028話 はーい
「と言うわけでやって来ましたアザポート。」
「…何がと言うわけなんだ、サトキ。こっちはまだ家や工房の復興自体終わってねぇんだが。」
やんややんやと議論に議論を重ねた数ヶ月、サトキがやって来たのは自身の武具防具を製作してくれたアザポート。そしてサトキの後ろでは物珍しそうに周りを見渡す子供達の姿があった。
「しかもこんなに子供を連れて来やがって。ここは遊び場じゃねぇんだぞ。」
「まぁまぁロベルト。いいじゃない、最近は事件が多過ぎて少し気分が滅入っていたのだから、こうして子供の姿を見ると心安らぐってものじゃない?」
そうボヤくロベルトをノンノが宥める。
「まぁそう邪険にしないでくれよロベルト。今日は少しお願いがあって来たんだ。」
「…まさかそのお願いってのは、こいつらの武具防具を作ってくれって事じゃないよな?」
「お!大当たり。」
「ふざけんな!俺はガキに作る技術は持ち合わせてねぇよ!」
怒れるロベルトにサトキは苦笑する。気持ちは分からなくもない。職人気質のロベルトが最初から承諾してくれるとは思っていなかったからだ。
だが言い方は悪いが、職人気質だからこそ付け入る隙はあるものだ。
「まぁまぁそう言わず、これを見てくれよ。」
そう言いながらサトキは背中に背負っていた大きいリュックサックの様なものから次々と魔物の素材をテーブルの上へと置いて行く。
「あ?魔物の素材か?そうなもの出されたってな……おいちょっと待て。こいつらもしかして血吸う森の魔物か?」
「大正解。」
サトキはニヤリと口元を歪めまるで悪代官の様な笑顔でこう続ける。
「ここに置かれるは血吸う森発の魔物素材たち。聞くところによればこいつらはなかなか市場に出回らないそうじゃないか。」
「むむ…確かに。あの森の素材は魔物自体が強すぎるってのもあるが、費用対効果から考えて狩場としては適さないからな。ここまで一気に素材が集まることはない。」
ロベルトの声色からもう一押しかな?と感じたサトキはそのテーブルに透明な液体が入った大瓶を取り出した。
「…これは?」
「なんだと思う?」
ここまで高価な素材を並べられたのだ。その後に出てくるものが普通なはずはない。ロベルトはゆっくりとその大瓶を手に取り、穴が空くかのような視線で中身を吟味した。
「…恐らく、素材同士の融和性を高める為の魔力水、だがそれにしては純度と透明度が高すぎる…。」
魔力水とは鍛治士が素材同士を連結、結合させる時に使う、所謂潤滑油の働きをする液体の事。濾過した地下水に魔力を注いだだけの代物であるが、本来ならばいくら濾過したとはいえ多少濁っている逃した普通である。その原因としては水中に潜む微生物に、注いだ魔力が反応して活性化してしまうのが原因なのだが、この世界の人間に微生物という概念はない。
「それも正解。それは魔力水で間違いないぞ?ただし俺の魔法で微生物を完全に取り除き、水と魔力の飽和度が100%の魔力水だけどな。」
「な、なに!?飽和度が100%の魔力水だと!?」
ロベルトの目の色が変わる。頭の中を覗くことはできないが、恐らく武具や防具の設計図を描いている事だろう。サトキもオタク気質な部分があり、これをプラモデルに置き換えるならば自分でも飛び付くだろうな、と苦笑い。
「で、どうだ?ロベルト。最高品質の素材に、同じく最高品質の魔力水、そして値段は適正の2倍を払う。どうかこの子達に装備を作ってやってくれ。」
「あなた…」
考え込む様に押し黙るロベルトを、ノンノが心配そうに見る。ノンノとしては作ってやってあげたらいいじゃない、と言いたそうだが、そこはロベルトの妻だ。ロベルトの気持ちも尊重してあげたいのだろう。
「……値段は通常通りで構わん。ただしこの子らの武器の適正や、これから成長する事も考えるならば色々と考慮せないかん。時間は通常の倍以上掛かるものと思っとけ。」
「ああ、ありがとうロベルト。」
「うふふ、全くもう、素直じゃないんだから。」
「…ふん。ノンノ、この子達の身体の採算を頼んだ。サトキはこっちに来い、各々の武具適正や戦闘スタイルを聞きたい。」
そう言われ、子供達はノンノに連れられて別室へと移動し、サトキは工房に備え付けられたテーブルへと向かい合って座る。
