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第九十九話 波乱万丈の体育祭 その9

2年生同士の告白現場に突如として乱入した3年生の男子生徒によって、空気はピンと張り詰めていた。

先ほどまで互いに向かい合っていた2年生の女子生徒と男子生徒も、今は3年生の男子生徒が立つ方向に少し体を傾け、それぞれが三角形の角にいるような立ち位置になっている。


「俺も部活でお前と楽しい時間を過ごすうちに、自分の気持ちに気づいたんだ。」


3年生の男子生徒は少しばかり大げさな仕草をしつつも、女子生徒にそう必死に訴えかけていた。

それを聞きながら三澄は一人合点がいき、軽く頷く。


(なるほど。3年の彼は女性生徒と同じ部活動に属してるわけね。何繋がりなんだろうと考えていたけど、これではっきりしたわ。)


そんな中、先輩の熱烈なアピールを隣で聞いていて焦燥感にかられたのか、2年生の男子生徒の方も熱く語り始めた。


「あなたの事は知ってます。俺もよく話を聞いていました。“優しくて面白い先輩がいる”って...。それがあなたなんでしょう。確かにあなたはいい先輩だ。スポーツ万能だけどそれに驕ることもなく気配りができる。だから後輩からも慕われているはずです。」


そこまで話した男子生徒は、「しかし!」と声を張ると3年生の男子生徒をキッと見た。


「いくら先輩だと言ってもここは引けません!俺は小さな頃からこいつを知ってる幼なじみなんです!」


(えー!まさかの幼なじみ!ただの友達じゃなかったのね!)


実は恋愛小説を愛読していた過去を持つ三澄は、まさかの展開に興奮を隠しきれない。

すでに最初は話を聞かずに立ち去ろうとしたことも忘れ、一言一句聞き逃すまいと聞き耳を立てていた。


2年生の男子生徒から宣戦布告を受けた3年生の男子生徒はしばらく黙っていたが、ぽつりとつぶやくように話し始めた。


「...知ってるよ。俺もお前の事は知ってる。部活中、陽気だけどいざという時は頼りになる幼なじみの話を何度聞かされたことか。」


そう語りながら男子生徒は、静かに2年生の男子生徒を見ていた。

互いに言葉を交わす男子同士の間に挟まれている当事者の女子生徒は、自分が今まで話していた“優しくて面白い先輩の話”や“陽気だけどいざという時は頼りになる幼なじみの話”がどんどんと暴露され右往左往している。

しかし、そんな女子生徒の姿はヒートアップする男子生徒の目には入っていないようで、変わらずに話は続いていた。


「しかし、俺だって部活で苦楽を共にしてきた仲だ。その中で育てた俺の恋心は誰にも負けない自信がある。人を想う気持ちの強さは決して一緒に過ごした時間に比例するわけじゃないってことさ。」


(なんか名言っぽい!)


3年生が決め台詞とばかりに言い切った言葉に、なぜか無関係のはずの三澄が胸を打たれる。

自分を取り合う男の人に、目の前でそんな言葉を言われたい人生でした。と三澄が思う一方、まだまだ男子生徒たちの話は続く。


「それにスポーツ万能とは...こっちの台詞だよ。そうだろう?来年のテニス部のエース君。」


「そう言うあなただって...現バレー部のエースじゃないですか。」


女子生徒を取り合う2人の男子生徒とは、競技は違えどそれぞれが部活のエースらしい。

そんな2人に思いを寄せられるこの女子生徒っていったい何者なの...と三澄が戦慄に震える中、ついにその女子生徒が口を開いた。


「ま、待って!変に争うのはやめて!」


(頂いたわ!“私のために争わないで”。女性の誰もが人生で一度は言ってみたいと思いつつ、墓場まで持っていく言葉ナンバーワン。)


三澄の興奮は頂点に達する。

一応鼻血が出てないか指で鼻の下を触って確かめてみた。出ていなかった。


「本当に2人の気持ちは嬉しい。正直予想もしていなかったから、びっくりしちゃったけど...嬉しいのは本当。ありがとう。」


そう言って女性生徒は、2人の男子生徒に向かって深く頭を下げた。

男子生徒たちは緊張した面持ちで女子生徒の次の言葉を待っている。三澄も同じくらい待っている。


そんな中、女子生徒がゆっくりと頭を上げると、風でなびく髪を手で押さえながら言った。


「でも...ここで急には決めれないの。本当に突然の事で...まだ考えがまとまらなくて。」


(あぁ!二度と見られない続きはWEBでは止めて!)


