005話 魔法開発
「おいミランダ…何してるんだ?」
「え〜、サトキっち分かんないんですかぁ〜?ダラけてるですよ〜。」
「見りゃわかるわ!少しは手伝えって意味だよ!!」
ところ代わり、サトキはハランスの民営図書館へと足を運んでいた。サトキは根本的に知識が足りない為こうして山積みの本を読んでいたのだが、ミランダは先程から机に突っ伏すばかりで何の役にもたってなかった。ラミットから託され(押し付けられ)たのだから少しくらい協力してくれても良いはずであるが。
「…獣心国との和平条約前にあった最後の戦争の名は?」
「【第三次人獣侵略戦争】っすね〜。因みに第二次はその150年前っす。」
「くっ…ギルド設立法の欠格事由は…」
「禁固刑以上の犯罪者及びそれから10年以上経たない者、経済破綻者ただし復権ののち5年経った者は可能、設立しようとする国家においての国家反逆罪…反逆罪の場合はその国での設立は永久的に不可能っす〜…ぐぅ…」
たがこのミランダ、実はお勉強ができる子だった。サトキが適当に問題を出すが悉く簡単に答えてしまうのだ。元々ミランダは受付嬢である。一定水準の教養があるのは当たり前。
因みにミランダにはサトキは辺境の地で暮らしていた為、学院にも通っておらず情勢に疎い…と説明してある。ラミットは「無闇矢鱈と言いふらす気はない」との事だった。
「サトキっちって本当に何も知らないんっすね〜。どんだけ辺境に住んでたんす?」
「クソ田舎だよ、というかお前真面目に仕事さえすればかなり優秀だろ。」
そうなれば実質クビの様な形でサトキの下に就くこともなかっただろう。だがサトキとしては性格はさて置き、この上ない人材と言える。
「何いってんすか、働くという事は惰眠を享受できる時間が減るって事っすよ?」
「お前が何いってんだ…」
「惰性は必要悪っす。」
「…もういい、何も言わん。」
掴み所がないと言うよりも、本気で地を行くミランダにサトキの気力はゴリゴリと削られていった。この民営図書館に来た理由は主に2つ。1つはこの世界の知識補填、ギルド設立を目指す以上最低限の教養は必要と考えたからだ。
2つ目は特異魔法のアイディアを見つけるためだ。【結界】の…というよりは、その根源となるサトキの魔力値の規格外さはラミットから散々聞かされた。しかし、今の所サトキの扱える種類は【ボックス】ただ一つ。特に防御面に特化しているこの魔法においては、その攻撃手段の確立が急務であった。
「と言っても、早々特異魔法に関する記述なんてないよなぁ。」
「当たり前っすよ〜、特異魔法は一子相伝や門外不出なんですから〜。おまけにその発現率は極めて低いからこんな民営の図書館で調べる内容じゃないっすね。」
それこそ国立図書館の制限区域レベルで調べないと…とミランダは相変わらず怠そうに言う。何もサトキも一般公開される図書区域の本に、特異魔法について書かれているとは思っていない。
特異魔法はイメージと魔力、それにアイディアによって生まれる、謂わば【自由魔法】と言っていい。固定観念に囚われない代わりに、その難易度は基本魔法と桁違いに高いが、習得してしまえば何よりも役に立つ。
「サトキっちの特異魔法は防御方面って聞いてるっすけど、それなら攻撃に関しては基本魔法じゃ駄目なんすか?むしろそれが定石と思うっすけど。」
「…それが出来たらどんなに良かったか。」
サトキの基本魔法はオール1。それは最早戦闘に耐えうるレベルではない。まだ下手くそな剣や槍を振り回した方が勝算があるだろう。
「それなら鍛えればじゃないですか〜。1から2なんてあっという間ですよ?」
そう、基本魔法は1から2への適正値上昇はそれほど難しい事ではない…だがそれは、成長の余地があれば…の話である。どうやらラミットは成長上限のことまではミランダに伝えていないようだ。
そんな事情もあってサトキは現状、攻撃手段を特異魔法で確立させる必要がある。これがもし攻撃に転用できるスキルや、それこそ1属性でも基本魔法の適正値が3などであれば話は変わってきただろうが、無い物ねだりしても仕方がないのだ。
「実際のところサトキっちの特異魔法ってどんな魔法でどんなプロセスを辿ってるんすか?そこから紐とかないと糸口も見えないっすよ?」
