004話 押し付け
「本当に男の子なの?」
本日何度目の質問だろうか。サトキは容姿はともかくとして機能的にも中身的にも男である。だがその容姿がどこからどう見ても美少女のソレであり、誰もが疑う。
「…おう、その喧嘩買った!ならここでこの場で証明してやるよ!」
「キャァァァ!!!いいから!そこまでしなくていいから!!!男だろうと女だろうとここでズボンを下げるのは駄目ぇぇ!!」
こちらも何度目かになるやり取りだが、サトキは割りかし本気でやろうとした節がある。証拠に詰め所ではズボンに手を掛けただけでであったが、今度はベルトを外そうとしたのだ。
それには流石の受付嬢も笑顔を忘れ慌てふためいた。発狂したかの様に叫ぶサトキが自分を取り戻したのは約5分の事だった。
「はぁ…こんな形だけど正真正銘の男だから…因みに巨乳が大好きだ。」
「え?あ、はい…性癖は兎も角、男という事でギルドカードは発行させていただきますのでご安心下さい…あの、基本魔法の適正値と特異魔法の有無が無記入何ですが…」
「あー、それって必ず記入しなきゃダメか?」
基本魔法という単語に対して急にバツの悪くなったサトキを受付嬢は訝しむ。と言うもの記入用紙に書かれていたのは氏名、性別、得意武器の3項目のみで、基本魔法の適正値や得意魔法の有無、スキルの種類や固有スキルの有無は無記入のままだったからだ。
ギルドへの自身の能力は基本的に自己申告制となっている。もちろん虚偽や誇大記入により依頼中に死亡したり、パーティーで問題があったとしてもギルドは責任は取らないし、罰則規定もある。
「いえ、最低限必要なのは氏名と性別なんですが…ギルドカードにはこの用紙に書かれた事しか反映されません。従ってパーティーを組む場合など、かなり不利に働く可能性がありますが。」
サトキの様に本当に必要最低限の情報しか書かない場合、パーティーを組む人間が何が得意でどんな魔法が使えるかなどの情報が一切わからないのだ。
一時的にとはいえ背中を任せる仲間としては安心できるわけがない。
「あんまりパーティーなんかは組むつもりはないんだが、それはそれで問題ありそうだよなぁ。」
「はい、ソロで活動を行う方でも必ずC -とA -の昇格試験を受ける際は擬似的にパーティーを組む必要があります。試験で組むので拒否される事はありませんが、不和や不信の元になり試験の合格率が著しく下がる可能性がありますね。」
確かにそう言われるとグゥの音も出ないサトキだが、書いたら書いたで問題が起きそうだと思った。何せ基本魔法の適正値がオール1なのだ。適正値だけ見るならばそこら辺の子どもを連れて行った方が早い。
そして特異魔法の有無を書かなかったのも、未だ【ボックス】しか使えない上に、対策も取られやすくなってしまう為サトキは記入を控えたのだが…。
「しゃぁないか、受付嬢さん、基本の適正値はオール1って訂正入れといてもらえます?」
「…アロンで結構ですよ?でもカンバルさん、誇大表現が良くないと言っても、過小表現も考えものですが…」
漸く名前がでたアロンはそう呈した。どうやらサトキが虚偽…とは言わずとも、事実とは違う適正値を申告したと思ったのだ。それはそうだろう、適正値オール1とは生まれたての赤ん坊と同レベル。そこら辺の子どもでさえどの属性かは個人差があるものの、火2や水2、余程恵まれていれば雷3やオール2なのである。
アロンの目から見たサトキは見た目容姿は兎も角年齢で言えば16前後、成長とともに適正値は比例して何かしらの変化を見せるものだ。この歳でオール1などとは流石にあり得ない…それがこの世界の常識だった。
「と言われてもねぇ、なんの冗談か事実なんだよ。なんなら測ってみる?無いの?測定器みたいなやつ。」
「…。」
そう言われたアロンは困る。オール1と申告するという事はその数値がそのままギルドカードになるという事だ。メリットはゼロ、むしろデメリットしかない。特異魔法やスキル系の記入がないことから、もしかしたらそちらの方でカバーしうる能力があるのかも知れないが、それが定かではないこの現状ではこの少じ…少年を加入させてもいいものなのか判断に悩んだ。
「面白い。」
「おわっ⁉︎」
「あ、ギルド長…」
