006話 守秘義務
ラミットは難しい顔でまだ意識のある女の冒険者から話を聞いていた。先程倒れた男の冒険者はギルドの医務室へと運ばれている。
「ふむ…してその暴走竜の属性はなんなんじゃ?」
「はい…恐らく【風】…そこから派生した【雷竜】かと思われます。場所はコウラス平野の南、私たちはサンドワームの討伐依頼でそこを訪れていました。」
「【雷竜】が【暴走竜】となったか…これはマズイの。急ぎ緊急会議を行う!アロン!斥候の緊急依頼の手配、そして領主への報告を至急行うのじゃ!」
「わかりました!」
そうラミットから言われたアロン嬢を始め、各受付嬢は取り急ぎ作業に取り掛かった。そんな様子を遠くから見ていたサトキはミランダに詳細を聞く。
「なぁミランダ、【暴走竜】ってなんだ?」
「あ〜、【暴走竜】ってのはですねぇ、言ってみれば縄張りを外れたはぐれ竜の事っす。基本竜とかの魔獣は自身の縄張りから出てこないんすよ。と言ってもその縄張りはかなりの範囲を占めてるんで出てくる必要もないんすけど、その縄張りから何らかの理由で外れた竜ってのは、見境なく暴れまわるんす。縄張り意識がかなり強い竜種は、こちらから手を出さない限り基本無干渉なんすけどねぇ。」
「へぇ、でも確かコウラス平野ってこの近くだよな?ヤバくないか?」
コウラス平野というのは地理上、ここから南に早馬で一日弱といった距離で決して遠くはない。
「竜の歩行速度を考えると、こちらに来ようと思えば半日くらいっすかねぇ。」
「歩行速度?飛んでこないのか?」
「…あぁ、そこからっすか。多分サトキっちの言ってるのは【龍種】のことっす。知能があり飛行も可能で、こちらは魔獣ではなく聖獣ですね。で、【暴走竜】ってのは所謂飛ぶことのできない竜の事で【竜種】と言うっす。」
「成る程。」
そんなのほほんとした講座が開かれている間にもギルド内の喧騒は一段と増してゆく。
「B +以上の冒険者は今この街に何人居る⁉︎」
「確かA -のパーティーが1組とB±の冒険者が数名いたはずだ!あとは遠征任務に出てる!」
「くっ!それじゃ少な過ぎる!」
「近隣の街に応援依頼は出せないのか!」
「無理だ!どちらにせよ距離的に間に合わない!」
ベテランと思しき冒険者達の怒号が飛び交う。どうやら現在この街にいる戦力では【暴走竜】には敵わないらしく、その対策を話し合っているようだ。受付嬢達も慌ただしく動いており、平常時のギルド内とは打って変わって別の種類の喧騒だった。
「大変っすね〜、私も受付嬢だった時に一度、火の暴走竜が出たことがあったっすけど、その時もこんな感じだったっす。」
「ミランダは手伝わなくていいのかよ。」
「受付嬢に関しては解雇された身っすからね。そこら辺はアロンさん達が頑張ってくれるっす。」
ミランダは立場上、サトキの補佐という形で出向扱いになっている。所属はギルド【破槌】の職員枠であるものの、今回の件では深くは関わらないらしい。
「静まるのじゃ!皆の者、よく聞けい!」
そんな折、緊急会議とやらを終えたラミットが階段の中腹から此方を見下ろしていた。その顔に笑顔はなく険しさだけが垣間見える。
「議論を重ねた結果、今回は防衛戦となる可能性が高い!何より今この街にいる上級以上の冒険者が少な過ぎることが原因じゃ!そこで万が一【暴走竜】がこの街に来ることを予想して、他の街にも応援要請を出した!万が一の場合はそれまで耐えきる事が重要となる!そこでじゃ…サトキ!」
「ん?…俺?」
「サトキにはこの街の防衛の要となってもらう!正確には要の一つじゃな!」
「は⁉︎聞いてないぞそんなこと!」
「当たり前じゃ、今言ったからの。」
そんなラミットの言葉に、周りにいた冒険者達は騒めく。サトキはギルド内では(悪い意味で)有名だ。だがサトキは先日登録したばかりの新人である。当然…
「ギルド長!何を考えてるんですか!」