「…事実正論だがミランダに言われると釈然としないのはなぜだ?」
「うわぁひどいっすねぇ〜」
言われた本人は何処吹く風で気にしていないが、確かに…とサトキは思う。目の前の何もない空間に一つ、5×5の立方体のボックスを出現させてみる。それは押したり引いたりしても動くことなく、上に本を乗せても結果は同じ。この事により【ボックス】という魔法は必ず相対位置が固定された状態でしか運用できない。
「うーん…座標位置とか3次元演算、立体整形とかは自動というよりはイメージ次第、範囲と強度は任意…まぁ明らかに防御特化の魔法だよなぁ。」
使い方によっては、【ボックス】に閉じ込めたあとに酸素供給を遮断すれば窒息死させる事ができるが、些かスマートさに欠ける。試しに空中に剣を模した結界を作ってみるが、その剣はピクリとも動かす事ができない。【ボックス】という魔法は全ての相対位置をその場に固定してしまうようだ。
物は試しにと、相対位置を固定しないイメージで【ボックス】を発動してみるが結果は同じ。つまり【ボックス】=相対位置の固定というルールの下、この魔法は完成してしまっているようだ。
「はぁ…仕方ない。相対位置の固定は手引き書にも書いてあったしな。さて、粗方の目ぼしい本は読んでしまったし外に出るとするか…ん?おいミランダ…」
パタンと読んでいた本を閉じサトキは椅子から立ち上がる。しかし、ミランダが一向に立ち上がらない事を訝しんだサトキは、ミランダに声をかけるが一向に返答はない。何事かとミランダの顔を覗き込むと…
「…こいつ、寝てやがる。ミランダ!」
イビキこそしていないが、完璧に爆睡しているミランダに、サトキは持っていた本の角で頭部を強打した。鈍い音と共にあまりの痛みで飛び上がるミランダ。
「いたい⁉︎」
「とっとと行くぞ!明日からはランク上げを急ピッチでやんなきゃなんないんだから。」
「たんこぶ出来てないっすかぁ?…って、私関係ないですよぉ〜。私ランクC +っすからねぇ〜。」
頭も良く、冒険者としての地位もそこそこにあり、受付嬢をするだけあって容姿も良いミランダ。本当にこの惰性さえ無ければ引く手数多だろうに…とサトキは思う。
「つべこべ言うな…ラミットから給与は貰ってるんだろうが。俺の一言でお前本当に無職になるんだぞ?」
「それで惰眠が享受できるならそれはそれで…」
「いいから来いっ!」
「うへぇ〜…」
ラミットの計らいで、ミランダはサトキの所へ出向という形にしてある。その為、ミランダの給与や諸経費に関してはギルド【破槌】から出ているのだ。
惰性のみを追求すればそれはミランダ自身の破滅へと繋がる。そんな事情もあり、ミランダは渋々といった様子でサトキの後を追いかけるのだった。
※ ※ ※
「おい、調整体はどうだ?」
「はっ!三体とも調律は済んでおり、誤差も範囲内に収まっております。ただ培養液の外での活動時間は当初よりはマシになりましたが…」
「…なに、構わんさ。目的を達成できれば後は朽ちようが果てようが問題ない。」
辛辣な言を述べる白髪の男。それに従うような姿勢を見せている部下風の男の2人は、薄暗い部屋の中で話し合っていた。
様々な魔導機器がコードによって介され、男たちの見つめる三つの人間大の容器のようなものに集約されていた。青い、毒々しい色合いの水の中に浮かぶ三体の人影…15〜18ほどの年齢だろう少女達。一糸纏わぬその姿は神秘的なほどに美しい姿をしていた。
「それにしてもよく上が許可しましたね。三体とは言え馬鹿にならない金額が動くはず、しかも完全調整体とは…」
「それだけ上も焦っているのだろう。私としては研究結果さえ採れればどうでも良いのだがな。」
男達が少女達に向けるその視線は卑猥なものでも、物欲的なものでもない。ただ研究資料を見るように、物としての色を大いに孕んでいた。
「では、起動は指示された日程でよろしいのですね?」
「あぁ、それで頼む。」
「かしこまりました…最終調整を急ぎます。」
波乱の種がいま、密かに水面下に撒かれた。
※ ※ ※
「そっちに行ったぞミランダ!」
「えぇ〜、突進猪くらい一人で仕留めてくださいよ〜。」
「それができれば苦労せんわ!」
