35 第1回アリス茶会
皆さんははちみつ、お好きですか?
作者はメープルシロップ派です。
砂糖ではなく、蜂蜜を使ったスイーツ達。
香り高く温かな紅茶。
用意されたミルクポットと角砂糖はお好みで。
かわいらしい食器が並び、甘い香りがふわりと広がっていた。
「取り乱しちゃって、ごめんなさい」
「よいよい、気にするな。……うむ、やはり美味いなぁ」
一口大に切り分けられたケーキを、一つ一つ味わうリリィ。その姿は見た目相応の子供らしいもので、かわいらしい。
ただ、やはり彼女の持つ重苦しい雰囲気が台無しにしていた。きっと見知らぬ人が遠くから見ても、ほっこりする事はないだろう。
とはいえ、その中において平然としていられる者ならば、話は別だ。
たとえば、ナインとか。
「こっちも美味しいよ。あっ、こっち、ラズベリーっぽい!」
たとえば、クロウとか。
「はわ、こっちのタルトも美味しいのです。こっちも、こっちも……」
たとえば、……シュンとか、ユウトとか?
「こちらが只今旬を迎えております、エルラシュベリーのムースケーキ。こちらが新作のチーズタルトでございます。新作であると同時に試作品でもございますゆえ、どうぞご感想を」
「今回の自信作はこっち、リンゴのショートケーキだ。まだ改良できそうだから、感想を頼む」
「「「食べる!!!」」」
テーブルに着いたナイン、クロウ、リリィに、次々とスイーツや紅茶を運んでいく2人。
息ピッタリである。
そしてリンゴの甘酸っぱい香りが口いっぱいに広がるケーキに、3人は一様に一目惚れした。
「わ、わ、シャキッてなった。クリームに混ぜ込んであるみたい。というかクリーム自体にもリンゴの風味があるよね? どうやったの?!」
「クリームそのものの甘さは控えられているが、元のリンゴが甘いからだろう。見た目にもこだわられている上に美味しいとは、芸術点が高い!」
「一口目からリンゴの美味しさが溢れるのです~。ついもっとほしくなるのです~」
女子+少年には大層ウケがよかったため、ユウトはてきぱき働きながらも口元を緩めた。目上の者に自分の作品を出すなど、緊張の至りである。それが成功したのだから当然か。
「! さっきの紅茶と味も香りも違う……このケーキに合うね」
「はい。リンゴのような甘酸っぱい果実に合うものを選びましたので」
「ありがとう、シュン!」
花が咲かんばかりの笑みを浮かべて、ナインはシュンに感謝を述べた。
この笑顔に思わず手を止めた者は多い。
中でも。
「がんばれ」
「がんば、なのです」
「応援しておるぞ」
「えっ」
分かりやすく手を止めたユウトに対し、シュン、クロウ、そして初対面であるリリィまでもが、ユウトの背中に手を置いた。
前者2人はともかく、リリィが激励を送ってきた事には驚いてしまう。
シュンとは一ヶ月以上。クロウに至ってはもう何年も一緒に過ごしているため、心情を悟られる事には、正直驚かない。自分でも分かりやすい方だとは自覚しているためだ。
しかし初対面のリリィに関しては、さすがにまだ分からないだろうと考えていたので。
「……話を戻すけど、シュンも転生者だったの?」
「ええ、まあ」
かなりあっさりと頷くと、シュンは紅茶のポットを置いた。
「ただ、ナイン様やユウト殿のいた世界出身ではない、と思われます。日本という国の事は分かりますし、ケチャップなどの調味料、スマホなどの単語も理解出来ますがね」
更に言えば、平成という年号や、坂本龍馬やナポレオンの名前まで出てくる。たしかにナイン達と同じような世界から来たのだと納得させられ、ナイン達は呆然とした。
彼の年齢は、詳しくは聞いていないものの300歳近いのである。獣人の中でも長寿な種族なので、これでもかなり若い方なのだ。
そんな彼が、スマホなど文明の利器を告げた事で、少なくとも転生者であることは明白となった。
「私達のいた世界によく似た世界から来た、って事?」
「ええ。しかしナイン様とは違う世界から来たという、何よりの証拠があります」
「?」
シュンは目を伏せて、首をかしげたナインへと跪いた。
「―― ナイン様を、知りませんでした」
ひどく悲しげな目で、ナインを見上げてくるシュン。
今にも泣きそうな顔に、ナインは戸惑いを隠せなくなった。
いつも平然とことをこなす彼が、感情を表に出す事は少ないのだ。
むしろ無いと言ってもいい。
それが、瞳を潤ませ、弱々しい態度で来られたのである。
驚かずにはいられなかった。
ナインの動作が止まってしまうのも、無理は無かった。
「……あー、それはたしかに……」
「僕は知らないですが、お姉ちゃんはテレビに引っ張りだこだったのです。赤ん坊や耳の遠いご高齢のお方でもなければ知っていたはずなのです」
「加えてナインが死んでからの10年は、毎月のようにナインの特集が組まれていてな……。今思えば少し異常だったかも」
死んでしまった人間の記憶は、時が経てば経つほど薄れていく。
