を掴んでいた香織は、その勢いに引っ張られるようにして前につんのめった。

自分が振るった腕に合わせ、隣から自分の前に香織が現れるその光景を葵はスローモーションで見ていた。


数歩大きくたたらを踏んだ香織は、葵の方を振り返った。揺れる髪の隙間から、葵と目があった。

香織の目は驚いたように大きく見開かれていた。その顔を見た葵は、思わず呼吸を止めた。

しかし、その中でも香織は何かを言おうと口を少しだけ開いた。


その瞬間、再び時間が正常に流れ始めた。

階段上で足を踏み外した香織の姿は一瞬のうちに葵の視界から消え、大きな音と共に下の階へと転がり落ちていく。

無意識に手で口を覆っていた葵の目の前で、香織の小さな体は二階と一階の踊り場で投げ出されるように地面と激突し、止まった。


(嘘。)


一階から悲鳴が上がった。

葵はピクリとも動かない香織の姿を見て、息を呑んだ。そして駆け寄ろうと足に力を込めた。

しかし、一階から聞こえる悲鳴の中に混ざって、ある声が葵の耳に飛び込んできた。


「朝霧!」

「朝霧さん!」


その声は葵がよく知っている声だった。

いつもその声で葵は気分が高揚し、暖かい気持ちになっていた。

しかし今は、その声を聞いた瞬間、葵の中に生まれた感情。それは...抑えきれない恐怖だった。


「っ!」


葵はその声から逃れるため、階段に背を向ける。

廊下はテスト終わりの学生で溢れており、一階から聞こえる悲鳴にそれぞれが口々に何かを話していた。

しかし、葵はそんな生徒たちの合間をすり抜けるようにして躱すと、廊下の反対側にあるもう一つの階段に向けって、一直線に駆け出した。


後ろからは、いろんな人が騒ぐ声が聞こえてくる。それらは、まるで自分を責め立てるように葵の鼓膜を揺らした。

しかし葵は耳を両手で塞ぐと、そんな声から逃れるように必死に足を動かした。


足を動かし続けた。

この更新が2019年ラストの更新になります。短めで、すみません。

また来年もよろしくお願いします。


良いお年を!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