ところ変わり、サトキとミランダはハランスから一キロ程離れた草原で、ギルドで受注した討伐依頼【突進猪の討伐】というものをやっていた。推奨ランクはF、つまり最低ランクの仕事である。サトキの追っている突進猪も魔獣ではなく、所謂只のイノシシであるし、討伐目的も【近隣の畑が荒らされて困っています。突進猪の間引きをお願いします。】というもの。
だがいままで狩猟などやったことが無いサトキにとっては、突進猪を討伐するだけでも一苦労だった。
「あくまでサトキっちが討伐しないと意味ないんすよ〜?」
とメンドくさそうにしながらも、ミランダはファイアーボールの様な火の玉で突進猪の動きを牽制し、逃げない様にうまく誘導していた。サトキとは言うと、先程から【ボックス】による窒息で仕留めようと突進猪を追いかけ回しているのだが…
「くそっ!何処が突進猪だ!真横にロール回避したり、直角に曲がったりバク転したり!名前変えろ名前!」
サトキの知っている地球のイノシシとは違い、華麗にサトキの【ボックス】を悉く避けるイノシシを半ばキレながら追っていた。
「このっ…これなら、どうだ!!!」
サトキはイノシシが丁度入る程度の【ボックス】ではなく、それを大きく超える特大の【ボックス】でイノシシを囲った。
「ブヒッ⁉︎」
「え⁉︎なんで私まで一緒に囲ってるんすか!」
ミランダには【ボックス】の特性を事前に教えてある。故にミランダは自分ごと覆った【ボックス】を見て驚愕の声をあげた。このまま酸素供給を遮断すればミランダまで窒息してしまう。しかしサトキもそこまで非道ではない。突進猪を覆った【ボックス】とは別に、外気に面する様に横長にミランダを別の【ボックス】が覆う。それにより【ボックス】が重複する様な形になるが、これで酸素供給に関しては問題ない。
「ブヒッ!…ブ…ヒィ…」
酸素を遮断された【ボックス】内では、突進猪が窒息による苦悩の鳴き声をあげ生き絶えた。考えてみれば中々に凶悪な倒し方である。人道的な観点はさて置き、人間や一般動物に対する酸素遮断という方法はかなり有効ではある。ただし魔獣以外は…という但し書きがつくが。魔獣はその生命活動に必ずしも酸素を必要としない。全く必要ないというわけではないものの、人間ほど重要な要素ではないのだ。全く酸素がない状態でも動きがせいぜい鈍る程度である。
「まさか私ごと結界に閉じ込めるとは思ってもみなかったっすよ…」
「別にいいだろう、なんとかなったんだから。というかこの猪はどうするんだ?」
「割と魔獣と戦うより生命の危機を覚えたっすけどねぇ。えーと?この猪っすか?魔獣なら討伐証明の部位を取るんですが、こいつは普通の動物なんで放置っす。肉もクセが強すぎて食えたもんじゃないっすよー。」
放置といってもこのままでは他の動物や魔獣が寄ってきてしまうので、とミランダが基本魔法【火】で焼き払う。火が消えるのを見届けたミランダはくるりとサトキへと向き直って口を開く。
「と、言うわけで。やっぱりサトキっちには何かしらの攻撃手段の確保は急務っすね。」
サトキの【ボックス】は原則は防御の為の魔法だ。先程の窒息という手段も有効ではあるがそれは人間や一般動物に限ってのこと。また、対人戦においてはその窒息の方法も取れない場合がある。
槍や剣などを購入し使う手もあるのだが、生憎と剣と槍を使った武術の心得はサトキにはない。
半ニート化していたサトキに、運動や武術経験を求めるのは酷というものである。
「仕方ないか…またハランスへ戻って手頃なナイフでも買うかな?」
「それもいいんすけど…うーん。サトキっち、思ってたんですけどその結界魔法って、必ずしも固定して発現しなきゃならないんですかね?」
「いや、だから【ボックス】は発現位置の固定が前提の魔法だから無理だって。」
「…でもそれって、サトキっちがそういうイメージで魔法を使ったからですよね?」
「…ん?どいうことだ?」
サトキは何かミランダの言葉に引っかかりを覚える。
「確かに防御関連の魔法はその発現位置を固定していなければ意味がないっす。攻撃受けるたびに動く障壁とか迷惑っすからね。でも、基本的に障壁の対象は地面に面しているモノっすよね?つまり、位置の固定は地面に面してる部分、サトキっちの【ボックス】の形状でいうなら一面だけ。【ボックス】みたいに全てを固定する必要はなく、且つ、固定位置が地面でもある必要はなくないっすか?」