今目の前でこの話が決着を向かえないと、この結末は絶対に知ることができないことをわかっている三澄は、思わず地団駄を踏みそうになる。

男子生徒たちも何かを言いたげに一瞬口を開くが、そのままゆっくりと口を閉じた。


「だよね。まあ、大丈夫。ここで決めてとは言わないから。」


「そうさ。返事はゆっくり考えてからくれればいい。それまで俺は...」


本当はすぐにでも答えが欲しいであろう男子生徒2人が大人の対応を見せ、自分を納得させるようにそう答えていた時。

女子生徒が突然パンッと両手を叩き合わせた。


「だから、午後にある『部活動対抗リレー』で勝った方と付き合う!」


(...え。)


三澄は頭を殴られたような衝撃に、脳内が真っ白になった。

男子生徒たちも同じなのか、互いにポカンと口を開けている。

しかし、そんな様子に気づかない女子生徒はどこか楽し気に話を続けた。


「だって君はテニス部のアンカーで、」


そう言いながら2年生の男子生徒を指さし、


「先輩はバレー部のアンカーですよね?」


そう言いながら3年生の男子生徒を指さした。

順番に指さされた男子生徒たちは「まあ、そうだけど。」と言いながらも、まだ困惑しているような顔をしている。


「私、自分だけが優れている人じゃなくて、周りを引っ張っていける、周りのパフォーマンスを最大限発揮させられる様な人がタイプなんです。今年は足の速い生徒がテニス部とバレー部に集まっているって聞きました。今年の部活動対抗リレーの優勝はどちらかの部活動だろうって。」


女子生徒は一人で話し続ける。


「その中で、部員の士気を上げ、優勝を勝ち取る。そんな人と私、付き合いたいなー。」


(こ、小悪魔だわ!この子、とんだ小悪魔よ!)


一切穢れのない純粋無垢な様子で、告白してきた男子生徒だけを競わせるのではなく、自分と付き合いたいなら周りも巻き込んで頑張ってね、とまさかの提案をする女子生徒に三澄は恐れ戦いた。

しかし校舎の陰で自分に怯える女性教諭がいることなど、もちろん露ほども知らないその女子生徒は最後に可愛く言い切った。


「じゃあ、本番楽しみにしてます!」


最後に特大の爆弾を投下した女子生徒(小悪魔)は、そう言うと2人の男子生徒を残しスキップを踏みながら、その場から立ち去って行った。

残された男子生徒は嵐が通り過ぎた後のような顔で、お互いに顔を見合わせている。


(どうなるのかしら。)


三澄は女子生徒(小悪魔)が投下した爆弾を、この男子生徒たちがどう処理するのかを見届けるため、改めて聞き耳を立てた。

しばらく互いに黙っていた男子生徒たちだったが、どちらからともなく口を開くと言った。


「これだからあいつ、好きなんすよ。」


「俺もだ。こういうところに俺は惚れた。」


(あぁ、思い出したわ。恋愛小説の登場人物って、大抵どこか歪んでるのよね。)


どこか恍惚とした表情を浮かべ、女子生徒の事を惚れ直したと口にする男子生徒たちを見ながら、三澄は呆然とそんなことを思った。


「本番、手を抜きませんから。勝たせてもらいます。」


「ふっ。望むところだ。燃えてきた。」


しかし校舎の陰でなぜか真っ白に燃え尽きそうな様子の女性教諭がいることなど、もちろん露ほども知らないその男子生徒たちはそんなことを言いながら固い握手を交わすと、颯爽と校舎裏から立ち去って行った。

三澄はその瞬間、身体にどっと疲れを感じた。


(なんか...気分リフレッシュできたのかそうでないのか...よくわからないわ。ただ一つ言えることは...。)


空を見た。これでもかというくらい体育祭日和だった。


(人生、分相応の起伏があれば、それでいいわね。)


そんなことを考える三澄から少し離れた辺り。

三澄がもし耳をすませばギリギリ声が届いていた場所から、誰かの話す声が聞こえていた。


「絶対あれお弁当の具材腐ってたんだよ。」


「そうであろうな。可哀想だが、当分復帰は出来ぬ。」


「しばらくの間はトイレがあの人の戦場だろうねって笑いごとじゃないんだけど。ほんと可哀想。なんかあの人、午後に行われる部活動対抗リレーの卓球部のアンカーらしいよ。」


「知っておる。なぜなら、我が代わりに出場するからな。」


「高校最後の体育祭でせっかくのアンカーを...って、えぇ!?代わりに出るの!?いつそんなことに!」


「ああ。先ほど保健室で頼まれたのだ。震える手で肩を掴まれ、青ざめた顔で“代わりに...出て”と言われれば、断れぬであろう。」


「まあ、そうだけどさ...部活動対抗リレーって唯一紅白チームのポイントに関係ない競技らしいから、やる気でるのかなあって。」


その言葉の後、少しだけ間が空き、「ふっ」と軽く笑う声に乗せて声が響いた。


「やるからには、手は抜かぬ。」


************


午後の競技が始まり、しばらく経った時だった。

生徒たちの熱狂する声と共に、興奮したアナウンスが校内に響く。


「は、早い!早すぎる!卓球部のアンカー怒涛の追い上げ。下馬評で1位と2位は間違いとされていたバレー部、テニス部が独走状態の中、最下位だった卓球部がまさかの追い上げ!圧倒的なごぼう抜きを見せ4位につけるもまだまだ加速!あぁ、あ、あぁー!ここでついに2位を抜き去り単独トップに躍り出たー!」


その瞬間、暑さも吹き飛ばすような勢いで響いた生徒たちの声は、もはや悲鳴に近かった。

しかし、その中に本当に悲痛な叫び声が若干...具体的に言うと2人分ほど混ざっていたのだが、その声は熱狂の渦に前にかき消され、誰にも届くことは無かった。


「そして...獅子奮迅の活躍を見せた卓球部が今、一位でゴールテープを切りました!」


「卓球部優勝!まさかのまさかの大どんでん返し!世紀の大逆転だー!」

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