「…話を始める前にサトキ。恥を忍んで頼みがある。この……」
「魔力水を卸してくれないか、だろ?別にいいぜ?こっちも無理を通したんだ、そのくらいお安い御用さ。ただ出どころや精製方法は教えることができない。そこは勘弁してくれ。」
「…ああ、感謝する。それでだ、あの子達は何なんだ?どこからさらって来やがった。」
ロベルトの口元がにやけているので冗談なのだろうが、さっきの今で随分な物言いだ。
「元スラムの子供達だよ、事情があって引き取った。」
「ふむ。確かにあの中の1人に、前サトキと一緒にいた嬢ちゃんがいたな。あんまりに小綺麗になってたから今気付いたぞ。で?あの子供達は誰かに師事してるのか?師事しているのならその師匠に適正武具を判断させるのが1番なんだが。」
「ああ、それなら問題ない。全員の師匠からは適正と武具の指示をもらって来てるからさ。」
そう言いながらサトキが懐から紙を取り出しロベルトは渡す。そこにはオリビア以下、子供達の名前と師匠の名前、そして注文する武器の特徴と形状が記載してあったのだが、ロベルトはその一行目…詳しくいうと師匠の署名の所で目を疑った。
「……おい、サトキ。これマジか?」
「ん?何がだ?」
「師匠の署名の欄だよ!サトキ、お前の名前から始まって【火炎】に【守護】、【破槌】に【五剣】て…どっからこんな面子を引っ張って来やがった!!」
「どっからって…今うちのギルドでまったりと寛いでる連中だけど。」
「全員二つ名持ちの魔法師が師匠とか、お前どっかの国にあの子ら連れて殴り込みにでも行くつもりか…」
サトキ自身、【死匣】という二つ名を持ち、暴走竜退治から始まり異常発生、ハランス転移事件と話題に事欠かない有名人(本人はハランスから出たことが無いのでどのくらいの知名度なのかは知らない。ランスでは皆フレンドリーに分け隔てなく接してくれるため)である。
それにハランスは元より、各領地、引いては国単位で有名な二つ名持ちが師匠なのだ。逆にあの子達の将来が心配になってきたロベルト。ハランスの冒険者、特にサトキを含めた二つ名持ちの魔法師は、基本的に加減というものを知らない為、鍛錬の最中にポックリと死なないか不安で仕方ない。
「あいつらってそんなに有名だったのか。俺としては口煩いロリババアに下っ端口調のダメ女、面倒見のいい兄貴分に、フレンドリー過ぎて心配になるイケメン王子…くらいの認識だからな。」
「…前半二つが明らかな悪口なのは置いといてだ。兎に角、あの子達の武具はこの指示書通りに作ってやるよ。防具に関して何か注文はあるか?デザインに関しては例のごとくノンノに丸投げだが。」
「あぁ…一応言っておくが男女別に適したデザインで頼むよ…」
「…善処するように言っておく。」
ロベルトはサトキの巫女装束の様な防具を見てそう呟いた。似合っていないわけでは無い…寧ろ見た目だけならばかなり似合っているのだが、サトキはこんな形でもロベルトと同じ、息子を持つ男だ。気持ちはわからんでも無い。
「ほんと頼む。尊い犠牲は俺だけでいいさ…」
達観した目でロベルトを見るサトキ。性能的に問題はないどころかかなり良いものなのだが、いかんせんそこは気持ちの問題だ。
「おぉう…わかった。じゃあ期限は無し、出来次第連絡を寄越すつもりだが、お前達暫くこの街にいるのか?」
「あー、取り敢えずオリビアを除いた子供達は一旦ギルドに戻すよ。あいつらの師匠役はあっちにいるからな。俺はこの街に暫くオリビアと共に滞在する予定だ。色々買いこまなきゃならんからな。」
「じゃあ連絡はお前が止まる宿に送るから後でノンノに言っといてくれ。」
そういうとロベルトは早速作業に取り掛かるのか工房へと急ぎ早やに向かった。
「お兄ち…師し…お兄ちゃん、終わった。」
「うん。オリビア、お兄ちゃんでも師匠でもどっちでも良いからな?」
不意に後ろから声がかけられ、振り返るとそこにはオリビア達が採寸その他全てを終わらせて立っていた。皆、最初の頃の薄汚い服装、容姿ではなく、小綺麗でちゃんとした服を着ており、商家の子供と言われても別に不思議では無い。が…
「にいちゃん腹減った!」