そんな折、サトキとアロンの間からニョキッと顔を出すギルド長ことラミット。この世界のサトキの身長は165センチ前後。ラミットはそのサトキの胸あたりに頭が来ている為140センチ前後だろう。
側から見れば子どもにしか見えない(と本人は思っているがサトキも側から見れば美少女である)。
「その歳でオール1ねぇ…嘘は言っておるまい、だが事実でもあるまい?」
「へぇ…ちなみになんで?」
「お主は魔力が多過ぎる様じゃな、魔力感知に優れておる奴が怯えておるぞ?」
そう言われて周りを見てみるが特に変わった様子はない。先程ラミットに【落下】を喰らったおっさんが既に回復しており、酒を酌み交わしてるくらいだ。
「ヒューマンは魔力感知が鈍いからのぉ、そっちではないあっちじゃ。」
ラミットが指差したのはギルドの依頼掲示板…の隅っこ、1人の女性がこちらを見ながらガタガタと震え腰を抜かしていた。
「え?…あれ、俺を見て震えてんの?ちょっとショックなんだけど。」
そう言いながら視線を向けると女性は肩をビクリと震わせあからさまに目をそらす。その女性はよく見ると耳が長く、隣には杖の様な形状の棒が転がっている。
「あやつはエルフ…妖精族じゃな。亜人の中でもエルフは魔力感知に優れておる。主のダダ漏れの魔力に触れればああもなるわい。魔力だけ言えば魔王にでも脅されとるくらいにはの。」
「居んのかよ魔王。」
「コレットさん⁉︎大丈夫ですか⁉︎」
的外れなサトキの呟きを尻目にアロンがエルフの女性へと駆け寄って行く。だがエルフ…コレットと呼ばれた女性はアロンの事が見えていないのかずっとサトキを見て怯えるだけだ。
「…あの娘を余剰魔力で壊されてもかなわん。ほれ小僧、わしの部屋で話すとしよう。」
「あ、あぁ…」
トテトテと歩くラミットの後を追って、サトキは共にギルド長の部屋…俗に言うギルドマスター室へと足を踏み入れる。
中に入ると意外と小ざっぱりとした部屋に執務用の机と来賓用のソファセットがあるくらい。サトキは促されるままにソファへと腰を落とす。
「さて…お主はヒューマンではないな?」
ボフッと勢いよく腰を落としたラミットは、開口一番そう言い放つ。
「…。」
さて、どうしたものか?
イエスかノーかで言えば、イエスではある。だがそれ系統のライトノベルを嗜むサトキの知識には、ハイ〇〇〇などの名称には必ずと言っていいほどトラブルが付き纏うと知っていた。
しかし恐らくだがラミットは確信を持ってそう言っているに違いない。そう思えるだけの自信がラミットからは感じ取れた。
「あぁ、俺はハイヒューマンだ。でもなんで分かったんだ?」
だからサトキは正直に話した。ギルド長とサシで話をする…今後の目標から考えるならば、ここで隠して変な関係になる事だけは避けたかった。
「なに、わしは【鑑別の魔眼】を持っとるからな。お主がヒューマンではない…それしか分からんよ。」
-チッ、カマをかけられたか…
ラミットの【鑑別の魔眼】は、二者択一の問いを求める事ができる固有スキルだ。それは「サトキ・カンバラはヒューマンであるか?」という問いにイエスorノーで解を示すシンプルなスキル。【鑑定】と違い【鑑別】は汎用性に乏しいスキルだ。同じ系統や似たような質問は連続してできないが、ラミットからしてみれば結構重宝していた。
「それにしてもハイヒューマンとはのぉ。道理で魔力が多過ぎると思ったが…さて、ならば何故【完成された人間】たるお主がオール1なのか?それを答えて貰おうかの。別に強制ではない…単なる興味じゃよ。加入は出来なくなるかもしらんがのぉ。」
-ちっ!このチミッ子め…足元見やがったな。
何やら事情ありと見たラミットは無茶な要求をサトキに提示してきた。だがサトキとしては答えようがない。答えたくないではなく、答えを知らない為答えれないのだ。寧ろサトキが教えて欲しいほどである。
嘘をついても何故かは分からないがラミットには通用しない…そう感じたサトキは諦めた様に言う。
「知らん…としか言いようがない。」
「ふむ。」
ラミットがこの【鑑別の魔眼】を重宝しているのは、嘘発見器の役割を果たしているからだ。「相手は嘘をついているか?」と言う問いに対してイエスorノーで解を示してくれる。「嘘は言ってないが本当の事も言っていない」などの場合は判別出来ないが、そこは自身の経験でどうにでもなる部分だ。
