003話 即死回避
「あー…つまり…その、何だね。君がこの街に来た理由は人材確保…そのまた理由はギルドを設立したいから?」
「さっきからそう言ってるだろう?」
ハランスの入場門近くにある衛兵の詰め所。サトキは事情聴取と合わせて、ハランスに入る為の審査も受けていた。元より勘違いしていた門番のガンツが弁明してくれたお陰で、事情聴取の方は問題なしと軽い説教の後早めに切り上げられた。
逆に時間の掛かっているのが入場審査だ。具体的には、ハランスへと訪れたサトキの目的が原因だった。
「あのなぁ…幾ら何でもそれは無理があるだろう?そもそも君はギルド設立法って知ってるのかい?特異魔法が使えるみたいだが、それだけじゃ何にもならんよ。」
「ギルド設立法?」
ここでまた新しい単語が出てきた。やはりか、と言った感じで隣で見ていたガンツが呆れつつも軽く説明してくれた。
ギルド設立法とは、ギルドを新しく設立するにあたって新設者の条件の様なものだ。
1つ、都市規模以上にギルドを構えるギルドマスターの認可署名を2人分。
2つ、本人のギルドランクがA-以上であること。
3つ、上記の条件を満たした上で国王陛下の認可を受けること。
「何だと…直ぐにはギルドが作れないのか?」
【会社の手引き】にはギルドの運営方法の記載はあったが、設立方法には触れていなかった。よくよく考えれば穴だらけの手引き書である。人さえいれば簡単にギルドを作れる…そう思っていたサトキには青天の霹靂だった。
「あぁ、少なくともギルドを作るには一度冒険者となってランク上げする必要があるし、ギルドマスターとのコネクションも必要だ。おいそれと作れるもんじゃないんだよ。まぁ知らなかったなら仕方ない…ハランスへは観光目的って事でいいな?」
門番のガンツは呆れた様子でそう促す。
「…くっ、仕方ないか。それで頼む。」
現時点ではどうしようもないギルドランクとコネクション。人材確保の他に彼らもクリアしなければならなくなってしまった。目標は遠くなるばかりである。
「わかった。じゃあ後の手続きはフランクさんがやってくれるから俺は仕事に戻るとするか…あぁ、街中では女に間違われたからといって、俺にしたみたいに対応すると直ぐにお縄に付くことになるから気を付けろよ?」
「うっ。その件はすまなかった、気をつける。」
「おう、じゃあな。」
ガンツは手をひらひらと振りながら詰め所から出ていく。その後フランクという衛兵がハランスへと入る為の仮証明書を発行してくれた。
何故、仮なのかというとサトキが身分証の類を一切持っていなかったからだ。手数料として50ローツ(ここで漸く世界の金銭単価等を知った)を取られたが、ギルドなどの公的機関で正式な証明書を発行する際、3分の1ほど発行手数料が割引されるらしい。
「ではこれで手続き完了だ。くれぐれも街中で騒ぎを起こすなよ?只でさえトラブルに巻き込まれやすい容姿をしてるんだ。」
「はぁ…好きでこの容姿になったんじゃないけどな。ま、精々気をつけるわ。」
「…口さえ開かなければ女の子にしか見えんな、本当に。」
うるせぇ‼︎と軽口を互いにたたく程には打ち解けた衛兵フランクと別れ、サトキは漸く防衛都市ハランスへと足を踏み入れた。
「おぉ!」
門を抜けるとサトキがこの世界に来て初めて見る光景ばかり。街並みは中世ヨーロッパ寄りだが、街灯や金属製品が無いわけではない。勿論それらは電気で動いている訳ではなく、魔力で動くものや雷魔法により動くものだ。雷魔法で動くものも最早【電化製品】ではないか?とも思うが、雷魔法は人が行使するものなので厳密に言えば違うのだろう。
街並みの次は往来する人々。サトキのいた地球と同じ人間…ヒューマンは元より、獣人に分類される猫族や龍鱗族、雹狼族など多彩な種族が見受けられる。因みにだが獣人は男性が動物に近く、女性は人間に近いナリが普通らしく、密かにケモッ娘スキーなサトキは内心喜んだ。