「ねぇ、あそこに野鳥が飛んでたから食べて良い?」
「野ネズミの方が肉厚じゃない?」
「それより早く何か食べようぜ!」
「お兄ちゃん、私もお腹減った…」
「(…食うものには困らせて無いはずなんだけどな…スラム時代の癖が未だに抜けねぇなぁ。)」
サトキは子供達にハウスキーパーとしての給金は勿論、衣食住も保障している。スラムから引き抜いた手前、この子達が成人するまではそれが当然の義務だからだ。しかし元々スラムという過酷な環境で育った彼ら彼女らはなかなか癖が取れないらしく、野鳥や野ネズミよりも美味しい食事を取っているのにも関わらず、未だに奇異なくそれらを食べようとする。3時のおやつ的な感覚で。
「(なんか仕事と訓練ばかりでこのままじゃ野生児が出来上がりそうだな…リリーに一般教育もとい情操教育でも頼むか。)そんなもん今食ったら腹壊すからやめとけ。ほら屋台で食べもん買ってギルドに戻るぞ。」
「「「「「は〜い。」」」」」
※ ※ ※
「アルバス、ウクラ、エミリ、そっち行ったぞー。」
「「「はーい」」」
「オリビア、イルム、上から一匹と左から二匹。」
「「わかった。」」
さてギルドへの帰路。子供達は口に屋台で買った魔物肉の焼き串を加え、走り回っている。何をしているかというと訓練だ。サトキが結界魔法で誘導した魔物を、子供達が追い詰める。初心者向け冒険者によくとられる訓練法でポピュラーなものだ。ブライト達の個々の技の伝授などは無理だが、全体の基礎戦闘の訓練はサトキでも出来るため、こうして帰路の途中でも行う様にしている。
この訓練は普通中級〜熟練冒険者数人が数人の初心者冒険者三名程を引き連れて、低位魔物…ゴブリン系やウルフ系の魔物を狩る。サトキは結界魔法という便利なものがある為一人でも問題なく、慣例に習って訓練を行っているのだが…唯一の問題はここは“血吸う森”だという事だった。
無知とは時に救いとなる。子供達が最初この森の魔物を見て叫んだのは、単純にその魔物の風貌が怖かったのと、魔物を間近で見たのが初めてだったからだ。それと一番最初、この訓練を始める際、サトキが言った一言もその要因で…
「さてと、みんなの基礎も大分固まってきた事だし、森の雑魚でも狩らせてみるか。」
…と。
ここ数ヶ月間、ラミット達は死に物狂いで子供達を鍛えた。サトキの無茶振りで子供達を死なせない為…という事もあるが。予想に反してアルバス、イルム、ウクラ、エミリ、オリビアには高い潜在能力があった。特異魔法こそ持っていないものの、スラムという環境下で育った為身体能力が高く、基本魔法もいずれかの適性が5以上と標準よりも高かったのだ。今はまだ子供、ならば伸び代は十分にあると各師匠役となったラミット達は叩けば伸びる子供達をどんどん鍛えていったのだ。
元来、二つ名持ちともなる冒険者は戦闘が好きだ。表在的潜在的に限らずその傾向が強い。つまりどういうことかというと、ラミット達は最初こそ子供達を鍛える事に関して否定的だったが、鍛えていくうちに面白くなったのか、積極的に自分の技を叩き込んでいった。その結果…
「アルバス、そっちに蛇猿が行ったよ!!」
「うわっ、変な霧を吐いてきた!?」
「それ多分当たったらダメなやつ!回り込んで首飛ばして!」
「エミリ、変な猪が突っ込んできた…」
「そうだねオリビア、水魔法で窒息させちゃおっか。」
メデューサの様な体毛を持つ猿(討伐推奨ランクA-)や、触れた体毛が1メートル以上の剣の様に尖る猪(討伐推奨ランクB+)をまるで野うさぎを気軽に狩る様な雰囲気で攻め立てる子供達。本人達はサトキの言の通り雑魚と認識している魔物だが、その実その魔物達はかなり強い。熟練(B-以上)冒険者でさえ数人以上で当たっても厳しいものなのだ。
知らぬが花とはよく言うが、全くもってその通りである。師匠達に毒されているとも言える。ようやく魔物倒し終わった所でサトキが言い放つ。
「さーて、ギルドに戻るまでに誰がどれだけ倒せるか競争だ!」
「「「「「おー!」」」」」
知らぬ間に強くなる…それは子供達にとっていい事なのか、はたまた不憫なのかは本人達のみが知る事である。
話の統合性を取るために領主に会いに行く部分を改訂しました。




