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第九話 ひと狩りいこうぜ 前編

いたるところから奇妙な鳴き声が聞こえてくる。

辺りは鬱蒼と生い茂った樹木に覆われていて、視界が悪い。

慣れていない環境に自然と手が汗ばんでくる。右手の片手剣を握り直し、呼吸を整えた。

その時、自分の呼吸音と環境音だけだった世界に、新しい声が聞こえた。


「アレックス、大丈夫か。」


「ああ。」


自分を気遣う声に短く返答をする。今声を発したのは、右手前で同じく周囲を警戒しながら、進んでいるデニスだ。

背中に背負っている大剣と鎧がぶつかり、カチャカチャと音を立てている。

しかし流石に経験が豊富なだけはあるのか、自信の垣間見える堂に入った仕草で自分を先導していた。


「おい、そろそろ来るぞ。準備を整えろ。」


また別のしゃがれた声が聞こえる。確かコーネリアスという名前の大柄の体躯の重騎士だ。

こちらからは姿が確認できないが、また別の方向から同じ目的地へと向かっているはずだった。


「ふん...気負うことはない。ただ我らは刈る側。そして奴は...刈られる側だ。くくく、右手が疼くッ!」


今のは確か...ヌルという名前の男だったはずだ。全身黒ずくめで、度々よくわからないことを口走る。

おそらく、彼もまた別の方向からターゲットへと接近をしているはずだ。


ふと金属の擦れ合うような音に前を向くと、デニスが背負っていた大剣を両手で構えるところだった。

こちらも再度、武器を握りなおす。一気に場の緊張が高まっていく。


「おそらく、目の前の草木を抜けた先の広場にいる。3つまで数を数えたら同時に仕掛けるぞ。」


「おう」


「ああ」


デニスが指示を出した。

他のコーネリアスとヌルの二人も短い返事で肯定する。


「いち......に......行くぞッ!」


そう叫ぶとともにデニスが一気に草むらから飛び出していく。

その後ろに続いて飛び出していき、今回のターゲットをついに目にした。だが、すぐにまたその姿を見失う。

なぜなら、こちらを向いて開いていた口内から、炎が飛び出してきて視界を埋めたからだった。


「逃げろアレックゥゥウウウスッ!」


デニスの絶叫が響き渡った時には、もう空を舞っていた。

左上にある緑色のバーが勢いよく減っていくのを見ながらアレックスもとい彰人は思った。


(なぜ、こんなことになった)


************


その日、数学の授業中に彰人は気づいた。

隣にいる先間が前の生徒の背に隠しながら必死で読みふけっているのは、数学の教科書ではなかった。

彰人は少し体をそらし、本を注視した。


(バケハン...?)


確かにそう書いてあるように見える。

彰人は聞き覚えのある言葉に少し考え、思い出した。


(ああ...この間の荷物検査の時に、他の生徒が言っていたゲームか。)


彰人は少し先間のほうに身を乗り出すと、小声で尋ねた。


「先間もバケハンをやるのか?」


その言葉の効果は絶大だった。

先間が目にも止まらぬ速度でこっちを向いた。目が光り輝いている。

そのままぐいっとこちらに身体を傾けると、小声で叫ぶ。


「彰人もハンターなのッ!?」


(なんだこの熱量は)


彰人は先間の尋常ならざる様子に若干引いた。


「いや、ハンターが何かはわからんが、我がそのゲームをやっているわけではな「っもったいないよ!」


彰人の語尾は先間の言葉にかき消された。

先間の目の輝きは増すばかりだ。彰人はまた少し引いた。


「いやいやいや、もったいないね。バケハンはゲーム界の歴史に残るゲームだよ。彰人もバケハンのプロデューサーが言った『今後のゲームはバケハン以前とバケハン以降で語られる』っていう名言は聞いたことあるでしょ?」


「いや、ない。」


「まさにその通りになると思うね。いや、現になるね。断言できるよ。なんせそのクオリティはもちろんのこと、ここまでユーザーが五感で参加できるゲームなんてこれまでに存在してないよね。彰人も今までゲームをやってて、面白いけど何かが物足りないと感じた経験あるでしょ?」


「いや、ないな。」


「でも心配いらないよ!まさにバケハンはその物足りなさを完璧な形で補ってくれたゲームだから。もう仕方ないな。そこまで言うなら、ちょっとだけこの週刊ゲームチャンネルを読ましてあげるよ。今日発売したばかりでバケハンのほやほや最新情報が乗ってるからね。」


「いや、いい。」


ずいっとこちらに差し出される『週刊ゲームチャンネル』を彰人は拒否した。

そしてあることに気づき、前を向くとノートにペンを走らせた。

その様子に気づかない先間は意気揚々としゃべり続ける。


「まあまあ、遠慮しなくていいよ。はっきり言って今回乗っている情報はどれも貴重なものばかりだよ。痺れたね。こんな授業よりも何倍もの価値がある情報だよ。だって思っても見てよ。」


「ほうほう。何を?」


「こんな授業で習った計算式が将来何かの役に立つと思う?いや立たないね。断言できるよよ。それに比べ...て...」


勢いよく喋っていた先間の声が尻すぼりになった。

彰人はちらっと横目で確認する。思った通りの光景だ。

先ほどこちらに歩いてきていた数学の教師が先間の肩に手を置いていた。

先間は青ざめた顔でゆっくりと振り返る。


「えっと、先生これは...」


「うーん?なんだぁ先間。役に立たない授業を行っている先生に、何か言いたいことがあるのかぁ?」


「あ、違うんです...それは誤解でして...あの」


「先間ぁ...」


数学の教師は肩においていた手をゆっくりと動かし、先間がいまだ震える手に握る『週刊ゲームチャンネル』を掴んだ。

そして笑顔を真顔に戻すと言った。


「これ、没収。」


「ぁぁぁ...」


先間は蚊の鳴くような声で、机に突っ伏した。


(これは我は悪くないぞ。)


彰人はその様子を眺めながら、ため息をつき、前を向いた。

先間から『週刊ゲームチャンネル』を取り上げた数学教師が、黒板に向かって歩いていくところだった。

そのとき、彰人は自分の脇腹辺りに軽い衝撃を感じた。

そちらに目を向けると、机に突っ伏したままの先間がノートの切れ端を握った手を伸ばし、脇腹に触れている。戸惑いながらも彰人がノートの切れ端を受け取ると、先間は手をひっこめた。


(なんだ?)


ショックに打ちひしがれているはずの先間が何を書いて寄越したのか気になる彰人は、折りたたまれたノートの切れ端を広げた。


”今日、帰り道にバケハン買って、僕の家で遊ぼう”


(なんと...)


彰人は驚愕し、思わず先間のほうに目を向けた。そして、見た。

顔を覆う腕の隙間から見える先間の口は、笑っていた。


(後で母上に今夜は遅くなる旨のメールを送っておこう。)


その笑顔を見た彰人は、今日の先間からは逃れられないことを悟った。

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