「人間と獣人ってある程度の確執があるのが異世界ものの定番だけど、ここはそんな感じは無さそうだな。まぁ至極のケモッ娘が虐げられるのは見たくないから良かったけど。」
街並みを田舎者感丸出しで見ながらサトキは1人そうゴチた。しかしそうなったのはつい最近、約50年ほど前迄は人間と獣人はその限られた領土を巡って争っていた。しかし人間側の先代国王【アッシュ・アーク】と亜人側の先代国王【ナッシュ・フランケル】が和平条約を結び今に至っている。
サトキは心折れて読むのを諦めた【アルフォン 世界歴史】には今現在、大小合わせて100近くの王国、連邦、共和国などの情報が記載されており、この防衛都市ハランスの所属する国は【アーク王国】。世界で2番目に大きい国だ。因みに和平条約を結んでいる獣人の国は【獣心国】、こちらは4番目に大きい。
世界各地に国や地域はあるが、獣人の国と呼べるのはこの【獣心国】だけで残りは亜人(エルフやドワーフ、妖精族など)が数国、あとは人間が長を務める国が占めている。故に獣人の人達は殆どが【獣心国】が祖国となる。
「で、この街のギルドはっと。あった!」
ハランスのギルド【破槌】は街の大通りに面した所にひっそりと立っていた。いや、何というか質素…そんな表現がぴったりの門構えだ。
「すみませーん!」
サトキは初のギルド(自身の拠点は除く)の扉を元気よく潜る。勢いよく開かれた扉に若干の違和感を覚える。次に首筋辺りに何かピリつく感覚、サトキは本能に任せ身を後方に引く…
「どわっ⁉︎」
と、同時にサトキの目の前に大槌が振り下ろされ、間一髪サトキの顔面すれすれを通り木製の床へ叩きつけられた。メキャと凄まじい音と共に破砕されるギルド入り口の床。
よくよく見ると大槌は入り口のドアと鉄線で繋がっており、ドアを開くと振り下ろされる仕組みのようだ。
「おっぶねぇ⁉︎」
現状を認識した瞬間、全身から嫌な汗が吹き出す。気付くのが一瞬遅かったらこの凶悪な大槌で頭をトマトよろしく潰されていただろう。
だがそんなサトキの九死に一生的な状況とは反対にギルドの中は普通で、受付に依頼掲示板、併設された酒場は昼間なのにも関わらず随分と賑わっている。しかしサトキのこの状況に誰一人として心配の声や驚きの声を上げる者はいない。
「んー?なんじゃ、今日の来訪者は随分とめんこい人間じゃな?」
そう声を発したのは、ギルド入り口の正面にある階段から降りて来た一人の少女。どこか和のテイストがある羽織り物を肩にかけ、かっかっか…と見た目には似合わない老人臭い笑い方でサトキへと歩み寄った。
「お主は加入希望者じゃな?」
「え?…あぁ、一応そうなんだがなんで分かったんだ?」
そんなサトキの問いかけに少女はニヤリと、悪巧みが成功した時のような邪気を纏った笑顔で答える。
「なに、その扉には今見たとおりトラップが仕掛けられておる。ここに加入してる冒険者や他ギルドの冒険者、依頼を持ってくる者は全て裏口から入るようになっておるからの。その扉から入ってくるのは頭の回らんうちの馬鹿な冒険者か、お主のようなこの街の外から来た加入希望者だけじゃよ。」
悪びれた様子もなく語る少女に言葉も出ないサトキ。大槌がめり込んでいる床を見る限り、当たれば只では済むまい。
「このトラップは其の者の強度を図るものじゃ、だが初見で避けたのはお主が初めてじゃ!かっかっか!」
「死ぬわ⁉︎強度図る前に頭がトマトみたいにひしゃげるわ!」
本当に頭がひしゃげるレベルの大槌がいきなり振り下ろされたのだ。見聞も忘れてサトキは訴え叫んだ。
「なに問題あるまい?うちには治癒系統の特異魔法を持っとるもんが所属しておるからの。」
「即死だったら意味ねぇだろ⁉︎」
サトキは例え即死級の攻撃をもらっても一撃で逝く事はないし、出来れば一生喰らいたくもないが、加入希望者といえども中身は一般人だ。初見でこんなものを喰らえばひとたまりもない。
