32 打ち上げテンション
「こういう人、いるかもな」くらいのニュアンス。
オムライス。
ふんわりとした黄色い膜に、酸味と甘みが渾然一体となった赤いライスが包まれた料理。
焼く時に引かれたバターの香り。
焦げ目も破れも何1つ無い、美しい卵。
そこにかけられたケチャップとパセリが彩りを豊かにし、また香りも破壊力を倍増させている。
龍祭りで人が集まったが故に手に入ったトマトを使い、僅かに試験的な栽培が始まったスパイスやハーブを使い、この日のためにと用意されていた最高級の卵や牛乳やクリームを使い。
チキンライスも、今出来る最高の出来栄えである。
ユウトの今出せる最高の料理。
オムライス。
「……ごくり」
ほわほわと白い湯気が立ち上るそれを、ナインは目で追う。
目の前に出されたそれは、とてもとても久しぶりに食べる、ナインの大好物であった。
異世界、それも森の中に転生した時は、もう食べる事は出来ないかもと考えていた、オムライス。それが今、目の前にコトリ、と置かれた。
ケチャップからは、最早懐かしいとさえ思える魅惑の香りが放たれる。
嗅ぐだけで、胸の辺りが締め付けられるような心地だ。
いざ。
ナインはスプーンに手を……。
かけない。
「……今宵は、龍祭りが無事に終わった事を、お客様、及びスタッフ全員でお祝いします。料理は深夜なので控えめに取ってくださいね?」
ナインはマイクを使って、打ち上げ会場全体へ向けて話しかけていた。
場所は城のホール。一応ダンスパーティ用として、かなり広い円柱状の作られているのだ。そこに、関係者全員を集めて打ち上げを行っている。
ナインとその護衛達は、ホールの2階席に用意されたテーブルについていた。
ちなみに、街の警備をおろそかには出来ないので、警備員は交代制だ。通常時より早めのロー手を組んでもらっているため、全員が楽しめるだろう。
ちなみに、シュン自ら訓練している一部の警備員は、昼から夜通し警備し続けたままである。
かわいそうじゃないかって?
一応ナイン親衛隊なので、きっと、多分、おそらく大丈夫でしょう。
「ただ、料理人が張り切って余分に作ってあるの。本当、程々にしないと明日が辛いから、やめてね?」
「ナインの経験談だから、言う事聞けよー」
「それを言わないでユウト?!」
初めはちょっと真面目だったナインだが、ユウトが頷きながら吐いた発現で、場が騒然とする。
主に、笑いの渦が生み出された。
「あー、もー。オムライスを我慢して真面目にやろうとしたのに! もういい! いただきます! みんなも勝手に食べて飲んで踊って寝れば良いわ!」
頬を風船みたく膨らませたナインが叫ぶと、図ったかのようにその場にいたほとんどの者が乾杯を交わした。一部の、この国の住人ではない者達は、苦笑を浮かべている。
気を取り直して、ナインは銀色のスプーンを手に取った。
そして、スプーンを柔らかな丘に差込み、掬う。
少し厚めの卵、赤く色付いたライス、少量のケチャップ、少しのパセリ。
久々に見る美しい層にうっとりしながら、一口、含む。
……。
…………。
………………っ!
「―― おぃ、しぃい……っ!」
満面の笑みから放たれた、ために溜めた言葉。
歓喜と感動に震える声が、オムライスを口にしていない者達の喉を鳴らす。
「美味しいのですー。美味しいのですよー!」
「……ふまひ」
「我ながら良い出来だな。ただ、ケチャップはやっぱり、手作りだと味が違うな。今度機会があれば研究してみるか」
「「「お願いしますユウト様」」」
深々と下げられた3人分の頭に、ユウトは目を丸くしながらも、苦笑を浮かべた。
さて、そんなオムライスの感動に浸っている4人は置いといて。
そこから少し離れた、別の2階席。ナイン達のいるテーブルと、程近い位置に、別の4人がいた。
オウレンディアス、ジャック、シリル。そして、もう1人。
「美味い! オムライスといったか? 美味しいじゃないか。何で、祭りで出されなかったのかな」
「ちょっと王様。この赤いトマトのソースが作れなかったらって、ナイン様が言っていたじゃないか。上のソースはもちろん、ライスが色付くくらいふんだんに使っているじゃないですか」
「ふむ、ケチャップなる調味料がなければ、出せぬ味なのだな」
男三人は、ユウトがかけた情けで、ちょっとだけ小さめのオムライスを食べていた。
ちなみにオウレンディアスとシリル、そしてもう1人のオムライスは、大きさはナイン達の物より小さいものの、味や卵の厚みなどは同じである。
一方、ジャックのオムライスは、見た目は綺麗でも卵の厚みやライスの量がやや、ごまかされていた。
まぁ、見た目そんな変わらないので、気付くかどうかは運次第である。
「それにしても、まさか君がこっちに来るとはね。僕と違って、お祭り好きってわけじゃないだろ?」