嘘は言っていない…と判断したラミットは質問の仕方を変えた。
「お主はこの世界の住人か?」
その質問を聞いた瞬間サトキは身体が自然に、且つ勝手に動くのを脳内の片隅で知覚した。ラミットの周りに【ボックス】を発動させようと魔力を事象へ変え…
「ふむ…遅いの。」
「あがっ⁉︎」
突然身体が床に叩きつけられた、と思ったら身体が連続的に床へと落とされ身動きが取れなくなった。だが目はまだ動く、視線をラミットへ向けそれだけで座標を捉え【ボックス】を…
「それも遅い。」
「⁉︎」
今度は視線を落とされる。
-俺は何をやってるんだ⁉︎
意識はしっかりとしている。だが身体が勝手にまるでプログラムされた様に自然に動いてしまうのだ。
「やはりあやつの予言通りかのぉ…世迷言、と切捨てんでよかったわい。」
「なに…が…?」
サトキの身体は今、絶えず地面へと落ち続けている。身体は床から離す事ができず、視線も何故か下を向いたまま動かせない。
「いやのぉ…我の知り合いの1人にお主と同じ境遇の奴がおっての。其奴からお主…正確にはお主の様な者たちについて聞いておったんじゃ。」
「…同じ?」
「うむ、詳しいことは話せんがな。どれ、直ぐに終わるのでもちっと辛抱せい。えーと…確かコレじゃったかな?」
ラミットは懐からゴソゴソと何かを取り出した。それはビー玉程の宝玉の様なもの。それをサトキの頭へと近づけるとバキッと宝玉は砕け散った。
「これでいいのかのぉ?まぁ言われた通り砕け散ったのだしよしとするかの。どれ?もう起き上がれる筈じゃが?」
そうラミットに言われ、サトキは身体の自由が戻っていることに気がついた。ゆっくりと起き上がるが、先ほどの感覚は完全になくなっていた。最初から最後まで意味が全くわからないまま状況が進んだために、サトキはラミットに説明を求める様にジト目で睨む。
先に仕掛けたのはサトキだが、それは自らの意思ではない。
「わかっておるよ、説明してやるからまずはそこに座るのじゃ。さて、お主はチキュウというカガクとやらが発達した世界の住人…これに間違いはないか?」
「…この際あんたが何故それを知っているのかは置いておくよ。答えはイエスだ。」
ラミットはいきなりど直球を投げて来たが、疑問や質問は後回しにする。まずはラミットの説明を全て聞いてからだ。
「そしてそこである組織…あー、カイシャを名乗る輩の者と接触し、気が付いたら知らない場所にいた…どうじゃ?心当たりはあるかの?」
「あぁ…心当たりどころかそのまんまだよ。この街の外れの森の中、その中心に建てられた建物の一室に居た。」
「外れの森…まさか…血吸う森か?」
ラミットはあからさまに引き攣った顔でそう聞き返す。
「血吸う森なのかは知らんが、確かその森の中心の…ちょうど円のように開けた場所のど真ん中に建物は立ってたな。」
「…阿呆、それは確実に血吸う森じゃ。その開けた場所には魔物は入って来なかったじゃろう?」
言われてみれば確かに、とサトキは思い返す。正味1日と半日をあの建物で過ごして居たが魔物があの草原エリアに入って来た記憶はない。たまたまその時は来なかっただけなのかもしれないが、森に足を踏み入れた瞬間、サトキはかなりの数の魔物と遭遇した(全て【ボックス】で封じ込めた)のだ。1匹も入って来ないのはおかしい。
「あの建物の周りには確かに魔物はやって来なかったな…それがどうしたんだ?」
「この世界の情勢には疎いであろうから教えておいてやるがの、あの森はギルドランクA-以上のものでないと立ち入りを禁止しておる場所なのだぞ?」
「ギルドランクA-以上?また何で?確かに魔物は多かったけど脅威になるとは思えんぞ?現にこうして俺はそこから無傷で来れたからな。」
確かにサトキは血吸う森からハランスまで、徒歩で歩いて来ている。その際、遭遇した魔物は全て【ボックス】で隔離しながら極力戦闘は避けて。魔物を【ボックス】で閉じ込める際込めた魔力は初期値均一だ。
ラミットの言うようにギルドランクA-以上の冒険者しか入れないと言うからには強力な魔物がいるのだろうが、一度も【ボックス】を破られた事はない為サトキは首を傾げた。