「…そうか!そうだよ!」
サトキは自分の固定観念に気付かされた。サトキの結界というイメージは【不動】。その場から動くことなく対象を守るものだ。最初、サトキはアニメの現象を思い浮かべ、それをそのまま【ボックス】へと転用した。もともとそのアニメの結界というのも、現実世界から見れば超常現象や超能力の部類。明確な原理などは分からないので兎に角【不動】というイメージの元作った魔法だった。その為全ての面の相対位置が固定され今の形になっており、また意味もなく全ての面を固定していた。
次にミランダの言った通り通常、障壁や防御と言った魔法の類は地面に対して発動し、そこから対象者を守るように展開される。確かに図書館の書籍にもそう書いてあり、固定するのは地面に面している場所だけだ。つまりサトキの【ボックス】は無駄が多過ぎるのだ。実はその関係で消費魔力も多少多いのだが、既に強度が規格外な為問題にはならない。
この二つの点を考慮した時、サトキの頭には一つ試したい事案が発生した。もしかしたらこれで攻撃手段の問題が解決されるかもしれないのだ。
「ミランダ、なんか手頃な棒とかないかな?」
「え、棒っすか?あー…この燃え損なった突進猪の骨でいいっすかね?」
「この際なんでもいいさ、ついでにその骨の先端を平坦にできるか?」
「出来ないことはないっすけど、何をするんすか?」
ミランダの質問には答えず、サトキは骨を受け取ると明確なイメージを頭に浮かべる。
相対位置を固定する面は一面。
そして固定する先は面する空間にではなく、面する物体に対して。骨の断面に指定…指定対象は任意。
展開する結界は横3センチ、縦100センチ、厚さ0.5センチの長方形…数字は変数で設定。
「魔法名は…【薄羽刀】!…おお⁉︎」
サトキがそう言うと、持っていた骨の先端に薄い長方形の板が形成された。骨の断面から上に丁度100センチの半透明の板…否、結界が出来ていた。更にその結界は骨にくっついているかのように振り回しても一緒に付いてくる。
「なんすか、それ?結界…で作ってるんすよね?まぁ特異魔法という時点で基本魔法的な常識は適応されないのは知ってるっすけど…。それ鈍器にしか使えなくないっすか?」
ミランダが不思議そうな顔で魔法名【薄羽刀】を覗き込む。確かに今の【薄羽刀】は言ってみれば厚さ0.5センチの長方形の結界もとい板である。このまま使っても良くて鈍器だろう。だが、この【薄刃刀】の注目すべき点はそこではない。
「鈍器、それもいいだろう…だが!この【薄羽刀】の最大の進歩!それは【ボックス】の欠点である全相対位置の固定がなくなったことだ!」
「あぁ、確かにそんな事言ってたっすね〜。でも、これじゃナマクラで何にも切れないっすよ?」
ミランダはサトキの喜びも程々に、【薄羽刀】の欠点を挙げる。名前に刀と入っているのにもかかわらず、確かに刃物としてみるならばナマクラとしか言いようがない武器だ。それはそうだろう、結界魔法はサトキのイメージした通りにしか具現化しない。
そしてサトキの結界というイメージは箱型、四角形なのだ。延長戦でサトキは長方形という形にしたのだが、それでも箱型には変わらず、刀というよりは鈍器に近い。
「チッチッチ…甘いな。確かに俺がイメージする結界の形は箱型。これならわざわざ魔力を使わなくてもそこらへんの棒や鉄製のパイプを使った方が早いだろう…ならこれはどうだ?」
サトキは現在発現している【薄羽刀】を解除してもう一度【薄羽刀】を発現させるが。
「…不発っすか?何も出来てないっすよ?」
サトキの手元には骨のみ。先程とは違い【薄羽刀】をミランダは確認することができない。発動に失敗したのか?とミランダが言うとサトキはニヤリと笑った。
「じゃあそこの石を投げてみてくれ。」
「…?じゃあ、ほいっと。」
ミランダから投げられた石目掛け、サトキは骨を振り下ろす。すると石はパックリと二つに分かれ地面に転がったではないか。ミランダはギョッとして声を挙げた。
「えっ?ちょ、どうやったんすか?」
「ふふ…」
そんな得意げな顔でサトキは種明かし。