「そうですよ!こんな少じ…じゃなかった、新人の少年に防衛の要だなんて!」
「おい、今少女と言いかけた奴、どこだ?」
「そもそも聞けばこの子は基本魔法が壊滅的らしいじゃないですか!」
「そんな子に何をさせるんですか!」
「おい、そんな事いいからさっき言った奴…」
「こんな少じ…少女に何が出来るわけがない!!」
「よしわかった!今確実に少女と言った奴表に出ろやぁぁぁ!!!!!」
「どうどう、サトキっち落ち着くっす。ギルド長、詳しい説明を宜しくっすよ。これじゃサトキが暴走するっすからね。」
今にも飛び出しそうなサトキをミランダが背後から羽交い締めにした。サトキの身体能力は見た目相当しかない為簡単に止められるが、暴走して特異魔法まで使われれば流石にミランダは止められる自信はなかった。
「ふむ、それもそうじゃのぉ。皆もよく聞け、サトキは確かに基本魔法は壊滅的じゃがな、こ奴には特異魔法がある。その種別は【結界】、ここまで言えば分かるじゃろうがサトキには【守護】とともにこの街を守る障壁を張ってもらうのじゃ。」
「…おいギルド長。守秘義務はどこ行った。」
あっけらかんとマナー違反を犯すラミットに、サトキはミランダから羽交い締めにされたままジト目で訴えた。人の魔法を無闇に詮索するのはマナー違反…言い触らすのは尚更だ。
「なに、事今に至っては有事じゃ。それなりの対価は与えよう…頼む、サトキ。」
「……。はぁ、何をすればいいんだ?【守護】とやらが街を守ってるなら俺の出る幕はあまり無さそうなんだが。」
ラミットの突然のしおらしい頼みに虚を突かれる。それほど【暴走竜】という存在がやばいという事なのだ。そこまで言われればサトキとて折れるしかない。またラミットもサトキを防御系の魔法があるからといって防衛に参加させるわけでわなかった。例えば普通の少年がサトキと同じ【結界】の特異魔法を持っていた場合なら、ラミットは待機を命じただろう。
そうしない理由、それはサトキの異世界人としての境遇、そしてある人物からの情報が確かならば、サトキの能力は新人のそれに収まるものではないと確信しているからだ。
ラミット自身もA+の実力者。そんなラミットも含めて街の上位者が総出で掛かれば暴走竜を討伐出来る可能性はある。しかしそれは可能性であって確実ではないのだ。討伐出来ずに負ける可能性もあり、そんな事が現実になればこの街は壊滅的な被害が出るだろう。
竜種の討伐適正ランクはB+以上のパーティーが推奨されている。しかしそれが【暴走竜】だった場合、A -以上の複数パーティーが厳守となるほど難易度が跳ね上がるのだ。それならば応援を待ち、防衛に努める方がまだ生き残れる可能性が高い。その為にはどうしてもサトキの特異魔法が必要だ。
「斥候から【暴走竜】がハランスへ向って来ているとの報告が入っておる。そこで上位ランクの者は波状的に攻撃を加え、ハランスへ到達する速度を少しだけでも鈍らせる。そして【守護】と【結界】の魔法でこの街への侵入を応援が来るまでなんとしても防いでもらいたいのじゃ。【守護】の魔法は広域を守る事に秀でておるがいかんせん強度に難がある。対してサトキの【結界】は恐らくじゃが局所的な守りに秀でておると睨んでおる、違うかの?」
その通りだった。【薄刃刀】の様に多彩かつ多様な汎用性がある様に見える【結界】だが、実はサトキの視界範囲内でしかその効力を発揮できない。逆に視界範囲内であれば奥行きは自由に【結界】を発現できるが、横行きには限度があるのだ。その為ラミットの言う様に局所的な守りに秀でた魔法なのである。
「現在このハランスは【暴走竜】という脅威に晒されておる。ベテランだとか新人だとか些細な事で測れる段階ではないのじゃ。使える者は使う…皆、よいな?」
そこまで言われれば他の冒険者達は何も言えなくなっていた。確かにその通りなのだから。