「特異魔法を使ってここまで来たのじゃろう。言っておくが普通のヒューマンや獣人、亜人はホイホイと持っておるものでもないからの?」
確かにサトキが読んだギルド(仮)備え付けの本には、そんな事が書いてあった記憶がある。
「事情を知ってるあんただから言うが、俺の特異魔法で出来る事は【ボックス】、相手を閉じ込めるだけだ。込める魔力値で強度は変わるが、ここまで来るのに使ったのは全部最低限の魔力だぞ?」
最低強度の結界で閉じ込めることのできる魔物何て高が知れている…そういうことだ。
「ほう?ではその最低強度の魔力で出来たものはどんな感じだったんじゃ?」
「叩いたり蹴ったりしてみたが、そこそこの耐久性はありそうだった。鉄の棒とかで何回も叩いてみたけどそれでも問題なさそうだったな。」
と、サトキの説明を聞いたラミットは呆れたように溜息をついた。その顔は「何言ってんの、こいつ」という表情。
「はぁ…奴といいお主といい何でお主達はそう常識がないんじゃろうか。」
非常識過ぎる。とぼやかれるが、サトキとしてはこの世界に来てまだ2日目なのだ。そう言われるのは心外だった。
「仕方ないだろ、この世界に来てまだ2日目だぞ俺は。そもそも何がおかしいんだ?」
「…現物を見ておらんからわからんが、恐らくお主の特異魔法は障壁を発生させる系のものか、防御をしやすくする魔法なのじゃろう。知り合いに【守護】という魔法を使うものがおるが、其奴の魔法でも最高の障壁を張って、B+以上の魔物の攻撃を数回も防げれば上出来じゃ。最低値で張った障壁なんぞ人間の力なら全力で叩けば紙と変わらんぞ。」
防御系の特異魔法は、サトキの【結界】の様に込めれる魔力を変えて強度を底上げする事ができるらしい。またこのハランスは街全体を【守護】の特殊な魔法で護っているらしく、普通の魔物であればC+までなら何とかなるそう。
「本題はここからじゃ、お主その【ボックス】とやらにどれくらい込めた?」
話す事に疲れて来たのかラミットはより深くソファに腰を沈める。
「だから初期値だって。」
「だからその初期値を聞いておるんじゃ…」
「?…100だったと思うけど?」
勿論100以上込めることも可能だが、初めて【ボックス】を試した際、初期値でもサトキの力でどれだけやっても壊れる事がなかった為にそれ以上は試していない。
「…500じゃ。」
「…何がだ?」
「この世界の平均魔力値じゃ!!!それも成長上限が60〜80に達した者達のな!!初期値が100⁉︎基本魔法なら村を1つ消し飛ばせる上級魔法が放てるわ!!」
「…おうふ…」
どうやらサトキの特異魔法は凄かったようです。この世界の平均魔力値はおおよそ400〜500程度、しかもそれは修練に修練を積んで成長値がかなり上がった状態でだ。もし一般の特異魔法保持者が1つの魔法で100も使うと、保有魔力の五分の一も持っていかれてしまう。ちなみにラミットの魔力値は1200である。
「因みに…因みにじゃ、お主の魔力値は幾らなんじゃ?勿論口外はせん。」
「…10000です。」
「…もう驚きを通り越して呆れるぞ…。その他にも何かお主にはありそうじゃが、聞くのはやめよう。疲れるだけじゃ。それに、あやつに比べればまだ可愛いもんじゃしな。」
げっそりとやつれたように見えるラミット。乾いた喉を潤すために近くにあった冷蔵庫からグラスに入った茶色い飲み物を2つ取り出して1つを自分の前に、もう1つをサトキの前へ差し出した。
「えらく脱線したわい…ぷはぁ!さて、お主が非常識極まりない事は分かったから話を進めるの。」
グラスを傾けオヤジ臭い仕草で茶色液体を飲み干したラミットはそう切り出した。サトキもラミットに習ってグラスに口をつける。因み液体の正体はウロン茶というかなり烏龍茶に近い味がする。
「えらくひどい言い草だなおい。」
「事実じゃろうて…さて、先程お主の陥った状況もとい行動じゃがな、まぁ言葉をそのまま伝えるならば、防衛ぷろぐらむ?というらしいぞ?受け売りじゃがな。」
「防衛プログラム?」
「おっと、すまんがこの話はこれ以上は話す事ができん。何でも知り過ぎると因果が変わるらしくてな…じゃが安心せい、今後あのような事は起きないと断言しよう、その為の処置も終えた。それよりもお主がこの世界に来た理由じゃ、何か課せられているのじゃろう?」
