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第百四話 波乱万丈の体育祭 その14

「朝霧。勝て。」


突如耳に飛び込んできたその言葉に、香織は驚き、そして奮起した。


(言われなくても...!)


香織は先ほど折り曲げた右手を翻し、葵の右腕を掴んだ。


(勝つわよ!!!)


「やぁ!」


裂帛の一言と共に、香織は葵の腕を引っ張った。

葵の体が前方に傾く。そして帽子とぴたりの位置に向かって振り払われていた葵の手は、そのまま手首の辺りが香織の頭に当たる。そのまま指を曲げたその手のひらは、虚しく宙を掻いた。


(あ。)


目の前を見た葵は、香織と目が合う。

そして自分と香織の距離を目算する。


(あーあ。)


その距離は、香織の手が届く範囲だった。

次の瞬間、残っていた香織の左腕が電光石火の勢いで、葵の頭に向かって伸びた。


(一対一って言ったのに...ずるいよ。)


葵が心の中でそうぼやいたと同時に、香織の手が葵の帽子を奪い取っていった。


************


「我ら【白】チームの勝利に乾杯!」


「「「乾杯!!!」」」


周りでそう言いながらそれぞれが手に持つ紙コップを合わせる、生徒の姿があった。

場所は【白】チームのテントだった。先ほど、閉会式も終わり完全に幕を下ろした体育祭の後、なぜか全員分の飲み物を用意していた【白】チームの3年生の男子生徒に呼ばれ、みんなで集合していたのだ。


「豊島君、君ホントに1年生?ヤバ過ぎでしょ。」

「豊島君、陸上に興味ない?君なら全国も目指せるよ。」

「豊島君、ちょっと近くにきて...ねえ、今度ご飯行こうよ。」


この体育祭で一躍時の人となった彰人は、様々な先輩たちに囲まれていた。

男子の先輩からは褒められると同時に色々な部活に誘われ、女子の先輩からも口々にご飯に誘われていた。もちろん、それに恨めしい目線を向ける男子もいたが、先ほど目の当たりにした凄まじいまでのスペックの差に各々が虚しく頭を振るのだった。


そんな中、当の本人である彰人は驕る様子もなく、穏やかな微笑みを浮かべながら淡々と対応をしていた。

しかし一方、テント内にはもう一つの人だかりがあった。


「朝霧さん、可愛かったよ!」

「朝霧さん、必死に走る姿が実家のペットみたいで可愛かった!今度遊びに行こうよ!」

「朝霧さん、ぜひ我らの写真同好会にきてよ。そのツインテールが醸し出す妹属性が被写体としてぴたりと...ぷぎゃ!」


可愛い可愛いと愛でてくる女性の先輩たちには、笑顔で「ありがとございます。」と感謝で答え、なぜが定期的に来る少し危なそうな男子の先輩たちには拳で答えながらも、香織は辟易としていた。


(つ、疲れるわ...!)


そしてそんな中、先間はというと、一番疲労困憊な様子で突っ立っていた。


(もう無理...こんな暑い中、一日外にいたことなんてない。もう帰って寝たい。)


しかし、【白】チームの勝利に浮かれる先輩たちは、まだ帰る気配はない。

先間は大きなため息をつくと、手に持ったジュースを一口飲んだ。


「先間よ、なにをしておる。」


その時、人ごみの中から彰人がうまいこと抜け出しながら、そう声をかけてきた。

一切疲れた様子の無い彰人の姿に、思わず感心した声が出る。


「彰人、すごいね。疲れないの?」


「疲れる?少し走ったり飛んだりしただけだろう。何が疲れるのだ?」


(あ、そうか。彰人も体力お化けだった。)


先間は心の中でそう呟くと、話を変える。


「いや、体育祭じゃなくて、さっきまでの先輩たちへの対応だよ。あんなに一辺に知らない年上の人たちから喋りかけられたら、僕なら頭オーバーヒートで耳から煙だけど。」


それを聞いた彰人は「ふむ。」と呟くと手を顎にやり、少し考えたのちこう答えた。


「これは社交のコツだが。」


(え?社交?)


先間は一瞬に疑問に思ったが、そのままスルーする。

大抵こういう時に突っ込んでも、彰人相手に意味はない。それが先間が学んだことだ。


「話を合わせるのではなく、相手が尋ねている本質を見抜き、それに答える。それを淡々と繰り返せば、それほど疲れぬ。」


「ふーん。」


よく分からなかったが先間は頷いておいた。


(なんだか、今までそういう経験をたくさんしてきたみたいな口ぶりだけど...あれかな?パン屋に来るお客さんとの会話の事を言ってるのかな?)