ジャックが話しかけた先には、大人用のイスに深く腰掛け、足をブラブラと揺らす少女。彼女は黒いフード付きのポンチョを羽織っており、顔の一部がフードに隠れている。
かろうじて、黒に真紅のメッシュが入った髪が、フードの隙間から覗いていた。
「いいや? そうでもない。祭りは好ましいと思っておる。しかしお主と違い、仕事が忙しくてあまり外を出歩けぬだけだ。ここらで一度、部下に丸投げでもしてみようか……」
「失礼ながら。陛下、それだけはおやめになってください。陛下の仕事を4分の1でも渡されれば、すぐに限界が来てしまいます」
「ふむ? ふふ、かの賢王オウレンディアスの右腕がそう言うのであれば、考え直そうか」
ポンチョの下は、フリルが少ないドレスがある。神と同じで黒と紅の混じった、足首丈のドレスだ。
身長そのものが低い彼女は、ナインよりは背が高い、というくらいである。
しかしその身長であっても、知性を感じさせる言動と覇気は隠しきれない。それなりに長く生きるゼバンも、やや気圧されていた。
彼女は……この席にいる者達の誰よりも。
いや、少なくとも、現在のルナ・ノアで最も高年齢の御仁だ。
彼女はオムライスを一口、また一口と食べ進め、唇に付いたケチャップを舐め取った。
すると、幼さに見合わない妖艶な笑みを浮かべる。
「なるほど、なるほどだ」
「? 何がなるほどなのさ、女王」
「ふむ。お主は一度、仕置きが必要だと痛感した。それだけの事よ」
「えー?! 僕、何もしてな」
「「問答無用」」
女王。層呼ばれた少女は、一瞬で隣にいたジャックの首を真正面から掴み上げた。
イスの向きが、ジャックの隣にいたシリルがいる方向とは逆向きになっている。
少女の腕は白く、筋肉とは縁が無さそうな細さなのだが、彼女は軽々とジャックを持ち上げてみせた。それに加えて、今にもスキップしそうな軽やかさで席を離れていく。
「あ、女王陛下ぁ。地下、空いているらしいですよー」
「うむ。やはりそなたは頼りになるな、シリル。ほれ行くぞ、ジャック」
「人によって呼び方変えないでよー! 何で僕があまり親しくない人向けの呼び方なのさー! 僕、一応は女王の次に年寄りだよー?!」
「……ほぅ。女に対して年齢の話を持ち出すとはな。よほど仕置きを重くしたいと見える」
「そうですね。やっちゃってください」
「シリルの裏切り者ぉー?!」
シリルはニヤニヤと笑っている。
そもそも数分前に知り合ったばかりの人にさえ、王様を売る人物だ。明らかに目上の人物を止めるはずがなかった。
むしろ、自分の王様を売る気満々である。
「っていうか、あれ? そもそも女王って男勝りだし、女っぽさって見た目だけじゃ」
「一度殺そうか。お主、確か傍に例のかぼちゃがあれば、何度でも蘇生出来たはずだな」
「えっ、ちょっ、待って。あのかぼちゃって、たしか超レアアイテムで、100年に一度手に入るか入らないかの……」
「問題無い。ちょうど100個ほど余っているからな」
「……やだぁー!」
ジャックがじたばた暴れるも、少女の手はジャックから離れない。
少女とジャックは、近くの階段を下りて行った……。
一方。
「ゼバン。今日も平和であるな」
「そうですね。陛下」
出された紅茶を味わいながら、オウレンディアスはまったりしていた。
彼の右隣と向かいに座っていた者達は、今しがた消えてしまったが。彼等の日常を見慣れてしまったオウレンディアスは、別段気にはしていなかった。
「あ、下にお菓子があるそうですが、いかがなさいますか?」
「おお、ここのお菓子は美味いからな。砂糖まみれの菓子とは一線を画すのだ。ゼバンもこの機に食べておけ。昔、砂糖まみれのあれで」
「食事中にその話をするのはどうかと」
「……そうであったな」
自身が小さい頃に起きたとある事件を思い出しながら、オウレンディアスとゼバンは、まったり過ごす。近くにいるシリルも、とても静かにしていた。
下ではナイン監修のクラシック音楽が鳴り響いている。歌える者は歌い、踊れる者が踊っていた。
「ああ、お菓子であったな。持ってきてくれ。数種類あるのなら、一度全て持ってきて、食べ比べをしようではないか。多少下品だろうが、楽しそうであろう?」
くっくっと笑って、オウレンディアスはゼバンを下に向かわせる。
「あ。僕等が来たから、パンプキンパイも作ったらしいよ。材料をあげたら、すぐ作ってくれることになってしまいまして」
「ほう! それは楽しみであるな」
シリルが新たに熱い紅茶を淹れた後、彼等は歓談を再開した。
用意されたお菓子が、意外と多い事に絶望するまで、あと10分ほど。
書きながら思った事。
お菓子好きが絶望するほどの多いお菓子の図が、あまり思い浮かばない。