「ふぅ、話は纏まったみたいっすね〜。じゃあ私はこれで〜……」
サトキに暴れる兆候が消えた為、拘束を解き急ぎ早その場を立ち去ろうとするミランダ。が、階段から華麗に跳躍しミランダの目の前に着地したラミットはニッコリとこう言った。
「これこれどこに行く、お主には大事な仕事があるじゃろうて“【守護】ミランダ・トールズ”や?」
「ギルド長…守秘義務はどこ行ったっすかぁ〜。」
「ほっほっほ、何度も言うておろう、有事じゃよ。」
※ ※ ※
ハランス領主。ノワール・フォン・アザノールは頭を抱えていた。その手には一通の緊急報告書…ギルド【破槌】のラミットからだ。
「【暴走竜】…か。」
「はい。先行した斥候からは、この街に向け着実に向かっているとの報告が。誠に勝手ながら、私の独断で進路上にある全村に対して避難命令を出させていただきました。」
「構わん、当然の処置だ。して、ギルドは何と申しておるのだ。」
「討伐隊を組むには人手が足らず、応援が来るまで街の防衛に専念する…との事でした。丁度今の時期は王令依頼である遠征討伐の時期ですので、最悪のタイミングでございます。」
「そうか…街の者達を避難シェルターへ、それでも溢れる者達はこの館と教会へ集めよ。【守護】の緊急非常障壁を発動させる。」
「畏まりました。」
天災ともいえる【暴走竜】の出現。ノワール・フォン・アザノールはただ一人、天を見上げていた。
※ ※ ※
Gyaaaaaaaaaooooooo!!!!!!!!!!!
大地を揺るがす咆哮。
安全に安全を重ね、消臭の魔道具を使い、数キロ先まで見渡せる望遠鏡まで使った【暴走竜】の観察任務。更にそれを担うのはこの道何十年も研鑽を積んだベテランの盗賊の男。
しかしそれでも、それでもなお恐怖に怯えずには居られない。
「………。」
息を殺し、気配を消している。万全を期したこの状況で見つかるわけはない。自分は逐一【暴走竜】の動きを連絡の魔道具を使い伝えるだけの任務だ…
そう自分に何度も言い聞かせている。しかし望遠鏡を持つ手の震えが止まることはない。
それほどの存在感、威圧感が【暴走竜】から溢れ出していた。
【暴走竜】
縄張りを出てしまった竜の俗称。たが、なぜ縄張りを出たからと行ってああも凶暴化するのかは解明されていない。基本的に竜という魔獣を討伐する際はパーティーで挑むことが推奨される。それも高ランクのパーティーが複数でだ。
そんな竜が凶暴化した状態で街へと今もなお進み続けている。そんな悪夢の元凶が望遠鏡越しに見える【雷竜】…そんな眼がピタリと男と合わさった。
「ッ⁉︎…馬鹿な⁉︎」
「…ギルド長、斥候の…キーンさん以下数名との連絡が途絶えました。」
「…そうか。」
斥候から送られて来る30分毎の定時連絡が途絶えた。即ち、何らかの理由でそれが出来なくなったという事。ラミットは一言そう言うと目を閉じ、次の言葉を紡ぐ。
「サトキ、ミランダよ。準備は良いかの?」
「なし崩し的にこうなったけど、本当にいいのか?」
「サトキっち、仕方ないっすよ。これが私たちの役割で、外にいる冒険者がその役割を担う…どちらにせよここで防がなければ共倒れっす。」
作戦の概要をラミットから聞かされた時、サトキは眉を顰めた。作戦はこうだ。
「まずミランダは現在街全体に張っている魔獣感知、対魔法、対物理、対魔力障壁を解除。その後、選抜パーティーが街の外へ出たら【守護】魔法により全力で【隔離障壁】を発動してほしいのじゃ。」
「…ギルド長、いいんすね?」
「…うむ、頼むぞ。そしてサトキには街内部、正確には障壁を隔てた内側より、万が一に最接近してくる【暴走竜】を【結界】魔法により阻害、若しくは防御を担当してもらいたい。」
「…了解だ。」
ラミットの説明、それは街の人の安全を守る為に立案された作戦だ。しかし、その中に選抜パーティーの冒険者は含まれていない。ラミットもギルドのトップであり、上位冒険者だ。出来ることならば先陣を切って選抜パーティーと同行したかった。だがその立場上それは許されない。最終防衛ラインを守り切る役目があるからだ。