「ミランダ、お前には今、これはどう見える?」
と、ミランダの目の前に骨を掲げて見せる。するとミランダは微かな違和感を覚えた。
「んー?…言われてみれば、どことなく光が屈折してるような…」
「正解だ。いまこの骨に横、長さはさっきと一緒で、厚さを1ミクロンという薄さで【薄羽刀】展開してる。」
「はっ⁉︎1ミクロンっすか?それで良く折れないっすね⁉︎ていうか良く長方形の箱型で…あー、なるほどっすね。」
どうやらミランダは【薄羽刀】の利点に気が付いたようだった。
「そうだ、俺は【ボックス】の強度はそのままに、厚さを極限に薄くした結界をこの骨に展開してるんだよ。」
サトキの結界魔法【薄羽刀】は、展開場所に指定した物質に対し、変数指定した結界を張る魔法である。しかし箱型という当初のイメージの鎖から逃れることが出来ないサトキは、展開した結界の厚さを極限に薄くした。すると、いくら長方形という形を保っていたとしてもその薄さならば、石や木、魔獣を斬るという行動に限定した場合事足りるのである。またどんなに薄くても結界魔法。ちょっとやそっとで折れることはない。
「なるほどっすね。まさか結界魔法で刀を…前後の区別がないから剣っすね、を作るとは思わなかったっすよ。」
「まぁな…あと両刃である事に気付いたようだが、魔法名は変えれないのでこのままでいく。」
「刀という名の両刃剣…センスないっすね。じゃあ取り敢えず街へ戻るっすかね。依頼の達成報告もしなきゃっすから。あとその【薄羽刀】、専用の支柱というか柄を使ったほうがいいっすよ?いちいちそれに見合う棒を探してたらもしもの時が致命的っす。」
このミランダ、本当に惰性にさえ目を瞑ればかなり優秀だった。観察眼、魔獣や動物に対する知識、本人の自衛能力、特異魔法保持者ではないものの基本魔法も満遍なく修めているのだが…
「帰ったら今日は酒でも飲みながら寝っ転がりたいっすね〜。サモン魚の叩きを摘みながら、清酒でクイッと。」
本当に残念な元受付嬢だった。そんなミランダは気怠そうに街へと向かいテクテクと歩いていく。さらにミランダを呆れたように追いかけるサトキ。
「本当にこいつは…まぁ、そのお陰で俺は助かってるんだからなんとも言えん気分だけどなぁ。というかミランダ!お前まだ昼間っから飲むつもりか!」
※ ※ ※
「お疲れ様です。依頼のご依頼ですか?」
「え?あー、依頼達成の報告に来たんですけど。」
「え…あ、おほんっ。失礼しました。重ね重ね失礼ですが、ギルドカードはお持ちでしょうか?」
「…これでいい?」
サトキを突進猪の討伐とはまた違った疲労が襲っていた。それはこのやり取りが原因で、サトキとミランダはハランスへと戻って来て早々にギルド【破槌】のカウンターへと討伐報告へと来ていた。このギルドの受付嬢は前回の騒動(槌の洗礼)以来、アロン嬢を始め、受付嬢のほぼ全てが表に出ていた為、サトキの事情を知っていると踏んでいたのだが、今回サトキの応対をしたのはミランダさえも知らない顔だったのだ。
「見ない顔出すけど新しい人っすか?」
「はい、今朝方にギルド【破槌】の受付嬢として勤務を始めたばかりで、ルナー・ファッジと申します。それで…えーと、カンバラ様は…その可憐な見た目で、男性で、当ギルドの冒険者…という事でお間違い無いのでしょうか?」
二重のパッチリとした目と、保護欲を唆る童顔チックな顔を困惑の表情に染めるルナー嬢。サトキもこの状況の対象が自分でなければ素直に可愛いと思えるのだが、今は気疲れの方が先に来ていた。ミランダではないが、本当に今日はこのまま酒でも飲んで不貞寝したい気分に陥るサトキ。
「男で、冒険者で、尚且つ男だ!!よし、わかった!やっぱりこの場で俺が正真正銘の男だと証明する必要があるようだ!今ここに現してくれようぞ!その喧嘩買っ……」
最早お約束とでも言うようなやり取りが始まろうとした瞬間。ギルドの扉が勢いよく放たれ、全身傷だらけの女と、片腕を大きく欠損した男が門番のガンツに付き添われ中へと入ってきた。三者三様顔色が悪かったが、どうも怪我や出血だけが原因ではないようだ。
「はぁ、はぁ、はぁ!た、大変だ!ぼ!暴走、竜が、暴走竜が出たぞぉぉ!!!!!」
そう言い残した傷だらけの男はその場に倒れたのだった。