とても、とてもその話の続きが気になるがどうやら教えてくれる気はないらしい。この話は終わり、とばかりにラミットは方向を180°変えた質問をする。
「俺としては気になり過ぎて仕方ないんだがな…一応ギルドの運営、それが俺のこの世界でやるべき事らしい。」
「ギルドの運営のぉ…それまた難題じゃな。ギルド設立法は知っておるか?」
「さっき門番のおっさんから聞いたよ。」
「なら話は早いの。ギルドランクとギルドマスター2人の許可、これをクリアせんと国王から設立許可はもらえんからのぉ。まぁこれも何かの縁じゃ、このギルドでランクを上げて見事にA-に登り詰めたらワシが許可印を押してやろう。」
「お?本当か⁉︎」
「あぁ、ついでに非常識なお主にピッタリの人物を紹介してやろうかの。」
ラミットはテーブルの袖に付いていた呼び鈴を鳴らす。カランカランと甲高い音が響くと、暫くして部屋に1人の女性が入ってきた。
「お呼びですか?ギルド長。」
「すまんがミランダを呼んできてくれ、至急な?」
「…ミランダ、ですか?先程までは真面目に仕事をしていたんですが目を離した隙に何処かへ行ったようで…。」
「…どうせ屋上でサボっておるじゃろう、引きずってでも連れてこい。」
女性は呆れたような声でラミットへそう返答する。ラミットもまたか…という顔で眉をひそめるが、いつもの事のようで、直ぐに連れてくるよう女性に指示を出した。女性が頷いて退室するとサトキは怪訝そうな顔をラミットに向ける。
「おい…何を押し付ける気だ。」
「人聞きの悪いのぉ…適切な人材の紹介じゃよ。」
今の会話のどこを聞けば適切な人材に繋がるのかが不明である。女性が退室して3分後、入り口のドアが勢いよく開け放たれた。
「たるいっすぅ〜、せっかく気持ちのいいお日様の下で惰眠を貪ろうとしたのにぃ〜。」
「惰眠という自覚があるなら仕事をしなさいミランダ!!ギルド長、ミランダを連れてきました。」
「うむ、ご苦労じゃ。」
先程の女性が入ってくるなり早々、間延びした文句を垂れるミランダを女性が叱りつける。ミランダは首根っこを掴まれ、引き摺られる形でどうやらここまで連れられて来たようだ。
「なぁ、あの引き摺られてる女って受付嬢だろ?大丈夫なのか?あれ。」
見るからに気力のかけらもない女もといミランダと呼ばれた女性。着ている服が先程のアロンと同じ物なので受付嬢なのは間違いない。しかし仮にも受付嬢とはギルドの顔でもあるのだ。やる気のやの字も見受けられない人物が受付嬢で大丈夫なのか?と思えてしまう。
「まぁそれも今日までだしの。ミランダよ、お主には新しい仕事をやろう。」
「え〜?仮眠室の門番なら大歓迎ですよ〜。」
「おい、まさか…」
サトキは盛大に嫌な顔をする。何かとても面倒なことを押し付けられる…そんな予感、いや、確実にそうなる気がしたからだ。
「ミランダよ、お主にはここにいるサトキ・カンバラの補佐を命じる。拒否権はないし、仮に拒否した場合お主は今日から無職になるがの。」
「それは困りますね〜、まぁ…適当に頑張りますよぉ、よろしくサトキっち〜。」
とやる気なさそうに手をひらひらと振るミランダ。因みに未だ女性に首根っこを掴まれたままだ。引きずって来た女性はどうやら逃走を警戒しているらしいが、ミランダは逃げるどころか自分の足で立つ気配さえない。
「え…あんなやつお断りなんだが⁉︎」
確かにこの世界で右も左もわからないサトキにとって、サポートしたり助言をしたりしてくれる相談役の様な人物を探そうとこの街には来たのだが、流石にアレはないと思う。だが拒否権がないのはサトキも同じ様だった。
「断れば許可印の話もなしじゃ。ギルド長のコネクション作りは大変じゃぞぉ?」
「くっ…このチミッ子…」
「まぁ?よろしく〜」
見事に退路を塞いできた。しかもいい笑顔で脅しをかけてくる始末。ラミットに対するタブー発言をした事さえスルー出来るほどこの時ばかりは機嫌がいい様だ。それに追撃をする様に間の抜けたミランダの挨拶がサトキの気力を根こそぎ奪っていった。
これが、ミランダ・トールズとの最初の出会いだった。