「っ⁉︎」
「くっ!」
「うぉ⁉︎」
突然の地鳴り、それと同時に地上から空へと向けて伸びる一筋の稲妻。どうやら選抜パーティーと【暴走竜】が衝突したようだ。時には空気を揺るがす咆哮が、走る稲妻が、響く地鳴りが、刻一刻と【暴走竜】の接近を知らせる。
「俺の結界魔法がどこまで持つかは分からないからな。ミランダの【守護】に期待するよ…というか、お前、街の防衛を司る役職持ちだからあんな怠惰的な勤務態度でも良かったんだな。それはそれで問題だとは思うが。」
「元々自由気ままな冒険者稼業で好きに生きてたんすけどねぇ。色んな偶然と不運でギルド長と領主様に捕まっちゃったんすよぉ。んで、一応受付嬢として働きつつ街全体に障壁を張る仕事をやってたんす。」
「ミランダも大概不運体質じゃが、サトキも最初の魔獣が【暴走竜】とはお主も大概じゃな。」
サトキは冒険者として活動を始めたのはここ数日。受けた依頼は採取系や動物討伐系のみ。最初の魔獣に関わる依頼が、緊急防衛依頼とは不運としか言いようがない。
「まぁ俺の魔法がそういう方面向けだからな。乗りかかった船ならそのまま乗せてもらうさ。」
「こちらとしては有難いがの、ほれ…来たぞい。」
Gyaaaaaaaaaooooooo!!!!!!!!
生い茂る木々を薙ぎ倒しながら件の【暴走竜】が姿を現した。全長20メートルの四足歩行の大蜥蜴…とラミットから冗談めかして説明されていたが、実際に見るとその威圧感は計り知れないものだ。黄色掛かったゴツゴツした肌に雷竜の所以とされる電気を帯電させながらミランダの張った障壁に体当たりする【暴走竜】。
「っ⁉︎」
【暴走竜】の体当たり。それだけでミランダの張った【隔離障壁】にヒビが入った。ラミットは以前、【守護】の障壁で防げる魔獣はBランクそこそこ…と話していた。しかしそれは街の防衛用に張った何種類もから成る多重障壁の話。今回ミランダが街を覆うように展開している障壁は純粋な物理衝撃に特化した【隔離障壁】で、ミランダが出せる最高出力のものだ。それがたった一度の体当たりでヒビが入る…その事実にミランダは息を飲んだ。
Gyaaaaaaaaaooooo!!!!!
目の前の障壁が煩わしかったのか、【暴走竜】はその前足を振り上げ障壁を破壊しようと振り下ろす。
「させるか!」
サトキはその前足が頂点に達した瞬間に、前足の目の前に【ボックス】を展開。その動きを阻害しようとした。しかし【ボックス】は何でもないかのように容易く破砕され、そのまま前足は障壁へと向かう。
「むんっ!」
ラミットがその前足に向けて【落下魔法】を発動。前足は不自然軌道で地面へと叩きつけられ、地鳴りを起こす。
Gyaa⁉︎
意図と反した自身の行動に若干の戸惑いを浮かべる【暴走竜】だが、それならばと前方へ向け大きく息を吸い込んだ。
「⁉︎ブレスか!ミランダ【隔離障壁】多重展開じゃ!サトキ!何でも良いから前に障壁を!」
「っ!無茶言ってくれるっすね!」
「こなクソっ!」
Gaaaaaaaa!!!
大きく溜め込み放たれた咆哮とともに雷が乗った極太の光線が迫る。ラミットはその軌道を少しでも逸らそうと【落下魔法】を、ミランダは【守護魔法】、サトキは【結界魔法】で作った特大の【ボックス】を前方へ配置した…と同時に接触。
「うおっ⁉︎」
「くっ!」
「なっ⁉︎」
轟音、閃光、爆風、そのどれもサトキたちに届く事はなかった。が…特異魔法保持者3人がかりで漸くブレスを防いだばかりか、その正面の【隔離障壁】には大きな穴が空いていた。
そう、それは丁度竜が1匹通れるくらいの、それはそれは特大の穴だ…
GURRRRRRRRRRRRR…
災厄とも言える【暴走竜】が3人をその眼に映しながら。