「無事であったのだから何をそんなに目くじら立てておる。ほれ、加入希望ならば早く受付に行かぬか。」
言いたいことだけ言った少女は受付横のスイングドアを押しのけ奥へと消えていった。どうやらギルド関係者のようだが、それよりもサトキは本当にこのギルドに加入するのか?と迷った。
この街にギルドは1つ…というより、原則として街1つに対してギルドは1つしか作れない決まりなのでそれは仕方ない。だが、いきなりこんな奇天烈な歓迎をするギルドが果たして大丈夫なのか?(主に頭が)と考えてしまう。
ギルドランクをA-にするという事はそれに比例するように時間がかかるということだ。時間がかかるという事はそれまでの出費(食費やこの街や他の街に滞在する際の宿泊費等)がかさむという事。出費がかさむという事は蓄え(ギルド運営費とサトキの生活費)が減るという事だ。
あのギルド(仮)に備えてあった運営費はそれ程多いわけでもなく、それは有限だ。それを使ってギルドを作らず普通に生活した場合、1年と持たないだろう。冒険者としてA-にまで上り詰めるならばそれで生計を立てれば良い…と思わなくもなかったが、冒険者は綱渡りのような職種だ。いつコロッと死ぬかもしれない職で一生生計を立てるのは不可能、とまでは言わなくても一握り。
やはりこの右も左も分からない世界で、安定した生計が立てられるのは、あの謎の会社が用意したギルド設立というレールに乗るしかないのだ。この世界でただ生活し一般の幸せを受託するだけならば、ギルド設立など辞め、生産職や建築職などで生計を立てればいい。だがそうしない理由とは、腐ってもサトキも健全な男の娘(誤字にあらず)だからだ。異世界と冒険者、この2つに魅力を感じないわけがなかった。
「…はぁ。仕方ない、取り敢えず登録を済ませよう。話はそれからだ。」
受付に行こうと床にめり込んだ大槌を避け、一歩踏み出したところでサトキは動きを止めた。上…右左下…後ろ、先ほどのトラップにより警戒心が過剰なまでに増幅されたのか、何処からか罠でも飛んでくるんじゃないか?と探りを入れる。が何も起こらない…
「あはは…そこまで警戒しなくても大丈夫ですよ?あのトラップ…通称【槌の洗礼】は元より、他にトラップなんてありませんから。にしてもアレはやり過ぎですけどね。」
サトキの警戒を見た受付嬢が乾いた笑いでそう伝える。どうやら新参者はあの洗礼を受けるのが通例のようだ。だがサトキはその受付嬢の言葉に引っかかりを覚える。
「やり過ぎ?普通はどのくらい?」
「普通はですね〜、小振りな小槌程度で材質も木製のものですかね?」
そこで改めてサトキは入り口の床にめり込んでる大槌を見た。全長はサトキよりも大きく面の半径は1メートル程度…まぁ小振りではない。黒光りする光沢面を携えた大槌…まぁ何処からどう見ても木製ではない。つまり要約すると…
「完璧に殺しにきてるだろ⁉︎」
である。それには流石の受付嬢も失笑する。
「…ようこそ、【破槌】へ!当ギルドへ加入を希望されますか?される場合はこの用紙に必要事項と、仮許可書の様なものがある場合はお出しください。また、紹介状等がある場合でも開始ランクは最低のF -からとなりますのでご了承下さい。」
「…おねぇさん。何事もなかったかの様に話進めるのやめてもらえません?」
じーー。
「あの様な事は当ギルドでは日常茶飯事、これからの刺激的な毎日にご期待ください。」
「つまり俺は身の危険を抱えながらギルドに所属しろと?」
じーー。
「し、刺激的な毎日を…もぉ!私のせいじゃないわよぉ!ギルド長が勝手に仕様変更したんだから仕方ないでしょ⁉︎私は一介の受付嬢なのよ⁉︎」
ついにサトキのジト目に耐えきれなくなった受付嬢が悲鳴をあげる。途中まではお家芸である営業スマイルで凌いでいたがそれも限界だった様だ。
「はぁ…過ぎた事はもういいけどさ、ギルド長ってもしかしてさっきのチミっ子?」