そんなやり取りをしていると、今度は別の声が聞こえた。


「ちょっと、前に立って!私の姿が見えないように!」


そんなことを言いながら彰人たちの元に転がり込むように移動してきたのは、香織だった。

ぐいぐい彰人の体を押しながら、後ろに隠れようとしている。


「え、どうしたの朝霧さん。」


「名前呼ばないで!」


困惑した先間がそう声をかけると、なぜかキッと睨まれ香織から怒られた。理不尽だ。

先間が「なんで...。」と落ち込んでいると、彰人の後ろからぼやく声が聞こえてきた。


「人をマスコットみたいに...私はペットじゃないわよ。でも先輩たちに悪気はないし...。あぁぁ、疲れるわ。来週から学校生活が面倒になりそう...。」


それを聞いていた彰人がふっと笑う。

それを見た香織は小さな声で怒った。


「笑い事じゃないわよ!...てか、あんたもそうよ。あんだけ目立ったんだもの。来週から学校生活大変なんだから。」


「まあ、それは仕方ないであろう。...我が目立つのは必然だ。」


彰人はさも当然と言った様子で言った。

その様子を見た香織は何度か口をパクパクさせたが、「これ、この顔よ。全くムカつくけど怒る気にもなれないわ。」と言いながら、諦めたように首を振った。


それを(なんか二人とも大変だなー。)と思いながら、コップに口を付けた先間だったが、それを見ていた朝霧がハッと何かに気づく様な顔をした。


「私、先輩の対応で忙しくて、まだ飲み物飲んでないわ。ちょっとそれ飲ませてよ。」


そう言うな否や、香織は先間から紙コップを奪うと、一気に飲み干した。


「えぇ!?」


ギョッとした顔でそれを見た先間だったが、徐々に赤面し始める。


「それっ、か、かん、間接...。」


そう口ごもる先間だったが、香織はなぜか一気飲みした態勢で止まっていた。

?という顔を浮かべる彰人だったが、その横で徐々に口から紙コップを話した香織の顔は表情が無くなっていた。

そしてゆっくりと確かめるように喋り始める。


「先輩が用意したのってスポーツドリンクって言ってたわよね?」


「うむ。」


彰人がそう頷く前で、先間が今度はサッと顔を青ざめた。

そんな様子は無視をして、香織が続ける。


「なんでこの紙コップの中...炭酸が入ってるのよ。」


「えっと、その、なんていうかここだけの話、っていうか...。」


そんな支離滅裂なことを口走る先間をみた彰人は、そういうことかと察した。

障害物競争でひと騒ぎを起こした先間のサイダー。あの時はすでに飲み干されていると思われたが、そのすぐ後実はもう一つ先間が持っていたことが発覚していた。


(それをこっそり飲んでいたのだな。)


彰人がそう結論だてると同時に、「なんであの時これを渡さないのよ!」と叫びながら香織が飛びかかり、先間が「ぎゃー!ごめーん!」と叫んだ。


************


「香織!...あっ。」


「あ、葵。」


校門を出た瞬間、自分を呼ぶ声に香織が振り向くと、そこには葵が一人立っていた。

しかし葵は気まずそうに、目線を泳がせる。


それは香織の後ろから、【白】チームの生徒たちがずらずらと出てきたのに気づいたからだった。

しかし、香織はそんな葵の元に向かい、声をかける。


「今日は熱戦だったわね!さすが葵よ!私の親友!」


「そんな...でも結局敵わなかったし。」


葵は謙遜するようにそう言う。

香織はそれをニコニコと聞きながら、「ところで」と口にした。


「葵、どうしたの?」


それを聞いた葵は、小さな声で言った。


「一緒にご飯でも行こうかなって...。」


しかしそれを聞いた香織は「あ、えっと。」と珍しく口ごもり、言った。


「実はこの後、【白】チームのみんなとご飯に行く約束になってて...。」


それを聞いた葵は軽くショックを受けたように、瞳を揺らした。

しかしすぐに笑顔を作ると、手をパタパタを振りながら言う。


「ううん、大丈夫!そうだよね。せっかくできた仲間だもん。みんなで楽しんできなよ。」


そう言うと身を翻し、「じゃあ私は行くね。」と言いながら歩き始めた。

しかし、香織は気づいていた。何か、どこか葵の様子がおかしい。

さっき見せた笑顔は、葵の本当の笑顔じゃない。


「待って!」


香織は思わず葵の後ろ姿に声をかけた。

そして肩をピクッと動かし、足を止めた葵に向かって言った。


「一緒にご飯、行こうよ。みんなにも言ってくるわ!」


しかし、葵は振り向くと笑顔のまま顔を振った。


「大丈夫。いいよそんなの。」


「ううん。別に葵は気にしなくていいわ!なんなら、騎馬戦であんなに活躍した葵だもん。みんな歓迎してくれるわよ。」


「そんな悪いよ。それにせっかくの機会だもん。同じチームのみんなでご飯。一人部外者がいるより、絶対そっちの方がいいよ。」


そう言いながら笑顔で手を振り遠慮する葵だったが、やはりどこかその笑顔はぎこちない。

香織はそんな葵の姿にやはり違和感を感じ、もう一度明るい声で言った。


「部外者なんかじゃないわ!絶対!...だって騎馬戦で最後、正々堂々と一対一で戦って...。」


「一対一じゃない!」


その声は消して大声ではなかった。しかし香織の口を閉ざすのには、十分な力を持っていた。

そしてそう叫んだ本人である葵も、ハッと我に返る様な仕草を見せ、口に手を持っていった。


「...葵?」


そんな葵の姿に香織は再度優しく声をかけた。

しかし葵は何も喋らず数歩後ずさると、「...ごめん。」と呟き、走って去っていた。

その後ろ姿を呆然と見つめる香織に、後ろから声がかかった。


「朝霧さん?」

「朝霧?どうした。」


香織は振り向いた。そこには少し心配そうな顔をする彰人と先間の姿があった。


「なんか...七瀬さんの声が聞こえたけど。」


そう先間が言った。そして、香織の向こう側への目を向ける。

しかしそこにはすでに葵の姿はなかった。

香織は「えっと...。」と呟くと、そのまま少し考え込み、数秒後顔を上げて笑顔で言った。


「うん。少し葵と話してたの。騎馬戦の私たちの熱戦についてね!」


それを聞いた先間は「そうなんだ!」と言うと、安心したような顔で笑った。

それを見た香織は「さあ、ご飯に行きましょ!お腹ペコペコ。」と言いながら、彰人たちの隣を通り過ぎようとした。

その瞬間、彰人は香織を呼び止めようと口を開きかけ、やめた。

世の中には、他人が安易に口を出すべきではない問題がある。


先ほど微かに聞こえた葵の声が、どれだけ悲愴的な響きを持っていようとも。

例え、香織の目に不安の色が色濃く表れていようとも。

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