芸能人でも、5年も経てば若者の記憶で塗り潰されるだろう。相当人の記憶に残った者でもなければ死んでから10年間、ずっとテレビに出るなどありえない話だった。
「じゃあ、それより後……は、無理だし、過去……も、スマホは無いよねぇ」
ナインが死んでから10年後は、世界が崩壊を迎えた時期だ。だがナインがテレビに出る前、もしくは生まれる前となると、スマホなんかは出ていない可能性もあった。
いわゆるガラケー世代だ。
「何なら最新ゲーム機の名前も出しましょうか? たしかVRとか」
「バーチャルリアリティのあれか」
うんうんと頷いて見せたのは、ユウトである。ナインも知っている装置名だったので、頷いた。
何せユウトは、ナインが死んでからの10年間も生きている。ナインの知らないゲーム機だって知っているはずなのだ。
「あれは革命的ですよ。睡眠誘導型のVRは、スティック操作による現実とのギャップが無くなりますからね。使ってはいませんけど」
「ちょっと待って何それ」
とナインが目を輝かせてユウトに問うが、ユウトも知らないようで、首を横に振った。
「……どうやら、皆さんは私より科学文明に劣る世界の出身みたいですね」
ほんの少し寂しそうな目をしつつ、シュンはティーポットの方へ意識を逸らす。
科学文明がほぼ発達していないこの世界において、VRゲームについて語れるひとはいなかったのだ。それが今、僅かに語り合える希望が見えたので、内心ワクワクしてしまったのである。
実を言えば、シュンはゲーマーだった。あらゆるゲームに手をつけていたため、魔法の発展したこの世界に来た当時はテンションが上がったものだ。
しかし1つ問題があった。
話の合う仲間ができなかった事である。
とはいえ、ゲーム関連の話が出来る者は今来たので、いずれ話くらいは合うようになるだろう。
「とりあえず、どちらも魔法文明が未発達な世界の出身なのだな。ふふ、あやつと同じか」
「あやつ、って、もしかして私達よりも前に、転生者が来たこと、あるの?」
「あるぞ。それも、何度もな。まぁ、我が最初に出会った転生者は、思い切り我の関係者となった。まぁ、年齢は離れていたから、親代わりとでも言うべきか」
一瞬だけ遠い目をしたリリィは、ハッとなって目を伏せる。
「我の話はよい。それより、交渉といこうではないか」
「……交渉とは」
リリィの瞳が、本物の炎のように煌いた。
「ケチャップの原材料、トマトの主な生産地は、何と、我の国なのだ」
「え、本当?!」
「うむ! しかし時間が経つにつれ、ケチャップの製造法が失われてしまってな。ほとほと困っておったのだよ。しかし、そなたらはあやつと同じ日本出身というではないか。我にケチャップの製造法を売ってくれないか?」
余裕たっぷりに、リリィは言い切った。それから、元々良い姿勢を正し、妖艶な笑みを浮かべる。
もちろん、情報に見合う対価は払われる。それを提示しようとして、リリィは口を開こうとしたが……声は、出て行かなかった。
「だが断る!」
「何故だ?!」
何故なら、ナインちゃんが腹に力を込めた大声で、叫んだからである。
「今お金に困っていないとはいえ、物の生産方法を気軽に渡すのは時期尚早ってものだよ。この世界の人の舌に合うなら、これから売り出せば相当な儲けが出るだろうし」
「消費量が激しいからな。使用法さえ分かれば、使い勝手がいいから」
「栄養たっぷり、身体に良いのです。何より、子供達に大人気なのです。お母さん大助かりなのですー」
ケチャップは、原材料の大部分が食物繊維の塊である。よほどトマトが嫌いでもない限り、小さな子供からご老体まで幅広い世代に愛される味なのだ。
地球において日本人はもちろん、世界中で扱われていた事が、万人に愛される証拠である。
「製造法を売らない代わりに、リリィの国には格安で売る。トマトの産出量とか質で値段は左右されるだろうけど、ほぼ原価のまま。どうかな?」
「……ふふ、悪くは無い提案だ。それでいこう。ああ、手続きはまた今度だ。そろそろ世界会議があるだろう。その時決めようか」
何気に重要そうな事を僅か数分で決定し、リリィは一口で食べられるチョコのスイーツを手に取った。
それはしっとりと焼き上げられたチーズタルト。一口サイズに切り分けられたそれは、キューブ型になっている。
リリィは食べる前から満足そうな笑みを浮かべ、口に放り込んだ。
チーズの風味と独特な酸味が、口の中へと広がる。
「ああ、懐かしい」
うっとりと頬を緩ませた彼女は、目線は下に。視線を遠い過去へと移していた。
彼女の呟きを聞いた者は、疑問符を浮かべながらも尋ねられない。表情こそ笑顔だが、万が一聞かれたくない過去だったとしたら、と留まってしまうのだ。
ナイン達は大人の対応として、尋ねなかった。
しかし、クロウだけはそわそわと落ち着かず、リリィをじぃっと見つめてしまう。
彼の視線に気付いたリリィは、とても優しげな笑みを浮かべたのだった。