サトキは加入希望用紙に必要事項を記入しながら受付嬢に聞いてみる。漠然とだがサトキは先ほどのチミっ子と対峙した瞬間、何かピリッとした様な感覚…本人の語彙力の少なさがアレなので本当に漠然とだが威圧感の様なものを感じたのだ。
見た目通りの年齢ではないはず。そしてあの言動はどう考えてもギルド関係者の言い方…とすれば自ずと正解は見えてくる。
「えぇ…このギルドの名にもなっている【破槌】ことラミット・シェルビーンさんよ。間違っても本人の前でチミっ子とか言わないことをお勧めするわ。」
「へぇ…因みに言ったらどうなるの?」
「あぁなるわよ?」
受付嬢が指差す先は酒場だった。そこには丁度先ほどの少女ラミットが冒険者に混じって酒を飲んでいた。見た目が少女で、周りが厳ついおっさん達な為犯罪臭が半端ない。
「ギルド長さんよぉ!最近ギルドの設備が些かガタがきてんじゃないのかねぇ!ここはバシッと上に行ってくださいよぉ〜!」
酔った勢いなのか元々そんな気質なのか酔っ払いの男はラミットにそうまくし立てる。
「うーむ、それは我も思う所じゃが今回の予算会議は少々問題があってのぉ。まぁなんとかなるじゃろう。」
「おぉやっぱり話のわかるチミっ子は違うねぇ!」
「あ!ばっ!馬鹿…」
「何言って!」
良いのよく回った男はそんな事を口にした。特別その言葉に悪意が乗っていたわけではない、しかしその発言をした男の周りは血相を変えてその言葉を遮ろうとするが。
「ぬし、今、なんと言った?」
「へ?…ごはっ⁉︎」
突然失言を呈したおっさんはテーブルに勢いよく突っ伏した…と思ったらテーブルを破壊して更にその下の床に突っ伏す。メリメリと床からなのか、おっさんからなのかは分からないが鳴ってはいけない様な音までしてくる始末。
「なんだありゃ…というか死ぬんじゃないか?変な音してるけど。」
「大丈夫よ、これも日常茶飯事だから。知らない?【破槌】のラミットと言えば結構有名なんだけど?」
この世界に来てまだサトキは今日で2日目だ。世界情勢どころか、この世界の一般的な有名どころも知らないのだ。
「あぁ、片田舎の辺境から出て来たから一般的な情勢さえも疎いんだよ。ところであれはどうやったの?」
あれとはおっさんが床に吸付けられる様に突っ伏している状況だ。ちなみにおっさんは既に意識を手放している。
「本当に何も知らないのね。あれは【落下】っていう特異魔法よ。上から下へ物質非物質問わずに落下させる魔法。」
「【落下】?重力魔法とかじゃなくて?」
サトキの目にはおっさんが床に吸付けられる様に見えるのは、よくゲームなどで代表的な【重力魔法】によるものだと思った。だが受付嬢はラミットが使ったのは【落下魔法】と言った。落下と重力、何が違うのかと聞こうとすると受付嬢に手で制される。
「ギルド長の魔法は結構公になってるからそうでもないけど、基本的に人の魔法…特に特異魔法に関することに探りを入れるのはマナー違反よ?と言うか…あなた随分と男っぽい話し方をするのね?それじゃ可愛い顔が台無しよ?」
「……。」
その言葉で先程まであった【落下魔法】に関する興味が一瞬で消え失せた。ついでにサトキの表情も消え失せたが。
「え…?どうしたの?…あら、記入し終わってるみたいね?どれどれ…サトキ・カンバル、性別…男⁉︎」
表情も消え、動作も停止したサトキの手元から記入用紙が抜き取られ、受付嬢が記入漏れがないかチェックを始める。そこでやはり目に留まったのは性別だった。門番のガンツ、衛兵のフランク…そしてこの受付嬢。やはり驚きもするだろう…男物を着ているとはいえ、どこからどう見ても美少女と表現してもいいこの人物が、息子を立派に携えた男性と言うのだから。
しかし誰がなんと言おうと男である事に間違いはない。だからサトキは何度でもこう言うだろう。
「だから…おれは男だぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
と。